第12話
次の話しとの2部構成です。
つまり、中途半端なところでぶつっと切れます。
――キーンコーンカーンコーン…
「はい、そこまで。机の上に筆記用具を置きなさい。列の一番後ろの人は答案用紙を回収して下さい」
ガタガタ…
閉じていた目を開けて、席を立つ。
自分の答案用紙を裏向けに持って、前の席の人の答案用紙を回収していく。
回収した答案用紙を先生に渡して、終了ーーー。
5日間みっちりテストに費やした一週間がやっと終わった開放感に、教室が一気に騒がしくなった。
「遠野さん、どうだった?」
テスト期間中で名簿順にならんだ状態の座席から、元の席に戻したところで前の席から声がかかる。
「そうですね。まぁまぁじゃないですか?」
「あー、はいはい。そう言いながら凄いんだったわ」
じゃあ、聞かないでよ!
「奏音さんはどうでしたか?」
「私は、ホントにまぁまぁだね」
何が言いたいんですか!?
「…そうですか」
「そうなんです。で、今日なんかある?」
「はっ??」
突然すぎて、全くついていけないし!!
「何がどういうことですか?」
「そのままの意味なんだけど?」
「…つまり?」
「試験は今日までだよね?」
「はぁ…」
「で、午前中で私たちは解放されたわけだよね?」
「はぁ…」
「で、午後は何か予定ある?って聞いたんだけど」
聞かれた質問には答えますけど…
「特に予定はありません」
「あっ、じゃあ今日の午後は付き合ってよ」
「生徒会のお手伝いですか?」
「そうだねー、そういう名目でもいいよ」
「はぁ?」
意味がわからない…
「まぁ、あんまり深く考えないでよ。取り敢えず…親睦を深める感じで?」
「…誰とですか?」
「遠野さんと」
分かってて聞いてるよね!!!
「…誰がですか?」
「私と琴音と蘭さんが」
あぁーーー、はいはい、わたしもわかってて聞きましたよ!!
「どこに行くんですか?」
「検討中」
「…………何をするんですか?」
「検討中」
「…………で?」
「いや、だからさー、蘭さんにもまだ声かけてないんだよね」
「…………」
この状況、どうしろと?
「そんな、怖い顔しないでさー」
「…別に怒ってはいませんよ」
呆れてるんです。
「ユキさんの予定を押さえる方が難しそうだったから優先したんだよ。蘭さんには今からアタックにいくから待っててくんない?」
まぁ、良いですけど…
「…では、少し時間を貰えませんか?15分程したら戻ってきますので」
「あぁ、一度保健室に行くのね。りょーかい」
その通りなんだけど、なんか…嫌な感じ
「…また後で」
「はーい、じゃあね」
はぁーーーー。
予想もしなかった展開で疲れる…
なんで、こんなに急に周りが騒がしくなったの??
目立たず地味っ子で3年間過ごすはずだったのに、平穏が半年しか続かないってどういうこと?
交友関係も必要最低限をキープしてたはずなのに、このままだと広がっていきそうな気配がする…
…気をつけなきゃ。
今日のやつ…断ろうかな…
コンコン
ガチャ
「失礼します」
「あっ、良かった」
「えっ?」
顔を見ての第一声が…良かった?
何が?顔色がとか??
「今日はテスト最終日だったことを忘れてたのよ」
「今日って何かありましたか?」
「何もないわ。だから、そのまま帰るのかもしれないと思って」
今週はテスト週間だから、午前中のテストが終われば午後は帰れる。
つまり、ホントはお昼なんて必要ないんだけど、わたしも蘭さんも学校に残って勉強してたから、テスト週間とか関係なく今週も保健室でお昼を過ごしてた。
「えっと、蘭さんは来ないと思いますが」
「やっぱり、お弁当いらなかった?」
あっ、お弁当を持って来てくれたのか。
よし、やっぱり今日のやつは断ろう!!
