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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第二章 精霊犯罪
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 織笠とアイサは、モエナを追って敷地内を駆け回っていた。

 途中、見失いそうになりながらも、首輪についた微弱な鈴の音を頼りに進んで行く。

 しかし――まさかこんなところで日頃の運動不足を後悔する羽目になるとは。己の軟弱さを恥じながら、ただひたすらに走る。


 息も絶え絶えに、ようやくたどり着いたのは本社前であった。

 モエナはどうやらここに入ったらしい。密集する施設の角を曲がったときに自動扉が閉まるのが見えたのだ。

 ここも工場ほどではないにしろ、かなり大きな建物だった。創立されて二十年以上は経っているらしいが、外壁は新築のように美しい。なにしろ、環境美化を謳う会社だ。常にクリーンな状態を保たねば外部への説得力を失うのだろう。

 二人も中に入る。自動扉の開閉音が静かな社内に気味悪く響く。

 現在、この区画は封鎖してあるため社員は当然いないし、照明も落ちているため辺りは薄暗い。

 織笠は自分の携帯をライト代わりに使おうとしたが、ここで役に立ったのがアイサの周囲を浮遊する精霊だった。ぼんやりとした緑の光を頼りに、奥へと進む。


「どこに行ったのかなぁ、モエナ……」


 社内は様々なセクションに分かれているようだった。通路を挟んで、左右対称に部屋が設けられている。

 相手は小動物だ。しらみ潰しに各部屋を調べていくしか方法はない。


「アイツも一応マナを体内に宿しているから、その痕跡を辿っていけばすぐに見つかるとは思うんだけど……」


 アイサが困ったように呟く。

 扉を次々に開け放ち、精霊で室内を照らしながら机の下など猫が隠れていそうな狭い場所を探す。


「でもなー。あたし、そういう索敵能力低いんだよなー」

「え?」


 四つん這いだった体を起こし、織笠は首をかしげた。


「モエナも精霊使いだったの? というか、動物が精霊を操るなんて話、初耳なんだけど」


 率直な疑問に、机の陰からアイサの笑い声が聞こえた。


「モエナは例外。言ったっしょ? アイツは特別だってさ。考えてもみなよ。怖くない? あたしら以外の動物が精霊を使ったらさ」


 それもそうか。

 人間は唯一欲求を抑えることが可能な生き物だ。仮に動物全てが精霊を扱えたとしたら、世界のバランスが狂ってしまうに違いない。


「それに、モエナはあくまでマナを持っているだけだから。使えるかどうかはまた別問題」


 アイサは立ち上がり、学生服のスカートをはたく。


「どうやらここにもいないな。よしっ、次行こ」

「うん」


 それから、いくつもの部屋を調べていったが、モエナの姿は影も形もシッポすら見当たらなかった。

 それにしても、モエナはこんなところに一体何の用なのか。モエナが行動するのには必ず意味がある。猫は敏感な動物だ。察知するといえば、匂いや気配。腕から離れたあの時の走り方はただ事ではなかった。

 ここにはきっと、モエナが反応し、求める何かがあるのだ。


 と、突然。


「――ストップ」


 アイサが手で織笠を制す。

 足を止めたのは、ある一室の手前。扉が僅かに開いており、薄い光が隙間から漏れている。

 何者かが中にいる。

 立ち入り禁止区域で何を。

 侵入者――なのか?


「ここは……」


 声を殺して呟いた織笠は、上部にあるプレートを読もうとしたが、暗くて文字がよく見えなかった。

 アイサが壁に背を預ける形でゆっくりとしゃがむ。一瞬にして少女の太陽のような無邪気な顔が、暗闇に潜んだ。

 織笠は息を飲んだ。そこにいるのは紛れもなく、歴戦の修羅場をくぐった戦闘員。獣のような眼光は暗がりに映え、妖艶な美女へと変貌を遂げている。

 アイサは半開きの扉に視線を注いだままスカートの中に手を入れた。取り出したのは、到底玩具とは思えない質感とフォルムのハンドガン。

 まさか、これが彼女のE.A.Wなのだろうか。

 アイサはそっと中を確認。すると、安堵のため息と共に固くなった体から力が抜ける。


「ここにいたんじゃん」


 扉を開いて中へ入る。織笠も続くと、そこはどうやら監視室のようだった。狭い室内に設置されたマルチパネルディスプレイ。その真下にあるコンソールにちょこんとモエナが座っていた。


「よかったぁ。……ったく、びっくりさせないでくれよ。ダメじゃないか、勝手にどこかに行っちゃ」


 織笠が軽く叱っても、猫に言葉が届くわけもなく。彼女はどこ吹く風――というか、じっとモニターを食い入るように見つめている。


「ここに来たかったのか? でもなんでこんな部屋に――」

「ねぇ、これちょっと見て」


 アイサがモニターを凝視しながら言った。織笠は彼女に従い、モニターに目を向ける。

 多面モニターにはこの敷地内に多数設置された監視カメラの映像がリアルタイムで流れている。アイサはその一つを指差し、


「ほら、ここ。誰かいる」


 見てみると、確かに暗い廊下を歩く人影の姿が映っている。カメラの角度からは背中向きなので顔はうかがい知れないが、男性であることに間違いなさそうだ。人影はあっという間に奥へ消えていった。


