第8話「笑顔と返り血」
スピカが帰ってきた。何かものすごい血塗れで。
「お、おい、何があった?」
俺は慌ててそう問いかけると、スピカは満面の笑みを浮かべた。スピカの手には、自分の身長よりも4倍ほどでかい狼型の魔獣の尻尾が握られていた。
「ふふーん、どーだー、こんなのとってきたよー?」
スピカは得意げにそう言った。これ、どうしたもんか。褒めてやるべき…なのか?
返り血を浴びて血塗れになった幼女を褒める俺。うん、ないな。圧倒的にありえない構図だ、どう考えてもおかしい。
「え……っとな、大変言いにくいんだが、それ、不味いぞ。」
俺はとりあえず、狼型の魔獣の真実を告げた。この魔獣はリーンウルフ、森に生息する魔獣の中でも特に利用価値のない害悪指定の魔獣。…のはずなんだが。スピカは納得のいかない顔で首を傾げている。
「えー?これ、結構おいしいのにー。」
そう言ってリーンウルフをズルズルと引きずってくるスピカ、俺の目の前までくると、リーンウルフを地面に置き、素手で目をくり抜いた。
「ほぁっ⁉︎」
お世辞にも綺麗とは言えない眼球がウルフの顔から引きずり出される。スピカはそのまま、目をくり抜いた奇行が霞むレベルのさらなる奇行を続けた。
ー目を、食った。
ウルフの眼球が鈍い音を立てて噛み砕かれる。俺はついに、声すら出なくなった。
「ほーらー、お兄ちゃんも食べなよー、目はわたしが全部食べちゃったけど、まだいろんな部分が残ってるからさー。」
持って帰ってくる時にもう一つ食ってたのかよ。
「い、いや、今あんまり腹減ってないからさ、遠慮しとくよ。」
その場しのぎの言葉にも聞こえるが、嘘は言ってない。目をくり抜いたり食ったりなんていう衝撃の場面を見せられたら、食欲なんて遠くに消え去ってしまうわ。
「そっかー、ならしょうがないなー、じゃあまた今度だねー。」
どうやらスピカは相当純粋らしい。こんな見え見えの現実逃避に引っかかってくれる。その辺は見た目相応で助かるんだが、返り血を浴びた幼女を、果たして純粋と言っていいのか。俺はそんなどうでもいいことを考えながら、今度は耳をひきちぎり始めたスピカを、眺めていた。