表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画もの参加作品

閉ざされた楽園

作者: 世界

  ────夢を見ていた。それも、現実のように妙にリアルな夢を。

  私は何故か鳥籠に囚われていて、大きな鳥籠を見上げながら言葉を呟く。


「ああ、なんだかもう疲れちゃったな……」


  自分の名前もあやふやで、まるで映画を観ているかのように現実味が無くて。自分の身体が()()()()()()と言う当たり前の感覚でさえ、何処か頼りなくて、ぼんやりとしている。

  それでも、白い肌や長い黒髪をもつ自分はきっと女性なのだろう。特有の胸の膨らみは、少々寂しいのだけれど。


────ほら、璃湖。ご飯の時間よ


  不意に少し低く、透き通るような綺麗な声が頭の中に響く。それはまるで氷のように、触れてしまえばたちまち水に姿を変えてしまいそうな儚ささえ感じる声だった。

  彼女が何者かは解らないけれど、彼女から離れたら生きてはいけないと理解するまでに、そう時間はかからなかった。

  抑揚のない話し方。冷たい瞳。まるで機械のように淡々と話す彼女は、ロボットのように思える。


「はい」


  答える自分の声は、まるで耳元をきる風のようにか細く掠れ、今にも消え入りそうな声だった。

  どうして()()にいるのか、自分でも理解が出来ない。情報を脳が欲するが、それも足りなく仕方なく数少ない情報で考えた。

  見渡す限り、一面に広がる百合の花の、独特な甘い香りが私の不安をよりいっそう掻き立てる。

  怖い。嫌だ。怖い。嫌だ。

  その言葉だけが私の脳を支配し、恐怖が渦を巻いて、喉の奥を緩やかに塞ぐ。

  不安な時に嗅ぐ百合の花の香りは、恐ろしいほど甘く美しく、ゆっくりと私の思考を恐怖へと誘う。

  ふと、視界に飛び込んできたのは先ほどの女性の黒いロリータ。


 ────……ゴシックロリータっていうんだっけ、こういう服装


  食事だと言って運ばれてきたのは、バラの形をした小さなお菓子。

  ただ、それは通常サイズの私が思うことであって小さな体をした私としてはかなり大きく思えた。


  ────……これは、ある意味お徳用サイズね


 なんて、くだらないことを考えみる。

  少女は形の良い唇を少し曲げて、艶やかに微笑む。相反するかのような暗い瞳が、じわりと私を呑み込もうとする。


「なにを馬鹿みたいに眺めているの?璃湖。食べられないの?」


  彼女の綺麗な細く白い指が、私の顔の輪郭をすっと撫でる。恐ろしいくらいに、指先は冷たかった。


「あ────」


  声が出ずに、情けなくパクパクと金魚のように口を動かす私を、慈愛に満ちた表情で彼女は眺める。


「いいわ、私が食べさせてあげる」


  お菓子を少しちぎっては、私の口へとかけらが運ばれる。

  お菓子の甘さが緩やかに私の思考を侵食する。この時間があまりにも甘美で、頭の奥が酷く痺れた。

  彼女の冷たい指に、私の唇が触れる。その度に彼女が少し微笑んでいて、私を惑わせる。

  彼女は最後のひとかけらを私の口へ押し込むと、満足げに微笑んだ。


「さあ、璃湖。お食事の時間は終わりよ。早く支度をして?」


  彼女は小さなロリータ服を手に持って、首についた鎖を外す。


「これに着替えて。散歩よ」


そのどこか恍惚とした表情に圧されるようにして、私はその場で身に付けていた制服を脱ぎ、ロリータ服に腕を通す。

あつらえたようにぴったりな服に、「もしかして、私のためのものなの」と尋ねれば、「知らないわ」と顔を背けられる。

この世界は、ほんの少しだけ変だ。突然小さくなった私の身体も、サイケデリックな空も、出逢ったこともないのに、まるで昔からの知り合いのように私の名を呼ぶ彼女も。どこかお伽噺のように現実味がない。

長い長い悪い夢に、ずっと浸かっているみたいだ。抜け出せないように絡み付いて、忘れられないくらいに胸を締め付ける、怖い夢に。

 

