表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

7

 聖セルヒオ教会の裏庭の塀には、潮風に晒されてすっかりペンキの剥げ落ちたドアがある。そのドアは海岸へと繋がっていて、海水浴場への最短ルートだ。虎鉄も夏にはよくこのドアから海へと躍り出たものだが、今回はあえて使わずに表の道路から迂回して回る。教会側から出て来るの相手に見られ勘違いでもされたら、バザーの人たちに危険が及ぶかもしれないからだ。これ以上、無関係な人たちを巻き込むわけにはいかない。


 道路と海を阻むコンクリートの壁をよじ登れば、見渡す限り一面の砂浜。五月の初旬に、誰が泳いでいよう。当然海の家だって閉まっている。なのにそんな時期はずれの海水浴場に、ぽつんと佇む数人の人影があった。その中に浩一の姿を捉え、虎鉄の心が逸る。


 落ち着け、と自身を抑えながら塀から砂浜へ飛び降り、一歩一歩ゆっくりと近づく。こちらから見えるということは、すでに相手にもこちらが見えているはずだ。今さら変な動きをしても、反って怪しまれるだけだ。だが堂々と歩いてはいるが、心臓は早鐘のように猛り狂う。自分の命ならまだしも、浩一の命がかかっているなら当然だ。しかしこの時点でもまだ名案は浮かばず、あのとき感じた変身の予兆すら無かった。最悪の場合、舞哉のように自分の命と引き替えにしてでも、浩一を無事に返してもらうように交渉しなければならない。


「まっじ~なコリャ……」


 アドレナリンが出まくっているせいか、思考が口からダダ漏れになる。人質を取られて三対一というだけでも結構なピンチだというのに、変身できないともなれば、これはもう必ず死ぬと書いて必死。相変わらず心拍数はレッドゾーンをとっくに振り切って、百メートルを全力ダッシュをした直後みたいにゴキゲンなビートを刻んでいる。なのに気を抜くとウヒヒとか変な笑いが出る。


 どうしてだろう。


 この期に及んで、この破裂しそうな心臓の鼓動が、極度の緊張のせいなのか死地に赴く恐怖からなのか、それともどう考えてもデッドエンドに向かってる展開に脳から変な汁が垂れ流しになっているせいなのかまったくわからない。なぜ浩一と自分の命がかかったこの状況で笑っていられるのだろう。ネオ・オリハルコンとナノマシンに脳をヤられたか、それともピンチの自分に酔っているのか。たしかにシチュエーションとしては、最高に燃える場面ではないか。どうりでさっきから脳内でいい感じのBGMが流れてるわけだ。


 完全に相手の姿が視認できる距離まで来てしまった。ネコミミ生やした奇妙な女二人が、『あれ? アペイロンは?』とか『なんか変なヤツが来た』みたいな表情で顔を見合わせる姿も、浩一の妙に落ち着き払った顔も、その背後に立つノッポのヘルメット野郎までハッキリと見える。


 囚われている親友の姿を見て、虎鉄は三人をはっきり敵だと認識した。だが同時に迷いも生まれた。それは、人質を取られたとはいえ、相手に女がいるからだ。舞哉の「殺せるか?」という問いに答えを出す時が、刻一刻と迫って来るような焦燥感を覚える。


 十歩ほどの距離を空けて対峙する。ここに来てようやくネコミミ二人は虎鉄を呼び出した相手だと認め、露骨に怪訝な顔をする。そりゃそうだ。アペイロンを連れて来いと言ったのに、やって来たのは原住民のちんちくりんなガキ一人。なのに伏兵は見当たらないし、何か小細工をしている気配もない。行動が単純過ぎて逆に怪しさムンムンである。


「来たぞ! さっさと浩一を離せ!」


 一も二もなく虎鉄は人質の解放を要求する。見たところ浩一に暴行などを受けた形跡は見当たらず、とりあえず安心した。ただ背後に立つヘルメットの男が浩一の首に腕を絡ませており、下手な真似をすると即座に人質の首をへし折るぞと無言の警告をしているようで油断がならない。


