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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
12/65

第11話 ウィンドウ

 もし、自分自身を情報として見ることができれば、そこには何が記載されているのだろうか。

 ……身長、体重、年齢、特技、……五十メートル走のタイムなども載っているのかもしれない。


 かつて継人つぐとがゲームキャラクターのステータスウィンドウを眺めながら、なんとなく想像したことの答えがそこにはあった。



名前:継人

種族:人間族

年齢:17

Lv:8

状態:呪い


HP:224/224

MP:1/1(-239)(+10)

筋力:11

敏捷:9

知力:10

精神:12


スキル

【体術Lv2】【投擲術Lv1】【言語Lv4】【算術Lv3】


ユニークスキル

【呪殺の魔眼Lv1】


装備:ステータスタグ【アカウントLv1】【システムログLv1】



 この世界の文字ではなく、日本語で綴られたそれは、ステータスと呼ぶ他ないものだった。

 名前から始まり、年齢やレベル、パラメーターやスキルまで、どこかのゲームで見たようなステータス画面が、継人の目の前に浮かんでいた。いや、浮かんでいるとは言っても、本当に目の前に画面が存在するわけではない。まるで脳の視覚野に直接情報を流し込まれているように、存在しないはずのステータスウィンドウが、“そこに存在するかのように”見えているだけだ。


 その証拠に、継人が手を伸ばしても画面に触れることはできない。

 さらに――継人が目を閉じると、まぶたの裏の暗闇の中であっても、ステータスウィンドウはやはり彼の前に浮かんでおり、目を閉じていることなど関係なく“見る”ことができた。

 そして目を開けると、ステータスウィンドウの向こうにいる受付嬢の整った顔が、画面越しであるにもかかわらず、しっかりと確認できる。画面が透けているわけではない。透けていないのにその向こう側も同時に見えるのだ。


 ステータスウィンドウに見入る継人に、受付嬢がホッと息を吐きながら声をかけた。


「はぁ、良かったです。無事登録が完了したみたいですね。アカウント登録の手続きをしたのは初めてだったので、何か間違ってしまったのかもしれないと心配しました」


 心底安心したように、受付嬢はその豊かな胸を撫で下ろした。

 そのとき、たゆん、と揺れたそれを見て、少女は自身の胸をぺたぺたと触り、首を傾げていた。


「……なんだコレは?」


 継人は山ほどあった疑問を一言に集約して受付嬢にぶつけた。

 受付嬢はニッコリと笑ってその疑問に答える。


「今見えていらっしゃいますよね? そちらはステータスと呼ばれる、魂の情報を文字に起こしたものです。ご自身の名前、種族、年齢、レベル、状態、スキル、装備の他に、各種パラメーターが確認できます」


 魂の情報などと言われたら、地球にいたころの継人なら鼻で笑っただろう。

 しかし、実際に違う世界にいる状態で、実物を目の前にしたら全く笑えなかった。

 たとえ、魂云々の話が眉唾だったとしても、少なくともそこに書かれた名前と年齢は、自身のものと一致しているのだ。もちろん、継人はこちらに来てから、名前や年齢などの個人情報を誰かに話したことはない。


「ステータスは重要な個人情報になりますが、ステータスウィンドウは基本的に本人しか見ることができませんのでご安心ください」


 そう言った受付嬢の言葉に、継人は耳聡く気づいた。


「基本的に――ってことは他人が見る方法もあるってことか?」


「そのとおりです。タグをよくご覧ください」


 継人が握っていたタグを見ると、そこには先ほどまでは無かったはずの文字が刻まれていた。

『継人』――彼の名前である。

 タグに継人の名前が――きちんと漢字で、しかも専門的に金属を加工したように綺麗に――刻み込まれていた。


「そのように名前が刻まれたタグは本人専用のものとなります。名前が刻まれたタグの中にはその個人のステータス情報が記録されており、閲覧するためには必ずタグを装備する必要があるのです」