「あなたは私の────」


  そのあとは聞き取りづらくて、解らなかった。ただ、彼女に鎖で繋がれている瞬間に、妙な興奮と期待で頭がショートしそうだった。


  ────ああ、次はどんな風にしてくれるんだろう……


「あなたは本当に『お子様』ね」


  冷たく言う彼女の声にもどこか熱っぽさはあって、互いがこの状況に興奮しているのが伝わってきた。

  自分が他人によって、どんどん別の人間へと作り替えられていく感覚を、想像するだけで身体の奥が痺れて。ある種の心地よさを覚えているような気がしていた。

嗚呼、どうか。もっと縛って、貴女から逃げられないようにして。二人だけで良いんだ、なんて、そんなつまらない熱を吐いていて。

互いの酸素を分け合うように、私の呼吸を奪って欲しい。なんて、内緒だけれど。






 ────私は彼女と顔を見合わせながら願った。



「「どうかこの夢が、永遠に覚めませんように」」


  互いが互いの手を握り、真っ赤な糸で互いの小指に結び付けた。



「「もう、絶対に貴女を離さない」」



  それは、私達の今までの時を止めてしまうような、互いが互いに依存しているような、そんな魔法の言葉に聞こえた。






「貴女は誰?」



  彼女は冷たい声で言う。


「私は琥珀。貴女のご主人様よ」


「ご主人様?」「ええ」


  …この子は何だ、あの、いわゆる「危ないやつ」か?