「あ~……えっと……さ、一応確認するんだけど……」


 ネコミミ女の茶トラの方が一歩前に出る。頭が痛むのか、眉をひそめてこめかみを両手の食指で揉んでいる。


「あたし、アペイロンを連れて来いって言ったよね? ね? 言ったよね?」


 いかにも面倒臭そうな声に、キジトラが「ちゃんと言ったの~」とさらに面倒臭そうな返事をする。


「なのに、なんでのこのこやって来たのが現地のガキ一人なの!? 言葉通じてないの? あたしら言語の選択間違えてナノマシン注入しちゃった?」


「否、気にかけるに及ばず。それがしたちの言葉ことのは、僅かもたがわず通じにけり」


 明らかに時代設定を間違えたメット野郎の発言に、「うっさい、変態は黙ってろ!」と茶トラは早くもキレ気味のツッコミを入れる。


 メット野郎のおかしな言葉遣いには、虎鉄も思い当たるフシがある。恐らく地球に降下するために習得する言語を選択する際、誤った思い込みで言葉を選んでしまったのだろう。ちょうどそう、老人語を大人の言葉遣いだと勘違いしたスフィーのように。同じような間違いをする間抜けがもう一人地球に来るなんて、宇宙は意外とアホが多いのかもしれない。


「とにかく、アペイロンを連れて来ないと話は始まらないの! もう少しだけ待ってあげるから、今度はちゃんと――」


「俺がアペイロンだ!」


 半ギレで喚く茶トラの言葉を遮る堂々とした虎鉄の声に、三人組が沈黙する。


 そして爆笑が沸き起こった。特にネコミミ二人は腹を抱えて笑っている。そうとうツボに入ったようだ。彼女らの笑い声は一分以上続いた。その間も虎鉄は仁王立ちしたままだった。


「は~……なにそれ超面白いんですけど……ひ~は~、あ~お腹痛い……げほっげほっ」


「も~、笑い過ぎなの~」


 涙を流してえずく茶トラの背中をキジトラが甲斐甲斐しくさすっていると、ようやく笑いが収まり、場の空気が締まっていく。


「あのねボク? 嘘言ったってダメのダメダメよ。あたしらちゃんと知ってるんだから。アペイロンがどんなのかってのも、その正体がシド・マイヤーだってのも」


「アペイロンは数ある賞金首の中で唯一、連邦宇宙軍ユニオン宇宙連邦治安維持局ピースメイカーの両方から莫大な懸賞金がかけられている超大物有名人なの~。だからそれなりに情報データも公表されてるんで~、嘘ついてもバレバレの即バレなの~」


「賞金? ってことはお前ら賞金稼ぎか」


「まあね。分かったらボク、さっさとアペイロンを連れて来てね」


 なるほど、さすが宇宙最強のアペイロン、有名だ。と感心している場合ではない。何しろ今は自分がアペイロンなのだから、まずはそれを説明しなければならない。


「シド・マイヤーは俺の師匠だ。そして、俺が師匠からアペイロンを引き継いだんだ。だから、今は俺がアペイロンだ」


 虎鉄はそこで言葉を切る。舞哉の正体がバレているこの状況で、彼が変身できない事実を知られるのは拙いと思ったからだ。なのでそれだけは悟られないように言葉を濁した。けれど説明としてはこれで十分だ。


 だが三人は、ふ~んといった感じでまったく信用していない。まあ当然だろう。見知らぬ子供の戯言など、誰が信じるというのだろう。それが人を疑い騙し蹴落とすのが仕事の賞金稼ぎとなればなおのことだ。


