幻想は死に、骨は残る俯瞰風景
そもそも、最初から色々とおかしかったのだ。
裏ディズニーランドに入る条件も、入ってからこなしてきたチェックポイントも、全てが大衆向けとはいいがたい。
ホーンテッドマンションの平行世界的な霊。
スモールワールドで現れた、二体の人形霊。
ツリーハウスに埋まっている、リスのミイラ。
どれもこれもがこの世にあるようで、普通の人間には視認しがたい存在ばかり。そこへ悪意丸出しなアトラクションの設備が土台になる。それらは、もしかしなくても僕とメリーの二人でなければクリア出来そうもないものばかりだった。
それらを体感した時、ふと思ったのだ。このツアーは何の為に在るのだろう。それを考えた時、僕の脳裏を過ったのは、ある仮説だった。
もし、僕らがこのツアーに参加することになったのが、偶然でも何でもなかったとしたらどうだろう?
勿論、始まりは思いつきだった。だけど、そんな目的をもって現れた僕達を、ディズニーランド側からしたらどう見るか。
このあたかも僕ら専用に作られたような世界。これを作る意味は?
アトラクションはともかく、鉢合わせた幽霊達に方向性に難はあれど、そこまで害意がなかった事の意味は?
平行世界的な霊に、ヒントを出させたのは何故?
ピノキオの傍にいた男の子は言っていた。「表で会おうね」と。結局僕らがアトラクションをクリアした事で成仏してしまったけれども、あの発言からして、ここが表と繋がっているのは明白だ。
……それらを踏まえれば、こうは考えられないだろうか? 黒い噂を消すには、僕らの存在は丁度いい……と。
招待状にも書いてあったではないか。
『表のディズニーランドには相応しくないものを見つけ出して頂く』
つまり僕らに課せられたのは都市伝説の排除だったのだ。
「何と言うか……いっぱいあるなぁ……」
「本当ね。でも見て。お互いに調べてきた都市伝説の出所が、内容は違えど、ほとんど一致してる。何だかんだで、その場所には何かがあるのかもね」
こうして並べに並べてみると、なかなか壮観だ。
それが、メリーの引っ張り出してきたメモ帳に羅列された見出しを見て。それに僕が調べたものも書き加え。その結果に抱いた、率直な感想だった。
ビックサンダーマウンテンには、黄金で出来たネズミの王様がいる。また、女の人が歩いていた。という噂もある。
スペースマウンテンには至るところにお札が貼られている。昔ここで事故死した幽霊が、今もさ迷っている。
ホーンテッドマンションには、いないはずの幽霊がいる。
幽霊が出るベンチがある。それは、スプラッシュマウンテンの近くにある。
ディズニーランドの地下には、会員制のカジノあるいはレストランがある。
ディズニーランドには特殊な磁場が発生している。故に子ども達がいつも以上にはしゃいでしまう。虫や害鳥を追い返す作用があるとも。
イッツ・ア・スモールワールドのアトラクションには、明らかに他とは作りの違う、異質な人形がいる。また、今は使われていない第二のルートがある。
ウォルト・ディズニーは実はまだ死んでいない。冷凍保存され、ディズニーランドの何処かで眠り続けている。サイボーグになっているという話もあり。
チップとデールのツリーハウスの下には人骨が埋まっている。
カリブの海賊のアトラクションには幽霊が出る。あるいは出ていた。供養として、白い花が植えられている。
園内では、度々神隠しのような現象が起きている。
閉園時間を過ぎても園内に留まっていると、異次元に飛ばされる。
「夢の国、闇が深すぎ」
「光があるんだもの。影だってあるわよ」
それもそうだけどさ。その影を消そうなんて中々に大胆な事を考える。その為に僕らを拉致なんて中々に黒い。……ああ、でも光だけの国を作るなら、そうであって当たり前か。
「で、実験って言ってたけど、具体的に何するの?」
「うん、まぁ、正直上手く行くかはわからないんだけどね」
そんな然り気無い逃げ道を作る。なんてヘタレな事をしつつ、僕はコホン。と、軽い咳払いをし……。
「ビックサンダーマウンテンや、スペースマウンテン。スプラッシュマウンテンには、幽霊なんていない。その周辺も同様である」
招待状反応なし。
「ディズニーランドに磁場なんてない。ウォルトディズニーはサイボーグなんかじゃない」
「……反応なしよ」
「神隠しなんて起きない」
「私達、私達」
「そうだった。じゃあ……異次元……これもダメだ。僕らだ。えっとカリブの海賊には幽霊は出ない」
カチリと。まるでパズルのピースが嵌まるような音がすると共に、メリーが手にしていた招待状が、目に見えて振動する。
そして……。招待状のチェックボックスに、印が焼き付けられていた。
「……ビンゴよ。カリブの海賊は当たりだったみたい」