 タグは個人のデータが記録されたメモリーのようなものなのか、と継人は納得する。そして、そこまで言われたら、受付嬢が何を言おうとしているのかが彼にも分かった。


「つまり……他人のタグを装備すれば」


「はい。その人物のステータスを覗き見ることができます。そのため盗難には十分にご注意ください。あっ、タグの発行が無料なのは初回のみで、もしタグを紛失された場合は再発行に金貨一枚が必要になりますので、その点もご注意くださいね」


 金貨といえば、おそらくは大銀貨の一つ上の価値を持つ貨幣だろう。銅貨から大銅貨、大銅貨から銀貨と十倍ずつ価値が上がっていることから、金貨一枚の価値は一万ラークだと予想できる。かなりの高額だった。

 絶対に盗まれるわけにはいかない。継人は受付嬢の言葉に頷いた。


「……装備っていうのは、具体的にどこまでが装備したことになるんだ?」


 これは重要なことだった。なにせ継人は今、タグを手に持っているだけなのだ。決して首から下げたりしているわけではない。それなのに――


装備:ステータスタグ【アカウントLv1】【システムログLv1】


 と、ステータス上はタグを装備していることになっている。

 触れるだけで装備したことになるのならば、ステータスを覗かれないようにするためには、かなり気を遣う必要がある。


「そちらもご説明致します。まず“装備する”とはつまりどういうことなのかと申しますと、単純に言ってしまえば“装備品にMPを込める”ということなのです」


「MPを込める?」


「はい。お手持ちのステータスタグをはじめ、特殊な装備品――これを『アーティファクト』と呼びますが、そのアーティファクトには生物と同じく『魔力溜まり』と呼ばれるMPを蓄える器のような領域があり、その器にMPを注ぎ込む行為を“装備する”と表現するのです」


「……てことは、俺はこのタグにMPを込めたってことなのか? タグを装備できてるってことはそういうことなんだよな?」


 当たり前だが、継人はタグにMPなんて込めた覚えはない。

 そもそもMPがなんなのかすらよく分かっていないのに、それを物を込めると言われてもピンとこない。


「そのとおりです。先ほど、タグを握って待って頂いたのがMPを込める行為に該当します。タグに触れていることで、自然回復によって体から溢れたMPがタグへと流れ込んでいき、その器を満たした、つまりは装備したということです」


「……要するに触れてるだけで、時間はかかるけど勝手に装備できるってことか」


「はい。装備にかかる時間は個人差がありますが、MP量が多いほど早く装備することができます」


 MPが多いほど早く――その説明を聞いて継人は気づく。それは、逆に言えばMPが少ないと装備に時間がかかるということだ。


MP:1/1(-239)(+10)


 MP1。先ほど、タグを握ったまま待ちぼうけをしていた継人を見て、少女と受付嬢の二人が焦った様子だったのは、継人のMP量が低くすぎて、一向に装備が完了しないせいだったのだ。

 なにせ1である。この世界の人間の平均MP量がどのくらいなのかは、継人には分かりようもないが、0だとおそらく装備自体が不可能であると考えると、この1という数字より下は無い。それはつまり、継人は現状この世界で最も装備にもたつく男だということだった。

 唐突に授かった不名誉な称号に、継人が忌ま忌ましげにステータス画面を睨む。


「ちなみにステータスのMPの項目に(+10)と確認できると思いますが、そちらがステータスタグの器に込められたMP量になります。そちらもご自身のMPですので変わらずに使用できますが、タグに込められたMPを全て消費してしまった場合は、自動的に装備が解除されてしまうのでご注意くださいね」


 受付嬢は何が嬉しいのかニコニコと、頬を紅潮させながら熱く説明していた。

 その熱を帯びた説明によると、タグのおかげで、継人のMPは現在1(+10)の合計11と考えてもいいようだ。しかし継人はちっとも嬉しくなかった。なぜならその横の数字が不穏すぎるからだ。


