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スコップ・スコッパー・スコッペスト with魔眼王  作者: 丁々発止
1章 スコッパーと魔眼王
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第9話 残金

 ぐらぐらと揺れている。

 どうしたんだろうと思った。

 でも、揺れが心地よかったので気にしないことにした。


「――――――ろうな」


「――――、っと、――せな」


 誰かの話し声が聞こえる。

 なんだろうと思った。

 でも、大丈夫な気がする。


「――飲めるか? 頑張って飲め」


 口の中に何か入ってきた。

 口の中がしゅわしゅわする。

 飲み込むとお腹の中もしゅわしゅわした。


 ――――――

 ――――

 ――

 ……



 少女の目がゆっくりと開いていく。

 その様子を見守っていた継人つぐとは、大きく溜息をついた。


「大丈夫か? 痛いところないか?」


「……しゅわしゅわ」


「は? ……しゅわ?」


 少女の安否を確認しようとした継人が、彼女が口走った謎の言葉に混乱していると、彼の横合いから、しわがれた声が響いた。


「――だから大丈夫だって言ったろうに。散々人のことを詐欺師扱いしおって」


 声の主は老婆だった。長い白髪を後ろでまとめ、その身には灰色のローブを纏っている。年齢は七十代か八十代か。顔に幾重にも刻まれた深いしわが、見る者に彼女が歩んだ人生の道のりの永さを感じさせる。

 その老婆は深いしわを眉間の位置でさらに深くし、憤りながら継人に詰め寄った。


「ほら、さっさと大銀貨二枚置いて帰りなっ。もうとっくに店じまいの時間だよっ」


「やかましいぞババア。まだしっかり治ってるのか確認できてないんだから黙ってろ」


「ババ――ッ!」


 ギャアギャアと揉める継人と老婆を、少女は不思議そうに眺めながら、自らが横になっていたソファーから身を起こした。

 そこに継人は再度、安否を気遣う声をかける。


「平気か?」


「……へいき」


 少女は継人の問いかけに、こくり、と一つ頷き答えた。

 その返答に改めてホッとする継人をよそに、少女はぼんやりとした半眼で辺りをキョロキョロと見回す。


 少女の目に映ったそこは、もはやその広さすら曖昧なほどに雑然とした部屋だった。

 屋内でありながら壁の位置がどこなのか確認できないくらいに、用途不明な品物の数々が所狭しと並べられ、積み上げられている。唯一しっかりと確認できるのは天井ぐらいのものだった。


「――どこ?」


 くりん、と首を傾げる少女の端的な質問に継人は答えようとしたが――、


「ここは街の――、街のー……、なんとかっていう道具屋だ」


「ハイネ魔道具店だよ!」


 継人の雑すぎる返答に、老婆がつっこむ。

 老婆の言葉通り、ここは魔道具と呼ばれる特殊な道具を商うベルグの大通りにある店舗である。

 なぜ継人達がそんなところにいるのかといえば、それは少女の治療のためだった。


 ダンジョンにてダナルートが逃げ去った後、継人はすぐに少女に駆け寄った。しかし、そのとき既に少女は意識を失っており、継人が呼びかけても目を覚まさなかった。

 派手に腹を蹴り上げられたことから、内蔵などを痛めた可能性を考えた継人は、急ぎ治療が必要だと少女をダンジョンから連れ出すことにした。


 その際、治療費も必要になるであろうことから、採掘した魔力鉱石を放置していくわけにはいかず、さらには今日買ったばかりのツルハシや少女のスコップも捨てていくわけにもいかず、結果、少女を背負いながら、右手にバケツの取っ手とスコップの柄を無理矢理握り、左手にも同じようにバケツとツルハシを持って、とてつもなくハードなダンジョン脱出劇を継人は演じた。


 そしてダンジョン脱出後、病院の場所――そもそも病院があるのかすら分からない継人は、ダンジョンの外にいたドライフルーツの露店商に話を聞き、ここに連れていけば大丈夫だとハイネ魔道具店を紹介され、少女を背負ってこの店までやってきたのである。


 店に入って店主の老婆に事情を話し、金属製の試験管のようなものに入った液体を渡され、「それを飲ませれば治る」と言われたときは、事前に伝えられた大銀貨二枚という高額の代金と相まって、詐欺ではあるまいなと疑った継人だったが、治らなければ金は払わないと了承させて、その液体を飲ませてみた結果が今であった。


