フォー◯の覚醒
結論は、数行で片付けられる。
メリーは招待状からのメッセージを悲観的に捉えた。故にあの、悲劇の結末へと繋がる。だが、それらを打ち砕く言葉がある。ここは夢の国。だからこそ……。
「私、メリーさん。貴方の一言で、身も心もノックアウトなの」
「いや、だから……うん、もういいや」
もはや突っ込む気も失せた。何でそんな誤解招く言葉ばかり使うのさと聞いても、仕返しよ。の一点張り。……僕、何かしたのだろうか?
「いや、拗ねたくもなるわよ。まさか、『君の推理には夢がない』何て言葉で全部引っくり返されるなんてね」
「……まぁ、酷い返しではあるけどね。僕らが探偵ものやミステリー小説の世界に入り込んだとしたら、悉く反則な存在だよなぁって思うよ」
片や過去。現在に起きたものが心霊現象であれば、俯瞰的に知覚でき。もう片方は心霊現象に干渉可能。死体が霊的な存在に移行したのならば、真相も一発で解決だ。
もっとも。今僕らがいるのは小説の中ではなく、紛れもなく現実で。そこに出現した、異界の中ではあるけれど。
僕らは歩く。未来を夢みた世界、トゥモローランド。宇宙的なピザ屋さんを後にして、途中ちょっと寄り道もして。僕らはディズニーランドの入り口へと続くエリア。ワールドバザールへ差し掛かろうとしていた。
「でも……何だか夢物語ね。私達の力がおかしなものだからって、夢の国直々にちょっかいかけてくるなんて。これ、黒幕はどっちなのかしら?」
「僕ら。じゃないかな? 都市伝説を追わなければ、多分今回の事は起こらなかったんだからね。そう、僕らは、好奇心が過ぎた。普通の場所ならいざ知らず、よりにもよって夢の国で、夢を現実にしようとしてしまった」
結局の所、全てはそれが原因だった。
〝ここは光輝く夢の国。夢が夢であるために。光が光であるために。現も影も必要なもの。
否定だけが全てではない〟
〝裏ディズニーランドは、過去。今。未来。全ての可能性が沈む場所。表とここは、様々な形で繋がっている。だが、語ることなかれ。秘密は揺り籠に乗せたままが相応しい〟
僕らと夢の国は、変な話だが、互いに妥協するのが最善だった。酸いも甘いもとまではいかずとも、光が絶妙に美しくなるには、やはり影も必要で。要はバランスが大事だった。この辺はメリーの推理と同様だ。ただ付け加えるならば、否定だけがの下りは、僕らという存在がいても、それらを完全には否定しないと取れるだろう。
そう考えると、その後ろの魔法うんぬんは、僕らを排除というよりは、僕らに気づかせる事が目的だったのだ。すなわち……。
「〝相応しいものはただ一つ。純真無垢な、楽しむ心だけ〟つまり秘密なんか発掘してないで、純粋に夢の国を楽しまんかい! って意味だったんだろうさ」
そう。答えは、いたってシンプルだった。裏ディズニーランドは、僕らの目的を断念させること。その為にミッションという名目で僕らを都市伝説達と接触させた。
こっちで触れさせたんだから、表では触れてくれるな。そんなメッセージだったのだろう。ただ、これでも僕らが秘密を暴く事を止めなかったら……。恐らくはメリーが言っていた結末に移行する可能性はあるかもしれない。
ディズニー映画にもやっぱり悪役はいて。ハッピーエンドの為にはやっぱりそれらはやられてしまう運命にある。
つまるところこのツアーは、ミッションを経て僕らが夢の国での多数いる主役となるか。悪役となるか。それを決める試練だったのだ。
「それでチェックボックスが埋まるんだもん。認めるしかないわよね。その夢がある解釈を」
「ハッピーエンドに進みつつあるんだからいいじゃないか」
