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エリサが虎鉄を引きずって教会から出てくると、もうすでに敷地内ではバザーの準備が着々と進行していた。
ピクニックシートを広げて家からかき集めた不要品を並べただけの簡易店舗だけでなく、たこ焼きや焼きそばや綿あめなど、プロの本格的な屋台がずらりと店を構え、聖セルヒオ教会の敷地内はまるで縁日のようだ。
さすがに子供の日というだけあって、まだ午前中にも関わらず、大人の客に混じって子供の姿も多い。なので露店も定番のものよりも、子供を狙ったものが目立っていた。
そんな中、スフィー=ファウルティーア=ゲレールター、通称スフィーは、お面の屋台で店番をしていた。
スフィーは舞哉から、今日のバザーの手伝いを命ぜられていた。しかし本来の彼女なら、全宇宙で歴代七人しか存在しない宇宙最高の頭脳に与えられる『魔法使い《メイガン》』の称号を持つ自分が、そんな奉公人のような真似ができるかと一蹴していただろう。だが自分の宇宙船を破壊されたため帰ることができず、今も教会に居候しているため肩身が狭い。それで渋々引き受けたのが、お面売りの店番である。一律五百円なので、これなら宇宙人のスフィーでも何とかなるだろうという舞哉の判断だ。そんな諸々の事情を知らない通行人たちは、長い銀髪をした外国人の幼女が懸命にお店を手伝っているみたいな光景に、頬と目尻を緩ませて温かい眼差しを送るのであった。
「はいーお面ー、お面あるよー。はいそこのお兄さん、いつも股ぐらに先っちょの出た風船被せてないで、たまにはうちのお面被ってみなよ。はいそこのお姉さん、彼氏の隣で猫被ってないで、うちのお面も被ってみなよ。さあさあ、お面あるよー、坊ちゃん嬢ちゃん寄っといでー」
こうしてスフィーがアニメや特撮のヒーローヒロインのお面が並んだ棚の横でウンコ座りして、屋台のオッサンに教わったとおりの客引き文句を何の疑いもなく連呼していると、
「あ、スーちゃんだー」
「あ、スーちゃんだー」
ほとんど同時に、ほとんど同じ声で呼ばれた。声がした方を向くと、同じ顔をした少女二人が、こちらに向かって満面の笑みで全力疾走していた。
「おお、瑠衣に朋か」
笑顔でそう言ったものの、スフィーにはどちらが瑠衣で朋かまったく区別がついていない。それもそのはず、彼女たちは一卵性双生児で、両親でさえたまに間違えるほどだ。最近ではそれを逆手に取り、こっそり入れ替わって相手の反応を楽しんでいるという。
今日はデニム地のオーバーオールを着ているのが姉の瑠衣。キュロットパンツを穿いているのが妹の朋と、明確に区別できるようにしてくれているのでわかりやすい。きっと今日の衣装を決めたのは、同伴している彼女らの母親だろう。その母親は現在、舞哉と世間話をしている。内容は以前スフィーのために提供した服のことだ。
そう、彼女たちこそ、着の身着のままな居候宇宙人のスフィーに当座の衣装を提供してくれた“牛島さんちの双子”こと牛島瑠衣と牛島朋である。スフィーにとっては舞哉の次に恩人だ。何せ今現在彼女が着ている服は、牛島姉妹のお下がりなのだから、相手が小学三年生であろうと対応もそれなりに友好的になるというものだ。
「二人ともよう来たのう。まあ大したものはないが、ゆっくり見ていくが良い」
「わー、すごーい。お面がいっぱいあるー」
「スーちゃん一人でお店番してるのー? すごいねー」
「フン、わしくらいになれば、店の一つくらい任されて当然というものよ」
朋はずらりと並んだお面を見て、瑠衣は自分たちと変わらぬ背丈の少女が店番という大役を務めている姿に、目をきらきら輝かせている。羨望の眼差しを受け、さっきまで斜めだったスフィーの機嫌が一気に上向きになる。
「どれ、二人とも欲しい面はあるか? ここはわしが一つ、いや、二つ奢ってやろう」
「えー、いいの?」
「えー、いいの?」
つい気が大きくなって、ただの店番だということを忘れて気前のいいこと言ってしまう。今さら「ゴメン、やっぱり今のナシ」と言おうにも、さっきよりもさらに双子が瞳を輝かせてこっちを見ている。つまり無理。
