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起点であり特異点

 結果。


 夕方前には王城に着きました。




「ひ……ひじょ……しきな……ッ」

 案内された控えの間で呻くのは男達。

 人外の段階迄身体能力を引き上げられ酷使され、今はもう動く事すら儘ならない。

 だが。

「流石、名乗りを上げるだけはあるな」

 表情に乏しいながらも、闇の巫女を未だ抱き上げた儘光の巫女が感心した様に呟いた。

「喋る元気が在るのなら、闇の巫女の癒しは必要ないな」

 嫌味では無い。素だ。だからこそ、男達は戦慄し闇の巫女は必死の表情で首を振って見せる。

「其れは、あまりにも……」

「だが、闇の巫女。此処で時間は取っていられない」

 さらり、と返し、光の巫女は謁見(ほうこく)の場である大広間へ続く扉へ足を向けた。

「其処に居ろ。……良く、耐えた」

 ふっと仄かに微笑み、巫女の姿が扉の向こうへ消える。其の微笑みは、戦場で健闘し……生き残った新参兵へ向ける大将軍の風情で。男達は何とも云えぬ表情を浮かべながらも天を仰いで笑う。何処か爽やかな気絶を満喫している男達とは一変して、広間に立ち報告を行う光の巫女は戦場に立つ風情だった。

