表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第三章 アンダーグラウンド
17/100

  取調室を後にしたカイとアイサは、同階にあるオフィスへと移動した。

 インジェクターには、各班ごとに部屋が割り当てられており、その大きさは少数精鋭の部隊にしては広すぎるほど。扉と廊下に面する壁はガラス張り。忙しそうに資料を抱えた職員が行き来している。彼らも精霊使いだ。人数分備えられたデスクが向かい合わせで設置され、 リーダーのカイにはエグゼクティブ仕様の長いデスクがある。天井から眺めれば、T字型の配置だ。

 内装はそれだけではない。隣には、テーブルと高級そうな革張りのソファ、さらに巨大なテレビと、いわゆる談話スペースまで用意されている。


「ふぅ……」


 カイはワークチェアに腰掛けると、ネクタイをゆるめながら重たい息を吐いた。


「お疲れですね」


 カイが眉間の辺りを指で揉んでいると、彼の前でアイサが苦笑いを浮かべた。


「……そう見えるか」

「さすがのカイさんも、ここのところの忙しさに参っちゃっている感じですか」

「……別に俺は、タフさを売りにした記憶はないんだがな」


 カイは頬杖をついて、


「確かに、近頃の出動要請の多さには嫌気がさしているところだ」

「ですねぇ……」


 女子高生とインジェクターとを両立するアイサも、げんなりと相づちを打つ。

 年々、こちらの世界に渡る精霊使いが増えていくことに比例して、事件も増加の一途を辿っている。しかし、ここ最近の爆発的な増加は異常だ。まるで感染病のように急速に都市を蝕み、拡大しているような気がする。

 カイはホログラムキーボードを起動させ、億劫そうに片手で操作。空間に投影された平面の画面には、ここ数週間の事件の報告書が永遠とスクロールされていく。そのあまりの数にカイは頭痛を覚えた。


