第21話
うぉぉぉーーー
危うく一ヶ月あくとこやった!!
ユキちゃん引っ越してきた編です。
ようやく引っ越せたねーー
わたしは何をやっちゃってるのでしょうか?
違和感が無いほどに重さを感じる事のない眼鏡。
いつもと変わらない視界を映し出す視線の先で、驚いたような顔でわたしを見ている矢原先生の瞳は、いつもと違って遮るものがない。
うん…当たり前です。わたしが掛けてるんですから。
「それ……わたしのかしら?」
「…………」
そうですね!
「ど、どうしたの?」
「…………」
わたしにもわかりませんけど!
「…ユキちゃん?」
「あ…あ……ごめんなさい」
「いえ…あ、あの……怒ってるわけではないのよ?」
「えっと……無意識に手が…………」
「無意識??」
ちょっと待って!無意識に他人の眼鏡を掛けるとか、眼鏡に興味があって意識して掛けるより気持ち悪いよ!?
「あっ、ちがっっ!!きょ、興味が!!!」
「あぁ、眼鏡が珍しかったのね」
「そ、そうです!わたしは目が悪くないので眼鏡に触る機会が無くて……って?………あれ???」
眼鏡を掛けてるはずのわたしの視界が、いつもと変わらない世界を映し出す??
いやいやいや、そんなはずはないでしょ?
「…どうしたの?」
矢原先生の顔をじっと見る。
やっぱり……
「これ……度が??」
「流石に掛けると分かっちゃうのね…。えぇ、その眼鏡に度は入っていないわ」
「えっ?どういうことですか?矢原先生は目が悪い分けじゃないんですか??」
「そうね、2.0とまでは言わないけれど、眼鏡が必要なほど悪い分けではないわ」
「なのに……眼鏡?」
「そう。所謂伊達眼鏡ね」
「それは、なにか理由が?」
おしゃれ眼鏡とか??
「そんな大した理由があるわけでは無いのよ。ちょ、ちょっとした……」
「……………」
「……ちょっとした…理由よ」
「えっ??」
そこまで言っといて理由言わないんですか!?
「眼鏡……疲れませんか?」
「慣れたわ。それに、家ではあまりかけていないから」
「そこまでして眼鏡を掛ける必要が??」
「それは、ちょっとした……」
「ちょっとした??」
なんですか!!
「はぁーーー…本当に大した理由ではないのよ?」
「はい。……で?」
「わたしの目」
「目?」
「わたしの目つき悪いでしょ…」
「………はぁ??」
「家系だから仕方ないのだけど、普通にしているだけでも目つきが悪く見えるのよ。だから少しでも――――」
「ちょっと待って下さい!?」
「な、何かしら?」
「…矢原先生の目つきが悪い……と?」
「えっ?」
矢原先生は何を言ってるの?
「目つきが悪いなんてことないです!というか、矢原先生のは涼しげな目元って言うんです!!眼鏡を掛けてる感じもクールビューティーな感じで美しいと思いましたけど、眼鏡を掛けてなくてももちろん美しいです!矢原先生はとても綺麗な瞳をしてるからもったいないですよ!」
確かに、最初の頃はちょっと鋭い目つきだと思ってたけど、見れば見る程その瞳に吸い込まれそうで…
眼鏡越しじゃなく見ていたいと思う。
「………」
「…や、矢原先生?」
あっ!もしかして、眼鏡総否定しちゃって怒ってる!?
「あ……ありがとう///」
「えっ?あ…はい」
怒ってないのかな?
「……そうね」
「そうね?」
「じゃあ、ユキちゃんの前では外すようにしようかしら」
「目が悪くないのであれば、絶対外した方が良いです!」
「それなら、わたしからもユキちゃんにお願いがあるんだけれど?」
「な、なんですか?」
「その前に、呼び方が戻ってるわよ」
「あ………そ、そうですね」
みちるさん、みちるさん、みちるさん……なんか///
「が、頑張ります」
「ふふふ…。それじゃあ御願いなんだけど――」
「お、お手柔らかにお願いします」
「簡単な事よ。前髪を切らせてくれない?」
……へっ?わたしの前髪?
