アタシはパンツ
あたしはパンツ。
ショーツと呼ばれたいお年頃。某駅の近郊に立つファッションビルディングの催事会場の一角にちょこんと正座したあたしは、同胞たちが女性の手に攫われてレジに並ぶ様を眺めている。日頃、肌着売り場の席を温めるだけのあたしがどうして“バレンタインセール”に引っ張りだされたのかしばらく不思議だったけれども、広い空間に陳列されたあらゆる品物を見て合点がいった。チョコレートばかりでは飽きがくる。ちょっと洒落た、あるいは笑える、捻りの効いたものをどうぞ、ということだ。
近頃は異性に贈るばかりではなく、同性に贈る“友チョコ”なるものが流行っているらしいから、陳列台に並ぶ種類も多岐に渡っている。瀟洒なデザインがセンスを感じさせるウイスキーグラスやブラウンにワインレッドを刺し色として使ったシックなネクタイときて、漆塗り食器がカップル向けにペアで売られ、その隣には女性をターゲットとしたデコラティブなバッグチャームやら品のよいアクセサリーやら。
婦人肌着もその中に含まれていた。
あぁ! なんて素敵なの!
売れ筋は決まってる。肌触りのいいコットン製はフルバックショーツ。まるいお尻を余すことなく包み込んむその形状は万人から愛されて、色は清楚な白からジューシーなフルーツカラーまで。プリント柄だってポップなドッドにストライムにはたまた千鳥格子なんてものもある。
形状は同じフルバックでも光沢感溢れるものはシルクかしらそれとも合成繊維かしら。縁取る花のレースがまた繊細でどきどきしちゃう。
レースを前面に使ったものもステキよね。ミルキーホワイトのローライズショーツにはナイロンのレースで鈴蘭を縫い付けてあるの。黒地に浮かび上がるチェリーレッドの柘榴模様がエロティックなのはサイドストリングのショーツ。横を紐で結んで着るタイプのものよ。それを身に付けて、チョコレートと一緒にあたしをどうぞってなるのかしら。やああんハッピーバレンタイン!
それにしても、はぁ、同じ肌着であっても、売れ筋のあの子たちとあたしは、ぜんっぜん、違うわ。
生地はね、悪くないと思うの。
あたしの生地は肌触りのいいコットン百パーセント。柄も水玉よ。ただその色がよくない。地は生成り。水玉はネイビーブルー。ちょっと! 豆絞りじゃないの! 手ぬぐい感あふれてるわよ!
サイドを紐で縛る形状だから、サイドストリングスっていえると思うの。でもね、あたしのこのなんともいえないもったり感がね、立ち止ってくださる女性たちの心を遠ざける原因じゃないかしら……。
あたしはパンツ。ただし男性用。
正式名称はふんどし。
ふんどしの日でもある二月十四日に合わせた催事会場の一角でショーツになることを、今日も夢見ている。