ツキアカリのミチシルベ
「貴方と同じように、私もずっと考えていたの。どうして私達がここへ招かれたか。夢の国のようで、そうでないこの場所。悪意がない幽霊達と、悪意あるアトラクション……。辰の推測を聞いた時は、それがもしかしたら正解かもしれないと思ったわ」
相変わらず隣り合わせで、メリーは静かに、自分の推測を語っていく。僕は何も思い浮かばないので、彼女の推測をただ聞いている事しか出来なかった。
それでも、頭の中ではその事実は受け入れがたいものだ。僕らが最後のチェックポイントで、ディズニーランドに不相応な要素だったなんて。認めれられる筈もない。
「けど、ここで都市伝説とは全く関係のない骸骨達の襲撃が起きた。加えて、招待状に浮かんだメッセージ。これを見たら、私がもしかしたら。と、思いながらも否定して、目を向けないようにしてきた事実が、浮き彫りになってきたの」
「それが……僕ら渡リ烏倶楽部こそが、最後の相応しくないもの。だと?」
僕が改めて確認をとれば、メリーは神妙な顔のまま頷いた。
「狙いは初めから私達だったんだと思うわ。都市伝説だとか、成仏とかは、私達が否定しようが肯定しようがどうでもよかったのかも。ただ、私達をここに誘い込み、どれ程の力を持っているか試したかったのだとしたら?」
僕の手を握り返しつつ、メリーは己の目を指差す。
触れて。干渉できる僕の手と、受信し、観測する目。それらを測る為に?
「メッセージを思い出して。〝ここは光輝く夢の国。夢が夢であるために。光が光であるために。現も影も必要なもの〟これは、相応しくはないが、完全に排除すべきものではないという事を暗に示している」
「……すぐ後に続く、〝否定だけが全てではない〟にもかかっている。って訳か」
これだけの規模のテーマパークだ。黒い噂やら都市伝説が生まれるのも必然で。それを良いものとも悪しきものともせずに取り込んでいるのだろうか。
「〝裏ディズニーランドは、過去。今。未来。全ての可能性が沈む場所。表とここは、様々な形で繋がっている。だが、語ることなかれ。秘密は揺り籠に乗せたままが相応しい〟前半は多分、あの平行世界の霊の事として。問題は後半よ。これは、秘密は秘密のままでいて欲しい。そんな感じなんでしょうね」
「有り得なさそうだけど、完全に無いとも言いきれない。そんな〝夢のある〟ラインを保ちたかったと?」
「そゆこと。ところがそこに、私達が来てしまった。ディズニーランドが抱える秘密の腸を、暴いて引きずり出しかねない。そんな存在が」
腸とは、何ともアレな表現だが、当たらず遠からずではあるだろう。僕らは今まさに、夢の国の腹の中を探っている真っ最中なのだ。
「私達は、そういった存在が視える。加えてそれに干渉できる。普通の人が興味を持つのとは、訳が違うわ。知らなくてもよかった事を明るみに出されるのは、流石に夢の国側からすれば、容認できない」
だから……力を見る。
パキンと、指を鳴らしながら、メリーは人差し指を立てた。
「私達を観察する必要があり、この裏ディズニーランドに引き込んだのよ。結果はお察し。私達は順調にアトラクションをクリアして、それらを暴き出せる事を示してしまった。だから……排除の為に、あの骸骨達を送り込んだ」
「〝ここは光輝く夢の国。何処かで君達が歩んだ場所。世界で最も魔法に近い場所〟……もしこれが文字通り魔法によるもので作られたなら……あの骸骨も、裏ディズニーランドも僕らの為に創られたと言ってもいいのか」
オカルトがあるのだ。魔法があったって、今更驚かない。けど……。
「〝相応しいものはただ一つ。純真無垢な、楽しむ心だけ〟考えてみたら、平行世界での。私達の幽霊がいたんだもの。気づくべきだったのよ。……酷い話ね。助かる見込みなんて、最初からなかっただなんて」
少しだけ震えながらメリーは締めくくる。これが……本物?
だとしたら、あまりにも救いが無さすぎやしないだろうか?
だって、これを話した瞬間に、招待状には文字が現れたのだ。チェックボックスのその横に『渡リ烏倶楽部の二人』と。
僕もメリーも、何も話せなかった。ここには骸骨は来ない。だがそれは、時間切れでツアーが終わる事を意味する。仮に、走って入口まで行ったなら?
