13
アビュランス精霊学校の屋上。
基本的に扉は常時開放されており、出入り自由。ランチタイムに使用されることが多く、生徒の要望もあってベンチが置いてある。
足音を頼りに追いかけたユリカが見たのは、東京の街が一望できるフェンス際でそよ風を浴びる有栖の姿。心地よさげに、黒髪を遊ばせていた。
そう、悠長に。
ユリカと有栖の距離はかなり離れていた。正直、逃げられてもおかしくなかった。三メートルを越すフェンスも、彼女のあの身軽さなら簡単に飛び越えられるだろうし、外にも渡れる建物はある。
……まさか、敢えて待っていたのだろうか。
「……私さ、この場所には初めて来たんだよね。眺めがいいってのは知っていたけど、ここっていっつも正規の連中がたむろしているの。だから、来たくても近づけないのよね。ほら、私たちは厄介者じゃない?」
有栖は大胆にもユリカに背を向けながら目をつむり、大きく両手を広げた。
「あぁ……、ここで陽の光を導入剤にお昼寝したら、どんなに気持ちいいのかしらね。ねぇ、そう思わない?――インジェクターのお姉さん」
淀んだ瞳が、こちらに向けられる。ユリカは自分のE.A.W――霊滅地穿を構えながら、慎重に問う。
「……なぜ、あの三人を狙ったのですか」
「私が敬服する主のため……そう言ったはずだけれど?」
「そうでした。でも貴女は“私のため”とも言っていた。少なからず、貴女にも理由がある」
彼女は誰かの元に動いている。それが何者かは定かではないが、むしろ殺人を犯す動機としては彼女自身の想いの方が強いと、ユリカはあの瞬間に感じていた。
計画性の内に秘めた衝動性。大河内との会話で爆発させた、恨みや怒りといった憎悪を。
「やはり、互いのクラスでの確執……ですか」
「学校っていう小さな箱庭だと、風当たりも特に顕著なのよね。そもそもストレイクラスの教室だって、敷地内の外れにあるオンボロ部屋だったし」
肩をすくめて、有栖はおどけた調子で言う。
「あの女王様なんて、かなり差別意識が強かったわ。私達をまるで汚物扱い。自分のストレス解消か知らないけど、事あるごとにストレイの子をいじめていた。有名よ、あのクソ女のヒステリックさは」
最初の被害者、咲島の裏の顔。表向きは素行の良い模範的生徒を演じ、裏ではその抑圧された心的負荷を爆発させていたわけか。
「で、あるときターゲットにされたのが私。非力で能力も底辺な私に、あのクソ女は何をしたと思う?」
「暴力……ですか?」
「惜しい。正解はね、とある男子生徒を使って私を襲わせたのよ。女性にとって、最も尊厳を失う方法で」
「それは……まさか……」
「そう。性的暴行よ」
「ッ!?」
「楠木はね、咲島の奴隷だったのよ。自分の方が先輩のくせに咲島の言いなりになっていた。大方、惚れてたんじゃない?」
知らないけど、と小さく吐き捨てながら言った。
「ある日、校舎裏に連れ込まれた私は楠木に滅茶苦茶にされた。抵抗する力なんて私にはない。嬲り、いたぶられ、全てを奪われた。そんな安物のポルノビデオのような場面を、咲島は笑って見ていたわ。それが、全ての始まり。私の屈辱にまみれた人生の」
「そんな……」
愕然とするユリカを、有栖は冷淡に突き放す。
「同情なんて結構。インジェクターなんてエリート中のエリートじゃない。私の気持ちなんか分かるわけない。アンタたちもあいつらと同じ側だから」
それが殺害の動機。
個人的な恨みによる、あまりに単純な復讐劇。
「誰かいなかったのですか、助けになってくれる人が」
憐れみを口にするユリカを、有栖は「いるわけないじゃない」と鼻で笑った。
「咲島が裏でやっていることを知っていても、周囲の連中は見て見ぬふりだもの。教師なんて、もっと酷い。あんないい子がそんなことするわけないと、まともに取り合わない。私はね、それが何より許せない。無知こそが最も重い罪」
「だから大河内さんも殺したのですか」
「そういうこと」
復讐を成し遂げた達成感からか、満足げに咲島は答えた。
「全くもって反吐が出るでしょう、この箱庭は」