「お弁当頂きますよ」
「帰らなくてもいいの?」
「帰っても何もすることないですし」
まぁ、これはホントの事。
ただ、予定が入りそうだったってだけですよー。
「引越しは?」
「来週末ですね…」
「準備は大丈夫なの?」
「来週はテスト休みなので問題ないです…」
「そう。ならいいけれど。蘭は帰ったの?」
「いえ…どうでしょうか」
そういえば、15分くらいしたら戻るって言って来たんだっけ。
「荷物は教室?」
そうだなー、荷物を取りに行くついでに断ってこなきゃ。
「そうですね。ちょっと取りに行ってきます」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
ガチャ
あれ!!!??????
「うわっ!」
「っと!!」
保健室を出るためにドアノブに手を掛けて開けようとした瞬間、外開きのドアが勝手に開いた。
いや、より正確に言うなら廊下側からの人為的操作により、ドアノブを持ったわたしごと廊下側に排除しようと……
まぁ、つまりは中と外から同時に開けようとして、油断していたわたしはそのまま外側の人間にぶつかりそうになったということですね。
「大丈夫ですか!?」
矢原先生の驚いた声が聞こえて、わたしは目の前の人物を見た。
「わたしは大丈夫ですよ。奏音さんは大丈夫ですか?」
ってか、なんでここにいるんでしょう?
教室に戻るから待っててって言ったじゃないですか…
「あっ、私も大丈夫です。遠野さんごめんね。ノックすれば良かった」
「怪我もないですし、構いません」
そうそう。普通はノックするよね。
「白崎さん、どうかされたのですか?」
「いえ、保健室に用事ではありませんので。遠野さんにお話しが」
「そうでしたか。あまり慌てて怪我をしないように気をつけてくださいね」
「はい。遠野さん、ごめん生徒会の方で召集がかかっちゃってさ。誘っといて悪いんだけど今日は無しにしてくれる?」
それは、願ってもない事なんだけど、矢原先生の前で言わないで欲しかった…
「はい。大丈夫ですよ」
「で、一応遠野さんの荷物だけ持ってきたから」
「あぁ、有難う御座います」
「ホントごめんね。埋め合わせは必ずするからさ!」
うん。全く望んでないからいいです。
「生徒会の仕事、頑張ってきてください」
「ありがとー。じゃあ」
…うん。断る手間と荷物を取りに行く手間は省けたけど……
「ユk…遠野さん、約束があるなら遠慮しないで言いなさい」
矢原先生への弁明という手間が増えた……
「いえ、約束があったというか…誘われたんですがどうしようか悩んでたんです。それで、まぁ今日はお断りしようかと思っていましたし」
正直に言っとこう。
「本当に?」
「はい。和志さんのお弁当も楽しみですし」
「ならいいけど…。今度からは先約があるなら言いなさい」
「わかりました」
あっ、でも
「矢原先生もわたしにお付き合いさせてしまってますね…御迷惑であれば言ってください」
「どうせ保健室にいるだけだからいいのよ。何か用事があるならちゃんと言うから大丈夫」
「はい」
保健室にいることがお仕事ですからね…。
「お昼にしましょうか」
「あっ、そうですね」
いつも通り、予備室で和志さんの乙女弁当を食べる。
「………」
「…………」
2人だと会話がない…
「…蘭以外にもお友達が出来たのね」
「……誰がですか?」
「白崎奏音さん?」
「あぁ、別に友達というわけでもありませんよ」
「そうなの?仲が良さそうだけど」
「仲が良いというか…奏音さんは人見知りしない感じなので…」
「確かにそうみたいね。遠野さんは人見知りだし丁度いいんじゃないの?」
「はぁ、そうですか…」
別にわたしは人見知りなわけじゃないけど…というか、何が丁度いいのか不明ですよ…
「気のない返事ね…友達は作りなさい…」
「……はぁ、そうですね…」
「………」
「…………」
