第六章第一話 晩
コンコン。
「あの・・・・・・ちょっとだけ、いいかな?」
俺はベッドに横になり、来月に迫った『ある事』について考えていた。
そんなとき、よく知った少女が部屋のドアを開け、そんなことを聞いてきた。
「いきなりなんだ? というかその格好。風呂上りにでもここに寄ったのか?まずは服を着ろ」
服は着ている。
着てないはずがない。
だが部屋に入ってきた少女は肌の露出が多く、肌着と見紛うような服を身につけていた。
赤く火照った肌と長く艶のある黒い髪が普段は感じられない艶かしさと色気を感じさせる。
「少しだけ、話したいことがあるんだけど・・・・・・」
ゆっくりとこちら側に近寄ってきて、静かにベッドに腰を下ろした。
俺に背を向けて座っているのでこの位置からは顔は見えない。
月明かりで体の右側が明るく照らされている。
つやのある少し長めの髪と、細い体のラインが視界に入る。
「それは構わないが、とりあえず服をきちんと着ろよ。いや、きちんとした服を着ろよ。女だろ?恥じらいくらい持て」
俺はある意味、落胆した。
時折見せる、大人しい雰囲気が魅力的だなと最近改めて思っていたのに、まだまだ子供だったようだ。
いや、大人になったからこそ、そういう恥じらいが薄れたのかもしれない。
出会ってからまだ半年ほどしか経っていないというのに・・・・・・
長所と短所は紙一重ということか。
「恥じらいくらい持ってるよ。当たり前だよ。こんな格好、恥ずかしいに決まってるよ。でも、こういう格好をしていたほうが正直に質問に答えてくれるって聞いたから・・・・・・」
そう言いながら少女は顔を両手で隠した。
もともとこちらからは見えていなかったが。
っていうか誰だよ?そんなこと言った奴。
と。聞こうと思ったが、心当たりがある。
というか心当たりしかない。
クリアの奴、俺のことを何だと思ってるんだ?
色気で誘惑されれば何でもする男だとでも思っているのか?
大間違いだ。
好きでもない女にそんなことをされて、どんな質問にでも正直に答えたりするわけがないだろう。
好きでもない女に・・・・・・
後で二度と変なことを口走らないように舌でも引っこ抜いておくか。
「とりあえず、本当に服を着ないと体が冷えて風邪引くぞ?来週には『あれ』があるんだからな」
三ヶ月以上前から準備をしていた『あれ』をついに実行する日が来た。
そのためにはこんな俺自身でさえ、欠けることは許されない。
蟻の巣よりも小さな穴から城が決壊するざらな出来事だ。
時の運により、状況は大きく変わってしまうかもしれないが、出来る限りの人員で、万全を期して実行するに越したことはない。
例えどんなに大切な人でも。
本音が言えるならば、風邪でも引いて休んで欲しい。
だが、そのせいで幾人の人が死んだとなれば本人が悔やんでしまうだろう。
大丈夫、俺が守ればいい。
それが出来ると自分を信じたい。
「それはわかってる。でも、大切なことだから」
「それじゃあ手早く済ませてくれ」
「・・・・・・」
なかなか話し始めない。
体感で五分くらい、もしかしたら一分も過ぎていなかったかもしれないが、俺は痺れを切らして質問を催促した。
催促してしまった。
そんなことしなければ、もしかしたら、あんなことを聞かれずに「やっぱりやめた」と言ってそそくさと部屋に帰って行ったかもしれないのに。
「私のこと、どう思う?」
「・・・・・・」
先ほどの沈黙よりは確実に長い時間を過ごした後、俺は正直に答えた。
「別に・・・・・・」
「ごめん。わかった。私が悪かった。『好き』か『嫌い』かで答えて」
「嫌いなわけがないだろ?何をいまさら。嫌いだったら今までずっと一緒になんかいないさ。もし嫌いだったら一ヶ月で逃げ出してるよ。俺の性格、よく知ってるだろ?」
「『好き』か『嫌い』で答えて」
「じゃあ『好き』で」
「・・・・・・それじゃあ好きな人はいる?」
「・・・・・・お前を含めて、出会った人のほとんどはみんな好きだよ。嫌いな奴からは逃げ出してる」
俺は少女に微笑みかけたがこちらを見ていないので意味はない。
だがその時、少女はこちらを振り向いた。
右肩越しに振り向いたので窓からの月明かりで顔が照らされる。
触れたら軟らかそうな赤い頬には世界一細い河が流れていた。
この時、七月に見られる天の川を連想した俺は動揺していたのだろうか?
それともそんな姿を美しいとでも思ったのだろうか?
