第6話 対決 ホブゴブリン
「全員、一旦止まれ。」
ただでさえ危険を察知していた一同は、ハヤトの声に、全員がただちに停止した。
「最後の最後でやっかいなのが出てきたもんだ。
本来、こんなところにいるようなレベルの奴じゃないんだが。
しかし、いる以上、迎撃するしかない。
ここはスピードよりも守りやすさだ。一旦、馬を降りて、奴を倒すぞ。」
ハヤトの指示にトウマが疑問を投げかける。
「馬の乗ったまま、奴を置き去りにして、山を駆け下りてはダメなんですか?」
「奴はああ見えて、そこそこ素早い。6人で奴を避けようとすれば、ターゲットを一人に絞って追撃される可能性がある。
それとも、ロシアンルーレットの気分で俺が1/6の確率で当たる可能性に賭けてみるか?
俺が注意を引き付けてお前らが逃げる作戦もナシではないんだが、正直、俺も一人ではなるべく相手にしたくない。」
珍しく弱気な発言をした。 それだけ、あのゴブリンが強敵だということだろう。
一瞬の沈黙のあと、再びハヤトが口を開く。
「逃げるくらいなら、回復ができるカナがいる間に全員で倒しておきたいところがお前たちはどうしたい?」
先ほどの弱気な発言とはうってかわって、今度は、全員なら倒せる確信があるような言い方だった。
確かに、強敵だが、カナが、そして全員がいれば勝てるという判断のようだ。
道中の僕らの戦いっぷりは、思った以上にハヤトの信頼を勝ち取っていたらしい。
カナは、急に自分の名前が出てきて最初は驚いた表情になった。
カナの驚愕ぶりに全員の意識がカナに集中してしまった。
カナは全員の注目を浴びたことで俯いてしまい、しかし、ただ恥ずかしがっているだけではないようで、俯いたままで何かを考える表情になった。
しばらく、考え事をしていたかと思うと、急に顔を上げ、なぜか最初にトウマの顔を見て、次にカナを心配そうに見つめるエリーの顔を見て、最終的にハヤトの事を見据えてこう言った。
「わかりました。期待されているなら、カナは戦えます。 今まで、カナは、お姉ちゃんやトウマ、ユウリに頼ってばかりでした。
だけど、カナはもう幼い子供ではありません。
自分にできることは自分でしたい。
カナにしか出来ないことがあるのなら、カナはやります。」
カナは、強い決意を持って、全員にこう告げた。
自分はもう子供じゃない。 いつまでも「エリーの妹」ではなく、自分は自分なのだ、と。
そういう事なのだろう。
カナは、自分の決意を言葉に乗せ、それから最後に再びトウマの方に視線を向けた。
ついさっきまで、幼い子供だと思っていた少女の、思いがけない強い意志を乗せた瞳に見据えられ、トウマは思わずドキドキしてしまった。
本来の話の流れとは別のところで衝撃を受けたトウマをよそに、相変わらずエリーは、心配そうな表情のままだった。
それと、カナの強い決意に困惑の色も見える。
そして、もう一人、心配そうな表情のユウリは慌てた様子で疑問を投げかけた。
「待ってくれよ。 俺たちが覚悟を決めるのは、別に構わねえと思うが、姫様はそれでいいのかよ。
姫様の護衛なんだから、姫様の意見も聞いた方がいいんじゃねぇの?」
急に話を振られたアリスは、カナ同様に、覚悟を決めた表情になり、ゴブリンと対峙しても問題ない旨を告げた。
「私の事なら、ご心配なく。直接、対峙する必要がないのであれば、自分の身は自分で守れます。
一度、森に戻り、大きく迂回するルートもあるかもしれませんが、あまり時間はかけたくありませんし、あのタイプのゴブリンがあの1体とは限りません。
迂回して、結局、あのゴブリンと複数体遭遇する可能性を考えるよりは、あの一体を撃退した方が話は早そうです。」
アリスの言葉に、より一層困惑した表情のユウリと、心配そうなエリーに、ようやく我に返ったトウマが声をかける。
「ユウリ、アリス姫が心配なのはわかるが、年少の二人が覚悟を決めたんだ。
僕たちが覚悟を決めなくてどうする。
それにエリー、大丈夫だよ。カナは強い子だ。」
トウマのフォローに、ユウリは持ち前の強気さを取り戻し、エリーは覚悟を決めたらしい。
「別に俺は、あいつと戦うのにビビッてる訳じゃねぇ。 みんながやろうって言えるなら、あんな奴、俺がぶっ倒してやんよ。」
「トウマに言われなくたって、カナの事は私がわかってるわ。 それでも心配するのがお姉ちゃんってものなのよ。
やるからにはぼっこぼこにしてやるわ。
それからトウマ、カナのことをよろしく頼むわよ。」
「言われなくても、カナはもちろん、みんなのことをしっかりフォローするよ。」
トウマの言葉に、
「カナのことはそういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・」
