第25話
クリスマスイブがやっと終了!
長すぎるやろっ!!
蘭さんの右手人差し指から流れ出る真っ赤な血。
……………
「大丈夫ですか?」
結構綺麗に切れちゃってるみたいで、まだ止まる気配は無い。
「蘭さん、早く治療しちゃおう」
奏音ちゃんが、こっちを少し気にする様子を見せて治療を促す。
大丈夫ですよ?
確かに凄く惹かれる匂いではあるけど我慢出来るくらいには余裕があるし。
「そうだよ。ここは片付けとくからさー」
「箒と塵取りだけ貸して」
「この位の傷なら大丈夫ですよ」
「はいはい。ほら、早く行った行った」
「ほ、本当に大丈夫です。これであれば舐めとけば治りますよ」
あ……
「「あ……………」」
わたし達に安心させようとした蘭さんが血に濡れていた傷口を舐めた。
「ほら、そんなに深くないです」
無邪気に語る蘭さんの唇に付いた血を思わず見つめてしまったわたしは………
「はぁーーー」
大きく深呼吸を繰り返す。
まずい…まずい………まずい…………
余裕があったはずの心には、みちるさんの血を思い出した自分自身の吸血衝動が今にも溢れそうになっていた。
「ユ、ユキさん!?」
「……なんですか?」
みちるさんと異なる血の匂いが、吸血衝動を抑えて自分自身を保とうとする最後の防波堤………
「凄く顔色が悪いようなのですが…」
「………そんなことないですよ」
「奏音ちゃん何してるの…?」
琴音さんの声に、そちらを見ればスマフォから顔を上げた奏音ちゃんと目が合った。
「ユキちゃん、大丈夫?」
大丈夫…?大丈夫だよ……今のとこ………
「ちょっと、気分が悪いだけです」
「大変!少し横になられますか?」
「「……………」」
心配気な蘭さんの瞳と、無言で現状を探ろうとする二対の瞳……
まずい…まずい…………まずい……
「琴音、蘭ちゃんの傷の手当をしてあげて」
「奏音ちゃんはどうするの?」
「お迎えが来るまでユキちゃんを看護しとくから」
「「お迎え?」」
まずい……………
「ユキさん!寒いのですか!?」
身体の震えが…止まらない………
「ユキちゃん、大丈夫。大丈夫だから」
何が……何が大丈夫なの?
ピンポーン
「御客様?」
琴音さんから治療を受けていた蘭さんが立ち上がろうとしたけど……
ガチャガチャ
バタン
それより早く鍵を開ける音とドアが開閉する音が聞こえた。
パタパタパタ
廊下を急ぎ足で移動する音が聞こえ、リビングのドアの前で止まる。
「ユキちゃん!!」
はぁーーー
奏音さんの腕の中で強張っていた力を抜く。
「大丈夫なの?」
大丈夫じゃない。
「動ける?」
本能で動いてしまいそうなのを必死で止めてるんです。
「ユキちゃん?」
「みちるさん………」
「何かしら?」
伸ばした手で、みちるさんの腕を握る。
みちるさんの血を渇望した脳が見せた幻影じゃなかった……………
「みちる姉さん?」
「あぁ、蘭。勝手に上がってごめんなさいね」
「それはいいのですが、どうされたのですか?」
「連絡を貰ったのよ」
「連絡?」
「私ーー。ユキちゃんの体調が悪そうだったからね」
「なるほど。そうでしたか」
「蘭、ガラスで切ったのね?大丈夫?」
「私は大丈夫です。かすり傷です」
「そう。もう治療もしてあるのね」
「矢原先生。蘭さんは大丈夫だからユキちゃんを御願いします」
「…………ユキちゃん」
みちるさんの腕をにぎにぎしていたわたしの目を覗き込んでくるように、みちるさんの顔が視界いっぱいに広がる。
「へえぇ?」
なんだっけ?
えーっと、あーーー
血が欲しいよ……
「連れて帰るわね」
「御願いします」
「ユキさん、また連絡致しますね」
「遠野さん、また話しをさせてね」
「はぁ…」
なにが……?
