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Last color  作者: 蒼井 紫杏
20/44

第19話

あー、展開が遅い!!と思ってる皆様…

重々承知しております。

しばしお付き合い下さい。

――キーンコーンカーンコーン…


昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室内が活気に満ちる。


「ユキちゃん」


前の席。座っている状態から身を乗り出して喋り掛けてくる奏音さん…

っていうか、今週に入ってから何故か呼び方が遠野さんからユキちゃんに変わっているのですが?


「……何ですか?」

「今日も……行かないの?」

「…行きません」


目的地をぼやかした会話。それは、今週に入って行かなくなった場所。


「蘭さん、今日も来てるよ?」


奏音さんの目線を追うと、教室の後ろの入り口から入ってくる蘭さんが見えた。

わたしの顔を見て、会話をする前に答えが出せたのだろう。悲しそうな顔になった蘭さんが目を伏せたまま、わたしの席の横に立つ。


「…今日も保健室には行かないのですね……」

「…………はい」


そう、わたしはテスト休みが明けた今週、保健室に一度も足を運んでいなかった。


「蘭さん、ごめんね。ちょっと、ユキちゃんと話したいことがあるから、今日もユキちゃん借りるね」

「あっ、はい…」


何かを頼んだわけでもないけど、何故か奏音さんはわたしに付き合ってくれる。

えっ?もしかして、それが守護獣の仕事とか??


