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          ◆     ◆

 犬飼浩一いぬかいこういちは、迷っていた。


 別に道に迷っていたわけではない。


 今朝突然かかってきたエリサからの呼び出しの電話に、行くかどうか迷っていたのだ。


 とはいえ、もう目的地――聖セルヒオ教会まではさほど遠くないところまで来てしまっている。今さら引き返すにも、エリサに断りの電話を入れるにも遅過ぎた。


 歩を進める足が、わずかに重い。


 空は見事なくらい五月晴れだが、浩一の心にはうっすらと暗雲がかかっていた。それは彼の友人――虎鉄とエリサの態度にちょっとした違和感を覚えてからだ。


 柴楽町に謎の竜巻が発生し、町内丸ごと大停電になった翌日から、虎鉄が珍しく一週間も学校を休んだ。理由を聞けば全身筋肉痛だと言うので、その時はまたおかしなトレーニングでもしたのだろうと、さほど心配もせず疑問も抱かなかった。だが復帰した虎鉄とエリサの態度に何か引っかかるものを感じたことが起因し、浩一の中で漠然とした不安や苛立ちのようなものが徐々に膨れ上がっていった。


 引っかかりとは、言い換えれば二人が何か自分に隠し事をしている雰囲気、或いは気配のようなものだ。


 別に二人で示し合わせて、浩一に秘密にしているというわけではないだろう。虎鉄は陰で口裏を合わせて誰かを疎外するような、男らしくないことは絶対しないという信念を持っているので、それはないと確信できる。だが薄々と感じる、仲間はずれにされたような疎外感が浩一を悩ませる。


 思い起こせば、虎鉄との付き合いは古い。小学五年生になったときのクラス替えからの付き合いだ。


 だが、虎鉄とエリサの付き合いはさらに古い。彼女は小学四年生のときに、虎鉄のクラスに転校してきた。それから一年が経ち、自分が後から彼らの仲間に入ったという形になる。


 つまりエリサの方が、浩一よりも虎鉄と付き合いが一年長い。


 たった一年。


 されど一年。


 その間、自分が不在の一年がどれだけのアドバンテージなのか、浩一には想像もつかない。それに比べたら、たった数日のことなど気にするまでもないとは自分でも理解しているつもりだ。


 第一、浩一をのけ者にするつもりなら、今日こうしてエリサの方から誘いをかけてくることはなかったはずだ。これはきっと、三人の関係がこれまでと何も変わっていないという証左に違いない。ただ一方で、体の良い労働力として確保されたという見方も否めない。


 やめよう、考え過ぎだ。たとえ今のままの関係がずっと続かないとしても、変わるのは今ではなく、もう少し先のことだ。大丈夫。それまでは今までどおりのスタンスで、二人から一歩離れたところを歩こう。それでいいんだ。自分はちゃんと弁えている。


 そう結論づけると、重かった足が軽くなったような気がした。腕時計を見ると、来いと指定された時間までそう間もない。急ごう。


 アウト・イン・アウトのライン取りで軽快に角を曲がる。粗大ゴミ置き場を華麗にオーバーテイクし、コーナリングの慣性を利用してさらに歩く速度を上げようとしたとき、


「あいたたた……なにここ?」


「お尻いた~い。誰かしっぽ踏んでる~」


 奇妙な三人組が粗大ゴミ置き場から生えていた。あまりの珍妙さに、思わず浩一の足が止まる。


 本当に奇妙な、としか形容のしようがない連中だった。三人のうち、二人は女性――なのだろう。すらりと背が高く、極端にカットアップされたホットパンツから伸びる足は、身長の半分以上はゆうにあった。また開けっぴろげたノースリーブのジャンパーから覗く、身体にフィットした衣服から浮き出た凹凸は、下手なグラビアアイドルよりもよっぽどメリハリがある。しかもこの二人、よく見ると同じ顔をしている。まるで双子のようだ。