ねぇ、どこに行くの?
まだ歩くの?
「ユキちゃん、そんなに我慢してたのね………」
我慢…?
「そんなになる前に言いなさい」
「……………」
「ユキちゃん?聞こえてないのかしら…」
「はぁはぁ………」
「ユキちゃん、分かる?」
「…ダメ……………」
「ダメ?わからない?部屋についたのよ?」
「はぁはぁ……」
我慢……しなきゃ…………
「ユキちゃん、もういいのよ?」
頬を両側から挟まれ、そっと上げられた視線の先にみちるさんの晒された首筋を見た瞬間、それまで我慢して溜めに溜めた堤防が決壊した。
「はぁはぁ…」
「ユ、ユキちゃん……?」
次の瞬間にはベッドの上にみちるさんを組み敷いて両腕を押さえ、みちるさんの耳元で理性の残った自分が最後の御願いを口にした。
「…………みちる…さん……欲しい……」
少し涙目になったみちるさんを見つめる。
怖がらせてしまったみたいだ……
「…………いいわよ」
それでも、優しいみちるさんが少し顔を横に向け無防備に見せられた首筋…
もう…ダメ……
「はぁはぁ…ごめんなさい………」
舌を這わせ鼓動を感じる。
「ふ……ユキちゃ………んん!」
柔らかな首筋に牙を沈める。
溢れ出る甘い匂いに我を忘れ……
……………
…………………
「あぁ……は…」
はぁー
「は…ぅん………」
舌の上に広がる甘味と、脳を溶かしそうな香り。
「ふぅ………ん…」
さっきから舌を這わせている対象が小さく身じろぎをする。
うん?
「ふぁ……ユ…ユキ………ちゃん」
あれ?
「ユ……キちゃ……………」
しまった!
「み、みちるさん!?」
やわやわと噛み含んでいた首筋から顔を離し、慌ててみちるさんの顔を見る。
「はぁはぁ……ユキ…ちゃん?」
うっすらと汗を掻き、ほんのりと赤く染まった顔。
胸を上下させるほど荒い呼吸を繰り返している。
まずい!血を吸いすぎたの!?
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか??」
「だい…じょうぶ……?」
言ってから、ますます赤くなったみちるさん。
「大丈夫!大丈夫よ!!」
赤い顔のまま、急に動き出そうとする。
「あっ、そんな急に動いたら貧血でくらくらしますよ!」
「そ、そんなに血を失ってはいないわ」
うん??
でも、なんだか辛そうだし……
「だとしても、まだ血が流れてますから。ちょっと待って下さい」
そう言ってから、上半身を起こそうとしてるみちるさんの首筋に穿たれた傷口に舌を這わせる。
早く治れーーー
「ちょ、ユキちゃんんん!」
どうだ!
よしよし。
「これで大丈夫だと思います。痛みます?」
「…………い、痛くないわ」
その間は…やっぱり痛いのかな……
そりゃ………痛いよね…
「あの………ありがとうございます」
「ユキちゃん……」
「はい??」
「あの…こ、このColor coating《補色》なのだけれど……」
「……………」
やっぱり……怖かったのか………嫌…だよね……
嫌って言ってもいいですよ……?
「他にも……る…の」
「は?」
全く聞き取れませんでしたが?
「ほ、他にもユキちゃんがする対象がいるの?」
「えっと、いません……けど?」
あれ?前に言わなかったっけ?