「ユキさん…。これ、みちr…矢原先生からです」


差し出されたのは…小さなタッパー。


「……これは?」

「サラダです。今日も来ないなら渡すようにと」

「…ありがとうございます」

「あの……」

「………」

「いえ……では、また………」


蘭さんが去っていく背中を見送り、いつもと同じコンビニのパンを齧る。


「何か理由があったり?」


机をくっつけた状態にして自分のお弁当を広げていた奏音さんが、独り言位の呟きで口を開いた。


「理由?」

「今週に入って急に保健室に寄らなくなった理由」

「……特にはないです」


本当に理由なんてない。唯…ちょっと矢原先生と顔を合わせるのが…なんとなく気まずいというか…

別に、矢原先生は何も思ってないかもしれないけど、矢原先生の好きな人の嫁になってしまうんです。

なんて、説明できません。


「何も理由がないのに、今週に入って一切行ってないとかねー」

「………奏音さんと交流しようかと思って」

「奏音ちゃん」

「へっ?」

「奏音ちゃんって呼ぶって言ってくれたよね??」


はっ?えっ??そういえば、今週に入って奏音さんの名前を呼ぶたびに同じことを言われてる気がする…

そんな約束しましたっけ………


「か、奏音ちゃん…」

「そう。で?交流??」

「こ、交流……」

「まぁ、ありがとうって言っとくけど…」

「けど…?」

「放課後も行ってないよね?」

「………」


そりゃ…行ってませんけど……


「放課後も保健室に行かないってことは、蘭さんと何かあったってわけじゃなさそうだし…」

「…………」

「矢原先生となわけだね……」

「…………」

「…栄養補給は?」

「意識して食事してますよ」


食事も意外と大事だと分かったから。


「…それで?」


…何を言いたいかは分かってる……


「今のとこ必要はないと思ってます」

「…早めに判断しないとヤバいからね」

「そうですね……でも、大丈夫です」

「ふーん…まぁ、ならいいけど」


もしかして呆れてしまったんですか??食べ終わったお弁当箱を手早く片付けて、机を元の位置に戻した奏音さんは、そのまま教室を足早に出て行ってしまった。

…だって……Color coating《補色》はやっぱり嫌だ…

矢原先生が栄養補給の対象になるなんて…そんな目で見るのも、そんな目で見られるのも嫌なんです…


一人になったわたしは食事を味わうこともなく、コーヒーで無理やりパンを胃に流し込んだ。

今週に入って一度も保健室には行っていない。それは、つまり矢原先生が用意してくれたサラダを食べていないという事。

今日は木曜日…3日も行ってないのに今日も用意してくれた……

机の上に残ったタッパーに手をやり蓋を開ける。


……うさぎりんご。

前に和志さんが作ってくれたのとは違い、不揃いなそれ。

唯のりんごのはずなのに、そのうさぎから温もりを感じる。

一つ一つを大事に食べる…胸の中から温かい気持ちが溢れた……


「…――さん……ユキさん」

「えっ…?」


タッパーをしまい、ボーっとしていたわたしの名前を呼ぶ声が聞こえて振り向く。


「…蘭さん?」

「あの…みちる姉さんからユキさんに伝えるようにと……」

「タッパーですか?」

「いえ、明日の式が終わって帰る用意をしたら保健室に来るようにと…」

「…明日?」

「…と言われましたが?」


明日は二学期の終業式があるだけで、それが終わったらホームルームで解散。

後は…自由参加のクリスマスミサがあったけど…


「明日って、何かありましたか?」

「終業式?」

「………」

「ホームルーム?」

「………」

「えーと、ミサ?」

「………」

「……何かありましたか?」


いやいや、それを聞いてるんですよ??


「…何もないですよね」

「…と思うのですが?」


あー、取り敢えず矢原先生から言われたことを伝えてくれたのですね。


「わかりました。ありがとうございます」

「あ、あのユキさん」

「は、はい?」


思いつめた様子に、思わずこっちまでどもってしまった。


「何かあったのでしょうか?」

「えっと、何もなかったという結論になったかと思うのですが?」

「違います。明日の事ではありません」

「………」

「私が…何かユキさんの御気に障ることをしてしまったのでしょうか……」

「ど、どうしてですか!?」

「…今週に入って…急に…」


うっ…


「違いますよ!蘭さんに対してどうこうなんて思ってませんから」

「では、どうして…」

「…えっと」

「……みちる姉さんと何かあったのですか?」


奏音さんといい蘭さんといい…なんで突っ込んでくるのかな……


「矢原先生とも何もないですよ」

「ですが…」

「少し考えたいことがあっただけです」

「そうですか……」

「………」

「……………」

「…今週」

「えっ?」

「…今週だけですから……次からは戻りますから」

「はい…。わかりました。……待ってます」




◆―◆―◆―◆


この部屋で過ごすのも、今日が最後。

約3年間。思い返せばこの部屋にも愛着が……

うん。全くないですね。


全ての荷物を片付け、御婆様に挨拶を済ませ、布団を敷いた状態の部屋を見回し、ボーっと回想……する要素もなく、仕方がないので本を……読もうと思ったけど、手持ちの荷物を少なくする為に、既に持って行ってたのを思い出し……

はぁーーー


ブブブブッブブブブッ………


うん?

[通話着信  矢原 みちる]


…………

「…もしもし」

「もしもし、ユキちゃん?」

「矢原先生…」

「遅くにごめんなさい。今電話して大丈夫かしら?」


何もすることはないと判明したところなので…


「大丈夫です…」

「蘭に聞いたと思うのだけど」

「明日のことですか?」

「そう。明日から家を移るのよね?」


知ってるんですね…でもきっと学校経由で知ったわけじゃないんですよね。


「はい。明日学校が終わったら」

「そのまま行くのね?」

「そのつもりです」

「じゃあ、蘭から聞いたように、保健室に来て頂戴」


はっ?


「分かりましたけど…何かあるのですか?」

「少し待って貰うことになるけれど、一緒に帰るわ」

「えっ?」

「荷物があるでしょう?」

「大丈夫です!場所も分かりますし行けますよ!!」

「却下よ」

「へっ?」


い、いや却下って……


「鍵もないでしょう?頼まれているのだから一緒に帰りましょ」


修さんに…頼まれたから……


「…ユキちゃんは……わたしと一緒にいるのは嫌?」

「そんなことないです!嫌なんかじゃないです!」


というか、寧ろ矢原先生の方が嫌なんじゃないですか?