「……検証した価値があったね。カリブの海賊にいた幽霊は、成仏したのかな?」
「それはわからないわ。こんな単純な事で成仏したの? って話にはなるけど」
「調べる……時間はないね。閉園時間になる。表に帰ったら行ってみよう。後は……。あれ? ネタ切れ?」
「カジノ。オア、レストラン」
「は、ディズニーランドにない。……これは外れか。というか、これはあまりディズニーランドのイメージにそぐわないと言えないかも」
「むしろ、本当にあるって話も聞いたことがあるわ。確か会員制のレストランよ。入り口だけなら、一般人でも見れるとか」
「何それ凄く見たい」
見て満足出来るかは置いておく。案外今この場ならそういった場所にも入れるかもしれないけど、それを試した所でどうなるという話でもあるからだ。現在目を向けるべきはそんなものよりも重要な事。
僕が。その場にいたメリーが否定した事で、招待状のチェックリストが埋まった事にある。
「成る程。都市伝説を消すには、その存在を否定する。この場においての条件に当てはまるといえば当てはまるのよね」
多少の強引さは否めないけど。と、苦笑いを浮かべるメリーに、僕もまた、肩を竦めつつ同意する。
こんな簡単な方法でどうにかなったのも、この世界で生きているのが僕とメリーだけというのもあるかもしれない。
「一時期社会現象にまでなった口裂け女は、なぜ消えたか。それは、〝本物〟を語る存在が現れたからだ。本当は人間なのに口裂け女になりすまし、それが人の手で捕まえられてしまったり、多くの人が目撃したから」
言うなれば、幻想が陳腐なものに貶められてしまった。本当は人間がいたずら目的で広めたのでは? なんて懸念が、無意識のうちに浸透した。
結果、その存在を道行く人は信じなくなる。
幻想の殺害ともいえるそれで、口裂け女はパタリと姿を消してしまったのだ。
因みに今の話は、以前僕が〝本物〟と出逢った時に聞いた、所謂受け売りだ。御本人は語るというあれであるが、詳しくは割愛する。……色々と思い出したくない事の一つや二つ、僕にだってあるのだ。まさかその時聞いた理論が役立つとは思わなかったけど。
結局、都市伝説なんて曖昧なものへの切り札は、否定する事なのかもしれない。
「しかし困ったな。後二つもあるのに、今度こそネタ切れだ」
だが、問題はまだ残っている。持ち寄った話全てを否定しても、結局二個余り。これではどうにもならない。
後は地道に潰すしかない。残り二時間なら、一つ一時間しか……。
「あら。辰はもう頭では否定しているんでしょう? なら話は簡単じゃない」
難しい顔をする僕のこめかみを、ツンツンとつつきながら、メリーは顔を綻ばせ……。
「ディズニーランドには、不気味な都市伝説なんてないのよ」
歌うようにその言葉を紡ぐ。
それを聞いた時、僕の中で、「あっ……」という感嘆の呟きと、ストンとパズルが嵌め込んだような納得が生まれ……。
「当たりみたいね」
ぶるり。と、再び招待状が振動した。何て事ない。わからないならば、全否定すればよかっただけのこと。頭の柔らかさが必要だったらしい。
「これにて、晴れてクリアーか。後は……普通に出口から出ればいいのかな? ともかく、命を取られる前にトンズラしよう」
こんな簡単な事柄に頭を悩ませていたのが妙に気恥ずかしくて、僕は誤魔化すように立ち上がる。ぐぐっと背伸びすると共に、微妙にあった緊張もほぐれていく。
劇的な入場に反して、幕切れは呆気なかったけれども、現実何てそんなもの。デスゲームだからといって、二刀流を駆使してモンスターやら黒幕を蹴散らした上で、数多の女の子を惚れさせながらクリアなんて、僕には無理な話なのである。
そもそもゲームみたいにレベル何てものがないのはさておいて、僕はそんな非生産的思考を排除し、改めて相棒の方へ向き直る。返事がない。聞こえなかったのだろうか? そんな懸念は、彼女を見た瞬間に、直ぐ様払拭された。
「……メリー?」
思わず、もう一度呼んでしまう。そんな僕にメリーはようやく反応した。油が切れたからくり人形のように、メリーはベンチに座ったまま、静かに僕の方へ視線を向ける。
その目は、動揺と、困惑で頼りなく揺らめいていた。
「メリー? どうし……」
「足りないの」
「……え?」
思いもよらぬ不吉な響きに、一瞬だけ思考が停止する。足りないって、何が? など、聞くのも野暮だろう。この状況にて足りないものなんて、一つしかない。
「チェックポイント……さっきので埋まったのは、五つまでよ。けど……最後の一つだけ、空欄のままよ。ヒントも何も浮かばないの」
消え入るような声を出しながら、メリーは僕に招待状を見せる。
成る程、確かに最後のチェックボックスが空欄だった。……どういう事だ? 都市伝説の噂を否定するのが、目的じゃない?