「みちるさんだけですよ。というかみちるさん意外としたことないです」
「そ、そう。ならいいの……。うん、気にしないで」
「は、はぁ」
想像していた言葉とあまりにもかけ離れすぎたんですけど…
しかも、何故か一人で納得して会話が終了のみちるさん。
「あれ?クリスマス会??」
「…ユキちゃん、覚えてないのかしら?」
「あー、ほんのり覚えてます」
そっか、蘭さんの血の匂いに中てられたんだ。
「今は何時ですか」
「今は……19時過ぎね」
「うわっ、もうそんな時間なんですね…」
えっと、蘭さんの家でお茶の用意をしていたのが16時半くらいだったから……
「もう大丈夫なの?」
「はい」
実際、びっくりするくらい身体が軽く感じる。
「そう」
「あっ」
身体を起こそうとしたみちるさんを支える。
「あ、ありがとう」
「無理しないで下さい」
息が上がって汗を掻くくらい体調悪そうだったのに…
そんなに血を吸っちゃうなんて……わたしの馬鹿………
「大丈夫よ。何か簡単に食べられるものを作るわ。ユキちゃん食べれる?」
「えっと……はい」
正直、飲み食いしてたからお腹はあんまり空いてないけど…
「あぁ、そういえばあのお重を持って行ったのよね……」
そう、それ。
あれ?
「和志さんと、修さんは?」
「………今日は仕事よ」
「そうなんですか。じゃあ、わたしが消化に良さそうなもの作りますよ」
「ユキちゃんが?」
「はい。キッチン借りますね」
「え、えぇ」
キッチンに行って勝手に冷蔵庫の中身を物色する。
タッパーに小分けにされた冷凍御飯。冷凍の刻みネギ。玉子。昨日の残りのチキンの香草焼き。
発見した物で創作料理とも言えないおじやを作る。
軽く味見をして、取り皿とスプーンと共にさっきの部屋に戻る。
そういえば、この部屋は……ベッドがあるし寝室?
「ユキちゃん、ありがとう」
「いいえ、美味しいかどうかわかりませんよ」
小鍋から皿に移し、スプーンを添えて渡す。
「凄く良い匂い……うん。美味しいわ」
「そうですか?良かった」
料理と言えるような手の込んだ物じゃなかったけど久しぶりにキッチンに立って楽しかったし、何より誰かの為に作って、それを美味しいと言って貰えて嬉しい。
「ごちそうさま。凄く美味しかったわ」
「あっ、えっと、有難う御座います」
「ユキちゃん、アルコールは?」
「えっ?」
「呑んでたのでしょう?酔っ払っているようには見えないけど、ちゃんと抜けているの?」
「あー、わたし酔ったことないので」
「強いのね。羨ましいわ」
あれ?怒られるかと思ったけど……?
「蘭も強いのよね」
そういえば和志さんに鍛えられてるみたいな事を言ってたなー
「みちるさんはあまり呑まないのですか?」
「そうね。あまり強くはないから」
へー、凄く強そうな雰囲気なのに。
「それと、厳しく言うつもりはないけれど、無茶して呑んでは駄目よ」
「はい、すみません」
やっぱり、未成年ですしね。気をつけます。
そういえば、もう20時半も過ぎたのに和志さんも修さんも帰ってこない。
「みちるさん」
「何かしら?」
「お二人は、今日は遅いのですか?」
「そうね………」
うーん、みちるさん大丈夫かな…
「ユキちゃん」
「はい?」
「今日は、こっちに泊まっていきなさい」
「はい??」
あー、そうですね。
体調悪そうだから誰もいない場所で一人よりは一緒にいた方が安心かー。
「わかりました」
「前に使ってもらった場所を用意するわ」
「いえ!ソファーとかでいいですから!!」
体調悪い人に、そんなのやってもらえません!
「ダメよ。今の季節を考えなさい」
冬ですけど?寒さには強いので問題ないです。
「そんなことより、入浴はどうしますか?」
「そんなこと?……お風呂は用意するから待っていて」
「やりますから、大人しくしといてください」
「ちょっと、ユキちゃん!?」
何か言いかけてるみちるさんを置いて部屋を出る。
よし、サッサと洗っちゃおう。
前に洗面所まで行ったから、お風呂場の位置はわかってる。
お風呂場のドアを開けて、風呂蓋を――
「ユキちゃん」
「あれ?」
後ろからのみちるさんの声と同時に、お風呂の中を見て気付いた。
「洗ってあるんですね……」
「そうね。………言おうとする前にユキちゃんが部屋を出るから…」
…いや………
「すみません」
「いいわ。ついでだから溜めておいて。その間に用意していればいいわ」
「わかりました」
あー、用意?そういえば着替えとか持ってきてない。
というか、そもそもわたしは家でシャワー浴びてくればいいんじゃない?
