第2話
暗い暗い…
って、ホントに暗いわ!!
そろそろ恋愛要素出てもいいんちゃうの?
シリアス小説ちゃうねんけどな…
暗い暗い…
なんでこんなに暗いんだっけ?
あぁ、目を瞑ってるからだ…
誰かの声が聞こえる
誰の声だっただろう
懐かしい声
…ママ、パパ
そうか、これは夢だ
目を開けると車の助手席から振り返るママの優しい笑顔がわたしを見ていた。
ママの隣には運転席から微笑んでいるパパがいる。
…いつもの夢だ
自慢の両親だった。
日本人とイギリス人のハーフで、美人で明るい性格のママ。
日本語は敬語しか喋れないなんて言ってた真面目でお人好しのパパ。
将来はパパみたいに尊敬できる先生になりたいって言ったらママもパパも凄く喜んでくれた。
頑張って希望の学校に合格した時はこっそり勤務先の学校から抜け出してついてきてたパパが道の往来で男泣きして、つられたママまで泣き出した。
ママのグリーンの瞳とパパのブロンドの髪。
ユキはママとパパのいいとこばっかり集めて出来た奇跡だよって言いながらギュッと抱きしめてくれる二人の愛情を毎日感じてた。
そう、この悪夢の一日が始まるまでは…
休日になると降り出す雨のせいで家に閉じこめられる週末が続いた。
元々外で遊ぶことが大好きで活発だったわたしは朝起きて晴れ上がった空を確認するとママとパパにねだり近くの公園に向かったのだ。
車から降りたわたしたちは公園に向かってわたしを真ん中に手を繋いで歩き出す。
この日は朝から久しぶりのいい天気で公園には既に多くの人がいた。
木陰に荷物を置きママ手作りのお弁当を食べる。
学校に持っていくお弁当はサンドイッチとかが多いけど、家族で遊ぶときに作ってくれるお弁当はおにぎりが多い。
小さい頃から家で食べる料理も和食が多かったからわたしはママの作る和食が好きだった。
パパがおにぎりに齧り付く。
あっ、それ梅干し!
そうだ、パパは梅干しが苦手でママはこっそりおにぎりの具を梅干しにしてパパに渡してたんだ。
わたしの前で好き嫌いを言わないパパは眉間に皺を寄せながら、それでも平気ですって振りして最後まで食べる。
そんなパパの姿をいたずらを成功させたママと笑いながら見てた。
小さな子供みたいに無邪気にはしゃぐわたしと、わたしに負けないくらいはしゃぐママ、そんな二人を穏やかに微笑んで見つめるパパ。
大好きな二人
何時頃だっただろうか。
今まで晴れ渡っていたのが嘘のように急に空が暗くなったかと思うとすぐにどしゃぶりの雨が降り出した。
慌てて荷物を片付け車まで駆け戻る。
車の中で濡れた髪の毛をタオルで拭いていたとき誰かの声が聞こえた。
こんな土砂降りの雨の中でも聞こえるくらい大きな声にびっくりして、窓から目を凝らして外を見る。
雨の中傘も差さずに言い争っている二人の人影が見えた。
どうやらカップルのようだ。痴話喧嘩?