 だがそれだけだとただの“目立つ連中”、もしくは“派手な連中”で、奇妙とは縁遠いだろう。二人が奇妙な形容を付属させる原因は、主に首から上にあった。


 顔――はまあ問題ない。いや、むしろ美人の中でもかなり上位に入る目鼻立ちをしている。が、問題はそこじゃない。もっと上。そう、頭。頭頂部と髪が個性的という範疇を越えてかなりぶっ飛んでいる。


 まず頭頂部。どう見てもネコ耳がついている。いや、まあいいだろう。そういう需要があって供給している場所もあるのは浩一も知っている。アキバとかに。ただ、時おりゴミ置き場から湧き上がった埃を払うようにぴくぴく動いたりして、妙に生々しい。最近のコスプレ衣装は良くできてるなあ、と感心するほどだ。


 あと髪。二人とも長さはセミロングと別段特徴的でもないのだが、色がおかしい。一人は茶トラ、もう一人はキジトラ。今気づいたが尻から伸びる尻尾も同じ色。頭上のネコ耳と合わせ技で、一本どころか二本も三本も取られる人が続出する勢いだ。


 そして残った長身の男、だと思うコイツ。断定できないが、細身の身体にぴっちりしたライダースーツのようなものを着ているので、体型を見る限りはたぶん男。確証はないが、これで女性だったらちょっとキツい。胸とか。


 また顔もバイクのフルフェイス、というよりは宇宙服のヘルメットみたいなシールド部分の広いタイプのメットを被り、しかも濃いミラーになっていてこちらから中がまったく見えないようになっている。なので判別不可能。格好だけ見るとただの気合の入ったライダーだが、どこをどう見ても周囲にバイクなんてないので、いささか空回りしている。丘サーファーのライダー版という感じがするが、背中に背負った金庫みたいな金属製の箱のせいで宇宙服というイメージの方が強くなる。宇宙飛行士のコスプレだろうか。


 シルエットがマッチ棒みたいで一見虚弱な印象を持つが、ライダースーツの上からでも伺える引き締まった肉体によって、すぐにひ弱そうな気配は払拭される。むしろ武道の達人のような研ぎ澄まされた気配のようなものを感じるのは、左手に持った銀色の細い棒のせいだろうか。折りたたみ傘くらいの大きさをした棒の片端からはコードが伸びていて、背中の金庫に繋がっている。最初は何かの探知機か装置かと思ったが、見ただけではさっぱりわからなかった。ただ男の棒の持ち方が、常に左手の拇指を棒に沿うように乗せた、まるでいつでも鯉口が切れるように刀を構えている感じだったのが印象的だった。


 春だから変な奴らが現れたのだと、浩一は表情を変えず静かに嘆息する。彼は付き合う変人は二人までと決めているのだが、二人も変人と付き合いがあると、類が友を呼んで変人が集まってくるので困る。今日だってそうだ。ただでさえ変人は二人の友人で間に合っているというのに、これから向かう先は町内最強の変人である鉄拳神父のところだ。彼一人でもお釣りが出るのに、これ以上変人に関わるとろくなことになりはしないだろう。


 だがしかしこの三人、いつからそこに居たのか。たしかさっき粗大ゴミ置き場を通った時には誰もいなかったはずだ。あんなおかしな格好をした連中、たとえゴミに紛れていても見逃すはずがない。まるで、つい今しがた急にそこに湧いて出たようじゃないか。


「まさかね……」


 きっと急いでいたから見過ごしたのだろう。人間の目なんて、けっこうでたらめなものだと言うし。


 そう半ば強引に結論づけたものの、浩一はつい歩調を緩めて連中を目で追ってしまう。


 なぜなら、茶トラの女性とキジトラの女性の会話の中に、『ムトウコテツ』という聞き慣れた単語を耳にしたからだ。


 浩一の足が完全に停止する。だが思考は目まぐるしく加速を始めた。


 もしやこの三人、虎鉄の知り合いなのだろうか。だが共通点は? そこではたと閃く。今日はこれから向かう聖セルヒオ教会でバザーが開かれている。バザーでは一般出店者に加えて、屋台などプロの業者も来ている。つまり、この三人は何らかの業者――出で立ちからしてチンドン屋的な、場を盛り上げるパフォーマーみたいな人たちなのだろう。虎鉄はあの教会のほぼ関係者みたいなものだから、彼が責任者として依頼発注したために、会話の中で名前が出たという可能性は大いにありうる。