「じゃあさ、それ証明してよ」


「証明?」


「アペイロンなんでしょ、あんた。だったら見せてよ。アペイロン」


「ぐ……っ!」


 来た。そして詰んだ。予想通りというか、普通に考えたら当然の結果だった。虎鉄だってそうする。だってそれが一番手っ取り早いし。


 しかしそれは、変身できない虎鉄が一番恐れていた展開でもあった。


「さあ、どうしたの? 早く見せてよ」


 腰に手を当て、にんまり笑顔でさらに一歩前に出る茶トラ。


「いや~それが……」


 顔中に脂汗を流し、一歩後ずさる虎鉄。


「早く、早く」


 にこにこわくわくと先を促す茶トラに、虎鉄がバツが悪そうに頭を掻きながら、


「……今はちょっと無理なん――」


 だ、という前に、虎鉄は茶トラに蹴り飛ばされた。手加減の無い右の前蹴りを腹に受け、吹っ飛んだ後も盛大に砂煙を撒き散らしながら数メートル後ろに転がる。


「は~? ちょっと良く聞こえなかったんですけど?」


 長い足を前に突き出したまま、茶トラは露骨に不機嫌な顔と声を砂浜に大の字になっている虎鉄に向ける。


「……ったく、いきなりやってくれるじゃねえかうぼああああああ」


 よろよろと起き上がると、虎鉄は豪快にゲロを吐いた。胃液とラムネの混じった物が砂にすうっと染み込み、焼きそばだった麺と具が残った。



 目の前で虎鉄がゴムマリのように蹴飛ばされるのを見て、浩一は度肝を抜かれた。あまりに唐突な展開に言葉が出ない。


 ついさっきまで浩一は、この状況は虎鉄とその他大勢によるドッキリ的なものかと疑っていた。だが茶トラ女のどう見てもマジな前蹴りにその線が一瞬で消えた。あれは小柄な虎鉄だからあんなに派手に吹っ飛んだように見えるが、実は咄嗟に両腕を十字にクロスさせて防御しているし、蹴りが当たる直前に自ら後ろに飛んでいるためにそう見えただけだ。むしろ彼が抜群の反射神経で反応していなければ、あの程度じゃ済まなかっただろう。それでも吐くほどのダメージがあったのは、蹴りの威力を受け止めきれず、自分の腕で腹を突く形になってしまったためだ。恐らく浩一なら、何もできずまともに蹴りを腹に受けて、肋の二三本は折られていただろう。それだけに、これが芝居やおふざけなどではないと確信できる。


 ではこの状況が冗談ではないとすると、やはり自分は虎鉄をおびき出すための人質ということになる。


 何のために?


 浩一が知る限り、武藤家は際立って裕福でもないし、彼を含め家族が有名人だという話も聞いたことがない。となると、営利目的などの誘拐というわけではなさそうだ。


 となると目的はやはり、彼らが散々っぱら連呼している『アペイロン』ということになる。


 さてここで問題だ。アペイロンって何だ? わかりません――終了。


 いかん、終わってしまった。これでは何も進まない。こうなったらなりふり構わず、知っていそうな人に訊いてみるしかない。


 ちらりと背後を見る。ヘルメット男は無言で浩一を拘束している。だが別段無理やりでも力づくでもなく、ただ単に背後に立っているだけのようでもある。しかし相変わらず濃いミラーをしたシールドの中はまったく見通せず、素性どころか今何を考えているのかさえさっぱりわからない。


 それでも猫耳の二人よりは幾分かまともそうなので、思い切って声をかけてみる。


「あの、ちょっといいですか……」


「何用か?」


 反応した。どうやらこちらが抵抗をしない限りはそれなりに対応してくれるようだ。案外優しい。ならばこの機を逃す手は無い。


「アペイロンって何なんですか?」


「難きことを尋ねる……」


 メットさんは困ったようにわずかに首を傾けるが、表情がまったく伺えないので人形芝居を見ている気分になる。そういえばこれだけ密着しているのに、体温や息遣いといった生気をまるで感じない。


「アペイロンとは、コアユニットに組み込みし無限エネルギー発生機関が生み出すエネルギーを用いて、ナノマシン化したネオ・オリハルコンを制御し外装とする宇宙最強の兵装のこと。又は装着した者の総称なり」


「外装と兵装……それは、パワードスーツ的なものですか?」


「着装ではなく変身ゆえ、兵装とは言うもののパワードスーツとは若干異なれば」


「なるほど。あ、それとあと一つ」


「是」


「ネオ・オリハルコンとはどういうものですか?」


「付与されたエネルギーに比例して硬度を増すなど、様々な効果を現す特殊金属なり。ただし消費エネルギーがげに恐ろしきほど大きいため、実用に能わず」


「はあ……。つまり無限エネルギー発生機関と、特殊金属ネオ・オリハルコンを合わせた兵装がアペイロンというわけですか」


「仔細は違えど大まかにはそれで十分」


「ありがとうございます」


 いきなり話が現実離れしてきた。おまけに無限エネルギー発生機関に不思議金属製のナノマシンとは、出来の悪いSFのようだ。しかも宇宙最強の兵装とか中学生が大喜びしそうな話を、虎鉄だけならまだしも大の大人が三人も真面目な顔でしているというのがさらに驚きだ。