「な、なんでですか!?」
「逆に聞くけど、ユキちゃんは何故そこまで嫌がるの?」
質問に質問で返してはいけません!
「…………」
「……………」
「………」
はぁーーー
「…大した理由じゃありませんよ」
「何?」
「………ちょっとした理由です」
あれ?この展開…??
「……ちょっとした??」
やっぱり言わなきゃいけない流れですか……
「目は……目は口ほどに物を言うんです」
「どういう意味」
「知りませんか?日本の諺です」
「………」
「…………」
「………で?」
あれ?ホントに知らないの?
「あ、あのですね。目というのは喜怒哀楽の感情が出やすくて、口で語らなくても目を見ればその人の考えてる事が分かるという意味で……――」
「諺の意味を聞いているんじゃないわよ?」
ですよねー。
「えっと……」
「つまり、ユキちゃんは人に目を見られるのが嫌なのよね?」
「結論を言うとそうですね」
「理由は、人に自分の感情を知られるのが嫌だから?」
「いえ………どちらかというと、自分の感情も人の感情も知りたくないです。……自分の事を知られるのも、誰かの事を知ってしまうのも嫌なんです」
「……人と関わりたくないという事?」
あまりにもストレートな質問………
「そう…ですね……」
「…今でもそう思ってるのかしら?」
「今でも…?」
「わたし…たちと関わりを持つのは嫌?」
「…………」
みちるさん、奏音ちゃん、蘭さん、修さん……
人との関わりなんて望んでないはずだった…
誰かを大切だと思えば思うほど、誰かと距離が近づけば近付くほど最後にはわたしが、その大切な誰かを壊してしまうかもしれない。
……だけど……全ての関係を無かったことにする事はもう出来ない。
………怖い
「ユキちゃん…?」
「………」
わたしは大切な人を簡単に傷つけて壊してしまえる存在……
「ユキちゃん??」
改めて自分の周りにいる人を思い返した時、その人を傷つけてしまえる自分という存在も、だからといってその人との関係を断ち切って一人になる事も……
どっちも怖い…
「みちるさん……」
「何?」
「…………」
「ユキちゃん??どうしたの?」
わたしが掛けていた眼鏡をそっと外したみちるさん。
真っ直ぐに目を合わせることが出来ずに俯くわたし。
「ユキちゃん」
俯くわたしの顔を両手で優しく挟み込んだみちるさんの手が抗うことを許さずに、そっとわたしの顔を上げさせる。
目と目が合った瞬間、何かを考えるよりも先に流れた雫が、わたしの頬に触れているちるさんの手を静かに濡らす。
「みんな……わたしと離れた方が良いんです………」
「何故?」
「…こ……怖いんです」
「人と関わりを持つことが?」
「…わたし自身が」
「ユキちゃん自身?」
「大切な人を傷つけてしまうから……」
「どうして?」
「わたしが……人ではないから」
「ユキちゃんは誰かを傷つけたいという衝動に駆られたりするの?」
「……そうですね」
「傷つけたいと望んでる?」
「そんな事望んでないです!…でも……」
「Color coating《補色》?」
「……しないと、制御出来ない化け物になる」
「していれば問題無いのでしょう?」
「……」
「…………」
「……みちるさんは、何故わたしから逃げないのですか?」
「あのね、前にも言ったでしょ?ユキちゃんは確かに人ではないのかもしれいない。ヴァンパイアといわれる存在なんでしょうね。でも、だからといって化け物だなんて思ってないわ。それに、奏音さんも言ってたでしょ?Color coating《補色》に必要な血液って物凄く少量なのよ?身体に異常をきたすような事もないし、傷跡も残らない。何が問題?」
何がって……
えっ?だって………えっ?怖いでしょう??
「Color coating《補色》しなかったら、唯の化け物に――」
「だから、わたしがいるでしょう?」
「……いえ、あの…だから、わたしはみちるさんの事をColor coating《補色》の対象だと思いたくないというか――」
「わたし以外にいるのかしら?」
「…いませんけど」
「そう………った…」
「えっ?」
なんて言ったんですか?