だって、好きな人の婚約者とかですよ?…愛のない婚約とは言え嫌なものなんじゃ……


「そう?じゃあ…待ってるわね」

「は、はい…」

「遅くにごめんなさい」

「い、いえ…」

「ちゃんと寝るのよ。おやすみなさい」

「あっ、おやすみなさい」


…嫌じゃないの…かな………




◆―◆―◆―◆


「休み中も羽目を外すことなく、聖アンテルス女学院の生徒としての節度ある行動をするように心掛けるのですよ」


通知表を返し終えた教室で冬休みの注意事項を長々と話す先生が、ようやく締めに入ったみたい。


「休み明けも皆さん揃って元気に登校して下さいね。それでは皆さん、良いお年を!」

「「「「「良いお年を」」」」」


おぉー、誰に言われるでもなく声が揃うのですね。

まぁ、わたしは言えてないですけどね……


一斉に席を立ちガヤガヤと騒がしくなる教室。

これから総合ホールでクリスマスミサがあるから、殆どの生徒が友達同士のグループにまとまり流れていく。

わたしは…


「ユキちゃん」


きたか…


「なんですか?」

「ミサ行く?」

「検討中…ですね。奏音さんは行くn――」

「奏音ちゃん」

「……奏音ちゃんは行くのですか?」

「敬語はやめるって約束したよね!!」

「……行くの?」

「まぁ、それでいいけどさ。…で検討中だね」


…………


「…そうですか。では、良いお年を」

「いやいやいや、待って」

「…………」

「そんな冷たい目しないでさー」

「……で?」

「今日は行くの?」

「…どこに?」

「保健s――」

「では、良いお年を」

「だからさー」

「なんなんですか!!!」


うがーーーーー!!!


「良いお年をーーーはまだ早いから!!」

「はっ?」


もう十分絡みましたから!


「うわー、ホント嫌そうな顔するなー」

「……で?」

「ミサに行くなら一緒に行こうよ」

「行かないなら?」

「うーん、どこに行くのか気になったりして」

「…………」

「……保健室?」

「………………だったら何??」

「一緒に行こっかなーとか」


しつこい…


「…勝手にどうぞ」

「お、怒ってる?」

「…………」


面倒くさいと思ってるだけです。


「あの…怒っておられるのですか?」


あ?喋り方が変わった。


「ユ、ユキ様……」

「…………」


あー、今獣型になったら間違いなく耳と尻尾がへしょんってなってるね。


「出過ぎた事を申しました…しかし――」

「ほら、もう着きましたよ」


ガチャ


へしょん感は可愛いけど、人型でやられるといじめてるみたいですし…


「あっ、ユキさん、奏音さん」

「蘭さん?」

「はい」


なんで保健室に?


「蘭さん、今日って何かあったっけ?」

「今年最後の生徒会の集まりがミサの後にありますよ」

「それは覚えてるし、ちゃんと行くけど…」

「奏音さんは、保健室に御用事でしょうか?」


そう、それを聞きたい。寧ろ二人とも…


「いや、用事ってわけじゃ……あっ、蘭さん!ミサ行くよね??」

「えっ、はい」

「一緒に行こっ!」

「えぇ、もちろん構いません。ユキさんも御一緒致しませんか?」

「わ、わたしですか?」

「実は、お誘いに伺ったのです」


あっ、そういうことですか。


「ユキちゃんはミサには不参加らしいよ」

「そうなのですか?」


へっ?そんなこと言いました??


「だから、ほら行こ!」

「え、えっ!、あっ!!」


ガチャ


「…………」

「………………」

「……行きましたね」

「えぇ…騒がしいわね……」


蘭さんが奏音ちゃんに引っ張られるように連れ去られた後の保健室には、わたしと矢原先生の二人だけが残って……気まずいですけど…


「あっ、えっと有難う御座いました」


洗っておいたタッパーを鞄から出す。


「ちゃんと食べたの?」

「はい。おいしかったです」

「そう。はい」

「はい?」


差し出された包みを反射的に受け取る。

けど、これって?


