第9話「小さな小さな化け物」
俺はその後、飯を食いそのまま再度寝始めたスピカを横目に、これからのことについて真面目に考えていた。
とりあえず、スピカは完全に化け物だ。あの問答無用に生物を破壊する能力なんて、聞いたことがない。街一つを焼き尽くす魔導師や、城を斬ったとかいう騎士のとかの話は聞いたことがあるが、それは膨大な魔力や、精巧な技術、そして長いモーションがあってこそのものだろうに。スピカのそれは、モーションや技術なんて鼻で笑える程のものだろう。
それだけならいい、ただ膨大な力を持っている、それはいい。問題なのは、スピカが世界征服を目指していることだ。常識なんてまるでないような化け物幼女が、世界を手に入れるために頑張ったら、それはそれは大変なことになるんじゃないか?もしかしたら、この国なんて、簡単に滅びてしまうかもしれない。
俺は、すぐ横で小さな寝息を立てているスピカを見つめた。
ーここでこいつは、殺してしまったほうがいいのではないか。
そんな考えが俺の頭をよぎる。
俺はナイフを取り出そうと、リュックへと手を伸ばす。
「ん、う〜ん。」
「うおっ…と。」
手を伸ばした瞬間、スピカが寝返りをうった。俺はナイフを取り出し損ねた。もう一度取り出し、スピカを殺すこともできたが、今日はもう、そんな気分にはなれなかった。俺はリュックの中から、ナイフではなく寝具を取り出し、そのままスピカの隣で寝た。
ーーー
ウィズとスピカが完全に寝静まった頃、その付近を、三つの影が、二人を狙って近づいていた。
その影は、魔獣ではなく、人間だった。ウィズ達のような迷宮帰りの財宝所持者を襲う、冒険者狩りという名の盗賊、それが今、ウィズ達の寝込みを襲おうとしていた。
「さて、そろそろだな、炎上結界が近い。今日もたっぷり稼ごうぜ?」
「油断するなよ、結果を張っているからといって、弱い奴とは限らない。」
炎上結界というのは、専用の魔力結晶を火の中に放り込むことによって、使用者の魔力消費なしに、魔獣を寄せ付けない結界を張るアイテム。これで、夜の魔獣から身を守る、というわけだ。しかしこのアイテムには、重大な欠点があった。それは、人間には炎の煙で、その場所を特定し、さらには簡単に破ることもできる、それを利用しているのが、彼ら盗賊というわけだ。
「んーっと、人数は二人、ん?一人はめっちゃ小さいなぁ、なんだよこれ。」
盗賊の一人が小さな声で、もう一人に見えているものを伝える。
「そんなことはどうでもいい、俺が聞いているのは、罠がないかとか、そういう事だ。」
「起爆式の術式とか、そういうのは見当たらねえな、結晶も置いてないし。」
いつもなら、起爆式の魔力結晶を置くことを忘れないウィズだったが、不幸にも今日は、置くのを忘れて寝てしまっていた。
「ならいい、いくぞ。」
「了解。」
その声を合図に二人の盗賊は結界内に入り込む。もしターゲットが起きてしまった時のために二人が短剣を抜いた瞬間、
「うーん、だーれー?」
スピカが、目を覚ました。
「ちっ……起きたかどうするよ、子供だぜ?」
「どうもこうもない、見つかった以上、仕方ないだろう。」
そう仲間に言われ、盗賊は片手で持つ短剣をくるくると回しながらスピカに近づく。
「そーゆーこった、悪いねお嬢ちゃん、死んでくれ。」
そう言い放ち、スピカの首に向かって剣を振る。だがスピカは、何一つ気にしていない様子で、剣に向かって左手を振る。
「なっ……⁈」
剣が、盗賊の手首まで結晶のようなのもに覆われる。さらにスピカは、畳み掛けるように、右手で剣にデコピンをした。
「え?何を……ったああああ⁉︎手が…手がないいいいい⁉︎」
盗賊の手首は、剣とともに四散した。突然の激痛に叫ぶ盗賊、だがスピカはさらに追い討ちをかけるように再度左手を振る。痛みに絶叫する盗賊の声が、一瞬にして消え去る。そしてそのまま、スピカは容赦なく右手を振る。
「お兄さんたち、わたしを殺そうとしたわるーい人だね。」
「ぐっ……。」
盗賊の一人はバラバラになった。人一人分の血液が地面に撒き散らされる。残った盗賊は、想定外過ぎる事態に呻き声を上げ、その場から本能的に撤退しようとした。
「待ってよー。」
スピカはそう言いながら、盗賊の肉片を数個上に投げ、左手で結晶化させ、今度は自分の長い髪を持ち、結晶に当てる。空中に留まっていた結晶は、髪に触れたことで、逃げる盗賊に向かって加速する。
「んなっっ……⁉︎」
後ろを振り返った盗賊は、迫ってくる結晶に気づき、驚きの声を上げ、同時にそれを避けようとする。結晶の一つは、盗賊の頭をかすめ、その奥にあった気に刺さる。だが残りの結晶は盗賊の肩と心臓を、貫いた。
「う……がはっっ…」
盗賊はその場に倒れこむ。スピカは苦しむ盗賊の所へ寄っていく。
「もう死んじゃいそうだねー。」
「お、おい。お前は何な…んだ。見たとこ…ろ、只者ではないよう…だが。」
盗賊は、消え入りそうな声で、スピカに問う。
スピカは手に付いた血を舐めながら、笑顔で答えた。
「えっとねー、わたしは、あなたたちが、神殿の秘宝とか、帰らずの理由、とか呼んでいる者だよー。」
「でー、あとは……あれ?もう死んじゃった。まーしょーがないか、心臓潰しちゃったからねー。」
スピカは、なんの感慨もなさそうに、盗賊の死体を後にした。