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砂を尻で豪快に掘り進みながら、アペイロンが吹っ飛ぶ。200キロを超える巨躯が、物凄い勢いで砂をもりもり押し分けて砂浜に一本の線を引く。線はアペイロンが半分ほど埋まったあたりで、ようやく成長を止めた。その距離ざっと100メートル。
「なにこれ? 全然お話にならないんですけど?」
「ちょ~期待はずれなの~」
何も無い空間からプシケとメリッタが突如現れ、空中で「イエ~イ」と息の合ったハイファイブを決める。今さっきアペイロンが掘った溝の起点に、二人して羽根のようにふわりと舞い降りた。
砂浜は、アペイロンの足跡と彼が身体で引いたと思われる何本もの溝で、出来の悪い地上絵みたいになっている。だがその中に、プシケとメリッタのものと思われる足跡は、ほとんど見られなかった。
「くそ……どうなってやがる」
砂の中で尻もちをついた状態から、両手と両足を溝の外に突き刺し、崩れる砂に苦労しながら起き上がる。砂場では思った以上に足場が悪い。いくら地に足が着いているとはいえ、慣れない身体の上にこの重量では砂に足を取られて戦いにくい。だが虎鉄が不利なのは、何も地形的な理由だけではなかった。
まず相手が二人いるということだ。
これまでガキのケンカレベルなら、複数を相手にした経験もある。一度も勝てたことはないが、今回はそんなものとはレベルも次元も何もかもが違う。
と言うか、次元を超えて攻撃してくる。
プシケとメリッタのコンビネーションは完璧で、これもたしかに脅威ではあるが、何より虎鉄を苦しめているのは、彼女たちが自在に瞬間移動してくることだ。
片方が虎鉄の注意を引きつけ、もう片方が死角から攻撃してくる。ならばと死角から来る攻撃に注意を向ければ、もう片方がその隙を衝いて攻撃してくる。しかもこれが結構効く。アペイロンの無敵の装甲を抜けて、中身に直接打撃を入れるような、こちらの防御力を無視した攻撃をしてくるのだ。おかげで早くもピンチだ。
「まだ立つの? ホント、情報通り馬鹿みたいに頑丈ね」
とん、と軽く砂を蹴り、プシケの姿がかき消える。
まただ――と虎鉄は思う。さっきから消えては現れ、現れては消えての繰り返しだ。アペイロンの動体視力は、弾丸だって止まって見える。ドラコとの戦闘で覚醒した虎鉄は、そこまでアペイロンの能力を自分のものにしていた。だがそれでも、距離を無視して間合いを詰めてくるメリッタ・プシケ姉妹の姿は捉えられなかった。
「キャハッ!」
アペイロンの眼前に、メリッタの姿が現れる。
「オラッ!」
すかさず右拳を振り抜くが、その時にはすでにメリッタの姿は煙の如く掻き消え、物凄い威力で振り抜いた拳が音の壁を何枚も突き破って、爆音と衝撃波を発生させて虎鉄の周囲の砂を巻き上げた。
外した、と思うよりも早く、左の脇腹に激痛が走る。死角からプシケの掌打が叩きこまれた、そう感じて込み上げてくる胃液を堪えながらどうにか上体を回転させて、左の肘をお見舞いしようとする頃には、やはりプシケの姿はなくなっていた。
「クソッ……!」
悪態とともに、胃液と血の混じった赤黄色い液体を吐き出す。焼きそばとラムネはとうに出し尽くし、出るのはもうこれしかなかった。
虎鉄は苛立つ。
まず第一に敵の動きがまったく見切れない。変幻自在な動きなら、以前戦ったドラコの方が速度も変化のパターンもはるかに上だ。だがそれでも何とか見切って勝利できたのは、いくら速くて変化が多彩でも、同じ空間の中のいるのなら、いずれ慣れるしある程度は読めるようになる。
だがメリッタ・プシケ姉妹は違う。移動と攻撃に距離が関係ないのだ。つまり全然遠い間合いだろうが、距離を無視して攻撃できるし、間合いを詰めるのに予備動作も必要ない。パッと消えてパッと現れて、ガツンと殴ってまたパッと消える。反則的なまでに完璧なヒット・アンド・アウェイができるのだ。
