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          ◆     ◆


 翌日、朝一番に虎鉄の携帯電話に舞哉から電話がかかってきた。GWの最終日という二度寝三度寝ができる貴重な日の朝七時に電話で叩き起こされ、軽く殺意が湧く。


 このまま無視を決め込もうかと思ったが、着信の名前を見て諦める。


 まだ半分以上寝ぼけた頭で電話の向こうの舞哉の話を聞くが、どうにも向こうも興奮して早口な上に話の内容が要領を得ない。仕方がないから後でそちらに行くから、詳しい話はそれからにしてくれという具合の旨をあくび混じりで伝えて携帯電話を切った。


 携帯電話を閉じ、枕の横に放り投げて、


 虎鉄は二度寝した。


 電源は切っておいた。



「お前殺すぞ」


 昼メシを食って軽く食休みをし、腹ごなしがてらゆっくりとママチャリを漕いで聖セルヒオ教会へとやって来た虎鉄を迎えた舞哉が開口一番吐いたセリフは、その表情を見るにとても冗談とは思えないくらい本気だった。


 聖セルヒオ教会の敷地は、屋台やテントがきれいに片づけられていて、昨日のバザーの名残はすでになかった。木の枝に引っかかった、どこかの子供が誤ってなくした風船だけが、辛うじて祭りの後のような雰囲気を感じさせた。


「しょうがねえだろ。昨日の今日だしこっちも疲れてんだよ」


 二メートル近い筋骨隆々の巨漢が殺意を剥き出しにした、常人なら泣いて小便を漏らす状況にも関わらず、虎鉄は眠そうにあくびをしながら答える。実際、眠かった。昼メシを食ったら余計眠たくなった。


「おい、兄さんが疲れを押してわざわざ来てくれたんだぞ。細かい事をグダグダ言うな」


「そうなの~、図体がデカいくせに細かい事をグダグダ言うな~」


 問題の原因にこぞって文句を言われ、舞哉のこめかみに浮き上がった血管がさらに太くなる。


「うるせえっ! 勝手に居候してるくせに、偉そうな口をきくな! って言うか用がねえなら帰れ!!」


「某、船に相乗りしてる身分ゆえ、この者たちが帰らぬと申すならそれに従う他道は無きに候」


 さすがに虎鉄の寝ぼけた頭でも、この状況がおかしい事にそろそろ気がついてきた。


「……で、何でこいつらまだいるんだよ?」


 とりあえず思ったまんまを口に出してみた。言ってから、前にもこんなことを言ったような気がした。


「あたしらですね、兄さんの男気に心底惚れまして、ご迷惑を承知で何かお役に立てないかと思い、地球ここに残った次第なんですよ」


 茶トラの方が、わざとらしいくらいの笑顔で揉み手をしながら答える。


「誰が兄さんだ、誰が」


「それはも~、あたしらの命の恩人の兄さんしかおりませんの~」


 仏頂面でツッコミを入れる虎鉄の肩を、キジトラが馴れ馴れしい手つきで揉む。


「まあ、こいつらもそうじゃが、こいつらの宇宙船にも何かしら使い道があるじゃろ。儂としては、ここに逗留してくれると何かと助かる」


 そこでスフィーはちらりとガヴィ=アオンを、正確には彼が背負っている金庫のようなジェネレーターを見て、「色々と訊きたい事もあるしのう」とつぶやいた。


「よかったな~虎鉄ぅ、念願のネコミミ美女が懐いてくれとるでぇ。ハーレム展開は男の夢やのぅ」


 いきなりエリサが虎鉄の頭を鷲掴みにし、首よもげろとばかりに左右に振る。もの凄い力だ。


「いてててて……、何だよそれ。って言うか、何でお前までここにいるんだよ?」


「ああん? いたらなんか都合が悪いんか?」


 鬼のような形相でエリサが虎鉄の頭を上からぐいぐい押さえていると、


「まあまあ、エリサもそれくらいにしないと。あんまりやると虎鉄が縮んじゃうよ」


 場違いなほどにこにこしながら、浩一がエリサをなだめた。


「……いや、だから何でお前もいるんだよ!?」


 プシケやメリッタ、ガヴィ=アオンにエリサがここにいるのは、まあ何とか理解できなくもない。だがこのメンツで恐らく一番の常識人である浩一が、どうして今地球上でもっとも非常識な空間である聖セルヒオ教会にいるのだろう。