同感だった。
咲島にしても楠木にしても罰を受けてしかるべきだが、根本の問題はこの環境だ。性根が腐っていたとしても、そこからさらに増長させたのは、能力が全てだと植え付けられ、ここが社会の縮図だという思い違いからに他ならない。
「……貴女の事情は理解しました。では、死体を遺棄する行為はその主とやらの指示ですか」
『主』。その単語を耳にした途端、有栖の仄暗い笑みが一層深みを増した。
「そうよ。あの御方の思想は、常人では到底共有することは敵わない。聡明などという言葉では安く、私にとっては神と同じ領域にいるの」
「やはり……意味があるのですね」
「メッセージらしいわよ。言っとくけど、私にその意味を訊かれても答えられないから。私はただ、殺して水に浮かべなさいとしか言われてないもの」
命令されたから従っただけ。理由も知らされていない。彼女もまたその部分に興味はない――というか、抱いてさえいないような口ぶり。
どこまで信頼……いや、心酔しているのか。下された命令を神の啓示が如く受け取り、遂行している。
動機は彼女自身にあった。それを利用し、主とやらが別の工程を上乗せしたのだ。もののついでのように。
気になるのは、“メッセージ”というからには『誰を対象』としたものなのか、という部分ではあるが。
「さて、私の復讐も自供も終わったことだし、早いとこ帰って爆睡でもキめたいとこだけど……」
有栖は小さな顎に手をあてがいながら、軽く頭を傾けた。
「……私がみすみす貴女を見逃すとお思いですか?」
低い声音と共に、空間全体の温度が下がった。誰もが卒倒しそうなユリカの殺気を受けながら尚、有栖の表情は崩れない。
「いや、さ。どうも気になるのよね、お姉さんのことが。こう……頭の中がざわつくというか、チリチリする。これじゃ寝つきが悪い」
「だから私を待っていたのですか?」
「そう。私はアンタなんか知らない。でも、気持ち悪いのよ」
「…………ッ」
何かを言いかけながら、ユリカは口を閉じた。刀を握る手のひらに、じわりと汗がにじむ。
有栖と同様、ユリカもまた彼女と会った瞬間から嫌な感じはしていた。いや、正確にはその以前からだ。
直視したくない予感があった。
だから。
――意識が逸れていた。
そこでユリカはようやく気付く。有栖があれだけ大事そうに抱えていた枕がどこにもないことに。
素早く視線をあちこちに巡らすも、有栖の周囲には見当たらない。だが、肌がヒリつく感覚はある。間違いなく、精霊の気配だ。
ハッとして、ユリカは頭上を見上げた。
巨大な無色透明のアメーバが、陽光を反射しながら浮遊している。
「氷弁の庭園」
有栖の唇が、軽やかに踊る。
アメーバから氷の槍と化した精霊が、弾丸の如き速度でユリカに降り注ぐ。それこそ、豪雨のように。
「チッ!」
少々反応が遅れながらも、ユリカは後方に跳ぶ。氷の槍が地面に突き刺さり剣山を生み出す中、槍の雨は途切れることはない。続けざまに、ユリカのいるところを狙う。あれだけの質量をコントロールする技術に圧巻しながらも、ユリカは縦横に刀を振るい、全て叩き落す。
「さっすがぁ。――じゃあ、これはどうかなぁ!?」
相手の力量に感嘆しながら、有栖は腕をしならせる。宙というキャンバスに、筆を走らせるような動き。
精霊の遠隔操作。
槍の豪雨が一層、激しさを増した。捌ききれない――そう判断したユリカは、軽く横へターンしながら槍をいなし、前方へ突進。一瞬で、有栖の懐まで潜り込む。
「!?」
「ふッ!!」
横へ薙ぐ刀が、少女の首に誘われる。
瞬速の一撃。
このまま首元を断ち切れば、有栖から全てのマナを絡め取れる。
――はずだった。
肌に触れる寸前で、刀は真反対の運動を起こす。
耳朶に響く甲高い金属音。そこには、有栖とユリカを阻むようにして、壁が出現していた。
勢いでのけ反ったユリカは理解した。それは、クリスタルと見紛うほど美しく、強固な氷の盾だと。
(攻撃に移る前から、あらかじめ分裂させた精霊を残していた……!?)
