インターミッションⅡ
休憩がてらに選んだベンチにて、僕は手に入れたポップコーンを口に頬張りながら、メリーを待っていた。
ポップコーンなんてどうやって手に入れた!
何て言われそうなものだが、何てことはない。普通にポップコーンスタンドを見つけて、これ幸いにと拝借してきたのだ。
勿論、流石に無銭飲食は心が痛んだので、そっとカウンターにチップも兼ねたお金を置いてはきたけれども。
世界は広しと言えども、無人のポップコーンスタンドの提供したそれを頂いたのは、僕くらいしかいないだろう。お化けが作っているとか、そんなレベルではない。本当に何もないところで機械が動き、ポップコーンが宙を舞い、ボックスに詰められていく様は、もはや一種のアトラクションだった。……本当にどうなってるんだ裏ディズニーランド。
あれを見たのがメリーだったなら、仕組みくらいは看破出来ただろうか。もっとも、当の本人はその時化粧室に行っているから聞きようがなかったのではあるけれど。
「あら、定番なの食べてるのね。何味かしら?」
「無難にキャラメル味さ。よかったらお一ついかが?」
そんな事を考えていたら、ご本人が帰還した。僕が差し出したボックスから、ポップコーンを一つまみしたメリーは、そのままストン。と、隣に腰掛ける。カリコリという音がすると同時に、無人ポップコーンの試食者は世界で二人目になった。
「土やらは洗い流せたかい?」
「何とかね。必死に掘ったから、爪の中まで入っちゃって……。昔家のお庭で泥遊びしたのを思い出したわ」
「君が泥団子作る所が欠片も想像できないのは……まぁ置いといて。改めてありがとう。色々と迷惑かけたよ」
「前半は聞き逃してあげるわ。どういたしまして」
もっとよこせ。とばかりに、メリーは僕のポップコーンボックスを引っ張る。元より二人で食べようと思ってそこそこな大きさを持ってきてよかった。正直、絶妙にお昼前に裏ディズニーランドに飛ばされたお陰で、なかなかにお腹が空いていたのだ。
……今気づいたけど、これレストランとかに入ったらどうなるのだろうか。
「さて……正直僕は意識消失の上にあの世の境目一歩手前に拉致されていたから、状況が全くわからないんだけど……」
「何てことないわ。愚直にミッションを遂行していただけよ。貴方がミッションに出ていた幽霊に拉致されたのは明確だったから、本体を探す必要があって。で、ない頭を必死に絞って出した結論があれ。入口看板にいたチップとデールの像の下……。そこだけは、まだ調べていなくて、可能性とすればそこが一番高いのではないか。そう思ってね」
お腹を満たしつつ、長らく気になったことを聞いてみる。結果は
そんな真相だった。だけど考えれば考えるほど分からない。何故そうもピンポイントで、メリーはあの女の子……否、リスのミイラにたどり着けたのだろうか。
「さっきも言ったけど、可能性の問題よ。私達は、幽霊が滑り台に関係しているのではないか。そう考えた。実際ビンゴだったわよね。あんな言霊一つをトリガーに、あの子は私達に襲いかかってきた。これで、滑り台がキーワードなのは確定した」
メリーの指が、僕の頬に触れる。ヒョイと取られたのは、ポップコーンの欠片だ。どうにもお行儀が悪いが、食べこぼしが残っていたらしい。それを口に入れながら、メリーは話を続ける。
「ところが、肝心の滑り台がここにはない。そこで目を向けたのは、取り除かれた理由の方よ」
「取り除かれた……理由?」
怪我人が多いから。そんな理由だった筈だ。それがどうしたのだと言うのだろう。
僕が首を傾げているれば、「頭を柔らかくしなさい」とメリーは言いながら、ボックスのポップコーンをまた一つまみ。それを弄ぶようにしながら、メリーは人差し指を立てた。
「考えてもみなさい。世界観重視のディズニーランドが、怪我人多発のため、滑り台は撤去しました。なんて伝えると思う? あれは知る人ぞ知る。あるいは、察した人の弁よ。ディズニーランド事態での声明は――、『チップとデールが、滑り台を壊しちゃった』よ」
カリコリ。
ポップコーンが砕ける音がする。なんてこった。こんなにも徹底するのかディズニーランド。でも、今僕らが置かれている状況を省みれば、あり得ない話ではない。
