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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第12話 継人とルーリエ

 竜の巣穴亭、一階食堂。


 無事タグを入手して宿に戻った継人は、宿の店主から「タグがあるなら食堂を使ってもいい」との許可を貰えたので、少女と共に食堂のテーブルに並んで座っていた。


 そもそも継人に食堂の使用許可が下りなかったのは、怪しいタグ無しが食堂にいたらトラブルの元にしかならないから、部屋に引っ込んで大人しくしていろ、ということだったようだ。

 その話を聞いたときは多少不満に思った継人だったが、確かにタグ無しというのは「タグを発行していない」「あるいは紛失した」という、ある意味真っ当な理由でそうなっている者だけではなく、「レッドネームを隠すためにあえてタグを装備していない者」という場合も大いに考えられることから、店主の判断は正しいと納得した。

 むしろ、タグ無しだった継人を追い出さずに部屋を用意してくれた店主は、その厳つい顔には似合わずに親切であると言えるだろう。


 せっかくタグという信用を得て、大手を振って食堂を利用できるようになった継人である。ならばと、彼は早速なけなしの金で一人前六十ラークの朝食を注文し、少女と二人、慎ましく分け合って食べていた。


「――――肉も食えよ」


 パンをもそもそと咀嚼していた継人は、隣の少女に向かって静かに言った。

 その声に、サラダをもりもり頬張っていた少女の動きがピタリと止まる。


「……お、お肉はきのうたべた」


「昨日食べたから今日食べなくていいなんて道理があるかよ」


 テーブルの上に並んだメニューは――多少固いが食べ応えのあるパン。鶏肉らしき具の入った茶色く透き通ったスープ。レモンのような酸味のきいたドレッシングがかかったサラダ。以上三品である。

 思っていたよりも、まともな料理が出てきたことで、喜んで食べている継人をよそに、少女は先ほどからサラダとパンにしか手をつけていない。

 はじめこそ、羊人族は体質的に肉が食べられないのかと危惧した継人だったが、彼がよそ見をした隙を狙って、スープの器をグイグイこちらに押しやる少女の態度と、昨夜は嫌そうにしながらも干し肉を食べていた事実から、この少女は単に肉が嫌いなだけなのだと、彼は既に見切っていた。


 継人は肉のスープを少女の前に置く。


「召し上がれ」


「――わ、わたしにはお野菜がある。お野菜こそ至高……っ」


 少女はフォークをプルプルと握り締めて、継人の言葉を遠回しに拒否する。


「そうか。なら俺もその至高の味を堪能しよう」


 継人は少女の手からフォークとサラダを奪うと、大口を開けて一気にサラダを掻き込んだ。

 口いっぱいにサラダを頬張る継人。そんな彼を少女は呆然とした面持ちで眺めた。

 少女が視線をテーブルの上に戻すと、そこに残されたのは肉が並々と盛られたスープ。

 わなわなとおののく少女に継人は追い撃ちをかける。


「腹いっぱいになったから、それ全部食っていいぞ」


 少女は絶望した。

 そんな少女に、継人はニヤリと笑って甘言を囁く。


「――て言いたいところだけど、素直に喋る気になったなら俺も食うのを手伝ってやる」


 少女が肩がピクリと動いた。


「いい加減に白状しろ。なんで俺を冒険者になんてしたかったんだ?」


「………………」


 しかし、少女は俯いてしまい口を開かない。

 ずっとこの調子だった。

 冒険者ギルドでは半ば強引に継人を冒険者にさせたのに、その理由を尋ねるとだんまりなのだ。

 継人は困ったように頬を掻いた。


 継人だって冒険者に興味がなかったわけではない。だから、冒険者になったことをどうこう言うつもりはなかった。

 そもそも強く拒否しようと思えばできたのを、そうしなかったのは継人自身である。それに、いざ冒険者登録の説明を受けてみれば、そこにデメリットらしきものもなかった。――いや、


名前:継人

職業:Fランク冒険者


 継人のネームウィンドウに映った“Fランク冒険者”の表記。これは冒険者登録をすることで強制的に追加されてしまった項目だ。

 このランクというのは上はSから始まり、A、B、C、D、E、そして一番下のFの七段階あり、そのまま冒険者の実力を表している。

 継人は見習いを表すFランクなので、現在は最弱の看板を背負いながら歩いているに等しい状態である。

 唯一のデメリットと言えるのが、精々それぐらいのものであった。


 故に、継人は気にせず話せと少女を説得するのだが、


「………………っ」


 少女は話そうとせず、一向に口を開かない。

 ……いや、開けないだけかもしれない。

 継人が肉の乗ったスプーンを、少女の口の前にうりうりと差し出していた。


「ほれ。食うか、話すか、どっちかにしてもらおうか」


「……んむむ……っ」


 頑として口を開かなかった彼女だが、しばらく攻防を続けると、継人の説得が通じた。

 涙目の少女はついに観念したように話し出した。


「…………冒険者になりたいから」


 しかし、少女が語った言葉は、すんなり理解できるものではなかった。

 少女が冒険者になりたいから継人を冒険者にした。

 意味不明である。


「……なれば良かったんじゃないか? それとも年齢制限とかあったか?」


「ない。けどなれない。……わたしは“奴隷”だから、むり」


 少女の言葉に継人は目を見開いた。

 一瞬、聞き違いかと疑う。


「奴隷って、あの奴隷……? え、お前がっ?」


 信じられない面持ちで継人は言葉をもらした。


「そう。ネームウィンドウでみれる」


 その言葉に継人はハッとし、すぐに苦い顔をした。少女のネームウィンドウを、まだ一度も確認していないという事実に初めて気がついたからだ。

 彼が少女のことを警戒していなかったから、と言ってしまえばそれまでだが、未だに彼女の名前すら知らないのに、なぜそれを確認しようとしなかったのか、と内心で自らに毒づいた。