  でも、かくいう私もきっと壊れてる。

  だって、こんなに胸が高鳴るんだもの。

  妙な高揚感と心地良さに、私の理性はとろとろに溶かされていく。

  彼女と共にする散歩は、妙に刺激的で、妙に興奮した。

  歩くたびにする鎖の音を聴いているだけで脳内がスパークしそうになる。

  正しいことなんて何もない。…でも、それでいいの。


「…ご主人様?」


  おそるおそる、といった感じで彼女へ訊ねてみる。


「…琥珀で良いわ。…璃湖」


  彼女────琥珀は冷たい瞳のまま答える。


 ────璃湖。


  彼女が私の名前を呼んでくれた!その事実が嬉しくて心の中で小躍りする。


「琥珀……」


「……なあに?」



「……私は本当に『璃湖』なの?」



  琥珀が瞳を大きく見開く。


「……貴女は、『璃湖』よ。くだらないことを言わせないで頂戴」


  琥珀が鎖を引く。

  チャリッ、と鎖を引いた音がする。


「ごめんなさい……」


  慌てて謝っても、琥珀からの返事は無かった。

  サイケデリックで気持ちが悪い空の下、私達は無言で歩く。

  違う。違う。違う。

  私の住んでいた世界は、こんな世界じゃない。

  無機質な標識、サイケデリックな空が私を嘲笑する。

  向日葵が風に揺れ、黄緑、水色、赤、白、黄色。

  全ての色が、私を嗤う。

  怖い。怖い。怖い。

  恐怖で息が苦しくなった、その時だった。



「……帰ったらお風呂に入りましょう」



  琥珀の澄んでいて、どこまでも透明で、少し低い声が私を、私の意識をあのセカイから連れ戻す。

  彼女を見ると、相変わらずの無表情で訝しげに眉を顰めた。


「……何よ?」


「……いいえ……」


  彼女は鎖を引く。

  チャリッ、と鎖が音をたてる度に私と彼女の距離が縮まっていく。

  狂おしいくらいの恐怖も、サイケデリックな配色も。

  全てが……全てが消えた。

  ……いや、実際には消えていないのだが、琥珀が私の名前を呼んだ瞬間に全てが……全てが透明になった。

  あの低く、透明な声は全てを拭い去った。

  恐怖も、寂しさも、身が捩れるような切なさも。……深い深い、孤独感さえも。

  全てが琥珀の透明な声で、融けてしまったみたい。

  私と琥珀の間を、絡みつく生温かい風が通り抜ける。

  私と、琥珀の艶やかな髪を少し乱して風はどこかへと消えてゆく。

  長めの散歩は、少しずつ終わりへと近付いてくる。

  正しい事も、正しくない事も、どちらもこの世界には存在しないのだ。

  そう考えたら、思わず笑みが零れた。



  バスタブに浮かぶ百合の花弁が、所狭しと浮き続ける。


「これ、誰が採ってくるの……?」


  琥珀は僅かに笑って


「……さあ……。誰なのかしらね……」


  琥珀の瞳は、相変わらず暗く、黒い海のような色をしている。


「ここは楽園。何不自由無く過ごしていける場所」


  琥珀は自嘲気味に笑う。


「……でも、抜け出せない。太陽も無く、人も居ない。……時の狭間に取り残された者が住む場所」


  琥珀はぼんやりと遠くを見つめて


「……栄光と、価値しか見ない者が創り上げたセカイよ。神様は居ない。動物も、私と貴女以外の人間も居ない。

 外界から取り残された。……『地獄』に近いわ。この世界は」


  琥珀が微笑む。


「私は何で此処に居るの?」


  私が琥珀に問いかけると、琥珀は寂しそうに微笑んで


「……解らないわ。散歩の時間に貴女を偶然見つけたの。汚れた姿で、狂った瞳で私に問いかけたの。『貴女は誰?』って」


  琥珀は暗い瞳のまま、呟いた。


「……此処には誰も入れないはずなのに……。まさか……」


「……琥珀?」


  琥珀の瞳に暗く、儚い光が宿る。


「……まずいわね」


「……何がまずいの?」


  琥珀に問いかけると、琥珀は笑って


「……はやくお風呂からあがらないとふやけるわ」


  そう言って立ち上がる。

  琥珀が立ち上がった拍子に、浴槽のお湯が一気に私へとかかる。


「……あ、ごめんなさいね。」


  琥珀が笑いを堪えた声でそう言った。

  琥珀が立ち上がった瞬間、私は見てしまった。

  琥珀の背中にある、小さな傷跡を。

  その傷跡は、稲妻の形をしていて青紫色になっている。


「こは……」


  言いかけた言葉を呑みこむ。

  琥珀の濡れた髪が、甘く香るシャンプーの匂いが、私をドキドキさせる。


  ────言わない方が良い事も、気付かない方が良い事も世の中にはあるんだよ。


  不意に誰かの言葉を思い出した。


「なあに……?璃湖……」


  琥珀の漆黒のような瞳が私を捉える。


「……あ……」


  私は慌てて誤魔化す。


「…ううん。何でもない……」


  琥珀は微笑んで


「……そう……」


  琥珀と私はそのまま黙ってもう一度浴槽に浸かった。

  百合の花の絡みつくような甘い香りが、また私の思考をあやふやにさせる。


「ふやけない……?」


  恐る恐る琥珀に訊ねると


「貴女が出るのなら、私も出るわ。貴女が残るのなら、私も残る。……それだけよ」

 

  熱いお湯と、白い湯気のせいで赤く上気した顔で言われて、戸惑う。


「……じゃあ、もう少し……」


 私は琥珀の傍まで近付いて、言った。



「貴女と一緒に、此処に居たい」



  琥珀は儚げに微笑んで頷いた。

  ────ねえ、琥珀。もっと私の傍で、私だけを見て、私だけを束縛してね?

  正しい事は無いと教えてくれたのは貴女。

  私の身体を鎖で物理的に貴女は繋ぎとめたと思っているみたいだけれど。

  時が経てば、自然と心も離れていくものだと貴女は知らない。

  ねえ、もっと束縛してよ。もっと、繋ぎとめておいてよ。

  貴女と離れるなんて御免だよ。

  貴女と共に年齢を重ね、貴女と共に息をして、貴女と共に死にたいの。

  ねえ、私ってワガママかな?

  『愛してるわ。』……ううん。そんな言葉じゃ足りない。

  貴女が離れたら、私はきっと狂ってしまうの。

  貴女を探して、探して、探して……そうしていつか、狂ってしまうの。

  それはそれで、美しいものだと思うけれどね。

  貴女を想って、貴女の息を吸って、このままセカイの時は止まって、そうして、この寂しいセカイで……



  私は貴女と共に────……



  ────……ねえ、琥珀。もしも、このセカイが滅んでも。

  もしも、このセカイから追い出されても。

  貴女が居てくれるなら、貴女と居られるのなら、私はどこでも生きていける。


  琥珀の白い肌に浅く頭をのせる。

  少し冷たくて、それでも確かな熱を持っているこの身体。

  触れたら今にでも消えてしまいそうな、そんな彼女を、私は壊れそうなくらい、心から


  愛している。


  不意に琥珀が立ち上がり、シャワーを浴びる。

  もくもくとした湯けむりが、彼女の姿を覆い隠してしまう。

  きゅっ、とシャワーを止めた音がして、彼女の視線を感じた。


「……璃湖」


  心なしか琥珀の視線は熱を帯びていて、背中の稲妻形の傷はもう見えない。


「……なあに、琥珀……?」


  問いかけると、琥珀の顔が苦しげに歪む。


「ごめんなさい……」


「え……?」


  琥珀は愁いを帯びた瞳で



「私はこのセカイから、もうすぐ追い出されるわ」



  ────まるで母を求める小さな子供のように、悲しげな声でそう言った。



『さあ、選択を。君は彼女と共にこのセカイから消えるかい?それとも、決まりに逆らってこのセカイに残るかい?