「お、おう。わしに二言はないぞ。さあ、どれでも好きなのを選ぶが良い」
内心汗だらだらのスフィーが平べったい胸をどんと叩くと、瑠衣と朋は同時に「やったー!」と万歳をした。もうこれで完全に引き返せない。スフィーは腹を括った。
双子はしばらくの間、忙しそうに首を上下左右に振ってお面の並んだ棚を端から端まで吟味した。首を振る方向からタイミングまで同時なら、その間に唸る声もまた同時で、長さまで同じだった。
そしてようやく二人が同時に「これ!」と指さしたのもまた同じ、忍者アニメの主人公のお面だった。
「瑠衣これがいい」
「朋もこれがいい」
「まったく、お主らは見た目が同じなだけでは飽きたらず、考えることや好きなものまで同じとはのう……」
「えー」
「そうでもないよー」
「別にあたしたちー」
「何でもかんでも同じってわけじゃないしねー」
「ねー」
前もって打ち合わせしていたとしか思えないほど、二人は息ぴったりの掛け合いをする。
スフィーは棚からお面を先にフックがついた棒で引っ掛けて取りながら、ずいぶん前にとある星系人を対象にした、一卵性多生児間の思考や心身状態などの共有特性を科学的に解明しようとした論文を読んだことを思い出していた。たしかあれは、結果的にその星系人特有の能力ということで結論が出ていたが、地球人にも似たような特異性があるのかもしれない。
「しかしのう、せっかく二人おるのだから別々のを選べば良いのではないか? その方が互いに交換したりして、飽きもこないであろうに」
双子にそれぞれ同じお面を手渡すと、瑠衣はさっそく顔に被り、朋は後頭部に被った。
「いいのー」
「これはねー」
「こうやって遊ぶのー」
「にんぽー」
「ぶんしんのじゅつー」
二人は両手の指を組んで適当な印を結ぶと、朋が後頭部に被っていた面を顔に被り直す。すると同じ顔が二人になり、あたかも忍者が分身の術を使ったみたいになった。どうやら最近二人の間では、忍者ごっこが流行っているようだ。
「さー、どっちがどっちだー?」
「わっかるかなー?」
「いや……お主らは別に面を使わんでもいいだろ……」
そもそも面が同じでも服装が違うのだから意味がないのだが、スフィーの冷静なツッコミに瑠衣と朋は互いに顔を見合わせて、
「あー、そーかー」
「そーだったー」
今さらなことに気がついて、何がおかしいのか二人してきゃっきゃと笑いあった。
ちなみに舞哉は未だに牛島母の世間話に捕まっていた。
その頃、猫の手こと武藤虎鉄は、屋台の群れから少し離れたところで、ヘリウムガスで膨らませた風船を子供たちに手当たり次第配っていた。
「へーい風船ー。風船あるよー」
虎鉄は慣れた手つきで風船にガスを入れ膨らまし、ヒモを結わえてガスボンベのバルブに括りつけていく。いくつかまとまった数を括りつけると、別のタイプの風船――定番の丸いタイプではなく、俗にジェット風船と呼ばれる細長いタイプの風船を膨らまし、それを捻ったり繋げたりして犬やメガネなどを作り始めた。意外と器用な奴だ。
大道芸人よろしく一本のジェット風船から様々な形のものを捻り出していると、いつの間にか虎鉄の周りに子供たちが集まり、今やちょっとした人だかりができていた。
最初は物珍しそうに見物していた子供たちだったが、子供の一人が出したリクエストに虎鉄が応えると、次の瞬間にはその場にいた全員が思い思いの欲しい風船をリクエストし始めた。犬、猫、熊、ゴリラ、アルパカ、カピバラなどの言葉が入り交じって怒号となり、もはや誰が何を言っているのかまったくわからない。
「待て待て、全員で一度に言うな! 順番だ順番! お前らとりあえず並べ!」
あわやパニックというところで、虎鉄が子供たちに負けぬ大声を張り上げると、今度は我先にと一列になって並び始めた。人垣が一転して長蛇の列となり、虎鉄は一人一人の注文に合わせて延々と風船を膨らませては捻ってを繰り返し続けた。
次回更新は6月29日(予定)です