と、一人呟いたが、その呟きはほとんど独り言に近く、トウマにはカナの言葉がいまいち聞き取れなかった。
エリーのトウマに対する言葉に、カナが後ろで頬を朱に染めていたが、もちろんその表情にトウマが気づく気配ななかった。
そして、意見が一致したと判断したのか、ハヤトが再び口を開いた。
「全員、覚悟は決まったようだな。 さっきまでとは、陣形を変える。
俺を前衛にして、中衛にユウリとトウマ、後衛にエリーとカナだ。
姫さんは念のため、一番後ろで待機していてくれ。
トウマ、今度はお前も、もっと戦ってもらうぞ。」
「ちょっと待って。 馬から降りるなら、私も後衛じゃなくて中衛に上げてよ。 後ろからチマチマと弓で戦うなんて性に合わないわ。」
カナの抗議に ハヤトは確認を取る。
「そうは言ってもお前さん、武器がないだろう?」
「私の武器は、この拳一つで十分よ。」
カナの返事に、ハヤトは少し考えた後、
「ずいぶんと男勝りなお姉さんだな。こりゃ、妹は大変だ。 わかった。 中衛はトウマを中心に左右にユウリとエリーを据える。
基本的に、個人個人が自分で判断して動け。
トウマ、お前はこの心配性なじゃじゃ馬二人をちゃんとサポートしてやれよ。」
トウマは、じゃじゃ馬扱いされたユウリとエリーを交互に見ながら、やや苦笑気味に 「わかりました」 と返事した。
********
「ブルクラッシュ!!」
強化型ゴブリンとの戦いは、ハヤトの強烈な一撃で幕を開けた。
爆発音でもしたんじゃないかと思うくらいの強力な一撃に対し、ダメージを受けた悲鳴のようなものなのか、それともダメージを受けたことに対する苛立ちの発散なのか、大音量の雄叫びをあげた。
「グゥオオオオオオオ」
結果として、ハヤトに負けず劣らずのサイズの剣を片手で振るうゴブリン(ホブゴブリンというらしい。)は、ハヤトの強力な一撃に、怯むどころか、かえってやる気になってしまったようだ。
「ユウリ、エリー、ダメージを削るのはハヤトに任せろ。 大技はいらないから、なるべくハヤトに攻撃が集中し過ぎないようにするんだ。」
そうこう言っている間にも、ホブゴブリンは、ハヤトに反撃を開始しており、さすがのハヤトも受けきれずに、あっという間に少なくないダメージを受けているようだ。
「カナは回復魔法に専念、ハヤトも、ダメージを受けたら、無理をせずに一旦回復に回れ。」
なんだかんだ、トウマは周りに指示を出しながら、ホブゴブリンに攻撃を仕掛けていく。
********
ホブゴブリンとの戦いが続く中、基本的に前衛のハヤトへの攻撃が集中するため、ハヤトが再び回復のために後ろへ下がった。
「喰らえ!エイミング!」
ハヤトが前衛にいない焦りか、ユウリがホブゴブリンに大技を繰り出そうとしていた。
ユウリは大きくためて、ホブゴブリンの左半身を打ち抜いた。
ホブゴブリンへと大ダメージを与えたかに、見えた強力な攻撃は、しかし、相手の強力な体力の前に致命傷にはならなかった。
代わりに、相手の強力ななぎ払いを受け、ユウリは大きく態勢を崩されてしまう。
態勢を崩され、身動きが取れないユウリに、ホブゴブリンが追撃しようとユウリの方に向かって走っていく!
もう一撃、強力な攻撃を喰らったら、無事では済まない。
やられるっ。
そう覚悟したユウリの目の前で
「パリィ!」
間一髪、トウマがホブゴブリンの攻撃を受け流した。
間に合った。 安堵の表情を浮かべるトウマ。
目の前で、獲物を仕留めそこなったせいか、怒りの表情を浮かべるホブゴブリンのすぐ後ろに、黒い影が見えた。
「スマッシュ!」
最初の一撃ほどではないにしろ、ハヤテの強力な一撃がホブゴブリンに直撃した。
カナに回復してもらっていたと思われるハヤトが、ホブゴブリンの隙をついた形だ。
ハヤテのスマッシュのあと、再び初期の陣形を組み直すトウマたちだが、今のハヤトの強力な一撃にもなかなか倒れる気配のない相手に少しずつ焦りの色が見え始める。
「ムーンシャイン」
カナの回復魔法で、ユウリのキズが癒えていく。
一度、全員が落ち着いたところでトウマが口を開いた。
「カナ、ありがとう。けど、ムーンシャインは陰魔法には珍しい回復系だ。その分、消費する術力もそうとうだろう。おそらく、いまのユウリを回復させた分で、ほとんどもう魔法は使えないはずだ。」
トウマの指摘に、カナが渋々と頷く。
余計な魔法を使わせてしまったという感じで、ユウリは悔しそうな表情を見せた。
見た目にはわからないが、ハヤトの攻撃は、ホブゴブリンに相当なダメージを与えているはず。
しかし、強固な体力をもつあのゴブリンがどのくらいで倒せるのかが、見当もつかない。
次に誰かが大ダメージを喰らったら、そのあとは保障できない。
一向は、かなり追いつめられていた。
ボス戦開始です。
まだ、ボス戦が続きます。