 凛とした瞳に宿る輝きは鋼。

 対峙する補佐の瞳も又、剛く。

 跪き報告を行う闇の巫女と其れを受ける巫女王が春の日差しの風情であるが故に、傍らの麗人達の様子が際立っていた。

 報告が終わり、控えていた文官武官貴族豪族が広間を退出し。

 其処に在るのは新旧の巫女のみになると、補佐は其の口の端に怖い笑みを浮かべ一段上の其の場から巫女達へ声をかけた。

「――――――慰労の意を込め、晩餐を用意している。此の儘用意している部屋へ戻ると良い」

「否」

 すぱん、と返したのは光の巫女。人形の様な面ではあるが内心の驚愕を隠せない闇の巫女を補佐の視線から守る様に立ち、光の巫女は凛と云い放った。

「日が落ちる前に、闇の巫女は生家に戻す。其れが私の誓約」

「誓約? 何時其の様な」

「闇の聖地にて、誓言した」

 だん、と断ち切る様に云い放つ光の巫女へ、補佐がくいと口の端を引き上げた。

「賢しいな」

 弄る声音に苛立ちを感じ、光の巫女はついと目を眇める。

「では、又」

 明確な日時を云わず再会を仄めかし。

 明らかに不敬であると解かる態度で光の巫女は補佐へ礼を取ると闇の巫女を抱え上げた。

 驚きと戸惑いの声を上げた闇の巫女へ宥める様に甘える様に頬ずりして、光の巫女は巫女王へ向き直る。

「ごめんなさい。連れて帰ります。だめですか?」

 真摯な光が満ちる瞳で一生懸命に問う光の巫女へ、巫女王は慈愛に満ち満ちた微笑みで小さく首を振った。

「良いのですよ。補佐には、(わたくし)からお話しておきましょうね」

 でも、と巫女王が云う。

「沢山、遊びに来てほしいわ。二人で。宜しくて?」

「勿論! いっぱい来る!」

 ぶん、と首を縦に振った光の巫女へ、巫女王は嬉しそうに微笑んで見せ……補佐は苦々しく眉根を寄せた。

 じゃあさようならと踵を返そうとした光の巫女へ、補佐が声を投げた。

「あの場にて待つぞ」

「……承知」

 戸惑う闇の巫女を大事そうに抱え直し、光の巫女は其の場から掻き消える。

 残ったのは、玉座に座す巫女王と其の補佐。

 暫しの静寂の後、巫女王が困った様に笑って傍らの補佐を見上げた。

「もう、怒らないで」

「怒って等」

 曖昧に否定し、補佐は顰めた眉をゆるゆると解き吐息する。

 視線を隣に向ければ、玉座から己を見上げる巫女王の瞳が揺れているのが解った。不安に揺れる瞳に、補佐は内心舌打ちする。こんな表情をさせるつもりはなかったのだ。

 一度瞑目し、補佐はふわりと微笑みを浮かべた。巫女王にだけ向ける其れは、酷く柔らかく甘い。

「疲れただろう? 戻るか」

 そっと巫女王の手を取れば、対峙する柔らかな美貌がそうねと笑みに解けた。

 ……因みに。

 控えの間で気絶していた男達は翌朝自力で起き上がり己の住処へ帰還したそうな。……立場も職業も違う彼等の間に、確固とした仲間意識が芽生えたのは云う迄も無い。

 閑話休題。

 夜。月明かりも美しい闇を渡り、光の巫女は王城の一角……巫女王と補佐の歓談室と云う名目の私室に現れた。迎えたのは、補佐。己の定位置でゆるりと盃を傾け、大きな窓越しに夜空を見遣る。室内に明かりは無い。だが、流石と云おうか、巫女と補佐の周囲は蛍火の様な仄かな光が常に輝き満ちていた。

 ずい、と歩を進め、光の巫女は補佐の前に立つ。

 つい、と視線を遣り、補佐は光の巫女を促した。

 対する様に其の前に腰を下ろす光の巫女は、先だってと変わらず片膝を立てている。……何時でも動ける――――――戦える、座り方だ。其れは、気を許していない証拠。だが、補佐は咎めもせず盃を放る様に渡した。光の巫女が其れを受け、独りでに(くう)を滑り来た酒器から酒を得る。

 酒の色は、黄金。――――――光の、色だ。

「……誓言なぞ、誰に聞いた」

「誓約と誓言は、己が身を鍛える存在(もの)の常識」

 密やかな問いに泰然と返し、光の巫女は盃を干す。

「闇の聖地で明言すれば、其れは闇への誓いになる」

「しかり」

 補佐は忌々しげに呟き、酒で唇を湿らせた。

「故に、私は得る機会を逃した」

 得る、と云う言葉に、光の巫女はだが楽しげに目を細めて呟く。

「故に、私は得る機会を得た」

 ふん、と補佐が鼻先で哂った。

稚児(ガキ)が」

「齢の割に悟ってない」

 あっかんべーと舌を出しながら、光の巫女はすいと表情を無くして盃に酒を満たす。

「まだ、世界中の強い奴に会っていない」

 ぽつり、と呟かれた言葉に補佐は視線で先を促した。

「闇の巫女も、此れからは少し楽になると思う。大義を成したのだから、変な云いがかりも表立っては付けられないだろうし」

「……王城に、巫女王付女官(そばづかえ)として召し上げるか」

 ぴくり、と光の巫女の眉が跳ねるが、其れをあえて無視して補佐は言を継いだ。

「其の方が安全と平穏を保てる。巫女王も茶飲み友達が出来れば気持ちが華やごう」

「それで、良いの?」

 光の巫女の、かなり言葉が足りない問いに、だが補佐は明確に是と答えた。

「なんだ、私が巫女王との時間を奪われる事に対して拗ねるとでも思ったか。残念だが、私は執務が忙しくてな。……此れから先は巫女王の裁決も此方である程度賄うつもりであるし、巫女王付が得られるのは有難いのだよ」