「――というわけで、治ってないよな?」


「ん? なおった」


「本当か? 無理してないか? してるよな?」


「してない」


「してるって言っとけ」


「?」


「――聞こえてんだよ小僧っ! なに料金踏み倒そうとしてんだいっ!」


 堂々と治療費を踏み倒そうとする継人に老婆がキレた。


「冗談だ。そんなに興奮すると血管切れるぞ」


「誰のせいだっ! ……はあはあ」


 怒鳴りすぎて息を切らす老婆の様子に、継人は悪ノリがすぎたかと反省した。少女が無事目覚めたことで、テンションが少し上がっているのかもしれない。


「ああ、悪かった。婆さんには本当に感謝してる。おかげで助かった。――ほらお前もお礼言え」


「……ありがと」


 ペこりとお礼を言う少女は可愛らしく、さすがの怒れる老婆も僅かに目元を和らげる。


「……ふん。いいのさ。商売なんだしね」


 若干照れたように言う老婆に、これはチャンスだと継人は言葉を続ける。


「助かったついでに、ものは相談だが代金をまけてくれ。――ほらお前もお願いしろ」


「……まけてください」


 ペこりとお願いする少女は可愛らしく、さすがの老婆も――


「さっさと金払って出ていきなっ!!」


 二人は追い出された。

 もちろん、支払いはびた一文まからなかった。



 SSS



 ツルハシを持つ継人と、スコップを持つ少女は二人並んで、魔道具屋の前にぽつりと佇んでいた。

 辺りはもう夜の帳が下りている。それでも、道の所々に明かり――宿で見たような提灯型の電灯のようなもの――が設置されており、さらにはカンテラのような物を持って歩いている者達が、それなりの数確認できるので、真っ暗というほどではない。


 そんな中、継人は己の手の中を覗きながら溜息をついた。彼の手のひらの上には二百六十一ラーク。

 彼が老婆に支払いを渋ったり、まけてくれとせがんだりしたのは冗談ではなかった。半分以上が本気だった。

 継人の元々の所持金が千二百六十一ラーク。二人で採掘した魔力鉱石は、買い取りの列に並ぶ時間が惜しかったので、渋る露店商に半ば無理矢理引き取って貰い、それが千ラーク。そして、少女を治療するための薬の値段が二千ラーク。つまり残金二百六十一ラークと相成るわけであった。


 今晩は野宿するしかなさそうだった。もう一度溜息をつく継人に、少女が傍らから声をかける。


「……だいじょうぶ?」


「ああ、大丈夫だ。うん、たぶん」


 そう答えながら継人は気づく。そういえばこの少女を家に送り届けないといけない。意識が戻ったとはいえ、病み上がりではあるし、まだ幼い少女を暗い中に放置するわけにもいかない。


「お前、家どこだ? 送ってくぞ。道は知らんけど」


「家? 家はない」


 さらりとそう答える少女の言葉に、継人は一瞬意味が分からず思考が止まる。


「は? 無い…………無いって、家がか?」


 継人の確認に対して、こくり、とまるでなんでもないことのように、変わらぬ無表情で少女は頷いた。


「……じゃあ、普段どこで寝てるんだ? つーか親は?」


「いつもは宿舎でねてる。おやはお父さんがいるけど、いまはどこにいるのかわからない」


 どこに居るのか分からないとはどういうことだ、と継人は内心首を傾げるが、問題はそこではない。親がどこにいるのか分からないということは、つまり彼女は現在――


「――てことは、お前は一人で働いて生活してるのか?」


「そう」


 事もなげに答える少女に継人は愕然とした。

 二桁の年齢に達しているかも怪しい少女が、一人で働いて生きているというのは、現代日本人である継人の常識からはおよそ考えられないことだった。


「……その宿舎ってのはどこにある?」


「ダンジョンのまえにあるやつ。銀貨三枚でとまれて、おとく」


 ダンジョン前か、と呟きながら、継人はダンジョン前の広場に木造のボロい建物が数棟並んでいたことを思い出していた。そのいずれかに少女は寝泊まりしていたのだろう。

 そこまで彼女を送っていきたかったが、しかし日が落ちた現在、山道であるダンジョンへの道のりを進むのは危険すぎる。おそらく一メートル先も見えない中を進まなければならないだろう。

 そもそも辿り着けたところで、継人の所持金は銀貨三枚に届かないので、少女の宿泊費を出すことはできない。


「………………」


 手のひらに乗せた二百六十一ラークを見つめながら考え込む継人を見て、少女はその理由をなんとなく察していた。自分のために高い薬を買ったせいで、きっとお金がなくなってしまったのだろう、と。

 そんな賢い少女は、己のチュニックの中に裾から手を入れゴソゴソと探ると、そこから一つの小さいポーチを取り出し、継人のシャツをくいくいと引っ張った。


 ん? と目を向ける継人に、少女はポーチの中にあった銀貨三枚と大銅貨二枚を差し出した。

 それを見て継人は、


「お、お前、その金どうしたんだっ?」


 そう食い気味に尋ね、そんな継人に少女は、


「あさのやつ」


 と端的に答えた。

 継人は昼から採掘を始めたが、少女は朝から採掘を行っており、既に一度、石の換金を済ませていたのだ。


「これをつかうべき」


 そう言って金を差し出す少女を眺めながら、彼女に助けられるのはこれで何回目だっただろうかと継人は考えていた。

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