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エピローグ:魔法が解ける時

 気がつけば、僕らはベンチに座っていた。手を繋いだまま身体を跳ね上げてしまったのは、直前にスプラッシュマウンテンに乗ってしまったからだろうか。ともかく、帰ってはこれたらしい。


「……時間は?」

「午後四時四十四分。……凄い作為的な時間に戻されたわね」

「……え、どの辺が?」

「知らない? 学校の怪談の一つ。四時四十四分に特定の場所にいれば、異次元に飛ばされてしまう。何らかの怪奇現象に逢うとか」

「僕のとこはそれ、五時五十五分だったなぁ。ついでにお爺さんが現れて何かしてくるって感じの話だった」


 それただの不審者じゃない。と、笑いつつメリーは行き交う人々をぼんやり眺め、ホッと一息ついていた。


「さっきまで、骸骨だらけだったからかしら? これが普通なはずなのに。何だか……違和感があるわ」

「骸骨に親しみでも感じたかい? 全力で僕らを噛もうとしてきたけど?」

「親しみを感じたのは否定しないけどね。でも何よりも驚いたのは、全力で襲ってきたからこそ……よ。普通の霊が全員あんなに好戦的になってたんだもの。恐怖なんて通り越すわ」


 まぁ、そこはあれだけの骨やら、中に入っていた幽霊達を用意していた、ディズニー魔法様々さ。何て事を言ったら、メリーは呆れたようにため息をついた。


「ま……いいわ。こうして二人揃って戻って来れたんだもの。贅沢は言いっこなしね」

「まぁ、それは同意するよ」


 ぐっと身体を伸ばす。空は既に薄暗くなりつつあった。逢魔ヶ刻に戻ってくるなんて、いかにも僕達らしいな。何てのは今は考えまい。また裏に引きずり込まれるのはごめんなのだ。


「……どうする? 検証は強制的に失敗した訳だけど。帰る?」

「……わざと言ってるの? 本気なら私もディズニーランドもマジ泣きするわよ?」

「ほんのジョークだよ。立てる?」


 秘密を掘り返すなと言われた矢先に、再び掘る気はない。かといって空気が読めない程ひねくれてもいない。ベンチから立ちメリーに問えば彼女は少しだけ疲れたような顔で。


「……あ、あとちょっと休ませて。あなたのせいで腰砕けなの」

「……わざと言ってるのかい?」

「ほんのジョークよ」


 そうですかい。

 勢いよく立ったが無駄になってしまい、再びベンチへ――。メリーの隣に腰掛ける。

 すると不意に、僕の片手がちょんちょんとつつかれた。


「ん~?」

「……ん」


短い言葉も使わぬやりとりだが、何が言いたいかは分かり、僕は相棒の手をそっと握る。怪異と対峙するときの僕らのスタイル。そういえば、最後の骸骨と乱闘する以外はずっと繋いでいた気がする。


「怪異は、もういない。いても追わないよ?」

「うん、わかってる。ついさっき、サークル活動は終了。あるのは……そうね。相棒って立場だけ。都市伝説なんて追わないで、純粋にディズニーランドを楽しもうって魂胆の……ね」


 そっぽを向いたまま、あれこれと理由を述べるメリー。我が相棒ながら回りくどい奴だ。そんな事を思うが、特に口に出しも言及もせず。こういう時は、男の子が察して、突っ込んで欲しいとこだけ言うべきだと思うから。


「エスコートだね。他ならぬアリスの頼みだ。了解したよ。あ、そうそう、メリー」

「……何?」


 道行く吸血鬼、狼男にフランケン。亡霊やゾンビの仮装をした者達が、あっちへこっちへ。思い思いの方向へと闊歩している。

 今宵はハロウィン。ただ僕らが仮装するだけで、そこが非日常だったなぁなんて、今更ながら気づく。

 そもそも。追う。追われもいいけれど……。


「普通に遊びに来たいなら、変なこじつけはいいいからさ。次からはちゃんと言ってくれよ。サークル活動抜きにしても、君とお出掛けするの、僕は普通に楽しいし、好きなんだよ?」


 返事は、たまに飛んで来るヘッドバット……。ではなく、少しだけ恥ずかしそうに更に明後日の方を向く、メリーの姿だった。



 かくして検証は終了し、僕らは再び日常と非日常の境界へ戻っていく。


 ホーンテッドマンションをもう一度。今度は普通に楽しむ。無限に続く廊下には、やはり誰もいなかった。

 スモールワールドで、流石に歌うことはしない。一般のお客さんもいるのだ。ただ、人形の一人。ピノキオ人形を抱えた〝女の子〟が、こちらにウインクしてきたような気もした。気がしただけだ。きっとね。

 小休憩にツリーハウスに立ち寄る頃には、辺りはそれなりに暗くなり。展望エリアからはライトアップされたトゥーンタウンが見えた。あのリスの幽霊は、何度もこの風景を見ていたのだろうか。何て事を考えながら、僕らはただ、夜景を見つめていた。


