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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第七章 心の行方
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 一体、どれだけの時間がかかっただろうか。


 実際にはそれほど経っていないかもしれない。ただ体感は、あてもない旅路を永遠と彷徨(さまよ)っているかのような長さがあった。

 正規とストレイによる大規模な暴動は一応の収束を迎えた。東京全土に渡った、害意のみが含まれた精霊の渦。残した爪痕はあまりに大きい。

 繁華街、もしくは富裕層の象徴となる高層マンションなどは軒並み倒壊。被害を免れた地区など無いに等しいが、それでもストレイが狙いを定めた部分は顕著だった。淀んだマナの残滓によって沈んだ空気。血痕が染みた道に横たわる人々。重傷者は即救護班によって運ばれて行き、軽傷者は固まっていつになるか分からない治療を待つような状態だった。


「班長。B班、C班とも鎮圧は完了とのことです」


 A班副班長のムネアキが、携帯端末をスーツの胸元にしまいながら上司に報告する。それを背中で聞いていた班長のジンはムネアキの方を振り返ることなく、すさんだ街中を厳しい目で見つめ、


「そうか」


 と、それだけ答えた。


「それとB班のカイから信じがたい報告が。『伊邪那美の継承者』のリーダーについてです」


 ムネアキの淡々とした言葉に僅かばかりの動揺があった。ジンは首を回して視線を合わし、躊躇いの見て取れるムネアキに続きを促す。


「名は白袖・リーシャ・ケイオス。一年ほど前までインジェクターとして精保に所属し、行方不明になっていた女です」

「…………」


 ジンは目を伏せた。衝撃的な内容を耳にして、顎を上げ、眉間の皺を深々と刻む。心のどこかで覚悟していた顔だ。


「……驚かれないのですか?」

「『伊邪那美の継承者』の活動が本格化したとき、その巧妙かつ緻密なやり口が気になっていた。まるで複雑なパズルの中にある核を知っているかのような。それに堂々と手を突っ込み、簡単に引き抜く。見事にパズルは瓦解した」

「犯人は内部……、もしくは過去精保に所属していた関係者だと目星をつけられていたのですか」

「首謀者は恐ろしく頭が切れ、なおかつ実力のある者……。そんなものは、そう何人もいるものじゃない。全てを合わせれば自ずと絞られてくる」

「では、どうして……」

「断定するだけの材料がなかった。まさか、という思いもある。何より、一度正義を受け取った人間にこんな残忍な真似できるだろうか、と心のどこかで否定していたのだろう」

「班長……」


 普段、どんな物事においても厳然と対処するジンに失意の念が浮かぶ。そんな落胆の表情は、長年連れ添うムネアキですら見たことがない。


「……カイは他に何か言っていたか?」

「鎮圧作戦の最中に、対象と接触したようです。対象は取り逃がしたようですが、同行していた織笠零治を保護。治療を行った後、隔離施設に移送するようです」

「隔離施設にだと?」

「対象による洗脳が見られたとのことで、一時的に収監するようです。洗脳による後遺症が残っているのかもしれませんし、操られていたとはいえ捜査の妨害もあったと。いずれにせよ、本人の回復を待って事情を訊く――と」

「ふむ……」


 顎に手を当て何やら考え出したジンに、ムネアキは首を傾げた。


「どうかされましたか?」

「……解せんな。奴はどうしてその小僧を生かしておいた?」

「それは……」

「織笠零治が特異点なのは分かる。戦力としての利用価値もあるだろう。しかし、素人だ。洗脳までして配下に加える理由があるだろうか」

「人質……だったのでは? 我々に手を出させないための」

「その意図もあるだろうが……。気になるのはカイだ」

「と、言いますと?」

「おかしいとは思わんか」


 そう眉間に皺を寄せて訊ねてくるジン。その形相は猛獣すら黙らせる威圧感を放っているが、ムネアキには慣れたものだ。臆せず、軽く首を横に振る。


「普通に聞けば適切な処置のように思える。しかし、それは()()()()()()()()()()だ。洗脳がどのレベルなのかは知らん。憶測も好きではない――が」


 そう前置きして、一旦言葉を切る。そうすることで頭を整理し、疑問を明確にするように。


「隔離施設にまで入れる必要性があったのか。あの甘いカイが、部下を犯罪者と同様の扱いにしたのだ」

「それは……私情で判断しなかっただけなのでは? アイツも一応はB班の長ですし」

「それに暴れる者を鎮静させる方法など幾らでもある。医療班だけでも事足りよう。――そう、医療班だ。最も気になるのは、隔離施設に収監された者に面談するには医療班の許可がいる、という点だ。……俺の言いたいことが分かるか?」

「まさか……」


 ジンは回りくどい言い方を好む人間ではない。だが、そんな表現をするということは、やはりジン本人も困惑しているという証でもある。彼の言葉を直感的に飲み込めたムネアキの表情も、みるみる強張っていく。


(カイめ、何を考えている……)


 自分の知らないところで何かが渦を巻いている。腹の底で苛立ちともどかしさを覚えながら、怪我人で圧迫された救急車を見送る。鎮圧作戦よりも、ここからの後始末の方が長くかかるだろう。


 織笠零治と白袖・リーシャ・ケイオス。

 二人の間には何かがある。それを知った上で、カイは工作を図ったように思えてならない。

 問い詰めねばなるまい――とジンは拳を強く握り締める。





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