 くつりと笑って、補佐が云う。

「満願成就の時来たり。……些か焦りが在った」

「齢の割に悟りが早い」

 偉そうに呟く光の巫女へ、補佐はこいつめと小さく笑った。

「巫女王の体調は、そんなに悪い?」

「良くはないな」

 さらりと云いながら、補佐は盃を呷る。

「世界を支えるのだ。(ゆがみ)は来る」

光の巫女(わたしたち)が居ても?」

 真摯な問いに、補佐は僅かな間を開け――――――是と頷いた。

「此ればっかりは、如何にもならん」

 云いながら補佐はついと光の巫女の目を見遣る。


「だから、お前は即位を邪魔したのだろう?」


 真っ直ぐな視線とまっすぐな確認(といかけ)に、光の巫女は動じる事無く是と頷いた。

「まだ、幼い。もっと普通に居ても良い筈」

 闇の巫女の姿を思い出す光の巫女の表情は、酷く穏やかで。

「ずっと、強すぎる力に嫌な思いをさせられて。やっと強すぎる力の意味を得て。……なのに、すぐ重圧に晒されるのは酷い」

「私の巫女王も私もそんなものだったが」

 揶揄する様な声に、だが光の巫女は真っ向から言い返した。

「自分が辛かったから人にも耐えろと云う? そんなのは我儘(エゴ)だ」

「……しかり」

 笑いに声を震わせ、補佐は頷く。口調は酷く重いのに、其処に宿る感情がやけに幼い。そんな光の巫女の声音は、補佐の笑いを妙に誘う。

 くつりくつりと笑う補佐を些か憮然と見遣りつつ、光の巫女は盃を干すと小さく肩を竦めた。

 笑わば笑え、と云いたいらしい。

「それにしても、当代は思いの外知恵者なのだな」

 拗ねる光の巫女を興味深げに見遣り、補佐は盃を重ねた。

「光と闇。両の聖地の場所なぞ……私でも知らない事だぞ」

 今回の異例の速さは聖地への道筋を伝える事無く巫女達が動いた事にも因る。大体、聖地の所在なぞ秘中の秘であり、出立の儀で礼式に則り知識の移譲が行われる事に因り知るものなのだ。だが、当代の巫女は其れを全て必要としなかった。

 即位の儀に関しても、そうだ。

「最初の聖戦の終了とて、狙ったのだろう?」

 光の巫女は拗ねた様に顔を反らした儘。

「最初の王城召還は日が中天を過ぎた頃に設定されていた。次の聖戦終了も、日が十分に残る頃合いに報告が成されていた。……本来であれば、最初の聖戦終了で即位の儀は其の場で行われた筈であるのに、お前があの日を選んだが故に、其れは成されなかった」

 光の巫女は、動かない。

「王位の移譲は、其々の巫女が司る力が同時に存在する時刻に行われなければならん。光の巫女が王位に就くのであれば、闇の力が存在しつつも光の力が其れを凌駕する早朝。闇の巫女が王位に就くのであれば、光の力ばが存在しつつも闇の力が其れを凌駕する夕刻。……だが此れも、そう広く知られている事では無い」

 補佐が、盃を干す。酒器が、酒を満たす。

「聖地の場所を知り、譲位の儀を識り、王城の在り様を知り。……尚武の地ではあるが文にかけては劣るお前の生地(せいち)に、其の様な知恵者が居たのか」

 何処から知識を得たと言外に問われ、光の巫女は一瞬瞠目し……観念したかの様に吐息した。小さく肩を落とす姿は、諦観すら感じられる。其の儘光の巫女は訝しげに見遣る補佐へゆるりと向き直った。表情を無くした面であるのに、老成した光を宿す瞳に、補佐は僅かに居住まいを正す。