会話終了…
ランチタイム終了……
◆―◆―◆―◆
パラ
本のページをめくり、書かれている文字を目で追う。
テスト週間が終わったから、教科書じゃなく久しぶりに文芸書だ。読みたい洋書がすぐに見つかる学校の図書館って便利だなー。
「あ…」
のどが渇いた気がしてコップに手を伸ばしたところで、コップの中身がない事に気がついた。
「区切りがいいのなら、一息入れましょう」
わたしの声に反応して時計に目をやった矢原先生が立ち上がりながら声を掛けてきた。
16時…
同じように時計に目をやって思ってたよりも時間が経ってたことに驚いた。
外も随分薄暗くなってるし。
「お茶入れなおしますね」
「わたしがやるわ」
先に動き出してた矢原先生が、さっさと予備室に入っていき、出遅れたわたしは矢原先生に後を追ってドアを開けた。
「じゃあ、洗い物はわたしがします」
「そうね。お願い」
勢いよく出る水で食器用洗剤を付けたスポンジを泡立て
「寒いんだからお湯を使いなさい」
「あっ、そうですね」
そうだった。わたしの部屋とは違いお湯が使えるんだった…
ちゃっちゃと洗って水切り籠に伏せ、椅子に座っておとなしく待つ。
「あら??」
洗い終わったティーポットを持ったままポットの前で固まる矢原先生。
「どうかしたんですか?」
「お湯が出ないのよ」
「…水を足してないとか?」
「お昼に足したばっかりなはずなんだけど……ほら、やっぱりお湯はある…わっ!!!!」
「先生!!」
中身を見せようとした矢原先生がこっちにポットを向けた瞬間に安定しないポットの蓋が外れそうになり、バランスを崩した矢原先生の手からポットが滑った。
椅子に座ったわたしのところまで被害はないだろうけど、このままだと矢原先生の胸元にかかってしまう。
ポットの中身は、98度で保温されてた高温のお湯…
考えることもなく、叫ぶと同時に行動に移っていた。
勢い良く椅子を背もたれ側に傾け、倒れる反動のまま矢原先生の腰の辺りにタックルをするようにぶつかる。
間に合わないか…
左肩にぶつかったポットから、高温の中身が左肩、腕、背中にかけてを濡らしていく。
「っつぅぅ…!!!」
熱い!!!!!!!
「ユキちゃん!!」
あっつぅぅぅぅぅいぃぃぃぃ!!!!
「ごめんなさい!!!!ユキちゃん!!」
矢原先生が水で濡らしたバスタオルを広げて掛ける。
「うぅ…」
「ユキちゃん!ユキちゃん!!」
「…大丈夫です。わたしが勝手にやっただけです」
「ごめんなさい!シャワールームまで動ける?」
「動けますよ…」
ぐうぅぅぅぅーーー
服の上から濡れたバスタオルで冷やしていたけど、そのバスタオルの上からそのままシャワーで水を掛ける。
つっめぇぇたぁぁぁぁ!!!!
「病院に運ぶわ!」
えっ!?いやいや、ちょっと待って!!!
「先生!矢原先生!!!!!」
そのまま飛び出していきそうな矢原先生の手を掴んで引き止める。
「すぐに治療する必要があるわ。救急車を呼ぶから」
「矢原先生!まずは落ち着いてください!!」
「ユキちゃんの身体に痕でも残ったら…ごめんなさい……」
「…病院は勘弁してください。わたしは…ほら、あれですよ。怪我の治りやすい体質??ですから」
「あっ…」
病院なんかに運ばれたら…まずい……
「適当に冷やして、時間がたてば…治りますから」
「…本当に?」
「ホントですよ」
「…痕が残ったり――」
「しませんよ。大丈夫です」
「………」
「…………」
矢原先生には、目の前で傷が治っていくところを見られてるんだから、嘘をつく必要はない…
「…痛みは?」
「今は、…まだ痛いですね」
「患部を冷やすわ…」
「えっ、はい」
えっと?えっと??
「や、矢原先生!?」
「何?」
何って…なんでカーディガンのボタンを外してるんでしょうか?
「あの…」
「腕、動かせる?」
「は、はい…」
って!!えぇぇ!!!!