「カイさん」

「――ん?」

「その……、すみませんでした」


 文字の羅列が埋め尽くす画面の向こうでアイサが頭を垂れた。


「どうした、突然?」

「さっきは感情的になってしまって、あんな態度を……。インジェクターの自覚が足りませんでした」


 思わず、カイは目を丸くした。

 彼女がここまで真摯な態度を示すのは珍しい。いつもなら仕事でミスをしても、笑って誤魔化すタイプの人間だと記憶していたが……。

 ならばこれは仕事に対する責任感の表れなのかもしれない。――だとすれば、彼女の上司として喜ばしいことなのだが。


「……分かっているならいいさ。――それにしても今回の事件、やけに気になっているみたいだな」

「許せないんですよ。あんな身勝手な犯罪は」


 厳しい顔つきでアイサは言った。


「犯罪なんて、おおよそ全て身勝手だろうに。何を今さら」


 極論めいた返答をあっさりして、カイは肩をすくめた。


「ですが、佐久間のせいで大勢の人が傷ついた。アイツは自分の目的のために他人を巻き込んで、あまつさえそれを利用して私達の目をそちらに向けさせた」

「あまり主観で物事を判断するな。まだ動機もはっきりしちゃいないんだ」

「だからそれは会社に何らかの恨みがあったからじゃ……」

「ヤツはそんなものはないと言っているぞ」


 アイサの口が反論しようと開きかけたが、どうやら思い直したらしい。穏やかな口調で、カイに訊いた。


「――カイさんは、佐久間の言ったことは信じるんですか?」

「いいや」


 即答するカイ。


「だったら――」

「だからといって、完璧に嘘だと決めつけてもいない。佐久間が暴行を加えたのは事実。証拠も残っているしな」


 造園会社の監視カメラ映像。そこには佐久間が突然発狂し、同僚に暴力を奮った記録がしっかり残っている。どれだけ佐久間がシラを切ろうとも無駄なのだ。


「ただ――」


 と、カイは付け加え、


「俺が気になっているのはそこじゃない。あの事件にドラッグが絡んでいるのかどうか、そこははっきりさせないといけない」

「前回の事件との繋がり……ですか」


 アイサが真剣な眼差しで呟く。

 カイは画面に目線を戻し、キーボードを操作。画面を切り替える。ピックアップされたそのページには、メディカルセンター襲撃事件の詳細が記されてある。

 そして今回の暴力騒ぎ。

 連続して起きた二つの事件には、とある共通点が存在する。


 容疑者のマナの暴走だ。


 個人のマナの量は、母胎にいる間に決定される。大抵は遺伝子の元となる両親の影響を受けるものの、その限りではなく、生まれた環境や育ち方によっても変わってくる。

 多ければ精霊使いとしての資質に恵まれていることになり、その後の人生に影響をもたらす。

 マナというのは彼らの『価値』を表すものなのだ。

 特に日本に渡った精霊使いは、計測装置によって簡単に数値化されるため、より優劣の意識が高くなっている。



 ――しかし。



 マナを強制的に高める代物が、この国には存在する。

 それが、ドラッグである。

 治療用として処方されるものとは別の危険な薬物。絶大な効果が期待できる半面、副作用が強い。精神面の異常、精霊のコントロール不能などが起きる。

 この症状が二つの事件に見て取れたため、精保は関連付けて背後関係を捜査することにしたのである。


「――ですが、違法ドラッグを調合したと思われる薬剤師は既に逮捕したんですよね?」


 カイは「ああ」と頷いてみせたが、表情に変化はない。眉間に皺を寄せて、低く言った。


「そちらはもう自白済みだ。だから検査の結果で、薬物反応が出れば話は簡単なんだ。問題は――」

「シロの場合……」


 アイサもその先は口にしなかった。カイも押し黙る。

 薬剤師を取り調べた尋問官によれば、違法ドラッグは何万という桁外れな数を売りさばいていたらしい。佐久間が薬物を使用していたのなら、その顧客として該当する可能性が高い。

 出来ることなら、そう願いたいものだ。そうなれば、こちらの事件はめでたく解決、なのだから――。




「だぁあ、もう最悪!」


 パシュ、という自動扉の開閉音を掻き消す大声を発しながら男が入ってきた。

 キョウヤだ。彼はオフィスに戻るなり、自分のデスク――ではなく、談話スペースのソファに座り、煙草を取りだして口にくわえた。


「ただいま戻りました」


 対照的に楚々として入ってきたのはユリカだった。


「お帰りー、ユリカ姉」


 まるで本当の姉のように親しみを込めてアイサが言うと、彼女は嬉しそうに微笑む。


「――どうだった、そっちは?」


 カイが尋ねる。

 ちらっとユリカがキョウヤをうかがう。キョウヤは煙を宙に吐き出しながら、けだるげに答えた。


「一足遅かった……ってとこかな」

「……どういうことだ?」


 眉をひそめるカイ。


 今回、立て続けに起きたマナの暴走事件。インジェクターB班は分担して事に当たっていた。カイとアイサは造園会社の方を、キョウヤとユリカはメディカルセンターを担当していた。先立ってメディカルセンターを襲った強盗犯の取り調べは行われていた。強盗犯は全部で四人。動機云々よりも、一番重要なポイントは、『違法ドラッグがあの施設内で精製されているという情報をどこで得たのか』だった。

 個別に話を訊く中で判ったのは、全ては一人の男の指示で動いていたということ。インジェクターに追い詰められ、苦し紛れに薬を飲んだあの男――名を影内というらしい。他のメンバーは、影内の計画を実行していたに過ぎない。

 しかも。

 驚いたのは、襲撃犯の全員が見ず知らずの他人であるというのだ。あの日、初めて顔を合わせた者同士があんな大それたことをどうやって。

 きっかけは、影内のPCに届いた一通のメールだったらしい。

 差出人不明のそのメールに書いてあったのは、不正なドラッグがあの場所にあり、裏で取引されているという内容だった。無職だった影内は、日々の生活に苦しんでいた。どうにかして大金を得ようと、闇サイトを漁っていたようだ。それにまんまと食いついた影内はドラッグを強奪し、さらに売りさばこうと考えた。そして仲間を集い、メディカルセンターを襲撃したのである。

