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始まりにして終わり

 霊峰と呼ばれる場所の、頂近く。其処に、少女は居た。其の姿は未だ若芽とすら形容するに難しい幼さだったが、眼差しに宿る凛とした光は、全てを睥睨する強さが在った。

 少女は、理解した。

 己が立ち位置を、明確に理解した。

 風に髪が靡く。美しい白金の髪はまるで光の連なりの様だった。

 大きな瞳は天上の青(セルリアン・ブルー)。髪よりも些か濃い色の睫毛に縁どられた其れは、まるで王冠に配された青玉の様だ。

 しなやかな体躯は若鹿を思わせる。細い手足と体幹を包むのは、粗末な……だが、此の世界では一般的な布の服。森や山を行く事を日常としている此の地方ならではのしっかりした厚い布の長靴に魔除の鈴が黄金に煌めく。

 ぐっと、拳を握り、彼女は其れを天に掲げた。

 己の道筋を、己が征く道を、彼女は確りと其の身に受け止めたのだった。













 ――――――此の世に滅びの兆しあり――――――


 王国全土に報せがあったのは、つい先ごろの事。

 偉大なる巫女王(みこおう)を戴きに栄える王国は、周辺諸国に大きな影響力を持ちつつ世の平和維持に貢献していた。

 其の巫女王が宣下した内容はこうだ。


「光と闇の均衡が崩れようとしています」


 其れは、此の世界に繰り返し起こっている聖戦の幕開けでもあった。

 聖戦――――――幾百年か、幾千年か。繰り返し繰り返し行われる其れは、此の世を形作る光と闇の均衡が崩れる事により発生する天災だ。此れを収めるには、大陸の遥か遠くに在る光か闇の聖地に当代の光か闇の巫女が赴き、祈りを捧げなくてはならない。極簡単な事の様だが、其の道のりは長く、しかも、均衡が崩れた事に因り過剰となった方の眷属が狂暴化して相対する巫女に襲い掛かる為安穏な旅とはならないのが常だ。故に、巫女は王国から集うた勇者達と共に旅立つ事となる。

 光の巫女と闇の巫女。

 此の世が生まれて以来必ず一対として此の世に現れる二人は、聖戦を終らせる為に必ず共に行く事と有史以来定められている。

 何故ならば、此の旅こそが時代の巫女王の選定の儀の場でもある為だ。

 此の世を成す光と闇の力。其の均衡が崩れた時、巫女は選定される。巫女王が行う其れに因って王宮に召された少女達は宣下を受け巫女と成る。そして、聖地に赴く中で、互いや仲間である勇者達との関わりや成し遂げた事柄を鑑み、再び王宮に戻った際、巫女王から新たな巫女王として指名された者が次代として立つ訳だ。勇者は王国全土から選ばれ、自薦他薦を問わない。見事役目を果たせば次代巫女王の側近として侍る事が出来る為野心に燃える者が名乗り出る事も少なくはないが、選ぶのはあくまで巫女であり、其の選定に異議は申し立てられない。

 闇の巫女と、光の巫女。――――――巫女と云う役割を与えられた者への最大の特徴は、選ばれた瞬間から超常的な力を得る事だった。

 光と闇。

 光の力は活性と繁栄。

 闇の力は癒しと安定。

 相反しながら、其々が世界に必要であるが、片方が強くなれば世界は破滅へと向かってしまう。

 故に。

 此の二つは何方が悪いと云う概念は無く、只々尊いが故に均衡しなければいけない存在(もの)と遍く隅々にまで認識されていた。

 此度の聖戦は、闇の力が優位に立ったが故のもの。其の為、光の巫女が光の聖地で祈りを捧げ、闇の力と拮抗するだけの力を光に与えなければならない。

 巫女が召喚された時、王の間には、有力貴族だけでなく、市井の……所謂名士であったり豪商と呼ばれる者達が参じていた。勿論、彼等市井の者は下心もあって手を貸しているのだが、巫女達の旅に手を差し伸べる存在(もの)として重要な立ち位置に居た為だ。今世の巫女一行が立ち寄った店と云う箔は、酷く魅力的だ。貴族とて似た様な存在(もの)。有史以来聖戦で巫女が負けた事は無く、其の性質上負ける訳がないと云うのも知られ尽されている暗黙の了解だった。故に、周囲は手厚い加護と丁寧な態度を忘れない。

