第三章第三話 ひとりの男として、
今回は俺、ジン・ステイルが語らせてもらおう。前回はまたリリーに任せてしまったからな。
では、今回は短めにこの辺で。本編を楽しんでくれ。
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気がつくと私は森の中にいた。
木に寄りかかり、服についていた泥は乾いていた。
これは夢だろうか?と思った。体が嘘のように軽い。
まるで羽を身につけ、空を飛んでいるかのような清々しい気分だ。
こんな気分はいつ以来だろうか。
次期王として、いつも気を張っていたからもしかしたらそのしがらみから解放されたお陰で、肩の荷が下りたのかもしれない。
そんなつもりはなかったのだがな。
すぐ傍には、同い歳ぐらいの少女が横になっていた。
見覚えがあるような。無いような。
シスターの黒い服を着ているので、以前教会に顔を出したときに見かけたのかもしれない。
・・・・・・こんな状況で何だが、彼女の細く白い手と足、乱れているがきれいな長髪、そして安らかな寝顔、に少し見惚れてしまった。
私はこれほどまでに人の顔をまじまじと見ることがなかったと思う。
正確に言うならば、顔だけを見るということがなかったと思う。
服装、表情、仕草、性格、話し方、相手の友人や周りの環境。そういうものを踏まえて、相手と接するように教えられていたからだ。
私はそれを、相手をきちんと見ていることだと思っていた。
そういうことを踏まえてこそ、本当の相手を見ていると考えていた。
だがこうしていると、それが必ずしもそれが正しいことではないのではないかと感じる。
時には見た目だけでも人を判断していいような気がする。
初めて会った相手には一度距離を置いて、きちんと相手のことを知ってから接すると言うのは、相手を差別しないと同時に、私自身が相手に対して心を許していないということにもなるのだろう。
・・・・・・これもよく考えると仕方のないことだと思う。
王子は王よりもずっと騙しやすいと考えている輩も多かったから、こういう教育をされるのは当たり前のことだ。
私が言うのもどうかと思うが。
だが、私はもう王子ではない、誰からも信じられず、処刑されそうになった。
いや、もしかしたら処刑されたのかもしれない。
と。そんなふうに自らを自傷した。
こんなことができるのは何故だろう?
今、とても穏やかな気分だ。
目覚める前の一番新しい記憶は斧を振り下ろされる直前だった。
そんなことがあったというのに、こんなに清々しい気分で目が覚める事などありえるだろうか?
もしかしたら一度、本当に死んでしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら、王子であったことをきっぱりと忘れて、一人の人間として、一人の男として、それを誇りに生きていけ。
という何者かの暗示なのかもしれない。もしかしたら、そのように生まれ変わる運命だったのかもしれない。
どちらにせよ今までの自分を反省し、これからはもっと自分のために生きようと思った。
未練がないわけじゃない。父のようになりたいと思っていたから、何故こんなことになってしまったのか納得がいかないところもある。
何者かの濡れ衣だということぐらい分かってはいるがな。
犯人の目的は、王家を滅ぼしてあの国を乗っ取ることなのだろうか?
城だけでなく国自体の警備が固く、さらには愛国心の強いものが国の中心にいる。
何者かの謀反や外部からの侵入者による暗殺、などは考えにくい。
すぐに犯人が捕まるはずだ。
能力者が何らかの方法で手をかけたのだろうか?
しかしあの王を暗殺したくらいで何かが大きく変わるとは思えない。
単なる恨みだろうか?
・・・・・・考えても無駄か。今の私は国民に必要とされていない。本当の犯人を捕まえるまでは私はずっと犯罪者だろう。
全く、信仰というのは恐ろしいな。
はは、また自分を自傷してしまった。
私がこんなふうに考え事をすることができるのは、この娘のおかげなのだろうか?
そう思いながら私は、少女の頬に付いていた泥を手で優しく拭い取った。
軟らかく暖かい感覚が手の内に広がった。
あと、太ももや二の腕にあった泥も拭った。
とても軟らかい感覚が手の内に広がった。
そのあと、額にキスをした。
顔を離すと少女が真っ赤な顔をしていて、半歩ほど飛び退いてきれいな中段回し蹴りを屈んでいた私の顔面にぴたりと当てた。
効果音は『ドグシャァァ!!』がぴたりと当てはまるだろう。
三メートルほど吹っ飛んだあと、体を起こして私は謝った。
「すまんすまん」
「なにしてるんですかぁ!!!」
「理由を話すと、いろいろと事故解決したから、ちょっとキスをしただけだ」
「違うでしょ!足と腕ぺたぺた触ってたときから気づいていたんですよ!!」
「あぁいや、なんというか・・・・・・汚れていたから拭いたんだ」
「むしろ汚されるところでしたよ!私はシスターですから、男の人とそういうことはダメなんです!」
「ああ、知っている。私の国の統治は宗教組織と共同で行っていたからな。私も君たちシスターや神父には劣るだろうが、修学しているつもりだ」
「あぁ・・・・・・はい。そうですね」
「どうかしたか?」
「いえ、お元気そうで何よりです。それよりお体にあった怪我の方は大丈夫ですか?」
「ん?怪我なんてしていたか?」
そういえば、服がズタズタだな。
「・・・・・・覚えていないんですか?」
「てっきり私は死んだと思っていたが」
・・・・・・沈黙。
「えぇと、いつから覚えていないんでしょうか?」
「起きる前の記憶は、斧で首を切り落とされる直前だ」
「・・・・・・説明・・・します?」
「何か知っているのなら、全て教えてくれ」
「・・・・・・わかりました」
私と同じく首を切り落とされる前の記憶が無い者は、少し前に戻ってリリーから説明を受けるといいだろう。
実にわかりやすい語りだった。