ズルくね? と思うが、苛立つのはそれだけじゃない。先も言ったが、どういう手段を使っているのか、この姉妹の攻撃はアペイロンの装甲を「抜ける」のだ。武術の中には鎧や壁を抜けて相手の骨肉に直接ダメージを与えるものがあると聞くが、まさか彼女たちはその手の使い手なのだろうか。
だとすれば、この内臓に焼きごてを直接当てられたような痛みも、伝説の技を体験できた代償だと考えれば納得、
「できるわけねえだろ」
あまりの痛みに思わず口に出してしまう。そして声を出したため傷が痛み、苛立ちをさらに悪化させる。
だが彼を最も苛立たせるのが、意外にもここが地上だという点だった。
最初のうちは、地に足が着くことに安心感があったが、その認識は戦闘開始直後にあっさりと覆った。
地上――大気圏内マジめんどくさい。
攻撃を繰り出すと、アペイロンの筋力ではあっさり音速を突破して衝撃波で砂が舞い上がる。相手の攻撃をかわそうとダッシュすると、これまた簡単に音速を突破してしまう。何をするにも大気の壁を破壊して、衝撃波を生んでしまうのだ。ただ唯一良かったことは、ここが人気の無い砂浜でアペイロンがいくら衝撃波を発生させようが、200キロの巨体で駆け回って地面を踏み抜いたりぶっ飛ばされて身体で溝を掘っても、何ら問題ないというところだろうか。
だからと言って、景気よくぶっ飛ばされ続けるのも気分が良くない。こちらはダメージがほぼ無いとは言え、やられっ放しという点においてはなんら変わりはないのだ。
虎鉄は左の手首で口の周りを乱暴に拭い、考える。二人を同時に相手にしながら瞬間移動を見切り、装甲無視の攻撃をかわしつつ、衝撃波を出さないように反撃する方法を。
頭が痛くなってきた。縛りプレイどころの話じゃない。どう考えても無理ゲーだ。
「参ったね、こりゃ……」
思わず口をついて出る。もう口癖になったんじゃないかってくらい、ここ最近参ってばかりだ。地球に向けて落ちて来る巨大隕石、迫る人類滅亡の危機、初めての大気圏突破と初めての宇宙空間、初めての無重力の中で凄腕の特殊部隊隊員実は不死身のアンドロイドとの戦闘、そして初めての大気圏再突入。本当に、今思い返してもどうして無事に帰ってこられたのかわからないくらい、とんでもない出来事の連続だった。普通なら十回くらい死んでるだろう。事実、虎鉄は一度心臓が停止してるし。
だがそれでも、虎鉄は今こうして立っている。生きて。
何度も、もうだめかもしれないと思う場面はあったが、あの時に比べたら今の状況なんてそう大した事のように思えない。ドラコに比べたら、こいつら二人がかりでも大した事ないと思えてくる。あの内臓がひっくり返って背骨ごと口から出るかと思えるような、死ぬかもしれないと覚悟を決めそうになる打撃に比べたら、二人の攻撃などただ痛いだけでハナクソみたいなものだ。
どれだけ喰らったところで、死にゃあしない。
「――だったらイケるぜ」
アペイロンの虎面がにやりと笑う。
だいたい何だよ二人がかりって男ならタイマンだろ、あ、でもこいつら女かじゃーしょーがねーや。だが俺はこいつらより強い奴を知っている。そして勝っている。まあ何とか勝てたってところだが勝ちは勝ちだ。
自分よりも強い者と戦い、それに打ち勝ち生き延びた。その自信が虎鉄に力を与える。心に余裕が生まれる。頭に冷静さが戻る。
そして虎鉄はまた少し、アペイロンとひとつになっていく。
一方的に攻めていたプシケとメリッタだったが、突然アペイロンの雰囲気が変わったのを敏感に感じ取って、追い打ちをかけるのをやめた。この言葉では言い表せない微妙な感覚を察知できるのは、彼女たちが少なからず修羅場をくぐっているからである。当然離れたところで見物を決め込んでいるガヴィ=アオンも「ほう……」と二人と同じ匂いを嗅ぎとっていたが、ただの一般人の浩一は、急に二人が畳みかけるチャンスにもかかわらず動きを止めたので、不思議に思ったであろう。
「お姉ちゃん――」
プシケが指示を仰ごうと、メリッタを振り返り声をかける。
「わかってる。あいつ、雰囲気が変わった。何か仕掛けてくるかもしれないから、油断しないでよ!」
