第一章第一話 夜
夜ではない。
だが、必要以上に大地を潤す雨のせいで外は朝から暗かった。
きっと時計が無ければ、今日は一日中ずっと夜だと勘違いしていただろう。
その中、泥や雨で汚れた高貴な衣装を身に纏い、体の後ろで手を縛られて無理やりあるところへ連れて行かれている少年がいた。
いや、もう青年と言ってもいいほどの年齢だ。
本来ならば、その青年はその程度の拘束から逃れることができるだろう。だがしなかった。
なぜなら、青年が絶望していたからだ。
青年は王族の後継者だった。つまり、王子だった。
だったというのは、今は違うからだ。
事の成り行きはこうだ。
彼の父親の王国は平和で、周辺の国との戦争を起こさぬよう交渉を続けている国であった。
父のお陰でこの国には戦禍が非常に少なかった。
王が争いを好まない人物であったのがその最たる理由であった。
だが、殺された。
寝込みを襲われていた。
王子はいつも通りの時刻に起きて、いつも通りの素晴らしい朝食を食べ、今日も父親に近づけるよう、いつも通りにいつも以上に精進するつもりだった。
だが父は死んでいた。
強く、気高く、逞しく、優しく、大きく、温かく、誇り高く、尊敬し、目標としていた父が、殺された。
現場を見た。
ベッドが紅く染まり、父の体はばらばらに切り裂かれていた。
右手と左足は根元から、右手は手首から、そして首が体から離れ、右の眼球が繰り抜かれていた。
腹は割かれ、中にあったであろうものはばら撒かれていた。
止めといわんばかりに、もしくはこれが致命傷だったのか、長剣がベッドごと左胸を貫いていた。
不快な臭いと吐き気、涙が同時に襲ってくる。
部屋に戻って、ひとしきり泣いた。
だが青年はその後、昼の鐘を聞くと同時に城の兵士たちに連れ出された。
何故だ・・・・・・
連れてこられた先は教会、私は今とても神を毒づき、呪い、怨みたい。
そんな気持ちだった。
こんなところなどに来たくなかった。
何故、慕われていた彼が?
何故、この平和な国の王が?
何故、私の父親が?
許せない、何故だ?
目を細め十字架を睨む。
そのとき、教会にいた神父が教書から顔を上げ、尋ねてきた。
「あなたは、自らの潔白を神に誓えますか?」
「・・・・・・え?」
私は今年で17歳になる。
一瞬、彼が何を言っているのか理解ができなかったが、一拍置いて理解することができた。
そして、小さく呼吸し気を落ち着かせ、胸に手を当て、答えた。
「私が、父を亡き者にしたと言いたいのですか?神父。ならば、我が姓『ステイル』の名に懸けて身の潔白を誓います!私は父を殺してなどいません!!」
誇り高き王族の名において誓う。
私にとってはこれ以上にない誓いだった。
しかし、
「・・・・・・あなた方王族が、自らの姓において誓いを告げることが、どれほどの真意と誇りの強さを意味しているか、ということは承知しています。ですが私は神父です。
神の前では誓えないのですか?」