「……夢の様な、話」

 ぽつりと、感情(いろ)の無い声音が紡がれた。

「莫迦げた戯言。……それでも聞く?」

「聴こう」

 声音に秘められた力に光の巫女は僅かに驚きを示し……そして、微笑んだ。

「私は、私の前の私を知っている。知らない土地で暮らした記憶」

 曖昧な独白に、だが補佐は口を挟まない。

「其処で見た事がある。豪奢な王城と優しい王。剛い補佐。頼りがいのある男達(なかま)。尊敬する片割(ライバル)。旅をする。世界を救う旅」

 酒を干した盃を片手で転がし、光の巫女は虚ろな程に遠くを見る目で続けた。

「主役は自分。もう一人の、自分。選択して取捨を行い、私は疑似的な私を操って旅をする」

「自身であるのに疑似的なのか」

 補佐の言葉に、光の巫女は小さく眉根を寄せて頷く。

「私ではない。でも、其れの行動には私の意思が間違いなく働いている。だから、疑似的な、自分」

 ……頷きつつ、だが光の巫女は嫌そうに僅かに口元を歪めた。

「世界を救う旅なのに、男達(なかま)と恋仲になったりする理解不能な行動をする女を、自分とは到底思えなかったけど」

「ほう」

 補佐が揶揄する様に小さく声を上げた。

「聖戦では前例があるがな。道中共にする勇者と巫女のどちらかが添うと云うのは無い話ではない」

「無意味」

「確かに」

 ざっくり切り捨てる光の巫女に、あっさり同意を示し、補佐は言葉の先を促す。

「其の旅が終わると、綺麗な光に満ちた王城の広間ですぐ即位式になる。譲位した王は補佐と一緒に消えて終わり。片割(らいばる)は補佐になる。男達(なかま)も、執政官になって、新しい時代が始まる」

 光の巫女が、感情(いろ)の無い瞳で補佐を射た。

「即位と同時に消えた王と補佐は、何処に?」

 補佐は何も言わない。

「なんでそんなにすぐ譲位が行われたの」

 返事を期待しない問い。

「聖地の場所は、其の時に見た地図で覚えていた。即位の儀も其の時見た事柄を当て嵌めて考えた。王城の中も、其の時見て知っていた」

「……今在る生の前、か」

 ふふ、と笑う補佐に、疑念の色はなかった。

「なんとも不可思議な事柄だ。……不可思議すぎて、不正を言及する事も出来ん」

 盃を呷る。

 酒が、燐光に揺れる。

「だが、其れが真実である以上、其れは否定すべき事柄ではないな」

 さらりと肯定を示した補佐に、光の巫女は僅かに首を傾げ些か歪んだ笑みを浮かべる。

 困った様な。

 惑う様な。

 酷く、不安定な笑みだ。

「意外」

 ぼそりと呟き、光の巫女は勢いよく盃を開けた。

「信じるなんて」

「虚偽の臭い位、解かる」

 ふん、と高飛車に笑い飛ばし、補佐は迷いの無い瞳に光の巫女を映す。

「巫女王の御代は、私が居る限り続けられよう。……だが、私は巫女王に安らかに生きて欲しいのだ」

 あの子は、花が好きな子だ。小さな草花を愛で喜び、そっと微笑む愛らしい存在(もの)だ。

 そう云う補佐の瞳は優しさで和む。

 故に、早々に魑魅魍魎跋扈する面倒くさい現世から遠ざけたいのだと。

 そんな事を云う補佐の声音は楽し気で。

 其の姿を見る光の巫女は確信した。

 此の人、巫女王を独り占めする気なんだ、と。

 だがしかし、其れが悪い事だとは光の巫女とて思っていなかった。やろうとしている事の方向は、同じなのだ。

「私だって、闇の巫女に安らかに生きて欲しい」

 叩きつける様に云い、光の巫女は初めて瞳を揺らした。

「……我儘だと、知っているから。闇の巫女は、何も知らない」

 だろうな、と補佐が小さく笑う。つい先程の謁見でも、闇の巫女は報告以外殆ど言葉を発していない。無礼とも取れる程の光の巫女の行動が其れを全て遮っていたからだ。

 光の巫女は、闇の巫女を王宮と云う重責から逃そうとしていた。……闇の巫女こそが王位に相応しいと云い放ちながらも、其の重さを忌避した。

「せめて、もう少し……普通の生活をさせて欲しい」

 光の巫女の言葉に、補佐はだが柔らかく微笑んで盃を干す。

 仕方がない奴だ、と笑って。

「当代は老成しているのか幼いのか解からんな。二つの生を覚えているが故の齟齬か?」

 問われ、光の巫女はそうかもしれないと笑った。

 爽やかに、笑った。


「じゃあ、闇の巫女の事宜しく。私は、私より強い奴に会いに行く!」

「……政務処理(そうじ)が終わったら容赦なく譲位するからな。連絡だけは取れるようにしておけ」


 先代と当代の光の巫女が、勝手な約定を交わしあう。

 繁栄と活性を司る光の力は容赦はない。

 だが、しかし。

 此の二人が何よりも平穏を安寧を貴ぶ闇の巫女を至上とするのである限り、此の世は確実に平和であるのかもしれない。

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