「ざ~んねん」
氷の盾は再び水へ戻ると、槍に形態を変化させユリカの胸元を狙う。崩されながらユリカは間一髪かわすものの、肩口から勢いよく鮮血が噴き出した。
「ぐッ……!」
思わず、膝をつくユリカ。着物が彼女の血によって白から赤に染まっていくのを、有栖は蔑むように薄ら笑う。
「あーらら。せっかくの着物が台無し。それ、高いんじゃない?」
「……ええ。私のお気に入りです。ですから、弁償はきっちりしていただきますよ!」
刀身に淡い黄燐の光が宿る。摩擦から地面に火花を散らして、ユリカは刀を振り上げた。大地の精霊が、獣の咆哮のような唸りを上げ衝撃波となる。
有栖は、氷の盾を生み出すことはしなかった。衝突すれば、盾もろとも吹き飛ぶと直感したのだろう。E.A.Wの恐ろしさは、犯罪者でなくとも知るところだ。彼女もまた、横っ飛びに逃げた。
猛然と走る三日月の衝撃波は地面を抉り、フェンスを突き破って街並み上空へ消えていく。
「あっぶなー。あんなの喰らったら、一発で終わりじゃない」
「逃しません!!」
咄嗟の回避行動で、有栖は無防備。その機会を逃すまいと、追撃にかかる。が、ユリカは突然急制動をかけた。
膨大な精霊の反応。先ほどのような全身を絞め付ける圧迫感が、のしかかっていた。
今度は視認するまでもなかった。既に氷の槍が、ドーム状にユリカの周囲を取り囲んでいる。数にして、ゆうに百は超えている。
「いつの間に……ッ」
「仕込みなんて、あらゆる時点で可能でしょ。だって雨の精霊だもの」
「大気中の水分を利用して、分裂と合体を操作しているわけですか」
「そ。雨の精霊使いの基礎の基礎。誰でもできる。――こんな落第者でもね!」
声高に有栖が叫ぶ。彼女の意思に従い、氷の槍が一斉に落下を開始。重力落下を遥かに超える速度で、ユリカを貫きにかかる。
ユリカに逃げ場はない。弾こうにも、四方八方からでは対処の仕様がない。
「雨の音色に抱かれながら、永遠の眠りに堕ちるといいわ!」
絶体絶命。そんな状況でも、ユリカに焦りの色はない。
くるりと、ユリカは刀を下に向けると、両手で柄を握り、そのまま地面に勢いよく突き立てた。刃先に力を高速で流し込み、内部から爆発を起こす。コンクリートを強引にめくらせ、瓦礫を盾にするという荒業である。
精霊同士のぶつかり合いだと、勝敗は練度になってくる。つまりは質。より質の高い精霊が、相手を打ち負かす。
有栖の氷の槍は数は多いが、個々の威力は弱い。
対してユリカの防御壁は、コンクリートという混合物なため大地の恩恵を得るのは難しいが、それでもユリカの天才的なマナコントロールで強力な精霊を生み出す。
つまりは、硬度の書き換え。コンクリートがダイヤ並みの硬度に変化しているのである。
練度の差は明白。
氷は全て粉々に砕け散り、爆風に乗った破片が花びらのように舞っていった。
「馬鹿力め……!」
顔面を両腕でかばいながら、舌打ちする有栖。
まざまざと莫大な力を受け、インジェクターの実力を実感した彼女は、さらに目を大きく見張ることになる。
背後から届いた声によって。
「次は、もう少し強めに行きます」
瞬間移動でもしたかのように、ユリカが突然現れた。空中を跳んできたのではない。下の階まで落ちた彼女は校舎内から廊下を渡り、モグラのように天井を突き破ってきたのだ。
「はあああぁぁぁぁああああッ!!」
ユリカが、重い一閃を放つ。虚を突かれた有栖だったが、咄嗟に左手をかざし手元に残しておいた雨の精霊で障壁を構築。衝突が火花を呼び、有栖は大きく吹き飛ばされながらも、体勢を整え靴底で滑り勢いを殺した。