 王城の広間――――――謁見の間にて、其れ等の決して少なくない人数が目を向ける此の場の中央、玉座の前。其処に、一団は立っていた。

 今回の聖戦で旅立つ勇者達――――――騎士(ナイト)遊撃手(アーチャー)隠密(アサシン)商人(マーチャント)。其々が腕に覚えのある猛者であり、其々が趣は違うが輝くばかりに美しい青年だ。

 そして。

 其れ等を従える様に彼等の前に在り、王座の前に優雅に控える黒髪の少女。彼女こそが、当代の闇の巫女だ。

 美しい黒髪は足元に届くかと云う長さで、柔らかな絹糸を思わせる其の光沢は最早芸術品級だ。白い肌に紅の唇。戦士であれば片手で掴めるのではと思わせる細腰に豊満な胸は明け方の空の色を思わせる絹のドレスに包まれているものの周囲の視線を捉えて離さない。彫りが深い訳では無い顔立ちだが、清楚にして優美な顔立ちは文句なしに美しい。彼女は元々高位貴族の令嬢であり魔術を嗜み闇の獣を使役出来ていたが、巫女に選出され其の腕に更に磨きがかかったと噂だった。――――曰く、彼女一人で、一個大隊に匹敵するのではないかと。だが、力が在ったとしても其れを行使するのは当人であり、嫋やかな女性に生死をかけた戦いを一人で行え等無理であり、無茶でしかない。

 そんな彼女の隣には本来であれば光の巫女が居る筈なのだが……其の姿は、全く見当たらなかった。

 当代の光の巫女は、霊峰と称される山の奥に存在する村の住人であると云う。其の地は文化的に遅れている訳では無いが或る意味隔絶された環境に在り、ほぼ完全に自給自足で生活していると云う。魔術に関しては勉学の場が無いので無名だが、其の地に剣聖と呼ばれる老剣士が隠居先として滞在していたり武帝と字名される男が其の山の頂で修業をしている事もあり、武の部分では有能な者を排出する事でも名を馳せている。未開の地より選ばれた少女。其れが、此の王宮に居る者達……特に貴族達の認識だった。そんな秘境とも云うべき村とはいえ、光の巫女の召還も当然行われており、巫女王の御前に集う日取りは伝えられている。だが、一向に光の巫女は現れず、王の御出座の時は刻一刻と迫ってきている。王直々の召し出しに対して姿を現さないなど……其れは明らかに不敬であり、処罰の対象になる事柄だ。

 闇の巫女たる美少女は、人形の様と揶揄される事もある表情に薄い美貌の奥で、思い切り慌てていた。

 彼女は貴族子女だ。社交界にデビューしたばかりとは云え、立派な淑女(おとな)だ。故に、貴族達の辛辣さを心の底からよく知っている。例え光の巫女と云う地位を得ていたとしても、事が終わった後にねちねちねちねち嫌味を言われ続ける事になるのだ。其れを見続けるのは、彼女にとって大層辛い。

 闇の巫女は、其の属性に在る様に、平穏と安寧を愛する人物だった。

 ……ど、如何していらっしゃらないのかしら?

 表面上は全く表情の浮かんでいない顔で、彼女は思う儘に慌て悩む。

 何かに襲撃されたのかしら? 何処かで迷子になっているのかしら? 其れとも何か……もしやお身内に不幸があったのかしら!?

 市井の人間は身内に対して愛情が深く、高位の人間の命より身内の事柄を優先する事が多いと領地経営を行う家令から授業の中で聞いた事がある彼女は、だとしたら如何しましょうと焦り悩む。

 王の命を無視したら、本当に大変な事になりますのに……! ああ、もうすぐ王がいらしてしまうわ!