肩を竦めるメリーの片手を握り返しつつ、僕は何気なく空を見る。雲一つない夜空だった。ここから出たら……現実の時間がどうなっているのか。それだけが少し気になった。
招待状は、もう手元にない。
『おめでとう! 気づいてくれてありがとう! お帰りは〝最初に定めた場所にて!〟お気をつけて、いってらっしゃい!』
そんなメッセージが浮かぶやいなや、まるで魔法のように消えてしまったのだ。
ディズニーランド凄い。なんて、もう今更だった。
「出たら……もう夜なのかしら?」
「どうかね。夜だったら、少し損した気分だよ。一応ここに連れてこられたのは、お昼前だったのだし」
「酷いわー。ぼったくりだわー」
「訴訟じゃ勝てないよ。向こうは魔法も使えるしね。もし夜だったなら……次の休日辺りにまた来ればいいさ」
僕がそんな事を宣えば、隣のメリーは少しだけ驚いたような顔になり。すぐにいつものミステリアスな雰囲気に戻る。
「……出れたら。でしょう? 帰ってはいいと言われたけど、相変わらずあの通りよ?」
ワールドバザールに到着。そこにはやはり、骸骨達で溢れていた。帰っていいと言っているくせに、敵キャラがいるとはいかがなものか。
「これもアトラクションって事なんじゃないかい? 最初の説明でも言ってたじゃないか。お楽しみくださいってさ」
「心底いらないわ。その気遣い」
「骸骨達は動きが鈍い。二人いるなら、出口までなら、案外何とかなるさ。せっかく〝こんなもの〟まで用意してくれてるんだし」
寄り道先。トゥモローランドのお土産売り場で拝借したものを、バトンのようにクルリと回す。そこにあるのは、世界的な某SF映画に出てくる武器――。の、レプリカだ。
「変なゾンビみたいなのもいるんだし、棒的な何かが欲しいわね」
そんなメリーの提案で、近くの店に入って見つけたものだ。
目ぼしいものが無ければ、店の奥に侵入して、箒かモップでも取って来よう。そう思ってた矢先。それを見つけてしまった僕らは、迷わず手に取った。
見た目は赤い刀身の、メカニカルな光の剣。問題は、どうしてこれがこんな所にあるのかという話だが、細かいことは気にしないのが吉だろう。トゥモローランドはその映画に関わるアトラクションも有しているのだ。あっても不思議ではないのかもしれない。
「最新作の公開って、いつだっけ?」
「12月18日よ。……一緒に観に行かない?」
「いいね。ここから出たら、スケジュールに組み込もう」
そっと、手を離す。流石に手を繋いだまま、骸骨の群れとドンパチは出来まい。互いが危なくなったら護り合う。そんな感じでいこうと、方針を確定させる。
「ほんと、長い旅路だったね」
「全くだわ。〝好奇心が多くの場合トラブルにつながるのよ〟とは、よく言ったものね」
まぁ、私達から好奇心取ったら……ねぇ? と、苦笑いするメリーに、僕もまた、小さく頷いて同意する。
「ふしぎの国のアリス。アリス・キングズレイの台詞だね。確かに好奇心がない僕らなんて、ただの変な大学生か」
「変な大学生……ね。何かいやらしいわ。変態な大学生だなんて」
「何故〝態〟を付け加えた」
まぁ、オカルト狂いな点は否定しない。そういう意味では、僕もメリーも変態かもしれない。何て考えてたら、メリーは邪悪に笑いながら、「アリスの台詞から、もう少し引用しましょう」と言いながら、光の剣をフリフリし。
「〝あなたって本当に変態ね。でもいいことを教えてあげる。素晴らしい人っていうのは、みんな変態なのよ〟」
微妙に違う! とか、それ引用じゃなくてオマージュだよ! なんて事は言うまい。これはほんのじゃれ合いというか、戯れなのだ。