「な、なんでもないわ!」
「えっと……だ、だからみちるさんは拒否する事ができ――」
「しないわ」
「へっ?」
「拒否なんてしないと言ったのよ。がっつりColor coating《補色》なさい」
が、がっつり??
「あ……あの、でも――」
「わたしの血だと問題が?それとも……奏音さんの方が良い?」
「いえ!みちるさんの血が一番惹かれます!!」
ホント、他の人の血の匂いなんかと比べても、断然みちるさんの血に惹かれます!!!
「………/////」
あれ?変な事言った!?怖い事言っちゃった!!!?
「あ、あの!変な意味じゃなくて!!」
いや…そのまんまの意味ですけど……
「い、いいのよ。わたしはユキちゃんにColor coating《補色》されるのは嫌ではないから」
「えっと……ありがとうございます」
「そろそろ必要なのでしょう?」
「え?」
いつの間にか乾いた涙の跡と、まだ添わされたままのみちるさんの手。そして、眼鏡越しじゃないみちるさんの瞳。
「する?」
みちるさんの手がわたしの顔から離れ、みちるさん自身の髪の毛をサイドにまとめ首を傾げる。
露わになった綺麗な首筋と、こっちを見つめるみちるさんの瞳。
「み、みちるさん……」
「いいのよ?」
ゆっくり……吸い寄せられるかのように首筋に口を近づける…
仄かな香水の香りと、みちるさんの甘い匂い……
ゴクッ
ピーンポーン
「……あ?」
「ユ、ユキちゃんストップ!」
「は、はい!」
「和志だと思うわ。と、取り敢えず一旦落ち着いてきなさい。廊下の先の左手に洗面所があるから」
「へっ?」
「目」
「目?」
「わからないのなら確認してきなさい」
「えっと、わ、わかりました」
モニターフォンに向かったみちるさんに指示された通りに廊下を進む。
手前のドアがウォークインクローゼットで奥が洗面所。
作りが同じだから迷う事無く洗面所のドアを開けることが出来た。
暖色系の淡いピンク色の壁紙に囲まれた部屋。6畳程の広さだろうか。お風呂場の脱衣所を兼ねているとはいえ広くない?
その部屋にある大きな洗面台の正面の鏡には、わたしが映っていた。瞳の…赤い……わたしが………
あぁ…確かに目ですね。
違和感のある自分自身の姿から目を逸らさずにじっと見る。
まるで目の色だけ合成したかのように、いつものグリーンの部分が赤色になってる。
えっと……思ってたより凶悪な感じはしないんですね………
目を硬く瞑って深呼吸しながら心の中で100秒数える。
ゆっくり目を開いた鏡の中にいつものわたしがいた。
コンコン
「ユキちゃん、大丈夫?」
ドア越しにみちるさんの声が聞こえて、慌ててもう一度鏡でチェックしてからドアを開けた。
「うん。もう大丈夫そうね」
「すみません…。和志さんでしたか?」
廊下に立っているのがみちるさんだけなんだけど和志さんリビング?
「晩御飯の用意が出来たから呼びに来たらしいわ」
「えっ?」
早過ぎじゃないですか?帰ってきて5分も経ってないんですけど!?
「隣りよ、隣り」
「あっ、あぁそうですか。修さんは?」
「さっき帰ってきたらしいわよ。どうする?もう行く?それとも――」
首を傾け窺う様に…
「大丈夫です!行きます」
「無理しなくてもいいのよ?」
「無理してませんよ」
「そう?…じゃあ行きましょうか」
荷物を纏めて、そのまま隣に行く。……なんてお手軽…
「あぁ、ユキちゃんいらっしゃ――いや、ユキちゃんもおかえりだね」
「おかえりー」
リビングに入ったわたしとみちるさんを修さんと和志さんが出迎えてくれる。
「えっと、た、ただいまです」
「みちる、ありがとうね」
「どういたしまして。お疲れ様」
「はい。ユキちゃん遅くなってごめん。これ」
手渡されたのは鍵。まず間違いなくこの部屋の鍵でしょう。
「ありがとうございます。お預かりします」
「お預かりじゃないよ。これはユキちゃんのだからね」
「あっ、は……はい」
今日からここがわたしの家…?実感がないです。
「というわけで、今日はユキちゃんの引っ越しを祝ってささやかながらお祝いだからね。手の込んだ料理じゃないけど僕が心を込めて作ったから」
テーブルの上に並んだ手の込んだ料理の数々…えっ?これ全部和志さんの手作り??
