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起点にして頂点

 彼等は思った。

 成程、此れは一人の方が楽だ。……と。

 眼前で繰り広げられるのは、明らかな戦いだった。だが、其れは虐殺でも蹂躙でもない。明らかに、戦い、だった。

 細くしなやかな肢体が舞う様に旋回し、今や暴走を始めた光の属性持つ獣の巨体を蹴り打ち投げる。

 土嚢を放り投げた後の様な重い音を響かせ、四足の獣は其の白銀の毛皮を土に塗れさせた。其の儘動かなくなる獣へ、光の巫女は凛と立ち――――――最上の礼を以て相手へ対す。

 助ける気があるのか無いのか……微妙な処だが、光の巫女の傍らから闇の巫女が小走りに獣の元へ赴き治癒の(わざ)を施しているので殺す気は無かったようだ。

 男達はそんな様子になんというか只々呆然と立ち尽くす。

「……なんだ、今の動きは」

 騎士がぽつりと呟いた。

「あの重量差を覆すなど、出鱈目な」

「純粋に力勝負だったな」

 感情の感じられない声音で隠密が其の言葉を肯定すれば、遊撃手が口元を引きつらせる。

「あの獣は毛皮で殆どの物理攻撃を通さないんだぞ。術を使わないなら露出している目を狙って倒すのが定石なんだ。其れを力押しで押し勝つ? 化け物かよ」

「……傷が一切入っていない毛皮……」

 ふふ、と商人が笑う。

「そんなものが手に入る可能性があったとは」

 光の巫女を見る商人の目が妙な熱気を帯びた。

 そんな男共を後目に、光の巫女は闇の巫女の了承を得ると其の体を抱き上げる。癒しを施された獣は闇の巫女の手に因り深い眠りに誘われ、闇の巫女が光と闇を均す迄目を覚ます事は無い。


 ――――――そう、均衡が、崩れていた。


 異例の事態だが、神殿の推測は当代光の巫女の力が強すぎた為、と云う事らしい。聖戦たる旅を実はほぼ一日で遂行していたらしい光の巫女の所業をいち早く耳にしていた首脳陣とも云うべき巫女王と補佐に闇の巫女、そして勇者候補達はさもありなんと頷いたものだ。

 さて、では出立と云う段になって、光の巫女が再びさらりと爆弾を落とした。

 曰く、旅は二人で行くと。

 光の巫女の旅程が異常に短かったのは、縮地と云う手段を使った為らしく、其れを行うので同行不要と云い放った光の巫女の表情は凛として清々しく単に効率が良く安全な方法を提示しているだけと知れた。……知れた、が。其れであっさり頷けるなら、矜持なぞ誰も口にしなくなるし、己の腕のみで世を渡ろうとする男も居なくなるだろう。

 当然、男達は否を唱えた。

 今回の旅は闇の巫女の旅なのだからと。

 其の言葉に、光の巫女は初めて男達を睥睨し――――――冷やかな声音で問うた。

「年頃の娘と複数の男が旅?」

 下衆な勘繰りをするな、と普通ならば怒鳴ろうが、其れをさせない紛れも無い殺気と害意に男達は其れでもなんとかその場に踏みとどまり、絶対零度の炎を宿した光の巫女の瞳を睨み見返した。