 さあ、君が決めるんだ。君等の未来を。運命を』



  頭の中に、そんな声が響く。

  琥珀とは違い、私達を少し見下したような、そんな声がした。





















  閉ざされた楽園『世界の終わり』


「……璃湖」


  お風呂から上がり、琥珀に髪を乾かされていると、不意に琥珀に名前を呼ばれた。



「……ねえ、璃湖」



  ピアノの鍵盤を押した後に残る音の余韻のように、落ち着いた音色のアルトは、不安げな音へと変化して私に問いかけた。


「……なあに?琥珀……」


  柔らかな音色に耳を傾けながらゆっくりと尋ねた。

  小さな私の髪を、指でそっと掬い上げてはまた落とす。

  そんなことを琥珀は繰り返していた。

  ……まるで、この不確かな空間を自分で確かめるみたいに。


「このセカイは、変わらないわね。

 貴女に初めて出逢った日から、一度も。

 いつ見ても、恐ろしいほどに変わらないわ。

 色彩も、空間も、空の色も、理不尽な過去も。

 貴女の姿も、話し方も、



 その全て、が。変わらない」


  かわら、ない……。


「かわら、ない……の……?」


  琥珀は歪に微笑んだ。


「そうね。変わらない」


「どれくらい、変わらないの……?」


「ずっとよ」「ずっと?」


「そう、ずっと」


 琥珀は儚く笑って


「儚い、夢のまま」


 琥珀は赤い糸を自分の小指にきつく巻きつけて空中にかざした。


「璃湖、璃湖、ずっと一緒よ。…この赤い、血の色をした糸より濃く、永遠に」


  そうだね、私も大好きよ。頷こうとした瞬間、



「リーコーちゃん」



  今にでも殺されてしまいそうな、憎しみと殺意に満ちた笑い声が聞こえた。

  そして、次々に笑い声が響く。


「璃湖、ねえねえ!」


「こっちにおいで、ほら!」


「あははははははっ!ざまあみろ!!」


  やめて!やめてやめてやめてやめてやめてやめて!!!!!