 しかし事実を事実として受け止め、さらに集めた情報を重ね合わせてみると、ようやくおぼろげながらも事態が見えてきた。


 アペイロンを求める三人。


 虎鉄がアペイロンを引き継いだ。


 アペイロンは賞金首。


 これらから導き出される結論は、実にシンプルなものだった。


「何てことだ……」


 要はこの三人は虎鉄の敵で、自分は人質。つまり自分の存在が、彼を苦しめる手枷足枷となっている。


 浩一は愕然と前を見る。つい今しがた痛烈に蹴り飛ばされ、それでもゲロを吐きながら立ち上がった友人の姿がそこにあった。


「クソったれ。昼飯《バイト代》全部出ちまったじゃねえか。勿体ねえ……」


 口元を伝う唾液と胃液が混ざり合った汁を腕で乱暴に拭い、虎鉄は再びゆっくりと歩き出す。自分を蹴り飛ばした茶トラに向かって。


 だが向かってどうするというのか。人質をとられ、反撃もままならないというのに。


「もういいよ虎鉄! 来ちゃ駄目だ!」


 堪らず浩一は叫ぶ。勢いで乗り出した身体は、背後に立つメットさんに抑えられた。


「そう大声出すなよ、似合わないぜ。待ってな、すぐに自由にしてやるから」


 浩一の声に、虎鉄はにやりと笑う。この期に及んでも不敵に笑う男の姿に、浩一は彼の壮絶な覚悟を見た。


 改めて対峙する虎鉄と茶トラ。状況は先ほどと何一つ変わっていない。いや、茶トラの気が立ってる分、悪くなってると言ってもいい。


「……で、証拠を見せる気になった?」


 完全に不機嫌最高潮な茶トラの声に、虎鉄は挑発するように「へへっ」と軽く笑う。


「まあそうカリカリしなさんな。今から見せるのは――」


 虎鉄はどっかりと地面に両膝を突き、


「――おとこの生き様だよ!」


 続いて両腕を投げ出し、額を砂浜にこすりつけた。


「どうかそいつだけは助けてやってくれ! この通りだ!」


 それは、堂々たる土下座であった。



 五体投地と見まごうばかりの土下座。変身して証拠を見せられない今の虎鉄には、もうこれしか思いつかなかった。浩一を解放してくれるまで、いくらでも土下座をする覚悟。それが彼の出した結論だった。


「何それ? 超意味わからないんですけど?」


「虫のいい話だとは重々承知しているつもりだ。だがここは何も訊かず、黙って人質を返してくれ。その代わりと言っちゃあナンだが、俺のことは煮るなる焼くなり好きに――」


 ごすっという鈍い音と後頭部の痛みに、虎鉄の文字通り体を張った嘆願は中断された。


 茶トラが虎鉄の頭を思い切り踏みつけたのだ。元々地面に密着していた虎鉄の顔面が砂に半分埋まるほどの勢いである。


 だがこうなることは虎鉄も覚悟していた。まあ当然の結果だろう。相手が要求することにこちらはまるで応じていないのだから、蹴りの一つや二つは入って然るべきであろう。むしろ顔面をサッカーボールのように、爪先でケンカキックしないだけ、茶トラの意外な優しさを感じる。


 土下座した頭を踏みつけられながらも、虎鉄はさらに二つのことに感謝していた。まず一つは、この場が柔らかい砂浜であること。もしここがアスファルトやコンクリートだったら、今頃額はぱっくり割れていただろう。


 二つ目は、茶トラの履いている靴が、底の分厚いタイプのものであったこと。もし踵の細いピンヒールとかだったら、後頭部に穴が開いているところだ。もしかするとそれも茶トラの配慮なのだろうか。まさか。