有栖の顔が初めて苦悶に歪む。片膝をつき、破れた左袖から滴る血を右手で押さえて呻くように言った。
「綺麗な顔して、やることは荒っぽいわね……。えげつないにも程があるわよ」
「褒め言葉と受け取っておきましょう。我々は荒事専門なので。ご理解ください」
ヒュッ、と刃に付着した氷を払う。そして、刀の切っ先を有栖に向けながら、ユリカは言った。
「観念して下さい。貴女では、私に勝てない」
「く……」
途方もない実力差。それを痛感させられた有栖は、悔しさに歯噛みする。
「拘束する前に、もう一つだけ貴女に質問があります」
「何よ。まだ何かあるの? 自白は済ませたはずでしょ」
「個人的な疑問です。……貴女のその力、どこで手に入れたのです?」
「…………」
「貴女は自分を落第者と評した。ですが貴女のそれは、ストレイの範疇を大幅に超えている。それだけの素質が生まれながらに備わっているなら、ストレイエレメンタラーとしての人生は送っていない」
正規かストレイの判断基準は、単純な能力差によるもの――だけではない。過去に犯罪歴があったり、何らかの事情で社会に貢献できない等の理由で、『堕ちる』パターンもある。
だが、宗島有栖の経歴には一切そんなものはない。精霊使いとしての能力が低いという、至ってシンプルな事例だ。
となると、飛躍的に能力が向上した要因があるのだ。この学校を辞めた後から一連の殺人を犯すまでの間に。
「……ま、分かっちゃうか」
ゆっくりと立ち上がり、有栖は言った。
「私のこの力はそうね……。言わば、貰い物よ」
「……貰い物?」
ユリカは怪訝に顔をしかめる。ドラッグ、という言葉がすぐに頭をよぎった。マナ増強には一番手っ取り早い方法だが、ユリカがこれまで抱いていた懸念からそれは違うのではないかと感じた。
「そ。私が敬愛してやまない、お姉様に頂いたの」
「貴女が先程から仰っていた『主』ですか」
肯定の意と取れる、笑みを浮かべる有栖。陶酔気味に、役者が舞台の上から観客に訴えかけるような語り口調で話す。
「私には才能がなかった。全くと言っていいほど。よく、こんな学校に受かったと思えるほどよ。結果、辞めちゃったけど。アイツらのせいでね」
有栖はこの学校を、いや、この社会全体を憎んでいた。絶望していたのだ。被害届すら出さなかったのも、警察も精保も学校でさえ誰も助けてくれない。守られるのは正規の側だと思い込んでしまったからだ。
性犯罪については、対処が本当に難しい。精霊使いの犯罪は精保の管轄ではあるが、性犯罪となると精霊自体に関わりはない。だから結局は当事者に話を訊く――しか方法がない。
この学校にも監視カメラがあちこちに設置されてはいるものの、警備体制が整っているのは正規側のみで、ストレイクラスの敷地にはほとんどない。咲島たちもそれを知った上で、バレないよう日常的にストレイいじめを行っていたのだろう。
そんな環境下では、考え方も歪むというものだ。
「路頭に迷っていた私を、あの御方は拾ってくださった。傷付いた私の心を癒し、身体を慰め、再び生きる活力を与えてくれた」
「その過程で、マナも強化した……と」
「私も詳細は知らない。私が眠って、その間に全ては終わっていたから」
「……理解できません。危険だとは思わなかったのですか」
有栖の頬に赤みが差した。神だと疑わない自身の主が、侮辱されたことへの怒りからだ。