「マイナスはどういう意味なんだ?」


 そう(-239)だ。


「はい?」


「いや、プラスが装備に込められたMPなんだろ? だったらマイナスはなんなんだ?」


「…………マイナス。すみません、MPの項目にマイナスの補正が付くとは聞いたことがありません」


 答えられなかったのが悔しいのか、先ほどまで生き生きと説明していたのが嘘のように、受付嬢はしょんぼりとしてしまった。


「――そうか。ならいい」


 分からないという受付嬢の言葉に、継人はすぐに話題を切り上げる。

 あまり突っ込んで聞いたら(-239)という表示の存在が、ばれてしまいそうだと思ったからだ。

 別段ばれたところでどうってことはないのかもしれないが、逆に大変なことなる可能性だってある。

 この世界の住人ではない継人のステータスなのだ。どれだけ異常であってもおかしくはない。

 いや、異常であるという確信めいたものが彼の中にはあった。

 なぜなら――


状態:呪い


 これだ。これが正常であるはずがない。


「『状態』はどういう項目なんだ?」


「――『状態』ですねっ。そちらは状態異常を表す項目になりますね。平常であれば空欄で表示されますよ」


 継人が質問すると、しょんぼりとうなだれていた受付嬢が、バッと顔を上げて答えた。


「状態異常っていうのはどんな種類があるんだ?」


「そうですねえ。代表的なものは毒や麻痺、混乱や沈黙などですね!」


 ルンルン♪ と答える受付嬢に、呪いは? とは継人は聞けなかった。そんなことをこのタイミングで聞けば、自分は呪われていると宣伝するようなものだからだ。

 聞きたいことは山ほどあるのに、何を聞いても自分の情報を吹聴することになりそうで、継人の口はしだいに重くなっていく。


 ――――その後は、ろくな質問もできないまま、ただ受付嬢の説明を受けた。終始、ニコニコと楽しそうにステータスの説明をする受付嬢の言葉に、継人はテンション低く耳を傾けていた。

 しかし、そんな継人であっても、受付嬢の説明の中で目を見開いく場面があった。


 それは『Lv』――つまりレベルの話が出たときだ。


 レベルとは、魂の大きさを表す指標であり、それは生物としての存在の強度を表している。

 レベルの値が高くなれば、人間を超えた能力を発揮することができ、ドラゴンと殴り合うような冒険者もこの世界には存在する。

 レベルを上げるためには、日常生活の中での経験や訓練を積む等、様々な方法があるが、それらより効率が良いとギルドが推奨している方法が「モンスターを倒すこと」である。

 モンスターを倒せば、訓練などとは明らかに一線を画した速度でレベルアップすることができ、その詳しい原理などは不明であるが、モンスターを殺すことで死体から漏れ出た魂を吸収している、という説が一般的には唱えられている。


