第五章第二話 少年
「・・・・・・」
少年がじっとこっちを睨みつけている。
嫌だなぁ。
出来ることならさっさと隣の大陸に移って、俺のいた国から遠くに逃げ出したいと思っていたんだけど。
俺はこんな子供に殺されるのか。ほんとに嫌だなぁ。
さて、それじゃあ、そろそろ逃げるか。
俺はそう思い立ったとたん、前回からずっとお姫様抱っこで抱えたままのリリーを自分の胸にうずめて、その少年に背中を見せて全力疾走をした。
俺の経験談だが、リリーの体は抱きかかえると柔らかくて暖かい・・・・・・じゃなかった!
短距離を走るとき自分が最高の力を出して走り続けられるのがおよそ三秒だってことだ!
能力を使えば、十五秒ほど。おそらくこの間に逃げられるか逃げられないかが決まってくる。
これを過ぎても振り切れないようだった場合。
俺は死を覚悟する。
覚悟して、戦う。
仕方ないよな。
リリーを守るって言ったたんだから、それくらい守らないと。
そんなことを考えてひたすらに駆けていると、後ろから俺達を追いかけてくる足音がする。
もう船のほうはいいのかよ。
と、ぼやきたくなった。
十秒。人の気配は感じなくなったが、水が空気を鋭く切る音は聞こえる。
これはやばい、足に怪我なんてさせられたら速度が落ちる。
俺は神を信じていないが、今抱きしめているリリーを守るためだったら神頼みでも何でもする。
十五秒。限界を感じ始めた。
ここからだんだん速度が落ちてくる。
だがまだ逃げる。
諦めてたまるか!
ここで逃がしてくれなかったら神様、マジで呪うからな!
・・・・・・何言ってんだか。
「あれ?」
気づくと水の音が聞こえなくなっていた。
振り向いても襲ってきていた水の塊はなくなっていた。
巻いたか?と考えたが、ここはあの少年の住んでいる森だ。万が一のことを考える。
「あいつ、こっそり近付いて地中からでも不意打ちをするつもりか?」
あの少年はもしかしたらそれを狙っているのかもしれない。
そんなことを考え、とりあえず俺は速度は落としたが、常に不規則な動きをして狙いを定めさせないようにして周りに人の気配が無いか神経を尖らせて走り続けた。
集中すれば聴覚の性能も多少上がる。逃げるにはすごく便利だな俺の能力って。
その時、人の気配を感じた。
だがその気配は複数で子供一人ではなかった。笑い声さえ聞こえる。
警戒しながら、その方向へ向かっていく。
そこには村があった。
さて、どうする?
このまま顔を出しに行くのも一つの手だが、あの子供が襲い掛かってきたところを見ると、他者は強制的に排除するような決まりがある村かもしれない。
主に能力を持っている彼が中心になって。
危険だな。
ここは村には近付かず、どうにかしてここから出て行くことを考えるべきか?
落ち着け。
今の状況を整理しよう。
まず俺達は、あの少年から逃げている。
明確な敵だ。会ったら命の保障はされない。話し合いも難しい。
次。逃げてきたとき、荷物は船に置いてきてしまった。
特に大切なものがあったわけではないが、あったほうがいい物を置いてきてしまったのは痛いな。
どう考えても経験不足だ。
あまりこういうことに遭ったことがないから、後々のことまで頭が回らなかった。
あとは・・・・・・あ、しまった。
「ふわあ!はあ!はあはあ・・・・・・」
「すまない、リリー。少し強く抱きしめ過ぎていたな」
リリーのことをすっかり忘れていた。
「あ~暑い~」
手で真っ赤になった顔を扇いでいる。のんきなことだ。
「そんなに顔赤くするほど暑いか?確かに、ずっと走ってきたから暑いって言えば暑いが」
「もうジンの神経は一周して感心しちゃうね」
「いきなり逃げだしたことか?いつもやってることだろ。リリーはいつも俺が危ないことしてるって言うけど、俺は怪我するのは嫌だからな。危ないことからはきちんと逃げてるぞ?」
「はいはいわかりました」
「・・・・・・で、これからどうしようか考えていたんだけど。リリーはどう思う?」
「私はあそこにある村に行ったほうがいいと思うよ」
リリーが指を指した方向には先ほどの村が見える。
「どうして?」
「今の私達は何も持ってないし、あの子に対して何も出来ないから。遠くからなら話し合いが出来るんじゃないかな?」
「確かに妥当な意見なんだがな・・・・・・よし!リリーがそうしたいのなら、そうしよう。また何かあっても俺がリリーを抱えて逃げればいいだけだしな」
「う・・・・・・うん。次はちゃんと優しく持ってね」
「了解。じゃあ行こう。あと暑いなら今羽織ってるの脱げば?」
「・・・・・・別に」
「あれ?怒ってる?」
「別に」
「・・・・・・」
とか何とか言ってる間に、俺達は村からはっきりと見える位置まで移動していた。
「すいませーん。ちょっといいですかー?俺達ちょっと聞きたいことがあるんですけどもー」
すると集団の中から村の人が一人やってきて、こんなことを言ってきたよ。
こん畜生。
「あなた達はあの悪魔の力を持っている者ですか?」
「・・・・・・」
「えーと。その、悪魔の力っていうのは、持っている人がたまーにいるっていう不思議な力のことで合ってますか?」
冷静を装って聞き返してみる。
「そうです。この村ではその力を持つものは人の道をはずしたものとして、神により罰せられます」