「了解なの~」
言いながら、プシケは両掌に装着した超振動グローブの威力を最大に設定する。今までは様子見で軽めに設定していたが、これからはそうはいかない。まともに食らえば、血液や内臓が沸騰するほどの分子振動が、このグローブから送り込まれる。つまり、身体の中身を直接電子レンジでチンされるようなものだ。これならいくらアペイロンでもタダでは済むまい。
「デッドオアダイなの~」
プシケの姿が消える。高速で移動したのではない。いくら速くてもアペイロンの動体視力であれば、最低でも影は捉えられる。だがそれができないのは、彼女たちが超極短空間跳躍しているからだ。
これが宇宙を股にかける賞金稼ぎ、メリッタ・プシケ姉妹の特殊能力である。彼女たちサルトゥス星人の特徴は、持ち前の異常発達した空間把握能力とそれを利用した瞬間移動だ。平たく言えば、この星の奴らは全員瞬間移動の超能力者なのだが、驚くのはそっちではなく彼女たちが生来持つ空間把握能力の方だ。
サルトゥス星人の空間把握能力は、自分たちの近辺だけでなく、遥か遠く離れた空間も把握できる、半分念視や遠隔透視能力みたいなものなので、その能力を使って跳躍航行先の座標を把握し、他の誰にも真似できない速度で地球までやって来たというわけだ。
そうして他の賞金稼ぎよりも早く現地にやって来て、超極短空間跳躍を駆使して賞金首を叩きのめす。こうやって彼女たち姉妹は、宇宙最速の賞金稼ぎとして名を馳せてきたのだ。
「これで――」
アペイロンの背後に出現すると同時に、プシケが右拳を振るう。
「――お~しまい!」
狙うは腎臓の辺り。決まれば悶絶必至で、狙いとタイミングは完璧だった。
だがプシケの拳は、振り返りもしていないアペイロンに手で払われた。予期せぬ事態に、振り抜いた拳の勢いを殺せずに身体が泳いだ。たたらを踏むように前に倒れそうになったが、無意識に身体が跳んでいた。
何が起こったのか自分でも理解できないうちに、本能だけで相手から距離を取っていた。メリッタも何が起こったのか理解できていないのか、跳ぶ体勢のまま中腰で止まっていた。
メリッタの側まで跳ぶ。姉はさっきと同じ体勢と表情のままだったが、妹が目の前に現れるとスイッチが入ったように動き出した。
「なに? なにがあったの?」
「や~ん、おてて叩かれたの~。いた~い」
プシケはアペイロンに払われた右手をひらひらと振る。本人はその程度の認識だったが、メリッタの方は顔全体で「そんなバカな」と表していた。
「なにその面白い顔~?」
ぷぷぷ、と緊張感の無さ全開で人を小馬鹿にしたように笑うプシケの頭を、メリッタは平手で容赦なく叩いた。
「いたいの~……」と頭を押さえて文句を言うプシケに、
「あんた馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまで馬鹿だったとはお姉ちゃん情けなくて涙が出てくるわ……」とメリッタは心底情けないという顔をする。
「どういうことなの~?」
「あんたねえ……これまであたしたちの攻撃がかわされたり防御されたりしたこと、一回でもあった?」
プシケは少し考えてから、
「そういえばないの~」
「でしょ? 今まであたしとあんたのコンビネーションを食らって、無事だった奴は……まあ結構いるけど、かわしたり防がれたことだけは一回もなかったわよ。だって跳躍から攻撃まで百分の一秒もラグがないんだもの。機械でもない限り、生身じゃ絶対反応できない領域よ。それが――」
そこでメリッタはちらりとアペイロンの方を見る。自分の攻撃はまるでダメージを与えているようには見えない。僅かにあてにしていたプシケの攻撃も、効いてはいるようだが決定打になるようには見えなかった。頑丈だとは聞いていたが、予想以上にもほどがある。
だがメリッタの言葉は、プシケの間延びした声に遮られた。
「お姉ちゃんは心配しすぎなの~。どうせまぐれなの~」
「……だといいんだけどね」
