第4話
少し短め。
第3話とがっちゃんこしようか悩んだ少し中途半端な話し。
金曜日―――…
長い一週間だった…
月曜日の朝登校した時は予想も出来なかった。
いつもと変わらない一週間になるはずだったのに、気がつけば目立つ生徒代表の東條さんと関わりを持ってしまうなんて…
しかも――――
「お待たせ致しました。行きましょうか」
ヒソヒソ……
何故か毎日一緒にお昼を食べる流れになってます。
クラスメイトの好奇の目線が痛いのですが、東條さんは気がついてないのですかーーー??
「ユキさん、どうかされたのですか?」
ザワザワ……
東條さんがわたしの名前を呼んだ瞬間、ヒソヒソだった周りの声がザワザワになった。
「東條さん…――」
「???」
なんの悪意も持たない目で見返されてしまいました。
「………いえ、なんでもありません。行きましょう」
「えぇ、そうですね」
その何にも隠されていない眼差しは卑怯ですって。
…はい、そうです。わたしはこの目に負けて名前で呼ぶことを承諾しました。
「みちる姉さん、お待たせしてしまってごめんなさい」
「お待たせしました」
そう言いながら開けたドアには【保健室】と書いたプレートが嵌め込まれている。
「急がなくても良いのよ」
窓際の席から立ち上がりながら矢原先生が声をかけ、用意していたのであろうお茶を3人分机に置いていく。
そう、わたしたちは何故か保健室でお昼休みを過ごすという難度の高いイベントを連日続けているわけだ。
こ、これがNoと言えない日本人の血なのねーーー!!!
というかそもそもですね、東條さんに声をかけないでオーラが通用しない。
クラスも違うし、接点という接点もないはずなのに…
東條さんがわざと人の嫌がることをしてるのだとしたら、こっちも相応の態度を取れるのだけど、そんな気は一切なさそうだ。
つまり悪意もなくわたしの壁を破ってくる…厄介すぎる。
「ユキさん、最近放課後の図書館通いはお止めになったのですか?」
「えっ!?…えっと、図書館には行ってますよ」
…ウソはついてない。
「そうなのですか?昨日久しぶりに行ってみたのですが、お会い出来なかったので」
「ふぇ!!あぁーと、お手洗い?」
「閲覧室にしばらくいたのですが…行き違いになってしまったのでしょうか…」
そういうことでお願いします。
「蘭…遠野さんと仲良くなったのね。人見知りの蘭がこんなに短期間に誰かに懐くなんて」
矢原先生…もしかして話しを逸らしてくれた?
ありがとうございます。
しかし、東條さんが人見知り?
いやー、そんなことはないでしょう。
「そう…――かもしれませんね」
えっ?そうなんですか!???
「どういう風に表現すれば良いのか分かりませんが、ユキさんと一緒にいるのは…ラクなのです。ユキさんはお一人で過ごされるほうがお好きなのかもしれませんし、私が勝手に懐いてしまっているのですが、仲良くしていただきたいと思っております」
「は、はい……よろしくお願いします?」
何がよろしくお願いします?
「嬉しい♪よろしければ名前でお呼びください」
なんか、取り返しのつかないことになっていますが?
「やはりご迷惑でしたでしょうか…」
あぁぁぁー!!その目は止めてーーーー!!!
悪魔祓いの力でもありそうなその眼差しは、穢れたわたしの身を浄化しそうな勢いです。
「………」
「……………」
「……―――蘭…さん」
「はい♪♪」
敗北……
「それで、放課後はどちらに?」
えっ!?その話し終わってないの??
「はぁーーー。蘭、分かっていて聞いてるのね?」
「分かっていて、というわけではありませんよ。あくまで推測です」
何が??
「すみません。水曜日の放課後に保健室へ入っていかれるユキさんをお見かけしていたもので。昨日図書館でお会いしなかったのも、もしかしたら保健室に行っておられるのかなとは思っておりました」
正解です…
さぁ、どうやって誤魔化すんだわたし
「あの……それは…」
「そうよ」
そうなんです。
って!!!えぇぇぇ!!!!