「はぁ、なるほど。俺たち今回、船で海を渡ってきたんですけど、いろいろな国があるんですね。俺達の知っている国にはその力があるからこそ、国を治めているって所もありましたよ」
因みに、俺がいた国も昔はそのような思想があった。
父の代で廃れていったが。
「その方達は皆、毒されているのですよ。我々にとってはあのような人外の力は憎むべきものですから」
「へぇ、なるほど。なんで憎んでるんですか?なんか、酷い目に合わされたとか?」
「いえ、そうではありません。神のお告げですから」
うん、まぁ。予想はついてたけどな。
『神が決めたから』
笑いながらアホと言ってやりたい。
「あ、あの。それでは、ここに来る途中に会った、そのような力を持っていた男の子は?」
「ッ!あの餓鬼のことは口にするな!」
ヒステリックにさせてしまったようだ。
怒鳴られたリリーは、俺の後ろに隠れた。
震えた手から伝わってくるリリーの感情は痛いほどわかる。
隠れて手を握り、落ち着かせた。
「すいません。落ち着いてください。もうその事を詳しく話すつもりはありませんから」
「あれは知らぬ間に悪魔と手を結んだ鬼だ。しかし、そんなことよりもあなた達はよく『あれ』から逃げ延びてこられた。よほど運が良かったのでしょう」
「いきなりですけど、出来れば少しでいいので水か食料でも分けていただければと思ってます。無理なら少し話だけでも、と」
「歓迎しますよ。ちょうどいい機会です。あなた方もそろそろあの力の非道さを知る必要があると思います。日に一度、説教が行われるのでお聴きすることをお勧めします。あなた達ならばその素晴らしさが分かるでしょう。改心に遅すぎるということは無いのですよ。そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでしたね。この村の村長と宣教師様にお伝えしておきますよ」
「あ、あぁ言ってなかったですね。俺は『ジン』でこっちは『リリー』っていいます」
フルネームは一応控えておいた。
特に気にしている様子も無かったので、そのまま村を案内してもらった。
村はそこまで小さいというわけではなく、農業がしっかりと行われていて食料に困っておらず平和だった。
その後、一応説教を聞いたのだが、案の定、何が言いたいのか全く分からなかった。
というか、力は災いだとか、力は悪魔だとか、神は絶対だとか、
どこが?と言い返したくなるものだった。
理由も何もない。
きっとこの辺の神は炎を操る能力者のせいで指を火傷したに違いないと思った。
リリーがこの前、やかんで火傷したみたいに。
『癒す力』のお陰か指に跡は残らなかった。
俺も火傷したら治してもらおう。
そして説教を聞き終えたあと、まるで「ああ、今日も素晴らしい説教だった」と言いたげな顔をした人に村長を紹介してもらい、このあたりの詳しい情報を聞くことにした。
「ああ、今日も素晴らしい説教だった。文字にしてしまえばただの言葉だというのに宣教師様がおっしゃると毎度聴いていても全く飽きない。まだ私よりも三十歳以上も若いと言うのに・・・・・・」
割愛。
「えぇと、このあたりの地形は一体どうなっているのでしょうか?まず、ここは島国なのかだけでも知りたいのですが」
あの少年がこの村にいないと分かった以上、この村以外のどこかにいるということだ。うかつに出歩けない。
「このあたりの地域は神様が我々のために・・・・・・」
割愛。
「じゃあ気分を害するかもしれないのですが、森にいた子供のことなんですが・・・・・・」
おそらくは生まれついてではなく、途中から力が現れたのだろう。きっかけは分からないが。
「あぁ。あの子か。・・・・・・あの子はもともと説教を聞かないことでもあってな、生まれついての無神論者だったのだよ。我らの命や土地、自然はもともと神様のご好意・・・・・・」
割愛。
「では、この島から出る方法。例えば、決まった日に交易船がたどり着く、などは?」
船が近付くだけでもこの島から出る希望が見えてくる。
「交易船は無い。悪魔が手にかけた可能性のある食料などを食べては神に・・・・・・」
割愛。
「それでは神は何故、力を持つものを逆恨みしているのでしょうか?」
こん畜生め。
「それは神・・・・・・」
割愛。
よく考えると大切な質問に対する返答の部分も割愛してしまったような気がする。
最後の質問は八つ当たりだな
きちんと答えてくれたが覚えていない。
それにどうでもいい。
そういうわけで、今回分かった事を整理しよう。
・ここは島国で、隣の陸地(俺達のいた大陸)までおよそ三日ほどかかる。
・あの少年は元はこの村の人間で、半年ほど前に能力が発現、迫害された。
・交易船は通っていない。ただし、数年に一度、海賊がやって来ることがある。
・村長は六十二歳。
・やはり宗教というのは怖い。
村長の話を聞いた後、宿を貸してくれた。
金を持っていないのに泊めてくれるとは好意的な人たちだ、と思ったらあの少年に襲われたことに同情しているだけだったようだ。
部屋に着くと、泣きながら怒るリリーをなだめるのに時間がかかった。
まぁむしろ今までよく我慢したというべきだろう。
村の人に逆ギレされたときに俺は冷静を装うことは出来たが、リリーは相当腹を立てていたからな。
お陰で道中、八つ当たり気味に足を踏まれてしまったし。
俺は何も悪くないのに。
これも全部、この変な宗教のせいだ。
早く出て行きたいな。