僕らは武器を握り締める。言葉は不要。アイコンタクトを狼煙がわりに、一気に踏み込んだ。
「そぉい!!」
某ジャガーさんみたいな大変勢いのある掛け声と共に、男たる僕が先陣をきる。
ふらふらと近づいてくる骸骨達。その手近な奴の頭を、光の剣 (レプリカ)で弾き飛ばす。
「離れないでね。メリー!」
「お互い様よ。背中、預けたわ」
骸骨の股関を容赦なく蹴り飛ばし、光の剣を眼窩に突き入れ、大立ち回りをする我が相棒を殿に。僕らは骸骨ひしめく古きよき時代のアメリカの街並みを猛進する。
さぁ、フォー◯の力を見せてやろう! ラ◯ト・セーバーを振り回す、アリスとロビン・フッドという、混沌とした光景がそこにはあった。
まぁ、そんなのは些末な問題で、今は出口に向かうのが先決だ。
勿論、お行儀よく正門からは帰れないんじゃないかなと思う。
招待状で見た、含みある言い回し。あれを見れば、素直に帰してはくれないことくらいは分かるのだ。
取り敢えず、あらかじめもしもの時の出口への予想は二人で立てている。
第一候補がダメだったら、そこへ向かうとしよう。
※
嫌な予感は、得てして当たる。
一応入口へ向かった僕らは、そこでUターンし、ワールドバザールを横切って、今は北東を目指していた。
「帰れって言っておいて、やっぱり入口閉めてたわここぉ!」
ヒステリックに叫びつつ、メリーは剣をフルスイングする。あっさり吹き飛んだ骸骨の肋骨が宙を舞い。その背中を護りながら、僕もまた、骸骨の頭を突いて回っていた。
頭蓋骨が一個、二個転がって、ぶつかりバウンドする様は、まるで趣味が悪いビリヤードをやっている気分だった。
「飛び越えも出来なかったしね。やっぱり、出口は別の所にあるのかも」
「ホーンテッドマンションから入ったんだから、出口もまたアトラクションの中にあると? 性格悪いわね。こんな状況で謎解きしろっていうの?」
「考えてて良かった第二候補!」
「全くだわ。訴えてやるっ!」
「このっ! このっ!」と、もぐら叩きばりに骸骨を撃退するメリー。その側面には、再び骸骨が迫ってきていて……。
「――っ、危ない! メリー!」
咄嗟に間に割って入る。剣を降るより先に腕を出してしまったのは、慌てていたから仕方がない。やけにに整った骸骨の歯並びが、パカリと開かれ、おぞましいくらいゆっくりと、僕の腕に食い込んだ。
「痛っ……そぉおい!」
火箸で捕まれたような激痛に耐えつつ、骸骨に前蹴りをお見舞いする。胴体が吹き飛ばされ、力を失った頭骨は、カランという音を立てて地面に落ちた。
「辰っ!」
悲痛な叫びを上げて駆け寄ってくるメリー。すると、それを好機と見たのか、骸骨達は動揺したメリーに群がらんと、のそのそと集まってくる。どれもがパカパカと歯を剥き出しにして。メリーの柔肌に食いつかんと白い手を伸ばし……。
「そい! そいそい! そぉぉおい!」
自分のアドレナリンの爆発を自覚したのは初めてだった。気がつけば、メリーを胸に抱き、がむしゃらに剣を振り回す。
すべからく骸骨の頭部を吹き飛ばせば、後に残ったのはおどおどする胴体だけだった。
まるで型にはめて量産したかのように、同じ背格好の敵であったのが救いだった。
ついでに、仲間を呼ぶ。なんて知恵が回らなそうなのも。
ワールドバザールの骸骨達は、軒並み蹴散らした。
勿論、皆一、二分で組み直され、再び襲ってはくるのだけれど。
「ケガ……ない?」
「う、うん。……って、違うわよ!」
見せて! 早く! と、僕の腕を捲るメリー。珍しく動揺しているので、僕は腕をプラプラ振ってみせる。
「骨で助かったよ。筋肉ないからかな? 痛いには痛いけど、そこまで致命的じゃない」