「お昼ご飯用意してないでしょ?」

「用意してないですけど…」


ミサに出席したとしても昼前には終わるから、お昼ご飯の事なんて考えてなかった。


「今日で仕事納めにするから、夕方くらいになると思うのよ」

「すみません。昨日の電話の時点で何時になるか聞いておけば良かったですね」

「いいのよ。どちらにせよ用意するつもりだったから。少しお昼には早いけど食べましょうか」

「じゃあ、用意しますね」


テーブルの上に広げられたお弁当の中身はオムライス…ですか?


「和志が作ったものではないから、あまり見栄えは良くないけれど、栄養には気を使ったから食べなさい」

「せ、先生が作ったんですか?」

「そうよ。…何?」

「えっ、いえ……。頂きます」


やっぱり…と思っただけです。


「あっ、おいしいです!?」

「…そう?ありがとう」


見た目はオムライス???って感じだけど、お弁当向けに味がしっかりしてて想像してたより美味しい。

矢原先生って、意外と料理上手なのかも?


「ごちそうさまでした」

「お粗末様。どうする?」

「な、何がですか?」

「いつも通りベッドは使えるようにしてあるけれど」


あ、この後どうするかって事ですね。


「そうですね。使わせて貰います」


久しぶりの保健室。久しぶりのベッド。

でも…本がないから何もする事がない……


書類を整理している矢原先生をボーっと見る。

ホント綺麗な女性《ひと》だな…


「今日は本を読まないの?」


び、びっくりした!

書類から顔を上げずに急に声を掛けらた。こっそり見てたこともバレてたのかと思うと恥ずかしいし。


「本は荷物になるので借りてないんです」

「そう。何もなくて時間潰せるの?」

「大丈夫です」

「そう…」

「…………」

「………………」


「…あの」「…ねぇ」


綺麗に被った。


「なんですか?」「なに?」


えっと…


「お先にどうぞ」「先に言いなさい」

「………」「…………」


さぁ、どうするわたし!!


「ユキちゃんから言いなさい」


眼鏡越しに矢原先生の綺麗な目が、わたしを見てる。


「矢原先生は聖アンテルス病院に勤務されてると伺いましたが…」

「そうよ。今は出向みたいなものかしら」

「修さんとわたしの結婚の事は修さんから聞いたのですね?」

「そうよ?」

「わたしのことはいつから知ってたのですか?」

「いつからとはどういうこと?」

「わたしと出会う前から結婚の事も聞いてたのですか?」

「そうね。ユキちゃんの名前だけは知ってたわ」


好きな人の結婚相手と接する……そんなの…


「…嫌じゃないんですか?」

「どういうこと?」

「例え偽装結婚だとしても…辛くないわけないですよ……」


矢原先生が何故わたしと普通に接する事が出来るのか理解出来ない。


「……二人の事は聞いたのでしょう?」

「…はい。聞きました」

「軽蔑する?許されない関係だと嫌悪する?」

「そんなことしません!」

「わたしは…いえ、わたしたちは偽装結婚だったとしても納得しているわ。ユキちゃんには申し訳ないことをしていると思っているけれど…」

「わたしはこの結婚を嫌だとは思ってません。…皆さんが納得されているのであれば……わたしは構いません」


わたしの居場所を作ってくれる。それだけでありがたいですから。

矢原先生がわたしと接していて嫌じゃないなら…この結婚で傷つく人がいないなら、わたしは喜んで利用されますよ。


「ユキちゃん……何かあるなら言いなさい。わたしたちのことをもっと頼っていいのよ?」

「……ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それよりも矢原先生!」

「な、何かしら?」

「さっき、わたしに何を言いかけたのですか?」

「それは……」


そんなに言い難い事なんですか?


「それは?」

「あの……」


そ、そんなに言い難い事ってなんですか?


「矢原せんs――」

「白崎さんとはどういう関係なの!?」

「…………」

「……………」

「…………」

「……………」

「……………………はぁっ???」


ユキちゃん、時間潰す物がないならミサに行けば良かったんじゃない?

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