「本当だ……。警備員さんかな?」

「こんなときに? 事件が解決したならまだしも、今このタイミングで巡回するのは変じゃない?」

「あぁ、そうか……」


 しばらく考え込む二人。数秒映りこんだだけでは特定することは難しい。ましてこの暗闇だ。外部と内部どちらの人間なのかさえ判別できない。


「ちょっと追ってみよ」


 簡単にアイサはそう言うと、コンソールを操作し始めた。軽快に走る指先に、織笠がギョッとした顔で見つめていると、その視線に気づいたアイサが、「ま、仕事柄ね」と、照れくさそうに言った。

 さすがインジェクターと賞賛すべきなのかもしれないが、未知の場所の機器を巧みに扱う女子高生の姿はちょっと異様だ。


「よしっ」


 最後にパンッとボタンを勢いよく叩くと、画面は録画映像に切り替わった。

 今映った男の足取りを確める。が、どうやら巻き戻す時間を少しミスしたようで、映像は暴動直後のものだった。大勢の人間がひたすら殴り合う痛ましい様子が鮮明に映る。


「うわぁ……」


 これには織笠だけでなく、アイサも嫌悪感を露にする。

 飛び散る血飛沫。苦悶に歪む表情。なまじ高画質であるがゆえに、たちが悪い。

 正に地獄絵図。永遠に繰り返される暴力は、この世の果てを連想させた。


「大体、なんでこんなことに……。おかしいよ、こんなの……」


 思わず嘔吐しかけた。すんでのところで我慢し、言葉だけを吐き出した。


「見る限り、この急に暴れだしたヤツが佐久間ね。他のヤツは雰囲気に呑まれた感じかな」


 次いで出た言葉に織笠は思考が停止した。


「どいつもこいつも派手にやっちゃいるけど、まだマシな方だよ、これでも」

「――え?」


 少女とは思えない淡泊な感想を、どこまでも平坦に、平然とした口調でアイサは呟いた。


「マシって……、どういうこと? こんなの異常そのものじゃないか。どうして……、どうしてそんなことを冷静に言えるんだよ!!」


 我を忘れ織笠はアイサに食ってかかるが、対するアイサは光彩を失った瞳で返す。


「よく見てみなよ。精霊使い側は能力を発動させちゃいない。物理的な応戦でとどまってるっしょ?」

「あっ……」

「マシって言ったのはそういう意味。力を使えば今頃この辺りは跡形もなく消し飛んでるよ。そして積まれるのは屍の山。どう? これがマシでないなら何なの?」

「…………」

「ちなみにアタシは炎の精霊使い。きっと腕力ではレイジに負ける。だけど、アタシがその気になればアンタを一秒と待たず灰にできる。――この世界はそういう危ういパワーバランスで成り立ってるんだよ」


 背筋が凍った。アイサの実力に、ではない。

 精霊の力はどんな刃物や銃器よりも凶器になり得る。したがって、無闇に力を行使することは法律で禁止されている。犯罪行為などもっての他だ。


「精霊使いが感情に任せて暴れたら、その天秤は一瞬にして傾く。だからインジェクター(あたしら)が存在するんだ。己を律し、正義のために力を使うことを許された唯一無二の機関。精霊使いがこの世界での立ち位置を今一度知らしめるために――ね」


 おそらく彼女は、こんな凄惨な光景を幾度となく目にしてきたのだろう。だからこんなに落ち着いていられるのだ。

 インジェクターとしての責務と重圧。そして経験が、彼女をここまで強くさせているのだ。


 そして痛感する。何と距離が遠いことか。

 人間同士でも互いの距離感を縮めることがいかに重要で、労力を要するか。なのに、全く異なる世界の存在と交流し、生活を共にするこの特殊な世界。


「で、でもそれじゃあ、精霊使いがこの国で暮らすのはデメリットしかないんじゃ……」


 織笠が訊ねると、アイサは目を細めた。


「そうでもないよ。少なくともアタシはこっちに来てよかったと思ってるし。見るもの全てがスゲーんだもん」

「…………」


 無言で肩を落とす織笠。アイサは「やれやれ」と肩をすかし、苦笑いを浮かべながら織笠のうつむいた顔を覗いた。


「無理にアタシらを理解しなくていいよ。レイジは精霊使いじゃないし、ましてインジェクターでもないんだしさ」


 彼女のなだめる言葉が逆に心に刺さる。

 これではどちらが年上か分からない。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。この世界は、この社会は、そして自分は。