 どきどきどきどき

 表面上は全く表情を変えず、芸術品の様にすら見える美しさの佇まいで其の場に在る闇の巫女の耳に、遠くから鐘の(こえ)が聞こえた。其れは、巫女王が自室を出て回廊を歩いていると……謁見の間である此の場に向かったと云う合図。

 どどどどどどどどどどうしましょう!?

 最早、内面は恐慌状態である闇の巫女の背後で、勇者達も又訝しみながら控えていた。

 騎士は其の不敬に憤り、遊撃手は不穏の気配に眉を顰め、隠密は其の軽率さを哂い、商人は光の巫女への価値を最低に設置する。――――――其の、刹那。

 音も無く、空間が裂けた。

 光が、溢れた。

 無色でありながら美しい其の炸裂は、人々の驚愕を飲み込み一人の少女を生み出す。

 ふわり、と光に金の髪を靡かせ現れたのは、細身の少女だった。厚手の生地で作られた上着は深草色。其れは軽鎧の役割もあるらしく、ぴたりと身に添いながら肘や肩等要所に補強が成されている。ズボンはしなやかながらぴったりと張り付くような素材の為、形の良い足を惜しげも無く晒している。腰回りに短いスカートを連想させる衣服。其れもまた、上着同様の厚手の生地だ。靴は重そうな革製の長靴で、脹脛の辺り迄覆っている。総じて受ける印象は、山奥深くで生活する採集者(ハンター)。凛とした美しい顔立ちと高く結い上げられた程良く長い髪が清廉とした美しさを醸し出している。

「っ! 光の巫女様、御入場!」

 扉の守護と呼び出しを担う騎士が、其の姿に声を上げた。

 ざわり、と周囲の気配がうねる中、小さく鈴の音が鳴る。其れは、巫女王が謁見の間である此の場に御出座しになる合図。

 周囲の事等一切目に入っていない様な冷静さで、光の巫女は凛然と膝を折り礼を取る。其の姿に貴族然とした優美さは伺えないが、研ぎ澄まされた刃物を思わせる一種の美しさが在った。闇の巫女も其れに遅れる事無く……此方は大輪の華の様な貴族らしい美しく麗しい礼を取る。勇者達も又、其々に膝を折り……そして、周囲の者達も又慌てて礼を取った。

 皆が(こうべ)を垂れる中、粛々と巫女王と其の補佐が現れる。

 黒髪も美しく、穏やかな顔立ちの美女が巫女王。金の髪を結い纏め、毅然と巫女王に寄り添う麗人が女王補佐。巫女王が玉座に腰かけるのを見て、補佐は其の傍らに立ち、眼前の皆を睥睨する。其の姿に、巫女王は頼もしそうに小さく微笑み、其の視線を向けた。女王補佐は小さく目で頷き、ゆるりと唇を開く。

「面を上げよ」

 女王補佐の言葉に、全員が其の顔を上げた。

「では……」

 女王補佐が言葉を続けようとした、瞬間。

「陛下」

 光の巫女が、不意に声を上げた。

 周囲の気配がざわりとうねる。其れは少女の行動が不敬と見えるからだ。だが、巫女王はそう感じなかったらしい。不快そうな光を瞳に宿した補佐をお願いする様に向けた視線で抑え、巫女王は言葉の続きを促した。


「光の聖地での任、終えましてございます」


 刹那の驚愕。

 周囲がまさかと――――――当代の闇の巫女も、女王補佐すらそう思う中、伝令が火急の事柄ありと玉座の間に転がり込んできた。

「何事か!」

 補佐が叱りつける様に云えば、伝令は其の場に蹲る様に跪き、喘ぐ様に叫ぶ様に其れを告げる。

「両神殿より、光と闇の均衡が正常となったとの知らせが入りました――――――!!!」

 ざわり、と動揺の気配が蠢いた。

 では――――――では!

「今世の聖戦、終結致しました」

 さらり、と光の巫女が告げた言葉に、今度こそ絶叫が迸るのだった……。

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