楽観的な妹の声をよそに、メリッタは自分の超振動グローブの設定を、これまで効果が見られなかった攻撃の威力を増幅させるぶっ飛ばし系から、プシケと同じ内部に浸透させる電子レンジ系へと変更した。当然威力は最大だ。
今はまだこちらの攻撃が通用している。いや、通用しているように見える。だが相手はあの宇宙最強のアペイロンだ。いくら中身があのガキンチョとは言え、持っている武器がでたらめに強いのなら、戦闘力の底上げだってでたらめなはずだ。この勝負、長引かせると拙い。この稼業で培われたメリッタの勘は、そう大声で喚き立てていた。
「プシケ」
「あい?」
「うだうだやって、あいつに慣れる時間を与えるのも拙い。一気に決めるわよ」
「あれやるのね~? りょ~か~い」
プシケは楽しそうに笑って、姉に向かって敬礼の真似ごとをする。そのままふっと消えると、少し離れた所に一瞬だけ現れ、足が地面に触れる前にまた消える。瞬間移動を連発して小刻みに移動するプシケに、メリッタはやれやれという顔をする。
「……まったく、いつもいつも緊張感がないんだから」
とは言うものの、まったく気負うことのない妹の姿に、自分の緊張が解されているのは否めない。だがそれを言ってしまうと、妹はますます調子づくので内緒だ。
妹のおかげですっかり本調子を取り戻したことを確認し、メリッタは「よし」と一度屈伸運動をする。ここまで来たら、あれこれ考えても仕方がない。いつものように一発かまして、それで終わりだ。そして帰って獲物を換金し、その金でパーっと騒いで次の仕事への英気を養う。何も変わらない。今までも、これからも。
アペイロンを見る。何だかぶつぶつ独り言を言っているように見えるが、その余裕もここまでだ。
「それじゃ、さっさと終わらせるか」
メリッタもにやりと笑うと、その場から消えた。
見えた。
虎鉄はたしかにあの時、背後から攻撃してくるプシケの姿が見えた。
間違いない。何も無い空間からいきなり現れて、自分の腰骨と背骨の付け根の辺り、右の腎臓を狙う彼女の拳の軌道まではっきりと見えたのだ。
「これが……アペイロンの能力か」
虎鉄が「目は二つ、見えるのは前方のみ」という固定観念を捨てたとき、全身の細胞に同化したナノマシンがそれに応えた。何とすべての細胞が視覚を持ち、それぞれが独自のネットワークで繋がったのだ。
たとえば、蜘蛛は八つの目を持ち、前後左右すべてを見ることができる。
たとえば、トンボなどの複眼は、小さな目が数万個あり、それぞれの視覚情報を脳が同時に処理している。
それと同じ能力を人間が持ったものだと考えれば、今の虎鉄の状況が理解できるだろうか。意識すれば、全方位の視覚情報が同時に脳に流れてくるのだ。
これが、宇宙最強の兵装アペイロン。
思わず笑みがこぼれる。
と同時に恐ろしくなる。また一歩自分が人間という枠から外れてしまったことに。
だってそうだろう。元々目玉が二つしかない人間の脳は、右目と左目の二つの視覚情報を処理するようにしかできていない。そうして距離を割り出したり色を認識したりして、我々は物を見ているのだ。
そんな人間に、クモやトンボの視覚情報が入力されても混乱するだけであろう。脳が処理するようにできてはいないからだ。コンピューターで言えば、OSや機種が違うようなものだ。
では虎鉄はどうしてそれができるのか。答えは簡単。ナノマシンが脳に視覚情報を処理する回路を新たに構築したのだ。つまり彼は、常人とはかけ離れた視覚とそれを処理する脳に進化したのである。
これらの作業を、アペイロンの自己進化機能はほんのわずかな時間でやってのけた。もちろん当の虎鉄は、まさか自分の中身でこのような人権とか今後の将来とかがまるで無視された現象が起こっているとは夢にも思うまい。
――が、仮にもし虎鉄が予め優しい何者かに、「アペイロンとして成長していくと、どんどん人間からかけ離れていくよ」と親切に忠告されたとしても、彼ならそう大して間を置くこともなく「まーしょーがねーな」とあっさりそれを受け入れるだろう。