特に興味もなく髪の毛を拭く作業に戻る。
しばらくすると少し雨足が弱まり先ほど言い争いをしていたカップルの姿がハッキリ見えた。
真っ黒な髪の毛でアジア系っぽい童顔の少年と白金の髪を長めのウルフカットにした少年より背の高い少女。
優真とフィー。
私は二人を知っていた。
御近所さんで幼馴染み。
人見知りしない性格で誰とでもすぐ仲良くなれたわたしは友達も多く、もちろん二人と遊ぶことも多かった。
フィーとは学校も一緒だったから親友と呼べる関係だったと思う。
ママもパパも二人に気付いて傘を渡すべきか悩んでるみたいだ。
痴話喧嘩に割り込むのに抵抗があるらしい。
痴話喧嘩?付き合ってるとか聞いたこともない二人だったから違和感を覚える。
口数が少なく少し年上の優真と活発で明るい男勝りなフィー。
わたしと出会うより前から二人は知り合いだったみたいだから不思議ではないんだけど…
そんなことを考えていた間にまた雨が強くなってきたらしく二人の姿を覆い隠そうとしている。
そろそろ止めにはいるべきだと思ったときに優真がフィーを引き寄せ抱きしめたように見えた。
あっ
次の瞬間フィーが優真の頬を勢いよく叩いて何かを叫んでわたしたちとは反対方向に走って去っていく。
ママとパパがあちゃーって顔してわたしのほうを見た。
わたしだってどうしたらいいかわからなかったけど雨の中フィーが去っていったほうを見ながら立ちつくす優真の後姿が声を掛けるのを躊躇わせる。
やがて遠くのほうで雷の音が聞こえわたしは車のドアを開けた。
優真がゆっくりこっちに振り返る。
目が合った一瞬とても辛そうな苦しそうな表情を浮かべた優真に駆け寄り黙って手を引っ張り車まで連れてきてタオルを差し出した。
わたしは優真が好きだったわけではない。
特別な感情はなかったと断言できる。
ただ、優真もフィーも友達だとは思っていた。
友達だから力になりたい。友達だから傷ついて欲しくない。友達だから笑ってて欲しい。
そんなことが自分に出来ると思ってたんだから笑っちゃう。
大切なもの全て何一つも守れなかったくせに…
虚ろな目でぼんやりとしている優真を一人暮らしの家に帰すのが心配でわたし達はそのまま家まで連れて帰ることにした。
ママが上から下まで絞れるくらい水浸しになった優真をシャワールームに無理やり押し込んだ後、ママとわたしでキッチンに立ち4人分の夕食を作り始める。もちろん優真にも食べさせるつもりの和食。
あまり時間がなかったからママ特製の親子丼とサラダと味噌汁だけのシンプルな食卓。
パパのスウェットを着て出てきた優真をママが椅子に座らせる。
いつも無口な優真だったけど今日の優真は酷い。
フィーと何があったのか知らないけどシャワーで暖められたにも拘らず青白い顔をして、まるでこの世の終わりみたいな暗い顔をしていた。
この様子じゃフィーも落ち込んだりしてそう。彼女も一人暮らしだから心配だし後で連絡しなきゃ。
4人で食卓を囲む。
ママとパパが場を盛り上げようと話をしてたけど優真はママの少し甘い味付けの親子丼を黙々と食べてた。
食事は進み優真が食べ終わったのを見てパパが優真に男同士で話をしようと声をかけ二人で立ち上がりパパの書斎に向けて歩き出す。
ママが優真の後姿に「日本食はおいしかった?」と聞いた時、優真は立ち止まり振り返ることなく頷いた後「懐かしい」と小さな声で言った。
二人が消えた廊下を見ながら、今更優真が日本人なんだーって思って…
思って…
あれ?
日本人?日本食が懐かしい?優真はいつから一人暮らしだった?
ちょっと待って、わたしとフィーと優真は幼馴染なんだよ?
出会った頃を覚えてないくらい小さな頃から知ってる。
フィーも優真も一人暮らし。
いつから?
そんなわけない。フィーの家族も優真の家族も覚えてないわけないのに…
わたしが出会う前から二人は知り合いだった。
それっていつ?
出会った頃を覚えてないくらい小さい頃から知ってる。
ホントに???
瞬間、頭が真っ白になる。
うそ…
二人の小さい頃の姿が思い出せない…
ブブブッブブブッ・・・・・
テーブルの上に置いた携帯電話の振動音に我に返って振り向くとママがりんごの皮を剥いていた手を止め携帯をパスしてくれた。
受け止めたと同時に止まった携帯の着信通知を確認する。
ディスプレイにフィーの名前
ママに「フィーのことを知ってる?」って聞いたら不思議な顔で「当たり前でしょ?熱でもあるの?」って言われた。
ハハッ、わたしは何を考えてるんだ。大丈夫フィーは存在してるし優真だって今パパと話をしてるんだから。
ちょっと昔のことが思い出せないだけで焦ってびっくりしちゃってバカだな。
そうだ、わたしはバカだった…
もっと早く気付くべきだった。
そうしたらもしかしたら…
ママに電話してくると告げて廊下に出てからフィーのナンバーを呼び出し携帯を耳元に寄せる。
コール音もなくすぐに留守番電話に繋がったのでメッセージを残した。
『優真と喧嘩したの?何が原因か分からないけど相談に乗るから。また連絡するね』
電話を切り再びディスプレイを見るとフィーから伝言メモの通知があった。
行き違いで電話をしていたのが可笑しくて笑いながらもう一度携帯を耳に寄せ伝言メモを再生する。
『今家にいるのか!?優真がきてもドアを開けるな!絶対家に入れるんじゃない!!!』
いつも飄々としているフィーらしくない切羽詰った声に驚きながら思わずパパの書斎の方を見た。
窓を叩く雨の音が強まり遠くで聞こえていた雷も近付いてきているようだ。
イヤな予感がする。一歩…また一歩と静かに書斎のドアに近づく。
書斎の前まできたわたしの耳には分厚いドアが邪魔をして二人の会話は聞こえない。
ドアに近づき中から漏れ聞こえる声に耳を欹てる。
『・・・ユキはまだ知らな・・フィーに・・・』
『・・覚醒・・・・お前では・・・・』
『貴様の都合・・・・・・わたしは退色して・・』
ところどころしか聞こえない会話の内容は不明瞭だったけどわたしの話をしているのは分かった。
男同士の話じゃなかったの?