 そこまではカイも指揮する立場として、把握していたのだが。


「証言の裏を取るために影内の自宅へ行ってきたんだろう? 何があったんだ?」

「ええ、そうなんですが――」


 自分の席へ腰を下ろしたユリカが言った。


「どうやら何者かが先に押し入ったようで、部屋の中は相当に荒らされていました」

「……本当か」

「はい」

「PCは?」

「破壊されていました。跡形もなく」

「じゃあ、バックアップも……」


 恐る恐るアイサが訊く。


「無理でしょうね……」


 残念そうに首を横に振るユリカ。

 やったのは十中八九、影内にメールを送った者とみて間違いない。明確な証拠隠滅。犯人は、彼が逮捕されたのをニュースで知って、行動に移したのだろう。


「にしても、乱暴なやり方ですね。バレないようにしたいなら、他にやり方があったでしょうに」


 腑に落ちないといった様子のアイサ。カイは少し考え、


「……焦っていたのかもな。だが、裏を返せば影内の証言は正しいと証明されたわけだ」


 ユリカが頷く。


「そして、影内の室内からマナの痕跡が発見されました」

「誰のマナだ?」

「今、レアさんに回して調べてもらっています」


 精保のデータベースには、こちらの世界にやってきた精霊使い全ての個人情報が登録されている。マナは、指紋と同様に個人を特定する貴重な情報源。例え、同属性の精霊使いでも、性質は微妙に違う。親、兄弟であってもだ。それは、細胞と密接に結合しているからだとされているが、定かではない。


「ただ……、あまりに微妙なために、それが誰なのか分かるまで解析に時間がかかるかもしれません」

「……そうか……」


 カイは深く息を吐き出して、チェアにもたれかかった。その時、PCからアラーム音が流れた。メールが届いたらしい。画面を切り替え、フォルダを開き、書いてある文章を目で追う。ある程度読んだところで、カイは落胆のため息を吐いた。


「どうしたんですか?」

「佐久間の検査結果が出た。……反応はなし……だそうだ」

「そんな……」


 アイサは思わず天を仰いだ。


「あ~あ、進展はなしかよ、チクショオ」


 キョウヤが語気弱く、嘆いた。


「そっちはあっただろうが。何が最悪だっていうんだよ」

「バッカヤロー。せっかくユリカちゃんと二人きりのデートだっていうのに、何でむさ苦しい男の家に行かなきゃならんのよ。しかもユリカちゃんってば、俺がいくら誘ってもなびいてくれないし。結局、そのままこっちにバックだぜ? もうちょっと、こう、さあ……」