勿論、歯形はついたし、地味に血は滲んでいるけども。犬とは違うから、腫れ上がったりはしないだろう。多分。
それを見て取ったメリーは、心底安心したように息を吐いた。
「心臓が止まるかと思ったわ」
「こっちの台詞だよ。何処の馬の骨とも知れない奴に、君を傷物にはされたくないね」
見た目人骨だけどさ。と付け加えれば、メリーは少し照れたように指で自分の髪をクルクル弄る。
「……ありがと」
「うん。……さて。じゃあ、行こうか」
「ね、ねぇ。やっぱりあそこなのかしら?」
再び歩き出した僕の横で、メリーは若干震えた声で問いかける。今から行く場所が行く場所だからだろう。だが、アトラクション内に出口があるとしたら、メリーにとっては不幸な事に、あそこが一番可能性が高い。
「お帰りは〝最初に定めた場所にて!〟お気をつけて、いってらっしゃい! この台詞からして、出口がアトラクション内にあるってのは、やっぱり確かだと思うんだ。君が気づいた通りにね」
「そ、そうね」
「で、ここで目を向けるべきは、最初に定めた場所にて。これが何処かだけどね。似たような台詞を、僕らは聞いている」
「〝終ワリヲ思イ出シテ。ソコニ突破口ガ、アル〟これだけがまだ謎の言い回しだったのよね。でも、でも……」
「で、終わりって何だ。ここで一日を振り返れば、成る程。確かに僕らは、最後に乗ろうと決めていたアトラクションがあったんだよね」
「……うぅ」
項垂れるのも無理はない。彼女は苦手だと言っていた。悪夢みたいな幕切れだろう。
出口がスプラッシュマウンテンにあるなんて。
「……これ、アトラクション乗るのかしら? そうだとしたら、もしここが外れたら私暫く動けなくなるわよ?」
「大丈夫。多分ビンゴだよ。もし違ってたら、君を背負ってまた探すさ」
「……お姫様抱っこを所望するわ」
「僕が剣振れなくなるじゃないですかー。やだー」
ジョークもそこそこに、僕らは再び剣を構える。前方には、再び骸骨達が集まりつつあった。
ワールドバザールを抜けても、スプラッシュマウンテンはまだまだ先にある。ディズニーランド、七つのエリアのうち、アドベンチャーワールド、ウェスタンランドを横切り、クリッターカントリーの最奥まで行かねばならないのだ。
奇しくもディズニーランド全てのエリアを、グルリと一周した形になる。ミステリーツアーと言うだけはあるのだろう。
その締めが、スプラッシュマウンテンの滝壺への投下とは、中々に洒落ている。古来より川や滝壺へ落ちるのは生き延びる前触れ……だった気がするし。
まぁ、何はともあれ……。
「……滝に落ちるくらいどうってことないんだぜ? ワトソン君」
「……滝に落ちたら、普通に死ぬと思うわよ? 私のホームズさん?」
半泣きで強がるメリーは珍しいので。乗るときは汗ばみ、震えるその手をしっかり握ってあげようと思う。
※
後に語ることは、もうそんなにない。
骸骨から逃げ回り、時に蹴散らし。リアルなホラーゲームみたいな体験を交えつつ。僕らはスプラッシュマウンテンにたどり着いた。
結果は大当たり。ご丁寧にクライマックス――、滝に落ちた先が、出口になっていたらしく。僕らはやっとこせ、裏ディズニーランドから帰還した。
表の時間はしっかり進んでいた。十一時から、僕らが裏ディズニーランドに入っていた分。プラス二時間程。
過不足なく時間を持っていく訳にはいかなかったらしい。まぁ、この世にないアトラクションを体験したのだ。妥当な落としどころだ。
あと……。
メリーの悲鳴は、普段のミステリアスな雰囲気を余裕でぶち壊せるレベルで、とてもとても可愛らしいものだった。と、追記しておこう。