 ということは、彼らは自分と向かう先が同じなのではなかろうか。だとしたらここでニアミスしたのも何かの縁だ。道に迷っているのなら、自分が案内することもやぶさかではないし、そのせいで多少時間に遅れてもエリサに言い訳が立つというものだ。


 素早くそう判断し、浩一は三人組に声をかけようと近づいた。今日くらいは自分の主義は棚に上げておこう。



「プシケ、本当にここで間違いないの?」


 茶トラの娘が尋ねると、キジトラの方は慌ててジャンパーのポケットからスマートフォンのような端末を取り出し、急いで操作をする。


「座標はここで間違いないの~。前の人もここに降りたし~」


「マジで?」


「メリッタお姉ちゃんは疑り深いの~。だったら自分で確認すれば~?」


 キジトラ――プシケは間延びした声にわずかな怒気を込め、茶トラ――メリッタに端末を渡す。メリッタは端末を操作して確認すると、盛大な溜め息をついた。


「……信じらんないんですけど、マジでここが前回の降下ポイントだわ」


「だから言ったの~。で、困ったことが一つあるの~」


「何?」


「位置データはこれで終わりなの~」


「どういうこと?」


「言ったとおりなの~。つまり道案内ナビはここまでってこと~」


 プシケは困り果てたように耳を寝かせる。まさか位置データの終着点がこんな何もない粗大ゴミ置き場だとは夢にも思わなかったからだ。てっきりアペイロンの隠れ家くらいは突き止めていると思ったのだが、とんだ肩透かしである。


 そもそも彼らが所持している情報とは、宇宙連邦治安維持局ピースメイカー局員ドラコ=フォルティスが地球に特攻をかける際、イタチの最後っ屁とばかりに全宇宙に大放出したものだ。


 内容は、アペイロン生存す。それと地球の位置データと、ある人物の生体データだった。


 これらは元々スフィーが手に入れた情報なのだが、彼女が持ち前のドジっ娘っぷりを発揮してくれたため、情報に重大な欠損があった。それは、肝心のアペイロン――シド・マイヤーこと獅堂舞哉の生体データと位置データがすっぽり抜けていたのだ。


 しかし辛うじて、宇宙の果てのど辺境にある未開惑星地球の座標が無事だったのは僥倖だと言えよう。これがあると無いとでは航行の難易度が段違いなのだが、座標だけあっても仕方ないのが宇宙というものである。


 そもそも太陽系なんてスフィーやプシケたちにとっては未知の領域もいいとこで、星図はおろか既存の航行データすら無い。前人未到の秘境と同じ扱いなのだ。銀河系ですら誰も知らない。つまり、住所がわかっても地図が無い状態なのだ。


 そんな人跡未踏の暗黒宇宙に船を出し、どうして彼女らが無事だったのか。それはこのメリッタ、プシケ姉妹が特別だからである。彼女たちサルトゥス星人には、特殊能力がある。それは、他に類を見ない空間把握能力と、空間転移能力だ。


 大宇宙を宇宙船で航行するとなれば、当然の如く跳躍航行ワープを用いる。でないとアホみたいに時間がかかるからだ。だがこの跳躍航行、便利なようでいて実はもの凄く難儀なものなのだ。


 どう難儀かというと、跳躍した先の情報がないと危なっかしくて使えないのである。まかり間違って小惑星帯アステロイドベルトやブラックホールのど真ん中にワープアウトしようものなら、それこそ一巻の終わりだ。そうならないためにも、跳躍航行する前には、ワープアウトする先の位置データを収集する。もっともほとんどの場合、既存の星図から出やすい場所を選んで跳躍航行するのが定石セオリーとなっている。