それとも、他に僕らにやって欲しい事があるのか?
「……し、辰……待っ……て……!」
その時だ。メリーが再び、ベンチの上でこめかみを抑えながら、よろけ始めた。咄嗟に駆け寄って、前のめりになりかけたメリーを胸で支える。
小さな肩は、小刻みに震えていた。また何かを受信したらしい。
「凄いわ……一日にこんなたくさん受信したの……初めてかも。電波ジャックされてる気分よ」
「弱った君に頼らざるを得ないのが凄く情けないよ。このタイミングだと、いい報せか、光明を開きうるものであってくれるといいんだけど」
僕の襟元を弱々しく掴みながら、「過度な期待はしないのが吉よ」などと囁きつつも、メリーは僕の胸に顔を押し付けたまま、二度三度深呼吸する。
「……貴方に抱かれる度に思うのよ。線は細いのに、胸板しっかりしてるのよね」
「……メリー、それヴィジョンやない。君の視界や」
『火垂るの墓』のパロディかしら? ドロップ美味しいわよね。なんて酷い台詞が返ってきて、まさかの不発? 何て思った矢先。カリリ。と、メリーの指が、僕の小指の関節を掻く。その瞬間、僕の身体に、緊張が走った。
するとメリーは、もう大丈夫。と言うかのようにゆっくり僕から離れて。
「現実逃避したくなるようなものを見たの。まさに……最悪よ」
「……君がそこまで言う時点で、もう嫌な予感しかしないんですけど」
僕がそんな言葉を述べれば、メリーは静かにベンチから立ち上がり、しばし目を瞑る。時間にして数秒。メリーはすぐに目を開く。その瞳には、今度は明確な恐怖が滲んでいた。
「ねぇ……骸骨って歩くのかしら?」
「……はい?」
意味不明な言動に、僕は頬をひきつらせるより他はなく。震えるメリーの指が僕の指に絡み付き、離れないで。離さないでと言うかのように手を握った時、僕はそれを聞いた。
誰もいない筈だった、裏ディズニーランド。
僕らの背後で。否、周りから、カツコツという無機質な音と。アトラクションの物とは明らかに違う。不気味なうめき声じみたざわめきが起きていた。
「表の仮装……ではないわよね。有り得ないもの。いくらハロウィンだからって、至るところに骸骨に扮した人間がいる筈がない。つまり……」
汗ばんだメリーの手を、僕も握り返す。
その恐怖を拭いたくて。起きうる現実を否定したくて。
けど、そんなものは、今役に立たない。
それらは既に形を得ていて。否定に繋がる事象を付けようがなかった。
「見えたのは、今の裏ディズニーランドランドを俯瞰的に見た風景よ。それによれば、今私達は……。無数の蠢く骸骨達に、包囲されている……!」
カツコツ。カツコツ。と、足音が近づいてきて。
恐る恐る振り向けば、そこには成る程。確かに骸骨がいた。
「う……わ」
合う筈がないのに、僕らの目は。視界は、確かに交差していて。
そのままゆっくり。ゆっくりと、白い手が……否、骨がこちらに伸びてくる。
暖かみ等皆無な筈のそれは、確かな殺意を抱いたまま、僕の喉笛を狙っていた。