「虎鉄!!」


 踏みつけられる虎鉄の姿に、親友が悲痛な叫び声を上げる。普段の好々爺みたいな浩一からは想像もできないほど取り乱した声に、彼も血の通った人間なんだなと虎鉄は砂の中で場違いな笑みを漏らす。


 だがにやにや笑っている場合ではない。虎鉄は両腕と首に力を込め、砂に埋まった顔面をどうにか息ができるくらいまで持ち上げる。


「浩一、お前この間こう言ってたよな? 『どうしてあのテのヒーローものの主

人公は、敵に人質をとられたくらいで苦悩するんだろう』って」


「……?」


 浩一からの返事はなく、戸惑いの気配だけ伝わってくる。虎鉄が言っているのは、あの謎の巨大隕石の話題をエリサが持って来る前に、虎鉄と浩一が朝の教室で話題にしていた内容だ。


「正直に言うとな、あのとき本音では俺もそう思ってたよ。どうしてたかが数人の命と、地球一個を天秤にかける必要があるんだってな。けどな、実際こうしてダチを人質に取られてみて初めてわかったよ。そりゃ悩むって。大事なダチと地球? 比べられねーって。挙句にゃ知り合いでもない連中って守る価値あんのかよ、って思ったりする始末だ。それってヒーロー失格だよな。へへ、笑っちまうぜ」


「……ちょっとあんた、なに人の足の下で話してんのよ?」


「だからよ、天秤なんてかけられねーんだよ。もしかけるとしたら、片方の皿にははダチと地球。もう片方にはてめえの命を乗っけるんだよ。そうすりゃあっという間に傾くさ。てめえの命一つでダチと地球を守れるなら、安い買い物だってな」


「だ~か~ら~、あんたさっきからうるさいっつーの!」


 高速連射で茶トラが虎鉄の頭を足蹴にする。だがいくら蹴りが入ろうが、虎鉄の頭は少しも下がらない。地面に突きたった両腕は細かく震え、頭を支える首には太い血管が浮き出ている。それでも、虎鉄は頭を下げない。


「ふざけるな!」


 血を吐くように浩一が吼える。


「覚えているかい? 僕はあのとき、小の虫を殺して大の虫を助けろって言ったはずだよ」


「お前がその小の虫だってか? 冗談はよせよ。お前は俺にダチを犠牲にしろって言うのか?」


「ああそうさ。この犬飼浩一、自分で言った言葉には責任を持つ! それに、自分の命が地球と等価だなんておこがましいことは、これっぽっちも思っちゃいないさ!」


 浩一の言葉に、どくん、と虎鉄の心臓が跳ねる。


 何という覚悟。そして潔い決断。この男、ここまで熱い奴だっただろうか。


 これまで常に笑顔を絶やさず、他人との摩擦を極力避けるように生きてきた浩一の姿しか知らぬ者ならともかく、虎鉄とエリサは知っている。目の前に立つこの男の本性が、実はこんなにも苛烈に吼える漢だということを。


 その熱さが、覚悟が、虎鉄の魂に火を着けた。


 ――内燃氣環ソウル・ジェネレイター――発動インヴォーグ


 熱い。


 胸が熱い。


 身体を流れる血が燃えたぎる。


 エリサを助けたあのときと同じ感覚が甦る。


 身体が中から爆発しそうな、エネルギーが無尽蔵に湧き出る感覚。


 今なら何でもできそうな高揚感。


 不可能を可能にできるという確信。


「来たああああああああああああああっ!!」


「きゃっ……!」


 雄叫びを上げながら、虎鉄は力任せに立ち上がる。いきなり片足を持ち上げられ、バランスを崩した茶トラは小さな悲鳴とともに尻もちをついた。


「浩一!」


 親友を見る。彼もまたこちらを見ていた。


「虎鉄!」


「待たせたな! 見せてやるぜ、これが俺の手に入れた力だ!」


「見せてくれ、きみが手に入れたものを!」


 二人の視線が交差する。もう言葉は要らない。


 虎鉄はこれまで鏡の前で何千回も、今までやったラジオ体操の回数以上を繰り返した、自分で考案した変身ポーズを決める。


「変身!」


 次の瞬間、虎鉄の身体が閃光に包まれた。


次回更新は7月27日(予定)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