 結局のところ星図にも載っていない、既存の航行データすらない地球には、跳躍航行できないのだ。いやまあできないことはないのだが、誰も好き好んで命を賭けた博打は打たないだろう。いくら賞金稼ぎや荒くれ者だって、命は惜しいはずだ。


 だが驚くなかれ。このメリッタ、プシケ姉妹はその持ち前の空間把握能力によって跳躍先の情報を事前に読み取り、跳躍航行をガンガン使ってたった二週間で地球までやって来たのだ。あの天才と謳われたスフィーでさえ、何機も無人探査機を飛ばして情報収集しながら、各駅停車なみの速度で航行し、二ヶ月かかってやっと地球に着いたというのにだ。他の者ならその何倍もかかるだろう。


 姉妹はその特殊能力を使って同業者の誰よりも早く目的地に着けるなどから、『宇宙最速の賞金稼ぎ』と恐れられている。ついでにいうと、彼女らの船の足の速さをアテにして同乗させてもらったのが宇宙賞金稼ぎの一人、丘バイカーならぬ、ガヴィ=アオンなのだが、今はどうでもいい話である。


 話を戻そう。


 きちんとお膳立てされていると思い込んで、最悪の可能性を想定しなかったこちらにも落ち度はあるだろうが、それにしてもこの中途半端な情報はいかがなものだろうか。未開の地に放り出されて、さあ後は自分で何とかしろと言われても困る。今日びTVゲームだってもう少し親切設計だろうに。


「どうする?」


「どうするって言われても~。あと残ってるのは生体データだけなんだけど~」


「生体データって誰のよ?」


「わかんな~い。シド・マイヤーのじゃなく、なんか原住民っぽい感じ~」


 原住民という単語に、メリッタは頭を抱えたくなる。事前に収集したこの惑星の基本知識によると、現在使用している言語帯の人口だけで約一億三千万人。もっと限定して今立っている柴楽町だけでも約千人がいる。その中からたった一人を、この生体データだけを頼りに探すというのは、あまりにも無謀な話だ。


「……ちなみに名前は?」


「んとね~、ムトウコテツだって~。知ってる?」


「知るわけないじゃない」


「同じく」


 手がかり終了。


「帰ろっかな……」


 思わず空を仰ぎ、メリッタはわりと本気で考える。いくら他の同業者よりも早く現地にたどり着いても、肝心の目標ターゲットを見つけるまでに時間がかかり過ぎては、いずれ後続に追いつかれてしまう。それでは意味が無い。一番乗りして獲物を仕留め、後から来た同業者が地団駄を踏んで悔しがるのを見るのが彼女の愉しみなのだ。彼女にとって、速さこそ正義。疾さこそ誉れ。つまり、時間をかけることは悪なのだ。


 透き通った青空に、白い雲が流れている。あの雲の向こうには、彼女たちの宇宙船が迷彩を施されて待機しているので、端末をちょいちょいと操作してやれば、あっという間に転送されて船に戻ることができる。後は来た道をそのまま逆に辿れば、来た時の半分くらいの時間で帰ることができるだろう。だがこのまま収穫もなく引き下がり、燃料代その他もろもろの経費で赤字を出すのと、こんなど辺境の惑星であてもなく人探しをするのとではどっちがマシなのだろう。メリッタは脳内に設定インストールされた仮想演算機ソロバンを高速で弾く。


 せめて何か取っ掛かりになるような、あてがあれば話は別なのだが。

 たとえばそう、例の生体データについて何か知っている原住民でも通りかかるとか。


 そんな都合のいい考えに、ありえねーと自分で突っ込みを入れる。脳内の仮想演算機も天文学的確率の低さを弾き出していて、苦笑いするしかない。


 さてこれからどうしようか。いい加減首が疲れてきたので顔を下ろすと――


「あの、すいません」


 いつから居たのだろう。唐突に原住民から声をかけられた。

次回更新予定は7月13日(予定)です。

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