名前:ルーリエ

職業:借金奴隷『レーゼハイマ』所有


「――借金奴隷?」


「そう。お金をかえすまでは冒険者になれない」


 ――――どうやら少女の話を聞く限りでは、借金奴隷とは身分制度における奴隷階級とは違い、単純に「借金のかたに身売りした者」と言えば分かりやすい。

 借金を返し終えるまで奴隷はあらゆる商取引に関して、主人、もしくは主人に許可を得た者以外からは応じてもらえなくなり(明確に禁止されているため)、それは金品に限らず奴隷が持ちうる全てのもの――すなわち本人の持つ労働力にも適用される。

 故に、主人以外の者が奴隷を雇い入れることはなく――つまりは冒険者にもなれない。そういう話だ。


「なるほど。だから俺が冒険者になって、お前の代わりに仕事を請けたり、報酬を受け取ったり、そういうことをしてほしいわけか」


 少女は、こくり、と頷き、もう一つ追加する。


「……モンスターをたおすのも、てつだってほしい」


「それってもう、一緒に冒険者やりましょうってことだよな?」


 少女はおずおずと頷いた。


「……一つ聞くけど、なんでそんなに冒険者になりたいんだ? 採掘より儲かるのかもしれないけど、その分危険なはずだ。モンスターを倒すってことは命懸けだろ?」


 継人は少女の顔を真剣な面持ちで見つめながら問い質した。目の前の少女はまだ幼いが頭が良い。冒険者が危険であることも十分承知しているはずだ。そもそも危険だと分かっているからこそ、継人に一緒にやってほしいとは言い出し難かったのだろう。であるならば、なぜだ、と。


 問われた少女は、意を決したように継人をまっすぐに見つめ返すと、今度は堂々と答えた。


「レベルアップして強くなりたい」


 少女の答えが明瞭に響いた瞬間――継人の胸がギクリと鳴った。

 同じだったのだ。

 継人も冒険者ギルドでレベルアップの話を聞いたときから、強さへの欲求が湧き上がり、止まらなくなっていた。

 だが、継人には分からなかった。なぜ自分はこんなにも強くなりたいと思っているのか。それは日本に帰りたいという思いよりも、この世界にやってきた理由が知りたいという思いよりも、はるかに強く己の中に渦巻いている。

 そして、そんな胸中を少女に見透かされたような気がして、恥ずかしく思うのはなぜなのか。みっともなく感じるのはなぜなのか。


 分からない。分からなかった。


「なんで……お前は強くなりたい?」


 継人は絞り出すように静かに聞いた。

 問いかけた彼の表情は、まるで今から賢者の訓戒を賜ろうかというほどに真剣そのものだった。

 そんな継人の問いに、少女は、ふんす、と鼻息荒く答えた。


「わるものはえらそう。強くなってやっつける」


 その答えを聞いた継人は一瞬フリーズし――――そして、


「――フハッ」


 笑った。それはもう大笑いした。食堂どころか宿中に響くほどの勢いで継人は笑った。

 腹を抱えて笑う継人を宿の店主が迷惑そうに睨み、少女もまた顔を赤くして睨んだ。


「……し、しつれい! わたしはしんけん。マジ!」


「はは、そ、そうだな、わるかっ、ふははっ、わ、悪かった」


「むぅ!」


 小さな賢者の言葉は真理だった。

 単純で、明快で、そして、継人の心に響いた。

 自分もきっとそうなのだ。


 あのバスの中で、本当は金髪野郎をぶん殴ってやりたかったのだ。でも、できなかった。殴り返されることが怖かったし、その後に社会という大きな力に制裁されることが怖かった。だから媚び、へつらい、譲った。


 昨日だって、ダナルートを殴り飛ばしてやりたかった。でも、できなかった。今度は媚びなかった、譲らなかった、でも単純に力が足りなかった。走り去っていくダナルートの背中を、どこかホッとしながら見送る自分がいた。


 恥ずかしいはずだ。みっともないはずだ。


 そう、だからこそ――、


 プンスカと怒る少女に、継人はおもむろに右手を差し出した。

 少女は継人の顔を見上げ、くりん、と首を傾げる。


「俺も強くなりたい」


 継人の言葉を聞いて、少女の半眼が僅かに見開く。


「今日から相棒だ。よろしくな、ルーリエ」


 少女は、しばらくぼんやりと継人の顔を見ていたが、やがて、差し出された手に自身の小さな手を伸ばすと、キュッと握り、頷いた。


「うん。ツグトといっしょに強くなる」


 この日、継人とルーリエ。

 異世界に迷い込んだ少年と羊人族の奴隷の少女という、奇妙な冒険者コンビが誕生した。

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