「冒涜はやめて! 私はあの一件以来、眠れなくなったのよ。睡眠は生命の活動維持には絶対不可欠なものなのに、それを奪われた。それなのに、いとも簡単にあの御方は治してくれた。治して、目を覚ました瞬間、世界が変わっていた。血管に流れるマナの奔流――それを感じたら、救世主だと信じずにはいられないでしょう」
まくしたてた後で有栖は、突然頭を抱えだした。憤懣による興奮からなのかとも思ったが、有栖が苦痛に呻き始めたのを見て、ユリカは勘違いだと知る。
「ぐ……。痛い、頭が……痛いぃぃ……。なんなのよ、コレ……」
有栖の様子がおかしくなったのは、そこからだった。
「が……あ……、あああぁぁぁああああああああ!!」
長い黒髪を振り乱し、激しく揺れていた有栖の全身から、淡い光の粒がいくつも浮かび上がってきた。色にして、黄金。
その意味を当然ながら知るユリカは、絶句する。
雨の精霊使いであるはずの有栖から、大地の精霊が顔を出したのだから。
客観的に見れば、第三者が別の場所から術式で拘束しているように思える。しかし、これは間違いなく有栖本人から放出されている。
同時に、ユリカにとって最悪の考えが頭をもたげてくる。
これは、楠木の遺体を発見したあの場所で感じたもの。
やがて、有栖の動きがピタリと止んだ。だらりとした状態から頭を上げた彼女の表情は、驚くほど穏やかに、そして笑う。
「――お久しぶり。何年ぶりかしら、貴女の顔をこうして見るのは」
そう言った有栖の声は、今までとはまるで違うものだった。声色を変えているとか、意図的に作っているとかそういうものではない。
まるっきり別物。艶やかさを持った低めの声だ。
「……!?」
ユリカの手から、霊滅地閃が滑り落ちた。愕然とした表情で、かぶりを振りながら一歩、また一歩とユリカは後退る。
「どうしたの。せっかくの再会じゃない、もっと喜んだらどう?」
「あ……あ……」
呼吸さえも忘れたように、ユリカは喘ぐ。
どうして。
そんな。
やっぱり。
だけど、あり得ない。
嘘。
予想はしていた。でも、否定したかった。認めたくなかった。
困惑と衝撃が、ぐちゃぐちゃになって駆け巡る。戦慄を超えた。発狂しそうだった。
聞き覚えのあるその声。記憶の最奥にしまい込んだ彼女の姿が呼び起こされる。
「大人になったわね。うん、そう」
有栖がこちらに近づいてくる。柔和な笑みをたたえたまま。
背中に何かがぶつかった。階段室の壁だ。そこから縛られたように動けなくなったユリカのすぐ傍にまできた有栖が手を伸ばし、頬を撫でた。
「とても綺麗になったわ、ユリカ」
どこまでも甘く、脳を痺れさす優しい声音。
「な……ぜ……」
「それは何に対して? 私がこの子の中にいたことかしら? それとも……」
幽霊を見て怯える子供をあやすように、有栖ではない何者かはユリカの耳元で囁く。
「私が生きていることに、かしら」
瞬間、全てが確定した。
「ミコ――!」
何かを叫びかけたユリカの声が、突然止まった。
ズン、という振動によって。ユリカは、ゆっくりと自分の腹部に視線を下ろす。
そこには、太い木の幹のようなものがめり込んでいた。
それが大地の精霊で生み出したものだと理解したときには、ユリカが既に硬い床に落ちていた後だった。
じわじわと血液の海が広がっていく。その様子を眺めながら、少女は先端が赤く濡れた棒をぞんざいに放り捨てた。
それから、意識の途切れたユリカに向けてこう言った。
「そうよね。ユリカが驚くのも無理はない。だって、私を殺したのは貴女なんだから」