これは決して、彼が救いようのないアホだからではない。彼だって人並みに悩んだり悔やんだりするし、将来の展望だってある。だがそれは、彼の師であるシド・マイヤーからアペイロンを託された時、すでに失ったものと覚悟している。
彼がアペイロン――この世界を救うヒーローになったあの瞬間に、彼はもう武藤虎鉄というただの高校生ではなくなったのだ。ヒーローとは、世界の平和のために改造されたりするものだ、と彼は思っている。
なので虎鉄は後悔しない。むしろ勝つためなら、誰かを守るためならこれからも進んでアペイロンとなっていくだろう。それが彼の信じる正しいヒーローなのだから。
それはさておき、新たな能力を得たことで、メリッタ・プシケ姉妹の瞬間移動攻撃に大して光明が見えた。
だがこれですべての問題が解決したわけではない。相手の動きが見切れただけでは勝てないのだ。
「さて、どうしたもんかね……」
脳ミソが改築されたとも知らず、虎鉄は頭を痛める。残る問題は攻撃なのだが、瞬間移動する相手に拳を当てるとなれば、当然の如く振った拳は音速を超える。すると衝撃波が起こる。衝撃波が起こると砂浜がえぐれて地形が変わるだけでなく、下手をすれば周囲の民家に被害が出てしまう。冗談抜きで、来年には地図を書き換えなければならぬハメになるかもしれない。それは拙い。エコが叫ばれる今の世の中で、盛大に自然破壊をしたり民間人に被害を与えるのはヒーロー失格である。
ではいっそ、音速を超えない程度の攻撃をしたらどうだろう。当たりません、はい終了。だいたい、瞬間移動と瞬間移動の間が極端に短いから、生半可な速度の攻撃ではかすりもしないだろう。するとやはり本気パンチしかなく、音速を軽く超える。最初から選択肢など無かった。
こういう時、テレビの特撮ヒーロー物だったら、派手に街がぶっ壊れても来週には何事もなかったかのように復旧しているのになあと、虎鉄は益体もない事を考える。今度ダメ元でスフィーに相談してみようか。宇宙一の天才科学者なら、何とかしてくれるかもしれない。もっと早く相談しとけば良かった。
いや、今は過去を後悔している場合ではない。それよりも今しなければならないのは、どうすれば衝撃波を出さずに敵を攻撃するかだが、
「そういえば今朝、」
そこで虎鉄は唐突に思い出す。ちょうど今朝、舞哉との訓練中に言われた事を。
「えっと、たしか……」
必死になって思い出す。あの時舞哉が言った言葉を、一語一句脳ミソからひねり出すように。
『これが宇宙正拳突き! スラスターの調整を間違えるなよ。軸がブレて隙ができる。あと大気中で打つと、プラズマ放電やソニックブームが発生するが、衝撃波を出すようじゃまだまだだぞ! 大事なのは一点集中だ!!』
「具体的な事が何ひとつわからねえ!」
まだまだだぞ、とか言われても、じゃあどうすればいいのかまったくわからない。舞哉の指導はいつもこれだ。擬音や感覚的な説明ばかりで、具体的な例や指示があった試しがない。いい感じに、とかここをグっとしてキュっとしたらバっとやる、みたいな酔っぱらいのたわ言と大差のない事を言われても困る。
いや待て。たしかこの後にも何か言っていたような気がする。思い出せ。もしかしたらそれが重大なヒントになっている可能性が、
『何となくじゃねえよ。お前はただでさえ目方が軽いんだから、拳に全体重を乗せるくらいの意気込みでぶちかませ。腰の回転とか手首の捻りとか細かいことは気にするな。大事なのは足だ足。パンチってのは足で打つってのを忘れるな』
よけいに謎が深まるばかりだった。ナノマシンで強化された脳ミソも、さすがにこの謎は解けそうになかった。
そうこうしている間に、アペイロンの拡張された視界の中で、メリッタ・プシケ姉妹が動くのが見えた。連続的に瞬間移動を繰り返し、その軌道は不規則で捉えどころがない。
「クソ、このままじゃジリ貧だぜ」
結局、舞哉の言った事を何ひとつ解読できぬまま、虎鉄はランダムに迫り来る姉妹の攻撃に備えた。
だがこのままでは、本当に勝てないと思った。
次回更新は8月10日(予定)です。