第3話「一瞬、ただそれだけのことだった」
「ねー、そろそろどこかいこーよ。」
スピカは机の上でゴロゴロしながら、そんなことを言っていた。
俺は机を枕がわりにして少し休もうとしてたのだが、幼女様は、超元気で、超暇そうである。
長く迷宮潜っているから疲れてんだけどな。迷宮は基本、危険しかないので、潜ってる最中は気が休まらないからな。ここは安全そうだが。
「あと5分くらい寝かせてくんないかな…」
俺は半分くらいの意識でスピカにそう頼んだ。
「えー?いーまー。」
ダメだった。スピカに俺の疲れた顔など知ったことではないらしい。
「うーん。」
俺はとりあえず疲れを訴えるように唸ってみた。スピカは全くもって納得できないような顔で、こっちをみていた。
「じゃあじゃんけんしよー、わたしが勝ったら、今すぐここを出る、わかったー?」
「ああ、わかった。」
俺は内心、ニヤリと笑った。いや、顔に出てたかもしれないけど。
ー勝った、俺はそう確信していた。理由は簡単、相手は純粋であろう幼女!
スピカならこの一回勝負、出してくるならグーかパーだろうな、なら、パーを出せば、ほぼ確実に負けはない。わるいなスピカ、俺の睡眠は、誰にも邪魔させない。
「やったー!ほらほらーさっさと出発するよーっ。」
思い知った、本当に純粋なら、出す手は完全にランダムだと。
完璧な計画だったはずだが、スピカのチョキによって、俺の短い安息の時間は終わりを告げた。
「はぁ…マジかよ。」
「暗い顔しないでよー、せっかくの冒険なんだから、もっといい顔してよー。」
ならあと5分くらい休ませてくれよ…俺は疲労に塗れた身体を動かし、スピカの後ろについた。
「よっ…と。」
隠し部屋の入り口が音を立てて動く。
ふと思ったんだが、この壁、結構重かった気がするんだけど、なぜスピカが開けられるのだろうか。
少し不思議に思ったが、結構頑張って壁を動かしてたので、割と不思議な光景でもなかった。
ーーー
「ねー、お兄ちゃんは何でここに来たのー?」
迷宮の階段を登っている所、スピカが何となくそんなことを聞いて来た。
「んー、仕事で、かな。」
俺は適当に答えた。
「何の仕事?」
なんて答えればいいんだ、俺の職は、冒険者や騎士みたいな、多くの人に支持されるようなものではない。俺の仕事は《盗賊傭兵》冒険者のように掲示板とかに貼られた依頼をこなしたり、迷宮を先立って攻略したりとかではなく、個人に雇われ、内密に依頼をこなすのが俺の仕事だ。大抵は、個人を雇える貴族からの依頼が多い。内容は、到底子供には教えられないような汚いものばっかりだしな。今回受けていた依頼も、王都の強欲な貴族からのもので、奪えるもんは奪ってこい、みたいな内容だったしな。
さて、どう説明したものか。
「んっとな、宝とか探したり、魔獣を倒したり、とかかな。」
俺は少しオブラートに包んで答えた。
「ふーん。」
俺の考えに釣り合わず、スピカはそこまで興味があるわけではなさそうだった。なんか安心したが、俺の考えが杞憂だったことに少し脱力した。
「でも、お兄ちゃんはそこまで何かにこだわってないよね。よくぼうとか、そういうのがなさそーっていうか。」
幼女のくせになかなか鋭い、というか鋭すぎる。
「何でそんなこと思ったんだ?」
参考までに聞いてみた。
「お兄ちゃんの目は、どこもみてないからだよー、ここにくる人は、みーんな、なにかを見続けているんだよねー、あの人みたいに。」
唐突に行先を見つめたスピカに続いて、俺も前を見ると、かなり近くまで、誰かが接近していた。
「よう、ウィズ、お久しぶりだなあ。会いたかったぜえ。」
スピカの言葉に意味はよくわからなかったが、目の前にいる、俺の名を呼んだこの男のことは知っている。
「なんだよ、ギウス。」
俺は静かにこの男の名を呼んだ。この男は、俺の知り合いで、俺の大嫌いな奴の一人でもある。髪を短く刈り上げ、顔にいくつか生傷があり、その目は、眼力に満ちている、ガタイのいい奴。そいつが今、俺の前にいる、嫌な笑みを浮かべながら。
「なあんだよ、お前。相変わらずクソみてえなツラしてんなあ。」
ギウスはいつも通り、挨拶がわりの暴言を飛ばして来た、クソはお前だろうが、と言いたくなるが心の中に止める。こいつは、大変残念だが俺よりも強い、だから、下手に痛い目を見ないためにもここはさっさとやり過ごして…
「汚いねー、おじさん、嫌な臭いしかしないよー。」
俺が心の中で言ってたことを、スピカが言った。
「は、オイ、誰だか知んねえが、チビ、オイ、なんっつった。」
「おじさん、お兄ちゃんを嫌な気分にさせたいだけでしょー、気持ち悪いからやめてねー。」
「なあ、いくらガキでも、いっていいことと悪いことがあるんじゃねえかああ⁈」
スピカの無邪気な侮辱に、ギウスは完全に切れていた。流石にマズイんじゃね?と思った時には、ギウスはスピカに向かって怒りのままに剣を振り下ろしていた。
「ちょっ…!」
もう間に合わない、と俺が悟ってしまった瞬間。スピカは笑顔でギウスに向かってなぞるように左手を振った。
ー瞬間、ギウスの身体が結晶のようなものに包まれたように見えた。
ーそして、次の瞬間に、スピカは右手を振った。
ーもう一度瞬きした後の世界に、ギウスは存在していなかった。代わりにスピカの足元には、
ーギウスと思われるバラバラの死体が、四散していた。