「光の巫女」

 其の緊迫しきった空気を物ともせず、一段上に在る女王の傍らより補佐が声をかける。

「縮地とはどの様な(もの)だ」

 問われ、光の巫女はさらりと答えた。曰く――――――只管にまっすぐに突き進むのみと。

 森が在ろうが

 林が在ろうが

 家屋敷が在ろうが

 山が在ろうが

 川が在ろうが

 (うみ)が在ろうが

 兎に角目的地に向けて一直線に突き進むのだと。

 成程、確かに距離が相当短くなりそうだなと頷いた補佐の前で、男達は思わず莫迦かと内心で絶叫した。

 無理だろう無茶だろうと怒鳴る男達へ光の巫女は表情も変えずにだからと言葉を紡ぐ。

「二人で行く」

 闇の巫女は私が抱えて行くと云われれば、当人が困惑した様子で片割れたる光の巫女へ言葉をかける。

「でもそれでは、貴女がお辛いでしょう」

「平気」

 何でもない事の様に首を振る。

「師匠と一緒に、狩った獲物を担いで麓の村迄降りたり、普通だったから」

 お祭りで食べきれない位の御馳走が食べさせたいと云っていた子供達の言葉を叶える為と云い、でも食べきれなくて隣の村までおすそ分けした後町に売ったと云う光の巫女の言葉に、愕然と立つ周囲の人間の視線が自然と商人に集まった。

 僅かに引きつった声音で、商人は是と答える。

「確かに、冬の終わり……年の節目に、高地にのみ生息する大型の草食獣の半熟成肉が売りに出されましたね。丁度パーティーシーズンだったので精肉業界はかなり賑わったと聞き及んでます。……ですが……かなりの大きさですよ」

 村二つを満たし、更に販売物として十分な量を町に卸したと云うのだから、相当なものだろう。そんな獣を担いで長時間山岳を歩けたならば、成程、闇の巫女等重さすら感じないのかもしれない。

「闇の巫女、変な旅装しなくても良いよ。いつも通りのドレスで大丈夫。あと薄物の羽織布は絶対必要、風邪ひいちゃうから。暴走してる獣は皆普通に引き離すし、倒さなくちゃいけなくても物の数じゃない」

「でも、それでは……」

 あまりにもお荷物ではなかろうか、と顔を曇らせる闇の巫女に光の巫女がそんな事は無いと首を振る。

「闇の巫女には、笑って欲しい。闇の巫女の笑顔が見られるなら、私は何でも出来る」

 真摯な言葉と凛々しい表情に、闇の巫女がまあと小さく感嘆の呟きを漏らした刹那。

「だが」

 騎士から否定の声が発せられた。

「戦いになれば闇の巫女殿を降ろさざる得ないだろう。其の時に如何守る気だ」

「背景モブやNPCに対戦相手が手を出すなんて最低」

 ぼそりと抑揚無く呟いた光の巫女に男達が眉根を寄せれば、つまりと光の巫女が凛と云い放った。

「滅す。跡形も無く」

 魔術は使えないが光の力を使えない訳では無い。そう云って嗤う光の巫女はとても怖かった。……其の顔を闇の巫女に見えない絶妙な位置取りで晒している辺り、光の巫女もなかなかの策士だと云えよう。

 此れ以上の話は不要、と光の巫女が上段へ向き直ろうとした時、だが、と一際強い声が男達から上がった。

「俺達も、同行したい」

 己が決めた道だと云い切った其々の顔を眺めやり、光の巫女は小さく口の端を引き上げならばと呟いた。

「私が貴方達の力を引き上げる。光が司るは活性。私なら力を使い今すぐ出来る。だが」

 強い目が、男達を射抜く。

「反動は、当然ある。能力を耐久力以上に引き上げるのだから。辛いし苦しい。……それでも?」

 覚悟はあるかと言外に問われた男達は不敵に頷き――――――そうして旅は始まった。

 の、だが。

 男達の前に木々に覆われた山の斜面を翔る様に駆け行く乙女の姿が見える。

 出立からそう経っていないと云うのに、既に王城はか遠く。最早旅程の半分は終わっていた。

 出鱈目な、と男達は思う。

 確かに闇の力が安寧や安らぎを司る様に、光は活性と発展を司るが、其の力を己の身体能力の強化に使う等、歴代でも考えられなかった行為だ。思考回路の根底が違う、と商人が評せば全員から是の声が返る。山に居た為か常識と云う概念が自分達と異なると男達が感じる場面が短い付き合いの中で多々あった。此の道程でもそうだ。光の巫女は基本的に障害となる存在(もの)は全て駆け抜けるだけで決して此方から手を出さない。通常の旅であれば少しでも光若しくは闇の眷属である荒ぶる鳥獣を排し人々の生活の安寧に努めるのだろうが、光の巫女の言葉を借りて云うのならば「効率が悪い」の一言に尽きた。