「みちるさん。わたし、着替えもないですし、取りに行くよりもついでに入ってきちゃいますね」
「えっ??」
「いえ。あの……だから、寝る準備してから来ま――」
「ダメよダメ!」
「へっ?」
「使っていない下着もあるし、スウェットで良ければサイズも問題ないでしょうから使いなさい」
「えっ?でも、隣ですし、そこまでするなら――」
「問題ないわよね!?」
も、問題?ないけども??
もしかして……………
「そんなに体調悪いんですか……」
「体調?」
我を失ってる間にやり過ぎだよわたし!
「やっぱり貧血ですよね」
「貧血?……あー、あぁ、そう。そうね」
うーん、一人でお風呂危ないかな…
「じゃあ、一緒に入りますか?」
「……………」
あれ?聞こえなかった?
「みちるさーん、お背中流しますから、入りま――」
「無理!無理だから!!」
「お風呂場で貧血興したらどうするんですか」
「貧血になんてならないわ!」
「いえいえ、体調悪いんですから」
「体調は悪くな………わ、悪いかもしれないけれど、そこまで心配しなくとも問題ないわ」
「そうですか?」
まぁ、ならいいけど。
「じゃあ、まずいと思ったら呼んで下さいね」
「だいじょ……わかったわ」
むー、医者の不養生か……?
◆―◆―◆―◆
無事に何事もなくお風呂から上がったみちるさんの後にお風呂に入り、ゆっくり温まった身体は若干のぼせ気味……
「ユキちゃん、はい」
「………?」
少しボーっとした視線のまま声を掛けられた方を見ると、みちるさんがわたしに向かってコップを差し出していた。
「お風呂上りの冷たいミルク。あれ?定番ではないのかしら?」
「あ、えっと……頂きます」
うん。火照った身体に冷たい飲み物はすっきりする。
「もう休みますか?」
時計を見たら23時過ぎ。まだ二人は帰ってきてない?遅いな……
「そうね。ユキちゃんのベッドは――」
「ソファーでいいで――」
「ソファーは却下だから!」
話しを遮ろうとしたら遮られた……
「いえ、あの……でも」
「……………」
無言の圧力…
じゃあ、どこで寝ようか……
「あー、じゃあ、前の場所を…――」
「…………ブル…よ」
「は?」
「……ベッドはセミダブル………だから」
あぁ。あのベッド、簡易ベッドみたいに見えたけどセミダブルだったの?
「そうなんですか。結構大きかったんですね」
「…奥側を使いなさい」
何が?
というか、なんでみちるさんはポンポンとベッドを叩きながらわたしを見てるの?
「お、奥側?」
「……手前がいいのかしら?」
今度は、みちるさんがベッドの奥側に移動して逆側を空ける。
………………
…つまり?
「………一緒に?」
「ね、寝相は悪くないわよ」
一緒に寝ようって意味で合ってますよね?
体調心配だし、傍に居れる方が安心だけど……
「あ、あの。和志さんが帰って来たら…」
どこで寝るんだ?
「…部屋は別だから大丈夫よ」
じゃあ、いいのか……?
「わたしも寝相は悪くないですよ」
まぁ、いいか。
促されるまま、みちるさんの隣のスペースに滑り込む。
セミダブルって……………近い!
リモコンで照明が消えても隣に誰かがいるのがわかる。
温もりが伝わるというか、そもそも腕とか触れ合ってる気がするんですがっ!
「ユキちゃん。おやすみ」
「お、おやすみなさい」
誰かと眠るなんて久しぶり。
一人じゃない布団は、こんなにも温かかっただろうか……
隣から聞こえる規則正しい呼吸音と温められた布団が、ゆっくりとわたしの意識を優しく夢へと……
おやすみ……なさ…い………
みちるさん……な、生殺し………
…ユキちゃんは子供なのねーーー。
みちるさん、頑張るんや!!