  セカイが、ワタシと琥珀ノ楽園ガ、こワれてイク。


  笑い声と一緒に、私と琥珀は楽園から追い出された。永遠に、あの楽園から。

  もう戻れない。

  モドレナイ。モドラナイ。コワレテク。

  ワタシタチノイバショガ。

  真っ赤な雨が私たちに降りかかる。


  ソレデモ、キョウモワタシハアナタヲアイシテル。

  どれだけおかしくても。どれだけ間違っていても。

  私は、今日も……



  貴女だけを……狂いそうなほど、アイシテル。




 もうひとつの物語


「お風呂、気持ちよかった、の!また入ろうね、ご主人様」


  私は琥珀に寄りかかって言った。

  琥珀はこちらに指を伸ばして、頬を挟み込んだ。


「ねえ、璃子」


「なあに?」


「あなたは、私が好き?」


  私は首を傾げ、


「うん」


「アイシテル?」


「うん」


「ずっと一緒にいたい?この楽園で、ずっと」


「うんっ!」


  琥珀は唇の端を上げて微笑むと、私の首に指をかけた。


「じゃあ、ずっと一緒にいましょう?…アイシテル。心からアイシテル」


「琥珀……?」


  気がついたら、首に百合のペンダント型の首輪がはまっていた。

 琥珀からの贈り物。

  永遠に続く、愛の証し。

  閉ざされた楽園の、歪んだ愛の日々。

  私も琥珀の首に触れると、囁いた。


「私も、永遠にアイシテルよ、琥珀」


  終わらない、愛と共存の楽園。


「「ずっと一緒。もう離さない」」


  私たちは互いに指を絡めて百合の花園へと歩いていく。

  甘く、柔らかく、時に残酷な百合の香りが私たちを包む。

  見上げた空は、柔らかなオレンジ色に染まっていて…私たちは赤い糸を小指にきつく巻きつけて、花園へと寝転ぶ。

  琥珀の指に私の指を絡ませて私たちは眠った。

  絡み付くような甘い、甘い百合の花の香りが、私達の居た場所にいつまでも、いつまでも残っていた。




 ────数百年後、二人の少女の手によって再び楽園は開かれる。


「ねえ……」


「……?何ですか?」


「昔々のこんな物語を」


 少女は淡く微笑んで、もう一人の少女の耳に囁く。



「もう一度、ほどきましょう」



  ────それはまるで、身体を支配されるような、甘い甘い毒のように。

  彼女達は黒百合の花を摘み、一つの棺の上に置く。



「さあ、行きましょう」



  少女達は手を繋いで棺を後にする。決して互いを離さぬよう、きつく指を絡めて。

少女の片割れは、一度だけ棺を振り返り、口角を上げて確かに微笑んだ。



「…………──────」



彼女は、棺へ向かって何かを呟き、少女の首筋にそっと口付ける。

甘い、甘い毒のような百合の花の香りが、まるで帰り道を奪うかのように、辺りに充満する。鼻腔に入り込むその匂いは、おいそれとは振り払えない。


──────そう、ここは選ばれた者のみが住む、小さな小さな箱庭の楽園。


これを書く私は、「選ばれなかった」楽園の外側に住む者だ。私には誰もなれず、私も誰にもなれない。長い長い夢を、たった独りで見続ける、哀れな人間だ。

片割れの少女は、瞳を閉じて、先程の墓に刻まれた文字を思い出す。


『初代少女、此処に永遠の愛と共に眠る』


────愛と共に眠るなんて、全く愚かな人達だ


少女は、「どうしたの」と尋ねる声に、「何でもありませんよ」とにこやかに言葉を返す。そこに、先程のような侮蔑を含んだ表情は無い。

  二人が立ち去った後、花園に咲き誇る黒百合の花が、風に揺れて散っていく。それはこれからも続く、楽園の呪われた愛を物語っているようだった───     

────私は書き物机にペンを置く。机の上には、未だ未完成の「楽園」が、ただ静かに存在している。


あい、と声に出さず、口の中でその言葉を噛み砕いて、飲み込む。

愛。嗚呼、なんて不確かで、不確定な言葉なんだろう。

私は、するりと書きかけの原稿用紙に指を滑らせる。乾ききっていないインクが指の先に付いて、静かに指を汚した。


楽園の外側は、私の世界。干渉もされず、傷つかず、ただ緩慢な怠惰を貪るだけの、酷く退屈な世界。

この世界の創造主は、酷く身勝手で、酷く退屈だ。優しい顔をして、無垢な者の喉笛に噛みつく瞬間を、酷く楽しんでいる。


──────嗚呼、なんて不愉快で、不条理な人間だろう。溜め息をついても、肥溜めのようにため息は腐っていくだけだ。


──────そう、ここは選ばれた者のみが住む、小さな小さな箱庭の楽園。これを書く私は、「選ばれなかった」楽園の外側に住む者だ。私には誰もなれず、私も誰にもなれない。長い長い夢を、たった独りで見続ける、哀れな人間だ。


なのに。神様は勝手に彼女たちを殺して、再び世界を怠惰な停滞に追い込んだ。それはきっと、神様が終わらない物語に飽きてしまったのだ。

好奇心は猫を殺し、怠惰は不必要な不条理を生む。嗚呼、ほとほと嫌気が差す。


私は再びペンを取って、原稿用紙に言葉を埋めていく。言葉の羅列は意味となって、紙の上で新たな命を吹き込み出した。



「嗚呼、どうか。次の子達こそ、面白いことをしてくれよ」



呟いた言葉は、紙に溶けて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] (パソコン全然やってなかったので、感想今さらとか言わな…ごめんなさい何でもないです) お疲れさまでした! 十七位&レビューおめでとう~!さすが先生ですね。 色々な意味で百合ですね、風景とか…
[一言] ひぎゃああああああものすごく好みです!!! ゴスロリ!束縛!ヤンデレ!!! ありがとうございます…ありがとうございます…(ブツブツ
2013/10/16 09:36 退会済み
管理
[一言] どこか危うくて、妖しい儚さを感じさせる世界ですね。 GLものは普段読まないんですが、気づけばひきこまれてました。 謎めいた雰囲気に、禁域を暴くような背徳感を感じます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