結果的に、黒い都市伝説もそれなりにあれど、ディズニーランドの幻想は守られているのだ。
「では壊れた滑り台は? 入口の像を思い出して。茂みとアトラクションの看板。その前には岩と木の板の上にて遊びながら客を出迎える、二匹の家主。岩で出来た階段と板。こうは見えないかしら? その上で遊ぶチップとデール。壊した木の板で、また小さな滑り台を作って楽しんでいる……」
「成る程。ツリーハウスに唯一残された滑り台はそこだけ。なら、そこを調べるのが道理か」
故にメリーは像やら板を取っ払い、そこを掘ったのだ。そこに死体があるのではないか。それを掘り出せば、ミッション達成。それにより、僕を助けられないだろうか……と。
「確証もない、綱渡りな賭けだったけどね。けど、結果的にうまく行ってよかったわ。一定の深さまで掘ったら、急に貴方の手が地面に引き込まれたんだもの。アタリだと思うと同時に、少しだけ怖かったわ。在り来たりだけど、これって掘り出してみたら貴方が死体と手を繋いでる。なんてオチじゃないかって……ね」
「実際には小さな小さな死体が手のひらにチョコンと乗っていたんだけどね……一応お約束は守ったのかな?」
世の中には守らなくてもいい。あるいは守りたくないお約束だって存在するのだが……。今回は守るが正解だったのだろう。
結果的に、さ迷っていたあの子を成仏させる事が出来たのだから。
「あのリス……何だったのかしらね。人の姿もとれたってことは、それなりに力がある霊だろうし。リボンがついていたけど」
「飼い主に捨てられたのか。死んで埋葬されてから忘れられたのか……真相は闇の中さ。……でもまぁ、確かにいたってことだけは、きっと変わらないだろうさ。〝人は永久欠番〟とは言うけど、リスだって適用されていい筈だ」
「中島みゆきね。ああ、そうだとしたら、名前聞いてもよかったかも。仮にも辰を取り合った仲だし」
「イイハナシダナー。で締めようと思ったのに……最後のそれで凄いしょうもないっていうか、俗っぽい話に格下げされた気がする」
「気のせいよ」
謎の真実が下され、暫しの沈黙が訪れる。カリコリ……。と、また一口、二口。僕とメリーの口にポップコーンが消えていく。ポップコーンといえば雀だ。
ディズニーランドの雀は、異様に太っている。なんて話を何処かで聞いたことがある。何でも、ディズニーランドにはウミドリやカラスを始めとした、雀の制空権を奪う存在がいないので、彼ら彼女らは我が物顔で夢の国を闊歩しているのだとか。
何故そんなことがまかり通っているのか、これまたちょっとした都市伝説があったりする。来る前に調べたと思ったけど、何だったっけ……。
「……辰、ねぇ辰?」
「ん、ああ、ごめんごめん。考え事してた」
思案に耽りすぎていたらしい。怪訝な顔で此方を覗きこむメリーに、何でもないよとジェスチャーを交えつつ、ポップコーンのボックスを見る。最後の一つだ。せっかくなので摘まんだそれをメリーの口元に持っていくと、メリーは「ありがと」と、微笑みながら、嬉しそうにそれを頬張った。
「さて、次は何処へ行きましょうか。正直時間がヤバイ気がするのよね」
「うん、それは僕も思ったさ。で……ものは相談なんだけどさ、メリー。ちょっと僕の実験に付き合ってくれない?」
「……実験?」
何の? と、首を傾げるメリーに僕は曖昧に頷きながらも、招待状を取り出すよう告げて。
「これが上手くいけば……多分時間は大幅に短縮できるかもしれない。ついでに、元凶の目的も何となく見えてくる筈だよ」
だから、試してみる価値はある筈だ。僕が企みを起こした事が楽しいのだろうか。困惑した顔を見せていたメリーも、悪戯に便乗する子どもみたいに、その青紫の瞳を輝かせた。
「いいわ。私に見せてちょうだい。今度は何をしでかしてくれるの?」
「問題児みたいな扱いは止めてくれよ。……さぁメリー。今からお互いに調べてきた都市伝説をリストアップしていこう。勿論、一つ残らずね」
手懸かりはそれなり。
確信もそこそこ。
だから今度は、僕らが裏ディズニーランドに手を伸ばす番だ。
「多分裏ディズニーランドの目的は……。表に蔓延した、ディズニーランドにとって不都合。あるいは世界観を壊しかねない都市伝説を……僕らに消し去って貰う事なんだ」