「こういっちゃんはウチが呼んだんや。あそこまで見られたら、もう黙っとくわけにもいかんやろ。それならいっそ、仲間に引き込んだ方が話が早いわ」


 虎鉄の頭から手を離し、エリサが両手をぱんぱんと払う。浩一は何がそう恥ずかしいのか、「いやあ」と照れ臭そうに後頭部を掻く。


「ったく、いつからここは宇宙人の駆け込み寺になったんだよ」


 舞哉が太い腕を組みながらぼやく。見た目がただの金髪幼女なスフィー一人ならまだ何とかごまかしが効くが、どう見ても不審人物のガヴィ=アオンと、コスプレにしか見えないメリッタ・プシケ姉妹はごまかす以前に他人に説明しようがない。


「いや、あたしら別にここにずっといるわけじゃないし」


「こんな小汚い小屋に住むとか冗談ポイなの~」


「なんだとこの野郎、畑の肥料になりてえか?」


「そうカッカするでない。こ奴らの使い道には、儂にちょっとした考えがある」


「なに、あんた? ガキは引っ込んでて欲しいんですけど」


「大人に命令するとは、生意気なガキンチョなの~。後で泣くほどお仕置きなの~」


 虎鉄に対する態度とは一転し、スフィーを威嚇し始めるメリッタ・プシケ姉妹。だがスフィーはにやりと笑うと、人差し指をくいくいと曲げて、二人を呼び込んだ。


 不審に思いながらも、姉妹は窮屈そうに腰を屈めてスフィーへと顔を近づけ、スフィーは懸命に背伸びをして二人に耳打ちをする。最初はぶっきらぼうだった姉妹だったが、スフィーがあれこれと話を進めるうちに、彼女らの猫耳が楽しそうにピクピクと動く。


「――というわけじゃ。分かったか?」


 最後にスフィーが腰に両腕を当てて上級士官のような威厳を持って尋ねると、メリッタ・プシケ姉妹は踵を鳴らして気をつけをし、腹から大きな声を出して二人同時に、


「イエス、マム!!」


 と答えた。


 その奇妙な光景に舞哉とエリサは呆然としている中、虎鉄はこっそりと浩一を奇人変人宇宙人たちの輪から連れ出した。


 喧々囂々とした教会から、浩一と二人外に出る。虎鉄を縦に二人並べても余裕で通れる大きな扉をくぐると、昨日よりもさらに眩しい五月晴れの空が広がっていた。


 虎鉄は目を細めて片手をかざし、太陽をさえぎる。浩一は黙って後をついて来ていた。


 しばらく互いに無言が続く。虎鉄は何から話したものかと話のとっかかりをつかめず、浩一はただ虎鉄が話を切り出すのを黙って待っていた。


 やがて、


「どっから話そうか?」


 虎鉄がとっかかりを探すのを放棄し、浩一に丸投げする。浩一はそんな親友のさまにくすりと笑い、


「じゃあ、最初からでいいよ」


「最初から?」


「うん。虎鉄が思いつく限りの、最初から全部」


 虎鉄は苦笑する。ああ、こりゃ自分だけのけ者にされた事を、相当腹に据えかねてるなと思う。そして遅れた分を今一気に取り戻し、これからは自分も一枚噛んでいこうという腹だ。


 やれやれ、と虎鉄は内心嘆息する。非常識な事態から遠ざけるためとはいえ、結果的に非常識の真っ只中に呼び込む結果になってしまった。こんな事なら、素直に最初から巻き込んでおけば良かった。


 そうしなかったのは、そもそも――


「あ、そういえば、」


「ん? どうしたんだい?」


「話すのは別にやぶさかじゃないが、いいのか? この話を聞いたら、お前ももう普通の生活に戻れないかもしれないぜ?」


 一応浩一の事を気遣ったつもりだったが、当の本人は何を今さら、みたいな顔で鼻で笑った。


「心配無用だよ。そもそも虎鉄と友達やってる時点で、もう普通の生活とはかけ離れてるから」


「いや、でもお前言ってただろ。家訓で付き合う変人は二人までにしろとか何とか」


 軽く皮肉を込めて言うと、浩一は爽やかな笑顔で、


「宇宙人はその限りにあらずさ」


 と事も無げに言った。


 これには虎鉄も意表を突かれ、思わず噴き出す。


「そうか、なるほどな」


 ここまで言われると、もうこれ以上引っぱる事はできなかった。


 さて、どこから話したものか、と虎鉄は記憶を掘り出す作業を始めた。


 まあ慌てることはない。時間はまだたっぷりある。


 GWの最終日は、まだ半分近く残っているのだから。


                   了

以上です。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

3は現在執筆中ですが、いつ掲載になるかは未定です。

では、いつかまたお会いしましょう。

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