そんなことを考えてしまって、うっかり言葉を失っていると少女は俺に覆いかぶさってきた。
「私は好きだ」
こんな風に誰かから気持ちを告げられることがあるだろうか?
ゼロ距離。という言葉を聞いたことがある。
確か、大砲の弾などの弾道の角度をずらしても標的に当てられる距離、と聞いたことがある。
だが、今の俺達に距離は本当に無いと言ってよかった。
互いの額と鼻、胸、足、腕が付いていた。
少女の涙が俺の頬を伝うほど距離が無かった。
彼女の温かみと吐息を感じるほど近かった。
距離はゼロだった。
それほどまでに、直接思いを伝えてきた。
「まさか、俺に惚れたのか?」
俺は冗談気味た口調で聞いた。
「うん」
「どうして?」
「私達の心配なんてそっちのけで危ないことをしているから。してくれているから」
「それだけで?」
「格好いいから。私達を守ろうとしてくれるところが」
「そんなもんで人をこんな風に好きになれるのか?」
「強いから」
「お前を守ってくれる強い奴なんていくらでもいるだろ」
「気高いから。 逞しいから。優しいから。大きいから。温かいから。誇り高いから。尊敬するから。目標とするから!」
「!」
俺は目を見開いた。
目の前、いや目の直前にいる少女にピントを合わせようとしたわけではないが、目を見開いた。
驚きのあまり、瞬きを忘れた
時間の流れさえも感じられなくなった。
俺は今なんて言われた?
「今、何て?」
「強くて、気高くて、逞しくて、優しくて、大きくて、温かくて、誇り高くて、尊敬できて、目標とするから! だから私はあなたのことが好き!」
「・・・・・・ありがとう」
俺は泣いた。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう。・・・・・・」
俺は少女にお礼を言った。
俺の心の中では、そんな安っぽい言葉じゃあ伝わりきらないほど感謝していた。
強くなれた。
気高くなれた。
逞しくなれた。
優しくなれた。
大きくなれた。
温かくなれた。
誇り高くなれた。
尊敬されるようになれた。
目標とされるようになれた。
俺は、ようやく父のようになれた。
「ありがとう。」
俺が落ち着くまでずっと『ありがとう』と連呼していたせいか、少女を優しく体から離れるように押しやると、「こいつ頭おかしくなったのか?」と言いたそうな顔が見えた。
そんなことは気にせず、今度はこちら側から少女を抱き寄せて言った。
「本当にありがとう。ようやく俺は父さんのようになれたと思えた。ようやく俺は自分に自信を持つことが出来るようになった。君と居て、君と出会えて本当に良かった」
抱きしめながら、肩越しにそう言い返した。
もう一度離れたとき、少女は顔を真っ赤にして俺のことをただじっと見ていた。
まるで俺に、何と言われるのかがわかっているかのように。
さすがの俺も、今までずっと一緒に居て、今こうして答えを待ってくいれているっていうのに、逃げ出すわけにはいかないよな。
俺は少女を真剣に見つめ返し、言った。
「俺は君のことが好きだ」
俺はずっと前から持っていた思いを少女に告げる。
「だが俺には、もっと前から好きだった人が他に居る。気持ちはすごく嬉しかった。だがわかってくれ」
これから先は、もう元の仲には戻れないかもしれない。
俺と少女の間には、奈落まで続く溝が出来るかもしれない。
一緒に居た時間が、そのまま溝の幅に変わるかもしれない。
それでも俺は前に進むことにした。
今なら自分の精神が金槌で殴られたとしても、耐えられる自信ある。
正確には、自分がずっと好きだった人にビビらずに告白する勇気を目の前にいる少女に与えられた。
「ありがとうレイナ。でも俺はリリーのことが好きなんだ」
レイナは涙をこらえきれなくなり、俺の腕の中で泣き出した。
レイナは一頻り泣いた後「やはり私がリリーにかなう訳がないな。なんたってジンとリリーは付き合いが一番長いんだからな」と言って、折角の機会だからと、前から疑問に思っていたクリアについての話をして欲しいと訪ねてきた。
俺はその質問に答えてやった。
決して彼も楽に生きてきたわけではない。
そんな物語を語った。
それを聞いたレイナは「色々あったんだなぁ」と言って、俺にお礼と謝罪の言葉を告げて部屋を出て行った。
俺はレイナが帰った後、特に何も考えることもなく、しばらく横になっていた。
そして、
「改めて思い出すと、本当にレイナって色気づいたな。クリアの言っていたみたいにうっかり口を滑らせたりしそうだからこれから気をつけよう」
と思った。