「体調が悪いのを放っておけないでしょ。顔色が良い日がないもの。図書館で本を読むだけなのであれば保健室で読みなさいと言ったわ」
あ、あっさりーーーー
「確かに、今日もあまり顔色が良いとは言えないですね」
「そうでしょ?」
矢原先生は……よく分からない。
毎日昼休みに訪れるわたしたちを邪険に扱うこともなく受け入れてくれるけど、公私で言葉遣いを変えてるくらいなんだから、どちらかというと静かに一人で過ごしたいんじゃないのかなと思うんだけど。
「いえ、あの…体調は悪くないです」
「…睡眠不足?」
「そう…ですね…」
睡眠不足?この体に睡眠なんて必要なのか?
…よく分からない。
睡眠はとるけど睡眠不足で体調不良になるほど繊細な体ではないから、きっと、顔色はそもそもそんな感じの色なんではないだろうか?
「遠野さん、今日もパンだけなの?」
「確かに、ユキさんは毎日パンだけですね」
「そうですね…。手軽なのでパンで済ませてしまいますね」
料理が出来ないわけではない。朝起きられないわけでもない。部屋に調理をする場所がないし、する必要もない。
「毎日パンだけなんて成長期なのに、明らかに栄養不足すぎるわ」
「…そうでしょうか?」
栄養不足?食事を必要としないこの体に、それは考えられない。
何も食べることなく半年過ごした時点で、食事を絶って死ぬことは諦めた。
今も一日の食事が、このパンだけだなんて言ったら2人はどんな顔をするんだろう。
「睡眠不足だけでも身体に悪影響なのに。せめて野菜を採りなさい」
そう言いながら小さな容器が差し出された。
「えっ?」
「食べなさい」
目線を蓋を外された容器に戻す。
サラダ?
「みちる姉さんが作られたのですか?」
「サ、サラダくらい作れるわよ」
これは予想外です。
矢原先生もわたしと同じで、あまり人と関わりを持ちたくないのかと思っていたのに。
「うふふ、みちる姉さんが積極的に誰かをお構いになるなんて珍しい」
「…食生活が気になっただけよ」
「ユキさんの前で取り繕うことも無くなりましたね」
「………」
あれ?
これもまた予想外です。
どうも、矢原先生は[公私]の[私]の方にわたしを分類しようとしているらしい。
「…ありがとうございます。いただきます」
その優しさを返せなくてごめんなさい。
わたしは2人に心を開くことは出来ません。でも……
「おいしいです」
「そう?良かったわ」
……嬉しいです。
◆―◆―◆―◆
放課後、わたしは保健室にいた。
これも、火曜日からずっと続いていること。
少しでも家にいる時間を少なくするために始めた図書館通い。
この学校には図書室ではなく、まるまる一棟を書籍の為に使用した建物がある。
公立図書館以上に多岐分野の図書を擁し、広く綺麗な閲覧室には個別ブースまで設置されたお嬢様学校でしか許されない贅沢使用。
毎日通って定位置となったブースで、非常に有意義な放課後を過ごしていたはずなのに…
強制イベントで新しい定位置が出来ました。
最初に目が覚めたときに寝かされていたベッド……
そのベッドの上に半身を起こし本を読む。
最初は矢原先生の存在が気になって、放課後の読書タイムが罰ゲームでしかなかったけど、矢原先生は言っていた通り、わたしが本を読んでいようが寝ていようが気にしてないみたいで、そんな距離感が心地よかった。
眠ることはなかったけど、こうして人目を気にせず静かに過ごせる時間は貴重で、穏やかにわたしの体と心を癒した。
パタン
読み終わった本を閉じて目を瞑る。
目を閉じていても分かる、部屋に入り込む暖かな夕日…
遠くから聞こえる部活をしている生徒の声…
自分という存在を包む空気はこんなにも暖かい。自分に不釣合いなくらいに…
「…眠れない?」
目を開けると窓際の机で事務作業をしていた矢原先生が、こっちを見ていた。
……珍しい。
火曜日から毎日来ているけど、入退室時以外で矢原先生が声を掛けてきたのは始めてかもしれない。
「眠くないです」
「そう」
「………」
「……」
しばしの沈黙の後、矢原先生は手元に視線を戻し仕事の続きを始めたようだ。
不思議な女性だなー。
決して気さくなわけじゃなく、声を掛けやすいわけでもなく、どちらかといえば取っ付き難い雰囲気の女性。
鋭いというのか涼しいというのか目元が冷たい感じで、その上笑ったところも見たことがない。
……――――あれ?