パパが貴様と言ったこともフィーのことを呼び捨てにしたことも優真がお前といったことも意味がわからない。
わたしが知らないパパと優真とフィー。
何がなんだか分からなくなって後退りする様にリビングのほうに移動していたとき書斎の中から何かが倒れるような大きな音がして驚いてリビングのドアノブを握ったまま固まるわたし。
『貴様の思い通りにさせるか!!!』
パパの怒鳴り声と共に書斎のドアが勢いよく開きパパが廊下に佇むわたしを見て目を見開き怒鳴りながら走り寄る。
『ユキ!逃げるんだ!!!!』
リビングのドアが向こう側から開き状況の分かっていないママがパパに質問しようと口を開きかけるがパパがそれを遮りリビングに入ってドアを閉めドアの前に家具を積み始める。
バリケードだ…
ママが青い顔のままパパを手伝いながら短く質問した。
『ユキを?』
『…そうだ』
意味がわからない二人の会話。わたしが何?
どうしたらいいのか分からずただ呆然と立っているとパパが振り向いてわたしの目を見て言った。
『フィーのところに行くんだ』
有無を言わせない真剣なパパの目にわけが分からないまま頷いて動き出そうとした瞬間、突然目も開けていられないような暴風が部屋の中を吹き荒れバリケードにしていた家具が凄まじい音と共に部屋に散乱する。
暴風に飛ばされた体が壁にぶつかり息がつまる衝撃で気を失いそうになったわたしに覆いかぶさる温もり。
暴風が収まり最初に視界に入ったのは苦しそうに肩で息をしているパパ…
何かから庇う様にわたしを背中に隠しているパパのシャツは散乱した家具にぶつかったのかあちこち血に染まっている。
少し離れたところに見えたママも腕がおかしな方向に曲がってる。
わたしの口から悲鳴が漏れた。
目の前にあったはずのパパの背中が吹き飛び勢いよく壁にぶつかり動かなくなる。
わたしは泣きじゃくりながらパパの傍に駆け寄ろうとしたけど横から飛び出してきたママが手を引っ張り玄関に向かって走る。
逃げてるんだ
でも、わたしは知ってる
…逃げられない
リビングからの廊下を進んでいたわたしは後ろから強い力で手を引っ張られた。
右肩に激痛がはしり手をつくことも出来ないまま廊下に転がる。
廊下の床にぶつけて切れた額から血が流れ、激痛を伴ったままの右肩から先は動かすことが出来ない。
痛みに耐え薄く目を開いた先に、人影が見えた。
黒い髪に黒い瞳、少年と呼べる童顔で華奢な体。
優真…
あいつだ…
わたしと同じように廊下に投げ出されてたママがわたしとあいつの間に立ち塞がり手に持ったナイフを胸の前に構える。
ママがあいつに向かってナイフを振り上げ躊躇うことなくそのままあいつに向かって振り下ろした。
そんなんじゃダメ…
ママはわたしに駆け寄りわたしを抱え起こそうとする。
目の前で起こっている事態を受け入れることが出来ずにただ泣きじゃくるわたしを座らせギュッと抱き締めてくれた。
ママとわたしのいる場所に影が伸びる。
悲鳴をあげたわたしの声でママが後ろを振り返った。
あいつはナイフが刺さったまま近づいてきてママの目の前で止まり、自分に刺さったナイフの柄を掴んでゆっくり引き抜く。
引き抜いたナイフから血が滴った。
確かにナイフは刺さっていたはずなのにあいつの服にはそれ以上血が広がることはない。
自分の体から引き抜いたナイフをあいつが横に振るった。
狭い廊下の床と壁に大量の血が撒き散る。
涙でぼやけた視界のなか斜めに傾くママの姿
泣き叫ぶわたし
スローモーションのようにゆっくりと倒れるママの姿の向こうにこっちを見ているあいつがいる。
その瞳は赤く光り口元から覗く2本の牙
まるで現実感のない映像
B級のホラー映画みたいだ
そう、これは夢…
あいつは座り込んだまま動けないでいるわたしに近づいてきてわたしの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
わたしの顎を無造作に掴み無理やり目線を合わされる。
声は掠れ、涙で顔をくしゃくしゃにしたわたしは自分の死を覚悟した。
ここで殺してもらえると信じていた…
『孤独は死よりもつらいんだ』
今まで一言も発しなかったあいつが小さく呟いた。
意味が分からない。早く殺せばいい。
『家族を奪った僕が憎いか?』
抑えられない感情が沸き起こる。
『…殺してやる』
わたしの言葉を聞いてあいつは満足そうに言う。
『いい目だ。僕は君から死を奪う。君は君で死を見つけろ』
そう言って口を開いたかと思うとわたしの首筋に口を近づける。
なに?どういう意味?
