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終わりにして起点

「答えろ」

 金の眼差し向け、美女が問う。

「何故、単身で向ったのか」

 厳然とした問いに、だが、対する凛とした美貌は揺るがず答えた。

「己の道に他者を巻き込む故も無く」

 そして、継ぐ。

「手弱女に野宿とか、問題外」

 ごくり、と緊張故に揺らいだ場の雰囲気。

 だが、対峙する厳然とした美貌は其の表情に些かの揺るぎも与えず、厳しい眼差しの儘、傲岸に言い放った。

「其の意気や良し!」


 良 い の か よ ! ! !


 其の場に居た勇者達(イケメンども)の絶叫は、心の中のみにて唱和した。





――――――ここは、女王と補佐の共通の歓談室。

 阿鼻叫喚の謁見の間から人々を(補佐の眼力によって)駆逐し、静寂に満ちた場に飄々……と云うより感情を一切感じさせない風体で其の場に在った光の巫女の首根っこを補佐がひっ捕まえ、不満を示しつつも言葉も無く其の場に立っていた勇者達を従え女王と補佐は私室に下がったのは、つい先ほどの事。

 猫の子を連れて行くかの様なぞんざいな扱いと行動にぎょっとしたイケメン達を後目(しりめ)に嫋やかに立ち上がった巫女王は己の後輩である当代闇の巫女へ柔らかな声音で呼びかけ、呼び寄せる。恐れ多い、と感じている事がありありと解かる程に恐縮した様子の闇の巫女へ、巫女王ははんなりと微笑み其の手を差し伸べた。王は、一人では歩かない。必ず介添えを必要とする。何故なのかは知らされていないが、其れは常識として須く知られた事実だ。常に其れを行う補佐の手が光の巫女の首根っこを押さえている以上、介添えは他に求められるのも又自明の理。躊躇いつつもそっと手を出した闇の巫女の手に巫女王の透き通るような白い手が載せられ……ふわり、と歩み出した其の後ろに補佐が、そして、呆気にとられつつもイケメン達が後を追う。

 そうして着いた其の場は、限りなく私室に近い性格を持っており……一瞬、入室に躊躇いを見せた勇者になる筈だった者達を、補佐の傲然とした視線が射抜いた。

 其れは、明らかに迅速な行動を求める存在(もの)で。

 不興を買うよりはと彼等は其の部屋に入った。

 広い室内。

 まるで壁が無いように錯覚する大きな窓には窓枠が無く、透明な何かが外と内を隔てていた。

 部屋の中央に敷かれた、美しい床敷(マット)

 窓際に設えられた、麗しい円卓(てーぶる)と椅子。

 床敷は金茶を主体に織り上げられ、円卓と椅子は漆黒だった。

 円卓の上には可愛らしい花と茶器が、床敷の上には脇息と盆の上に乗った酒器が、其々、置かれている。

 巫女王は嫋やかに闇の巫女へ微笑みかけ、椅子に腰かける。促され、闇の巫女も又椅子に腰かけた。

「お茶は、好き?」

 おっとりと問われ、人形の様な美貌がはいと頷く。

「そう! 良いお茶があるの!」

 うふふ、と嬉しそうに微笑む巫女王の傍で、茶器が音も無く動いた。淹れられたお茶は、光を弾き仄かに金に輝く。

 まるで周囲に小花が咲き乱れているかの様なほのぼのとした雰囲気の其方とは根底から違う雰囲気で、補佐は光の巫女を放る様に敷物の上に下ろし、定位置なのだろう場所に傲然と座すと其の肘を脇息に預けた。

 酒器が一人でに動き深めの(さかずき)になみなみと酒を満たすと、補佐と巫女……そして、所在なさげに佇む男達の前に、其々配される。補佐の一瞥を受け、慌てて座る男達を後目に、光の巫女は徐に姿勢を正し、其の場に座した。尻を床に着け片膝を立てる座り方に、男達は僅かに目を剥くが、補佐はさして感じるところも無いらしく黙認して問うた。……其れが、先程の遣り取りだ。