そっちは、結構な賭けになりそうだ。骸骨達の群れを掻い潜れるか否か。それ以前に、出口から素直に帰してくれるのか?
打つ手なし。そんな絶望的な感情が、僕らを呑み込んで。その時ようやく僕は、メリーの頭が、僕の肩にもたれ掛かるようにして乗せられているのに気がついた。
「もしかしたら、私達を排除するのが目的かもって思ったのはね。さっき指差した、都市伝説が絡んでるの。思い出した時は、考えないようにしてたんだけど」
「指差したっていうと、あれかい? 〝ディズニーランドには特殊な磁場が発生している。故に子ども達がいつも以上にはしゃいでしまう。虫や害鳥を追い返す作用がある〟」
僕の復唱に、メリーはコクン。と無言で頷く。
「夢の国は言ってるわ。否定だけが全てではない。つまり、チェックボックスには、肯定することで浮かび上がるものもあったのかも。それが、特殊な電波の都市伝説。あれが特にターゲットにしてる鳥が何なのか。知ってるかしら?」
喉奥が、一瞬で乾くのを感じた。オカルトとは関係なさそうだから、気にも留めていなかったのだ。だが、ここに来てそれが。そんなこじつけみたいな形で僕らに牙を剥こうなんて、どうやって想像できようか。
雀達が、我が物顔でディズニーランドにいるのは? 他ならぬ彼らの制空権を奪うものが、ディズニーランドには存在し得ないから。すなわち……。
「カラスは、ディズニーランドにはいない。そもそも降り立つことすら出来ない。成る程。僕らが都市伝説の一つを、今まさに体現してるのか」
ため息混じりに漏れた答えに、メリーは「そう」とだけ簡潔に。だが何処と無く悲しげに肯定した。
渡リ烏は文字通り、夢の国からしたら害鳥だったのだ。……ああ、本当に……。
「ねぇ、辰。凄いこと、教えてあげようか?」
浮かんだ考えを口にしようとした時だ。不意にメリーが、再び口を開く。汗ばんだ互いの手が指が絡まる。虚構と悪意だらけのこんな世界で、確かなのはこの繋がりだけだった。
「今、もう絶望的な状況じゃない? どうあっても助からなそうな」
「……そう。だね」
「でも……ね。私、今そこまで酷く絶望はしてないの。平行世界の霊がいたでしょう? なら、ここで終わって、輪廻から外れても……。貴方とは一緒にいれる」
「……っ」
それは、確かに言えている。たった一つの救いと言えるだろう。でも……。
依然として僕の中には、燻るような思いと、抑えようがない空虚さが広がっていた。
本当に、これが終着駅? ここで終わるのか? そう考えかけた僕の思考は。
「私、ね。前にも言ったかもしれないけど、辰となら……。辰と一緒なら、たとえ異世界に放り込まれたって平気なのよ? ……おかしな話よね。こんなにも、〝夢のない話〟に巻き込まれてるっていうのに」
メリーのその一言で、まるで電撃を受けたかのように冴え渡った。
「……そうだ。そうだよ」
どうして気づかなかった。ここは夢の国だという事に。
思い出せ。
アトラクションにいた幽霊達と、僕らはどんな言葉を交わした?
「目的ヲ追ウンダ。ソウスレバ、答エガ見エテクル」
「終ワリヲ思イ出シテ。ソコニ突破口ガ、アル」
『楽しかった。凄く楽しかったよ。本当にありがとう。だから、絶対また来てネ。〝表〟で待ってるよ』
「私を……私を……。忘れない? 私がどんなにちっぽけでも、忘れないでいてくれる?」
悪意無き、幽霊達。
希望がないなら、何故突破口なんて言葉を口にした?
どうして、再会の約束を取り付けた?
何のために、忘れないでと僕らに伝えた?
仮に僕らが死んだとすれば、それらも反故になるだろう。
夢の国が、そんな想いを踏みにじるような事を良しとするだろうか?
何よりも世界を優先するのに、そんな〝夢のない話〟でフィナーレを迎えるのを、許すのか?
頭の中で、何度も何度も議論を重ねる。そうした末に辿り着いた結論は、まだ希望は潰えてないという事だった。
だって、チェックボックス横に出たのは、僕らのサークルの名前だけ。〝チェックはされていないのだ〟すなわち見つけ出すという条件は達成してはいても、ミッションは終えていない。ここのミッションこそが、ディズニーランドが僕らにして欲しい事ならば?