それなのになんで、わたしはここにいるんだ?
「どうかした?」
視線に気がついた矢原先生が顔を上げる。
「ここの空気は優しいですね」
えっ!??
意識せずに答えてしまった言葉に驚いてしまった。
自分自身が思っているより、この空気に癒されていたらしい。
「薬品の匂いしかしないわよ?」
「そうですね」
匂いの話しではないんだけど、この感覚をつい言葉にしてしまった恥ずかしさに説明なんて出来ず、曖昧に答える。
「少し寒くなってきたわね」
「もう11月になりますから」
「寒いのは苦手だわ」
「そうですね」
「でも、人の温もりが一番わかる季節ね」
「……そうですね」
人の温もり…わたしには遠い言葉だ。
全てを失ったあの日から、人との関わりを絶ってきた。
わたし自身が不幸の種ならば、誰にも関わっちゃいけないでしょ?
わたしがわたしでなくなる日が、いつかくるかもしれない。
あいつみたいに………
「寒い?」
「!!!!?」
いきなり近くから聞こえた言葉に驚いて顔を上げる。
「手が冷たい」
いつの間にかベッド脇まで近づいてきていた矢原先生の手がわたしの左手を包み込む。
「あ、あの…――」
「温かいでしょ?」
「えっ?」
「人の温もり」
人の…温もり……
冷えたわたしの左手に伝わる矢原先生の温もりは、わたしを拒絶することなく少しずつわたしの手を温める。
さっきまで、わたしにはあんなに不釣合いだと思っていた暖かい空気が、受け入れてくれているかのようだ。
胸が苦しくて切なくて、こぼれそうになった涙を隠すために俯き目を閉じる。
この暖かい時間がずっと続けばいいのに…―――
◆―◆―◆―◆
家につき、ドアの前でギュッと左手を握る。
いつもと同じように冷たい指先は矢原先生の手を覚えていて、少しだけ温かい気持ちにさせた。
勝手口から中に入ると薄暗い廊下に人影があった。
「御婆様…」
「………」
「…ただいま帰りました。千草様」
遠野千草
ママの母親で、正真正銘血の繋がった御婆様。
とは言っても、わたしはママとパパが生きている間に日本に来たことはなかったので、両親が死んでから初めて会った。
天涯孤独のパパと、遠野家の御令嬢だったママが駆け落ちして出来た子供がわたし。
御婆様はわたしを孫とは認めず過ごしてきたのに、両親を失ったわたしを引き取らざるをえなかった。
つまりわたしは厄介者。
左手をギュッと握る。
「ユキさん、覚えているかしら。明日は香山に向かいます」
「はい」
「10時に家を出ます。用意しておきなさい」
「わかりました」
用件を述べた御婆様は、そのまま廊下の奥に戻っていく。
「あなたの母親がやったことを、くれぐれも忘れないように。きちんと汚名を晴らしなさい」
途中で歩みを止めた御婆様は、振り返ることもなく静かな声で告げた。
「…はい」
わかっています……
16歳で許婚と結婚することが決まっていたママ。
ママを愛し、一緒に逃げたパパ。
今年16歳になるわたし。
決められた結婚。
わたしは明日、2ヵ月後に結婚する相手に会いに行く。
自分の部屋に戻り、握り締めていた左手を開く。
握り締めていたことで冷え切ったわたしの指先…
矢原先生の温かな手を思い出したかった…―――
千草御婆様…
いくら節電とは言え、廊下の電気くらい点けてもいいのでは?