「祈れば元に戻る。なら、少しでも早く聖地に着いて祈れば良い」

 傲然と言い切る姿は一軍預かる将軍の様で。二の句が継げない男達を後目に見送りに出ていた補佐は満足げに「其の意気や良し」と口の端を上げたものだ。

 途中、如何しても接触せざる負えない鳥獣に関しては、光の巫女は躊躇わず拳を見舞った。拳と蹴り、当に肉弾戦とも云える其の戦いを展開する前に、彼女は必ず光の力を用い相手と己を囲い周囲への影響を皆無にする。周囲を滞留する動かぬ風は活性化されて弾性の高い壁を成す。其の中で戦うと、周囲の木々に影響が全くでないのだ。闇の巫女も男達も其の壁に守られているらしく、目の前で(あいて)が投げ飛ばされても全く影響が無かった。土埃一つ、服につく事は無かった。其れを見て、男達は思ったものだ。

 別に気にしなくてはいけない事があるのではなかろうか、と。

 無駄に性能の良いそんな力技を編み出すのであれば、己の戦闘スタイルを少し考えた方が良いのでは、と。……勿論、誰も口にはしないが。

 光の巫女の戦いは血が全く見られない。巫女自身に傷がつかないのは当然だが、相手も又、一切の出血をしないのだ。なのに、昏倒する鳥獣に、男達は空恐ろしいものを光の巫女の拳に感じた。

 光の巫女が昏倒させた獣を闇の巫女が癒し、微睡に落す。

 稀に引き離せない鳥獣をそう処理し、一行は国を駆け抜けて行く。

 何しろ人外極まりない速度で走るので人々の目には一切止まらない。

 街? 町? 村?

 そんなもの、一瞬で駆け抜け終る。

 砦? 屋敷? 城?

 可能であれば跳び越え、不可能ならば壁を駆け上る。

 限定解除され、更に極限まで身体能力を引き上げられた男達は、此の後の地獄を考え乾いた笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ」

 男達の耳に、出立前、闇の巫女が柔らかく微笑み、こっそりと告げた言葉が蘇る。

「私、癒しの術も得意ですの」

 そんな美しくも和やかな声音が今の彼等の動力源だった。……其の際光の巫女が向けてきた厳冬の如く厳しい視線は無かった事にしている。

 そうして必死に先を行くしなやかな後姿を追いかけ追いかけ…………日が中天にかかる前には、一行は闇の聖地に着いてしまっていた。

「あ、ありえねえ……!」

 着いたと同時に崩れ落ちた男達の一角からそんな呻きが漏れたが、光の巫女は一向に気にせずとっとと闇の巫女を抱えた儘祈りの場へ向かった。

 一顧だにせず。

 清々しい事此の上無い姿に、だが男達は顔を向ける事すら出来ず地面に蹲っていた。

 そうして。

「終わった」

 未だ動けぬ男達を光の巫女の凛とした……だが感情を感じさせない声が叩く。

「立て。直ぐ帰る」

 何処ぞの軍隊国家の鬼上官かと聞きたくなる程堂に入った厳しさで云い放つ光の巫女を闇の巫女が宥め、治癒の術を施し取りあえず動けるまでに回復させたのは、日が中天を完全に過ぎた頃だった。

 天を眺めやり、光の巫女は男達に己の力を分け与えながら傲然と云い放つ。

「日が沈む前に、闇の巫女を家に送り届ける」

 其れは、報告や謁見等々面倒事を其れまでに全て終えると云う事で。

 行きより足を速めよと云う乙女は、愕然とする男達を後目に美しい金の髪を靡かせて走り出した。


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