ここで仮定の話になるが、この招待状に浮かび上がったメッセージこそが、ミッションのヒントなら……!
次々と、僕の中で考えが渦巻き、整理されていく。
メリーの身体が震えていた。彼女は多分、気づいていない。「そう、辰も……なんだ……」なんて謎の台詞を、何故だか嬉しそうに呟いている。ああ、もしかして僕の「そうだよ」を、肯定と解釈したのだろうか? 死んでもいい。一緒だから……と。
だとしたらダメだ。ダメダメだよ相棒。悲観的な思考になりやすいのは、君の悪い癖だ。これは僕が後々に言うとして。
今ここで相棒たる僕がやるべきは、メリーの弱音を打ち砕く事。逆の立場なら、メリーだってそうするだろうから。
僕の肩に今度は額を押し付け、深呼吸するメリー。ふむ。落ち着くのは大事だろう。僕もそれに倣い、改めて、泡のように膨らむ考察を、しっかり纏めていく。
そこで、「今だから、言うわ」と、静かにメリーが呟いた。……言わせない。まだ僕らは負けた訳ではないのだ!
「あのね。……辰。私、ずっと……ずっと貴方に、伝えたい……」
「メリー!」
「こと、が……へ?」
活を入れるように、彼女の両肩を掴み、真っ正面から対峙する。メリーは「え? ええっ?」と、目を白黒させていた。
らしくない動揺だ。やっぱりこの辺は女の子だろう。
「メリー。先に、僕に言わせて欲しい。君に伝えたい事がある」
その瞬間、メリーの青紫の瞳が揺れたのが、僅かな光の中でもはっきりと見えた。
今更ながらだけど、月明かりの下でアリスの仮装をしたメリーは反則級に綺麗で。改めて正面から見たら、少しだけ頭が真っ白になりかけたのは内緒だ。
気を取り直して深呼吸。僕の真剣さが伝わったのだろうか。メリーは「……ハイ」と、短い返事をして。そのまま祈るように手を前で組み、瞳を潤ませながら、ただ僕の言葉を待ってくれていた。
映るのは期待。それを見た時、僕は安心する。ああ、何だよ相棒。君もまだ、諦めていないじゃないか。心の何処かでは、希望を棄ててなかったんだ。
だから、安心してこの言葉を告げられる。
「メリー。……〝諦めんなよ〟」
「……………………ん?」
「いや、だから、〝諦めんなよ、お前!〟」
ポカンとするメリー。……おかしいな。メリーなら、「松岡修造ね」と、返してくれそうなものだけど……。まぁいい。
「僕ら、多分まだ負けた訳じゃないと思うんだ」
「え、あ……、あれ?」
「君の考えも一理ある。けど、それに反論したいんだ」
「あの……」
「そもそも、このツアーの真意は、僕らを狙ったと見せかけて、僕らに考えて欲しかったんだと思うんだ。夢の国側の想いを、僕らに推理させたいんだよ。それを読み込む事が……突破口になりうる」
「……OK。ちょっとタイム」
何故かメリーが上擦った声で僕を制止する。両手を胸に、目を閉じて。多分思案中。
カシャカシャカシャ……チーン。何て音が聞こえたような気がした。あくまでもイメージだけど。
やがて、長い長いため息と共に、ゆっくりとメリーは目を開けた。
「つまり、まだ希望はあるかもしれないの?」
さっきまでの妙にあたふたした空気はなりを潜め。いつものクールでシニカルな微笑を浮かべながら、メリーの手がそっと僕の頬を撫でる。
肯定の意を示せば、彼女は何だか楽しげに。それでいて何故か悔しげに肩をすくめた。
「よろしい。ならば論戦よ。私を……組み伏せてみて」
「何でそんなスレスレな単語使うんですかねぇ? 論破してみてでいいんじゃないかな?」
わざと思わせ振りな事を言ってるのではあるまいな。なんて呆れる僕。一方のメリーはべーっ舌を出しながら、「せめてもの仕返しよ」とだけ告げ、そのまま聞く体勢に入ってくれた。
何の仕返しかは分からないけど、今は置いておく。
まずはそう。僕が違和感を感じた、幽霊達の件を話すことにしよう。
きっと、彼女も納得してくれる。その上で僕らはここを脱出しよう。
ディズニー映画はハッピーエンドがお約束なのだ。
メリーさんの俳句
肝心な
時に旗折る
我が相棒
By内心涙目乙女