 (はい)に口をつける補佐に従う様に、巫女も其の唇を湿らせる。

「しかし、だ」

 補佐はまっすぐな視線で眇め見つつ、巫女へと言葉を紡いだ。

「些か短慮であったのではないか。此の旅は次代巫女王の選定の儀でもあるのだぞ」

 すらり、と抜かれた刃の様な響きに動じる事も無く、巫女はさらりと言葉を返した。

「次代巫女王は、闇の巫女。如何見ても如何考えても其れが順当」

「ほう」

 楽しげに、補佐が嗤う。

 闇の巫女が光の巫女を知る様に、光の巫女へも闇の巫女の情報は渡されていた。だが、顔合わせは此の王城でが初めての筈、と補佐は僅かに黒いものを言葉に混ぜ込む。

「貴族に花を持たせる気か? それとも面倒を押し付けたいか?」

 それとも、と嗤う。怖い笑みだ。

「山の民は、権威に服わぬと云う、気概か?」

 切っ先を喉元に突き付ける様な問いかけに、だが、光の巫女はさしたる気負いも無くさらりさらりと言葉を紡いだ。

「私は勝手だから」

 端的に告げられた言葉に男達が眉を顰めるより早く、補佐は傲然と言い放った。

「直せ」

 巌の如き声音に、だが光の巫女は首を振る。

「無理」

「甘えるな」

 スパンと棄却した補佐へ、光の巫女は視線も逸らさず飄々と返す。

「甘えてない。其れに、巫女王の装束(ドレス)が似合うのは絶対闇の巫女の方」

 云って、僅かに目を和ませる。明らかに彼女の眼前には、巫女王として立った闇の巫女の正装が映っていた。

 何故其処迄心酔しているのかと男達が訝しむのと同時に、補佐が小さく哂う。

「とってつけた様な言葉だ」

「補佐は当代闇の巫女を知らないから、そう云える」

 対する光の巫女も又、挑む様に小さく哂った。

 続きを促す様に睨めつける補佐の強い視線に全く揺るがず、光の巫女はさらさらと言葉を紡ぐ。

「一緒に旅をするなら、相手を知らないといけない。だから見に行った。少しの時間では本当は見えない。だから、日を置いて見続けた」

 宣下があってから、そう日は経っていない。ましてや勇者へと男達が選ばれた日を考えれば、かなり少ない日数しかないと云うのに、十分な観測が出来たと云える程の日数を費やしたと云い切る光の巫女を、補佐は面白そうに眺めた。

「闇の巫女は、綺麗。佇まいが綺麗。心根が綺麗。力在るからと腫れ物に触る様な対応にも、綺麗すぎるからって沢山の陰口を云われても、闇の巫女は傷ついているのに、きちんと自分で傷を癒してた。そして、周りに優しい。とても優しい」

 様々な光景を思い出しているのだろう。最初はきつく眇められていた光の巫女の視線が、言葉が進むうちに和み、うっとりとした光を宿す。

「闇の巫女の巫女王姿は、絶対、古今東西比類ない程綺麗」

 うっとりとした響きすら纏わせる光の巫女の言葉に、補佐は莫迦にした様に眉を寄せ、酒を含みつつ口の端を上げる。

「愚かな。絶対至上の美と云えば、現巫女王をおいて他に無い」

 其処なのか?!

 男達の問いは幸いな事に心の内だけに留まった。光の巫女のある意味覗き行為に対しての諫言とか少ない日数のどれだけを費やしたのかとか、一体聖戦に費やされた時間はどれ程なのかとか。そう云った疑問はいくらでも沸くだろうに、此の二人……先代光の巫女と当代光の巫女には、そんな事は全く意味が無いらしい。

 ぴくり、と光の巫女の眉が跳ねた。

「当代闇の巫女は強い。強くて綺麗は正義。正義は此の世の至宝。だから、闇の巫女が一番」

「青いな」

 光の巫女の反撃を鼻先で哂い、補佐は泰然と言葉を放った。

「正義は確かに至宝だが、其れを超える存在(もの)があるのだ」

「何が……」

 訝しげな光の巫女は、補佐の言葉が暗に示した先へ目を向ける。

 其処には、ほのぼのと微笑みあい、茶を嗜む闇の巫女と巫女王の姿。

 其れを認めた途端。

「……くっ」

 血を吐く様に呻き、光の巫女は床に両の手をつき崩れ落ちそうになる体を支え耐えた。

 理解したかと補佐が笑み、傲然と言い放つ。

当代巫女王(やみのみこ)の微笑みこそが至高!」

 勝者と敗者。

 明らかにそれ以外の言葉が見当たらない二人の姿を見て、イケメン達は思った。

 ……良いのか、其れで。

 と。

「……っそれでも。私の闇の巫女の方が綺麗!」

 とうとう所有格出しやがったな、と男達は軽く頬を引きつらせる。堅物の騎士などは僅かに怒気を漏らしたが、そんな些細なものは補佐が放つ殺気にかき消された。

「幾ら幼いとはいえ、其の暴言は赦されんな」

 竜虎も斯くやと云う二人の姿に、男達の存在はまるで映っていない。

 妙な緊迫感漂う、下手な戦場より恐ろしい此の場より、彼方の小花舞うような温かくも優しく穏やかな方へ逃げたいと切実に思う男達だったが、多分其れをすれば瞬時に細切れになるなと悟れるだけの材料が此の場に満ち満ちている。

 ……いつ、此処から解放されるのか……

 僅かに遠くを見つめつつ、男達は穏やか極まる癒し空間を肴に、緊迫感漂う殺伐とした舌戦繰り広げられる場で満たされた盃を傾けるのだった。

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