 受付嬢が語るレベルというものの存在と、それがもたらす力を聞いて、内心の興奮を隠すように継人は黙り込んだ。

 そんな継人に、受付嬢は今までの笑顔を消すと、居住まいを正し、顔をキリッとさせて口を開いた。


「初めてのことでご不明な点も多いかと存じますが、最後に肝心なことを一つだけ説明させて頂きます」


「肝心なこと?」


 改まって言う受付嬢に継人は首を傾げる。


「はい。私の顔を見てください」


 継人の目をジッと見つめながら、受付嬢は真面目な顔でそう言った。

 は? と思いながらも、見ろと言うのだから、継人は遠慮なくまじまじと彼女の顔を見つめる。そして、やっぱり美人だな、と呑気な感想が浮かぶのと同時に――


名前:セレア

職業:冒険者ギルド職員

所属:ベルグ冒険者ギルド


 受付嬢の前――空中にステータスウィンドウに似た画面が開いた。

 突然現れた画面に驚く継人を見て、受付嬢は真面目な顔を嬉しそうに綻ばせた。


「ご覧頂けたようですね。改めましてセレアと申します。――ふふ。こうやって自己紹介をするのに少し憧れていたんです」


 なるほど、と継人は得心した。

 自分がすぐにタグ無しだと気づかれたのは、これのせいだったのだ。


「これがタグの“一番重要な機能”とも言える『ネームウィンドウ』です。タグを持つ者同士であれば、意識を向けるだけで対象の名前を確認することができます」


 継人は試しに自らの手を見つめる。


名前:継人


 空中にネームウィンドウが開いた。受付嬢セレアのウィンドウには、この世界でよく見かけるカタカナに似た謎の文字で名前が書かれているが、継人のウィンドウは、ステータスと同じように日本語で表示されていた。


「…………これが一番重要な機能なのか? ステータスのほうがよっぽど重要な気がするんだけど」


 確かに、初対面の相手の名前が分かるのは便利なのかもしれないが、それにしたところで、ステータスを閲覧できる機能より重要とは思えなかった。


 そんな継人の疑問をセレアは嬉しそうに、そうでしょうそうでしょう、と頷きながら聞くと、また顔をキリッとさせて継人の疑問に答える。


「確かにそう思われるのも分かります。しかし、名前が見えるということに重要な意味があるのです! なぜなら――」


「なぜなら?」


「名前が見えることによって『レッドネーム』を見分けることができるからです!」


 鼻息荒く謳い上げたセレアの言葉に、継人はただ首を傾げるしかない。


「なんだそれ?」


「レッドネームとは犯罪者を示す表示のことです。ステータスタグを装備した者が、同じくタグを装備した他者を殺害した場合、ネームウィンドウの名前の表示が赤色に変化します。それをレッドネームと呼びます。殺人者であるレッドネームは例外なく討伐対象となり、討伐した上で対象のタグを冒険者ギルドに提出すれば賞金が出ます」


 例外はないと言うセレアの言葉を、継人がさらに詳しく尋ねてみれば、たとえレッドネームになった原因が正当防衛や過失致死であっても、例外なく討伐対象になるとのことだった。

 前日の出来事から考えて、ここはまともに法律などが機能していないのでは、と憂慮していた継人だったが、代わりに彼の予想のはるか斜め上を行く雑な何かが機能しているようだった。


「討伐って、つまり殺すってことだよな? 自分もレッドネームになるんじゃないか?」


「レッドネームを討伐する場合は名前の色は変化しません」


 継人はなるほど、と一つ頷く。

 早くタグを作ったほうがいいと言った少女の言葉も納得だった。レッドネームのシステムがあれば、タグを装備しているだけで殺されるリスクを減らすことができる。なにせタグの装備者を殺してしまったら、問答無用で死刑判決を下されることになるのだから。

 逆にタグを装備していない者は殺してしまっても――このタグのシステム上では――問題無いことになる。


 昨日、タグの無い状態でダナルートらと揉めたが、途中で少女が割って入ってくれなければ、本当に殺されていた可能性が高かったのだな、と継人は改めて思った。


 ちょうどそのとき、件の恩人である少女が継人のシャツをくいくいと引っ張った。

 継人が視線をやると、少女は眠たげな半眼で彼をジッと見上げていた。


「なんだ? トイレか?」


「冒険者登録は?」


 少女は継人の言葉を無視して質問をかぶせた。


「は?」


「冒険者登録、するべき」


 どうやら少女は、継人に冒険者になれと言っているようだった。

 なぜだと継人が理由を聞こうとしたが、


「ああ、やっぱり。タグの発行と一緒に冒険者登録もなさるおつもりだったんですね!」


 少女に問う暇もなくセレアがテンション高く口を挟んだ。


「そう。なさるおつもり」


 少女がしれっと勝手に同意する。


「おい、お前何言って――」


「では! すぐに手続きを始めますね!」


「は? ちょ――」


 継人が止める間もなく、セレアは、ルンルン♪ とカウンターの奥に去っていった。


 こうしてステータスタグを作りに来ただけだったはずの継人は、なし崩し的に冒険者になることになった。

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