「食後にケーキも作ってみたから、楽しみにしといて」
「ケーキ?」
「みちるの好きなショコラケーキ」
「ふふふ、ありがとう」
和志さん……そのポジションでいいの??
「ユキちゃんは、甘いものは大丈夫なのかな?」
「甘さは控えめだよ?その代わり洋酒が効いてるんだけど…」
「大丈夫です。ケーキ好きですよ」
最近は食べてないけど、ママが良く作ってくれたから……
「折角の料理が冷めてしまうわ。頂きましょう?」
「そうだね」
テーブルの空いていた席に座る。修さんの正面に和志さんが座ってる。和志さんの横にみちるさんが座ったから、わたしはみちるさんの正面で修さんの横の席に座る。
「それじゃあ、これからよろしくね。いただきます」
「「「いただきます」」」
「このチキンの香草焼き、凄く美味しいわ」
「ホント?うんうん結構いけてるね」
「おいしい……」
「ありがとー、頑張って作ったかいがあったよ」
ホントに美味しい。そういえば、みちるさんじゃなくて和志さんがいつも料理作ってるんだよね?
えっと……修さんはどうしてたんだろう…?自炊してたのかな??
「修さん」
「うん?なんだい?」
「修さんの御食事はわたしが作っていいんですか?」
「あっ、僕が作るよ」
「今までも和志さんが?」
「そうそう」
ど、どういう生活だったんですか?
「もちろんユキちゃんのも任せて!お弁当は――」
「わたしが作るわ」
みちるさん?
「だそうです」
「そういえば最近みちるが料理を頑張ってるって聞いていたけど…なるほどね」
「な、何かしら!?」
「いや何も。そうかそうか…お弁当ね」
「なんなの!言いたいことがあるならはっきり言いなさい!!」
「はいはい。ユキちゃんがびっくりしてるから喧嘩しない」
みちるさんの新しい一面…まるで家族内でのような軽やかな会話……
「ユキちゃん、喧嘩じゃないのよ」
「そうだね、からかってるだけだからね」
「黙りなさいよ」
「い、いえ。あの…大丈夫です」
何が大丈夫なのかはわからないけど…
「取り敢えず、ユキちゃんのお弁当はわたしが作るわ」
「あの、わたしは別に大丈夫ですよ。何かしら食べてお――」
「わたしが作るわ」
「あ…はい、ありがとうございます」
…凄く嬉しいです
「あっ、みちる」
「…何かしら?」
「ユキちゃんの荷物…見たかい?」
わたしの荷物?
「いいえ。ユキちゃんの荷物がどうかしたの?」
「実は…」
うん?
「凄く少なかったんだ」
は?
「どれくらいなの?」
「衣装ケース2個と少し」
「は?」
「えっ?あの時、修が運んでたので全部だったって事?」
なんですか??みちるさんと和志さんのその反応……何か問題でも??
「ユ、ユキちゃん…」
「なんですか?」
「荷物…後から届くとかなの??」
「いいえ??全部持ってきましたよ?」
「………」
何か??
「というわけで、みちるはもう休みなんだろう?」
「えぇ、そうね。分かったわ」
「行ってらっしゃーい」
何が??
「ユキちゃん、明日…いいえ明後日ね。買い物に行くわよ」
「えっ?な、なんでですか」
「必要な物を揃えに行くの」
「今のままで十分ですよ!?」
「一緒に買い物に行くのよ」
「え、で、でも…」
「一緒に出掛けるのは嫌かしら…?」
「そ、そんなことはないですけど……」
「ユキちゃん行っておいで」
「行きましょう?」
「…あの……宜しくお願いします」
誰かと一緒に食べる事……
誰かと一緒に笑う事……
誰かと一緒に出掛ける事……
嬉しいです……
ねぇねぇ、がっつり吸っちゃっていいんですか?
ユキちゃん、いきなさーい!!