「痛む?」
「大丈夫ですけど…」
「ゆっくりシャツを浮かせるから、痛みが酷いようならすぐに言って」
「は、はい…」
慎重に脱がされたシャツとブラジャーがシャワールームの床に置かれる。
医者…目の前にいるのは医者……医者医者医者…
矢原先生は医者として患部を確認してるだけ!
恥ずかしくない!!
「酷いわね…」
「痛っ…」
「…痛むかもしれないけど、冷やすわよ」
「はい…」
濡れたバスタオルで患部を覆い、バスタオルの上から水を流す。
痛いですっ!
鏡越しに見た左肩は…赤くなってる?
「痛いわよね…」
「ですね…矢原先生も手が」
鏡越しに映る矢原先生の左手指先も赤く腫れてるように見える。
「わたしは大丈夫。直接かかったわけじゃないから」
「でも赤くなってますよ」
「ユキちゃんは、もっと酷いわよ…」
「…矢原先生の火傷治しときましょうか」
「えっ?」
前と同じように舐めれば治るかな?
「よいしょ」
火傷をしていない右手で矢原先生の左手をとる。
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
矢原先生の指を口に含んだまま目線を上げる。
「ユ、ユキちゃん!!」
あれ?何やってるんだ??
えっと…
半裸で頭から水浸しの私と、いつもの白衣がびしょびしょに濡れてる真っ赤な顔の矢原先生。
目線を外せないまま固まる二人…
あれ?
「………い、痛みはなくなったからもう大丈夫よ」
「あ…」
「………」
「…………」
またやっちゃった!!!
「…本当に治っちゃうのね」
わたしの口内から引き抜いた指先を見ていた矢原先生が呟いた。
「……すみませんでした。早く洗ってください」
矢原先生の手を取って、わたしの身体を冷やす為に出しっぱなしにしている水で石鹸を使って綺麗に洗う。
「わたしの傷はこんなに早く治せるのに、ユキちゃん自身の傷は治りが遅いのね」
「治りが遅いですか?」
なすがままになっていた矢原先生が、バスタオルの下の火傷部分を見る。
「痛いでしょ」
「…そうですね。どうなってますか?」
「今は、赤く腫れて皮膚がぶよぶよしてる感じね。しかも範囲が広いわ…ここから…ここも…ここまで」
先生の指先が左肩から背中の真ん中の部分、左脇腹くらいまでをなぞっていく。
痛くはないけど…くすぐったいです。
よく考えたら、なんて格好!
「や、矢原先生!!!少し時間がかかるかもしれませんけど、そのうち治るんで」
「もう少し冷やしておきましょう」
「このままだと矢原先生が風邪をひいちゃいます。わたしは濡れてるバスタオルで十分なので」
「これくらいで風邪なんかひかないわ」
「時期を考えてください!今は冬なんですよ!!」
というか、わたしにだって羞恥心があるんですよ!!
「…そうね。ユキちゃんの体調も考えるべきね。…少し待ってなさい」
「あっ、はい」
シャワールームの床に置いたままにしていた服を軽く絞っておく。
「ユキちゃん、替えの服を用意したから。あっ、それはそのままにしておいて」
「…はい」
「上はまだ着ないで、これで冷やしときなさい」
濡れバスタオルと保冷シート…服は着ちゃダメですか……
「わかりました。矢原先生の着替えは?」
「なにかしらあるわよ。わたしも着替えるわ」
「シャワーで温まってからの方がいいですよ。身体を冷やしすぎです」
「そんなに冷えてないわよ」
「冷えてるんです。シャワーがあるんですから温まってください」
12月のこの時期に室内だとはいえ、水浸しの格好でうろうろしてたんだから、絶対に冷えてるでしょ…
「………」
「…………」
「…わかったわ。ちゃんと冷やしときなさいね」
「はい。分かってますよ」
はぁぁぁーーーー
矢原先生がシャワールームに入っていくのを確認してから、溜めていた息を吐き出す。
いいぃぃたぁぁぁぁいいいいいぃぃぃぃ!!!!!
しかし、それにしてもよく怪我するね…
火傷って痛いもんなー。
みちるさん、気をつけなさい!
ユキを傷物にしたら責任とって貰いますよ!!