いや!!やめて!!!!
あいつの牙が静かにわたしの首筋に穿たれる…
リビングのドアが激しい音を立てながら開きそこから人影が倒れこむようにあいつにぶつかった。
歩くこともままならない全身血まみれのパパ
ヒューヒューゴフッ
呼吸するのも辛そうなパパがわたしをみて悲しそうに微笑み立ち上がったあいつを睨んだ。
『ゴフッ…これで貴様は満足か?』
『あぁ、満足だ。終わらせてくれ』
『・・・・・』
パパが廊下に落ちていたナイフを拾い、抵抗もしないあいつの胸にナイフを突き立てる。
血が広がることもなかったさっきの光景が嘘のように、湧き出す止まらない血の中あいつは笑顔をつくって崩れ落ちた。
ゴフッゴフッ
あいつが動かなくなったのを見てパパが壁に手をつきわたしの傍まで這いずって来てわたしの手を弱々しく握る。
パパが動かなくなって間も無く誰かが乱暴に玄関のドアを開けた。
立ち尽くす少女の驚愕の瞳。
フィー…
外の雨音と雷の音、駆け寄る足音と少女の声…
血の気が引き薄れる意識の中で微笑を浮かべたまま動かなくなったあいつを見る。
わたしの首筋を流れ伝う温かい自分の血と、あいつの口元から垂れる自分の血を見た瞬間理解できてしまった。
わたしはあいつと同じ化け物になるんだ…
そこでこの夢は終わる。
嫌な夢…
毎日毎日繰り返される夢…
全部夢………だったらよかったのに
わたしの幸せと呼べた最後の日
わたしを人とは呼べなくなった最初の日
暗い暗い…
上も下もない真っ暗な世界を漂う
暗い暗い…
『ごめんなさい』
『一人はイヤ』
『寂しい』
『許して』
『許して』
虚無の暗闇に自分の言葉だけが木霊する…
『死にたい…』
『・・・・・ょうぶ』
…………なに?
『…大丈夫。私がここにいるから大丈夫よ』
その瞬間ただ暗いだけだった世界が光を取り戻す。
明るい光の中女性がこっちを見ていた。
わたしの目を見て一瞬だけ驚いた顔をしたその女性は左手で震えるわたしの手を握り、わたしの髪を優しく撫でる。
初めて見る温かい夢。女神様が悪夢から助けてくれた。
神なんていないととっくの昔に分かってしまったけど、悪夢から開放してくれたこの女性は紛れもなく女神様なのだと思った。
『安心しなさい。私がここで貴女を見ているから怖くないでしょ』
眼鏡の向こうの目は少し吊上がった鋭い目をしてるのに、わたしを見る瞳が優しくて自分でも意味の分からない涙が零れた。
ただその女神様の手が温かくて、かけられた言葉が優しくて何かを許された気がした。
『大丈夫。大丈夫よ』
髪の毛を撫でられたままゆっくりと目を瞑る。
あの日から毎晩目を瞑ることが怖かったけど今は女神様がいるから大丈夫なんだ…
わたしは久しぶりに穏やかな眠りについた。
ユキ…不憫な子
過去の姿が思い出せない…
って、もっと早く気付きなさいよー!
そして、やっとこ出てきたのか女神様。
いやいやしかし、女神様って…
ユキ…不憫な子…