 いくら考えても答えは生まれそうにない。


「んん?」


 織笠が顔を上げると、唸りながらアイサがコンソールに身を乗り出している。


「どうしたの?」


 織笠もまた画面を見直すと、一心不乱に殴打を繰り返す人海の渦から、ふっと離れる人物がいた。


「佐久間だな。急にどうしたんだろ?」


 別画面に視線を移動する。工場の裏口から抜けた佐久間が自分達のいる本社に入っていく。警官とインジェクターが突入したのはその直後だった。


「やけにタイミングがいいな」

「捕まるのを恐れて逃げたのかな?」


 やや間を置いてアイサは答えた。


「それにしちゃ足が遅い。逃走を図るならもっと焦ってるはず。なのにこいつは……。どうも臭いな」


 アイサは顔だけ横に向け、通信用の緑の精霊に話しかける。


「カイさん、ちょっといいですか?」

『……どうした?』


 声が震動している。きっと歩きながらなのだろう。しかし、先程に比べて声音に余裕がない。


『モエナは見つかったのか?』

「はい。本社の監視室にいました」

『そうか。それならよかった。で? 何か分かったのか?』

「今監視カメラの映像をチェックしていたのですが、佐久間がこの本社へ移動しています。何か知っていますか?」

『佐久間がそっちに? いや、実は俺たちもヤツを探していたところだったんだ。――そこから佐久間がどこに向かっているか掴めるか?』


 アイサは「ちょっと待ってください」と言って再びコンソールを操作し、リアルタイムの映像に切り替える。

 徘徊していると思えなくもない佐久間のおぼつかない歩き方。違和感を覚える織笠とアイサだが、確実に佐久間の足は一直線に伸びた廊下の向こう側へと吸い寄せられている。


「この先は制御室みたいですね。何の用でしょう?」

『…………』


 返答は来ない。カイも考え込んでいるようだ。


「制御室ってこの会社の電源が一挙に集中しているところだよね?」

「うん。この本社だけじゃなく、施設全体の電力を一手に担ってる。きっと工場にある装置なんかも――」


 と、アイサが何かに思い至ったのか、途端に顔色が曇る。


「まさか佐久間は意図的にこの暴動を起こしたの……? 混乱を煽って目をこちらに向けさせ、自分はこっそり抜け出す……」


 うわ言のような呟きが、アイサの小さな唇から漏れ出た。


「え……。じゃ、じゃあこの人の本当の目的は会社の全機能を停止させること……?」

「だとしたらぞっとしないね。徹底的に破壊すりゃ会社は大損害。佐久間はこの会社に個人的な恨みでもあったのかな」

『……それは憶測が過ぎるだろうが……』


 カイの呟きがようやく返ってきた。


『可能性としてはある。……まだ確定ではないが、佐久間と前回の事件には類似点が見られる。ドラッグを服用していたかもしれない』

「なっ……!」


 これにはアイサだけではなく、織笠も愕然とする。


『強盗犯と佐久間……。個人的な感情にしろ、背後関係に繋がりがあるにしろ、ここで議論している場合じゃない。今はヤツを捕らえることに集中しよう』

「ウッス! じゃあアタシらが先行します!」

「はぁッ!?」


 嬉々として緑の精霊に敬礼をするアイサ。織笠としては当然ながら異を唱える。


「ちょっと待ってよ! どうして俺まで!? モエナは見つかったしそれでいいんじゃ……!」

「なーに言ってンの。君はアタシの保護対象でしょ」

「犯人はカイさんたちに任せればいいんじゃないかな!?」

「アタシらの方が距離的に近いんだ。ここでみすみす佐久間に目的を果たさせる訳にはいかない。――ですよね、カイさん?」

『……仕方ないな』


 ため息混じりにカイが言った。


「カイさん!!」

「観念しなって。現場での判断が最優先なのよ」


 アイサがニヤニヤしながら織笠の肩に手を置く。


『アイサ』

「はい?」


 どこか危なっかしいアイサに、強めな口調でカイは念を押す。


『俺たちもすぐにそちらに向かう。だから対象を発見したら慎重に行動してくれ。織笠君もいるんだからな』

「りょーかいです!」

『いいか、くれぐれも無茶をするなよ。――以上』


 と、精霊が空気中に溶けて消える。これ以降は交信をする必要はなし、ということだ。


「よし、じゃあ行くか。レイジ、慎重にね。バレたらおしまいだ」


 言葉とは裏腹に、目を爛々とさせ、アイサは監視室から飛び出していく。

 織笠はため息をついた。

 もうどうにでもなれ、と半ばやけくそ気味にモエナを抱き上げる。今まであんなに懐いていた黒猫は、なぜか暴れて言うことを聞かなかった。この部屋にまだ用でもあるのかと思ったが、織笠は気にせず部屋を後にする。






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