 心底悔しそうにぶちまけるキョウヤに、カイはガクリと椅子からずり落ちそうになった。あまりに呆れ果てて、「アホかお前は」と怒る気力さえ沸かない。

 重い淀みと、少々場違いな悶々さが混じる最悪な空気。

 カイは一つ咳払いし、皆の注意を引く。


「とにかく、影内にメールを送った者と、佐久間の暴走の原因。今後はそちらに焦点を絞って捜査していこう」


 会議が終了し、各々が仕事へと戻る。キョウヤも煙草を灰皿に押し潰し、立ち上がると、ふと思い出したかのように言った。


「そういや、レイジはどうした? 確か今日は検査の日だったろ。サボリか?」


 織笠の検査は毎週末に予定されている。平日は大学があるためだ。カイがその疑問に答えようとしたが、意外な方向から解答がやってきた。


「違いますよ。何でも今日明日と学祭があるそうで、休ませてほしいそうです。今朝連絡がありました」


 そう何の気なしに言ったのはアイサであった。


「お祭りですか。いいですね」

「ですよねー。あ~、私も行きたくなってきたな。ちょっとレイジに電話してみよっかな」


 アイサはセーラー服のスカートから携帯端末を取り出す。仕事用ではなく、年相応らしい可愛らしい丸みを帯びたデザインの小型端末だった。


「……彼は不思議な方ですわね。造園会社の事件でも活躍されたとか」

「ええ。アタシもびっくりしました。でも、レイジがいなかったら、きっと助かりませんでしたよ」

「報告を聞いても、いまだに俺は信じられないんだがな」


 カイが腕組みをし、唸る。


「彼がアイサのE.A.Wを使って佐久間を倒したんだろう?」


 頷くアイサ。

 E.A.Wという武器は、それを生み出した本人にしか扱えない。何故ならば、E.A.Wはインジェクターの血と細胞とマナの混合物であるからだ。自分の武器であり、分身。それをレイジが操ったということは、所有者の“力”と“情報”を奪い、自分のものにしたという意味だ。


「前回は容疑者の力を吸収。今回はE.A.Wを……ですか」

「これまでの歴史上、前例のない話だな。そこらへんはマスターが何か勘づいているようだったが」

「本当ですか? それは一体……」

「さぁな。マスターも忙しい御方だ。いずれそっちもレアの検査で判明するだろうさ」


 肩をすくめて軽く流すカイ。

 本来ならば、一番の懸念材料だ。ただ、今は事件に手一杯で、そちらにまで頭が回らないのが現実。いや、実際問題、インジェクターには対処しきれない案件かもしれない。それだけ、織笠零治という青年は得体が知れない。そう思うと、寒気がする。


「いやいやいやいや!」


 と、突然キョウヤが慌てながらチェアへ下ろしかけた尻を持ち上げた。


「気にするとこ、そこじゃないでしょうよ! 何皆さん大事なとこ、さらっと流しちゃってんのよ!」

「……はぁ? また何をお前は……」


 全員の困惑顔がキョウヤに集中する。レイジの不可思議な力以上に、今の会話にあっただろうか?

 キョウヤは隣の席のアイサへ、ぐっと顔を近付け、


「レイジから連絡があったっていったよな? それはこの精保にあったのか?」

「い、いいえ……」


 やや身をのけ反らせながらアイサは言った。


「じゃあ、どこに?」

「私の携帯に……ですけど……」


 ニタリ。真剣な顔から、いやらしい笑顔へと変わるキョウヤ。


「ほほ~」

「な、何ですか?」

「おたくら、いつからそんな関係になったわけ?」

「ぶっ!」


 急激に顔を真っ赤にさせるアイサ。


「ち、違いますよ! そんなんじゃないですって!」


 ガタガタガターン! 動揺したためか、椅子を弾き倒してアイサは立ち上がる。


「で~も~? ちゃっかり番号交換してるじゃないの」

「いや、だって、ほら、この間助けてもらったし? お礼とかしたかったし? その過程で必要と私は判断したからであって……」


 早口でまくし立てるアイサの手元ではミシミシと携帯が悲鳴上げている。このままでは握りつぶしてしまいかねないが、彼女には気付く余裕が全く無い。


「あら。でも、ここのところアイサちゃんと話していると、頻繁にレイジさんの話題が出てきますわよね」

「まさかのユリカ姉からの攻撃! だから、私はレイジに会いたいんじゃなくって、単純にお祭りが好きだから参加したいだけですから!」

「へ~」


 キョウヤとユリカの声が重なりあう。


「んもぅ!」


 頬を膨らませるアイサを二人は声を上げて笑う。

 携帯が鳴った。軽快なメロディはアイサのものだった。誰だろうと画面を確かめるアイサ。表示された名前を見た途端、アイサの紅潮がみるみる増していく。これでは湯気が出てもおかしくない。

 どうやらかけてきたのは織笠らしい。

 部屋の隅に置いてある観葉植物の傍へ移動するアイサ。彼女は態度を気丈に隠しているようだが、背中から嬉しオーラが出てしまっているのが乙女らしい。小声で話すアイサに近づきはしないものの、キョウヤとユリカはしっかりと聞き耳を立てている。


「おい、そこの野暮二人。いい加減仕事に――」


 リーダーのしかめっ面が部下に飛ぶ。

 だが、そのお叱りはいきなりのアイサの大声で遮られた。


「は!? 爆発!?」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