「……本当に、夢みたいな出来事だったなぁ」


 と、どちらからともなく呟いてしまい、二人揃って吹き出したのは、幸いにして誰にも見られなかった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 他のアトラクションを回りつつ。ナイトパレードを楽しんで。夕食は園内のレストランに行き。そういえば全然見ていなかったと、お土産売り場に立ち寄ったりもした。お菓子やらを買い漁っていたり、ちょっとしたグッズを冷やかしまじりでメリーとみているうちに、あれよとあれよと、閉園時間が迫ってきていた。

 いつもの僕らならば、閉園時間まで留まっていたら、異次元に送られるらしい……。本当に? といった具合で検証を始める所だが、生憎今は、純粋に楽しんでいる立場だ。


「何だか物足りないわ」

「なら、また来こようよ。どのみち一日じゃあ回りきれないだろうしね」


 僕がそう言えば、メリーは少しだけ顔を輝かせ、「……なら、今度はディズニーシーがいいわ」と、要求する。

 そこでちょっとした悪戯心が芽生える辺りは、僕も素直じゃないらしい。「何かの検証に?」何てわざとらしく問いえば、彼女は綺麗なウインクを見せながら、「単純にお出掛けのお誘いよ」と、口元を綻ばせた。珍しく素直な返しに少し驚きながらも、僕の返事は決まっていた。


「そういう事なら、喜んで」


 変な夢を見そうになるくらいには、くすぐったいやり取りだった。


 ※


 最後にメリーにせがまれてお揃いのキーホルダーを買うついでに、ものは記念なので、彼女に簡単なプレゼントを贈呈する。

 ハロウィン仕様のマグカップ。喜んでもらえて良かったのだけど、メリーの方もまさかのサプライズプレゼントを用意してくれていたらしく、マグカップまでお揃いになってしまったのは……今となっては笑い話だ。

 こうして、楽しい休日は終了した。

 ……かに、思われた。


「……酷いわ。せっかく楽しかったのに」


 そう。そんな笑い話や、ちょっと奇妙な体験をした笑い話で済めば良かったのだ。

 全てが終わった後に、色々と冷える事になるのは、渡リ烏倶楽部にはどうあっても避けられぬ、宿命のようなものらしい。


「私、メリーさん。……ねぇ一緒にいて。今夜は帰りたくないの」


 帰りの電車の中で、メリーがなに食わぬ顔で切り出した一言。それが冷たい雫となり、僕の耳を侵食する。僕が顔をひきつらせていると、メリーは真剣な顔で、僕を見上げていた。


「真面目な話よ。早めに方針を決めないと……文字通り命に関わる……ね」


 そう言いながら、メリーは少しだけ震えながら、肩を抱く。

 本人曰く。ずっと見られていた。

 多分隙を伺っていて。それは今も。との事だった。


「お化けの話をすれば寄ってくる。とあるけどね。西洋風の怪物達でも、それが当てはまるとは思わなかったわ」


 何の話かわからず、僕が首を傾げていると、不意にメリーは僕の耳元に顔を寄せ。


「知ってる? ディズニーランドのハロウィーン。仮装できるのは、〝ディズニーキャラクター〟にだけ。他のポピュラーな存在。例えば幽霊だとか、吸血鬼みたいなのに仮装するのは、原則として禁止。つまりね。そんな格好をしていたら、入国する事自体が、不可能なのよ」


 ……え?


 その瞬間。僕の脳裏に、ありえない光景が思い出される。

 吸血鬼やら、幽霊は禁止? なら、僕らが道行く先で見たのは……?

 ディズニーの世界観への徹底。それすらくぐり抜けたあれらは……。

 不意に、僕の〝小指がひっかかれた〟ぎょっとする僕に、メリーは小さく「左よ」と、囁いた。


「……目に見える悪意は、たかが知れているわ。でもね。本当に怖いのは……」

 


 電車の車両の一番左端に。それはいた。吸血鬼と、ゾンビと、狼男にフランケン。仮装にしてはあまりに気合いの入りすぎたそれらは……。確かにそれぞれ。此方を伺っていた。


「目に見えない、悪意なのかも」


 染み込むようなメリーの一声が、僕の身体を震え上がらせる。電車はひたすら進んでいく。舞浜駅から離れて、延々と。

 その日僕らは、家に帰らなかった。最寄りでなく。かつ、すぐ近くにネットカフェがある駅で下車し。そのままそこへ転がり込み。何とか日の出までやり過ごしたのだ。

 人の気配が濃い場所ならば、怪異の類いは近づけまい。僕らの目論みは、一応成功した。


 ディズニーランドから出ることを、よく魔法が解けるだとか、夢から醒めると喩える人がいる。

 それは正しくその通りだったと、今日ほど実感した事はなかった。


 後日、その駅の周辺で、何人か行方不明者が出たというニュースを確認することになるのだが……。ここでは、僕らが降りた駅名は伏せさせていただこう。


 秘密を暴く事は、隠された恐怖を引きずり出す。故に知らないでいる事で、怪奇が寄ってくる事を防ぐことが出来るのだ。


 知覚してはいけない。想像してはいけない。

 秘密は秘密のままで。それが、魔法を封印する、一番手っ取り早い手段なのだ。

 


 

 



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