第9話
この小説はフィクションです!
細かい部分が現実的でないのは当たり前なんです!
だから、そんなもんなのかーくらいで読んでくだせぇ。
実際、ここはおかしいよとか言い出したら書けないんでね…
11月になって一気に寒くなったように感じる。
特に今日みたいな雨の日は肌で感じる気温だけでなく、どこまでも暗い灰色の空とか葉を落とした木の物悲しさとか、視界からも寒さを訴えてくる。
昨日の体育祭で晴れていたのがウソのように、次の日は朝から雨だった。
やっぱり、天気予報は一日ずれちゃったか。
体育祭が日曜日に行われるから、月曜日の今日は振り替え休日。
電気を点けても薄暗く感じる部屋の中、カーテンの間から鬱々とした空を見上げた。
珍しい平日の休みも朝から降る雨で台無しだなー。
まぁ、晴れてても雨が降ってても出掛ける場所は変わらないけど…
押入れを開けて数少ない私服の中から、ノーカットのストレートジーンズと無地の白い開襟シャツを取り出す。
ジーパンを履き、シャツに袖を通すときに左腕に巻かれた包帯が目に入った。
昨日、矢原先生が綺麗に巻いてくれた包帯はお風呂に入る時に一度外したから、今巻いてある不恰好な包帯は、今日の朝に悪戦苦闘しながら自分で巻いたものだ。
あまりに面倒くさくなって止めようかと思ったけど、どうせ明日も巻いていかないといけないんだから、慣れておくために何度かやり直して適当なところで満足した結果だ。
わたしが不器用なのか、矢原先生が器用なのか…
内科の先生でも、包帯を巻くのは上手いということが判明。
シャツのボタンを上まで留め、長い髪を適当に一纏めにしてざっくりアップにしながら、もう一度窓から外を見る。
止みそうにないなー。
出来るだけ、遠野の家にいる時間を無くすために平日は授業が終わってからの時間を図書館で過ごしてた。今は保健室だけど…
休みの日は御婆様の言いつけがない限り外に出掛ける。主に図書館だけど…
雨が降る中、図書館に行ってまで読みたい本があるわけじゃないけど、修さんとの婚約が決まってから自由な時間がなかったから、御婆様の目が届かないところに行きたいという気持ちの方が勝った。
男物の厚手の黒いジャケットを羽織り鏡の前に立つ。
小柄とはとても言えない身長。デザインなんて考えてない洗い晒しのジーンズ。飾り気のない白いシャツ。シャツの上から羽織った無骨な黒いジャケット。
適当にアップにした髪は、纏まりきらなかったサイドの毛がジャケットの黒と対象的な金色の模様を描いている。
鏡に映るわたしは、可愛いとはとてもいえない格好をしていた。
女らしさとか、可愛らしさとか望んでないわたしにとって、これが休みの日の普段着。
勝手口の傘立てから、黒い紳士物の傘を抜き取り外に出る。
いつも学校に行く時は他の人との通学時間を避ける為に、かなり早く家を出るけど、今日は動き出したのがいつもより遅かったせいで、丁度通勤通学の時間と重なったのか道を歩いている人が多い。
失敗したかなー…
バス停に並んでいる、スーツ姿と学生服の列を見てげんなりする。
しばらくして駅を循環しているバスが止まった。
元々乗っていた人が途中で降りる気配もなく更に人を増やしながら、ぎゅうぎゅう詰めの状態で20分。
拷問ですか…?
駅のロータリーに停まったバスから吐き出されるように出た後、呼吸が出来る喜びに思わず感動する。
通勤や通学でこの苦行を受けた後、仕事や授業をするなんて考えたくも無い。
雨の中、傘を差して駅前を行き交う人波…御苦労様です。
バス停の下で雨宿りしながら、くらくらした頭のまましばらくボーっとする。
いくらかマシになったところで時計を確認すると、8時15分になっていた。
まだ図書館が開くまで1時間程ある。
どうせだし、少し大きい公立図書館に行こうかなー。
目的地を学校の定期圏内にある大きな図書館に決め、いつも学校に行くのと同じように駅のホームに向かう。
当たり前だけど…人が多かった…。
時間的に学生の姿は殆ど見かけなくなってるけど、まだまだ通勤時間帯の会社員の姿は減ったように感じない。
うっ、心が折れそうです…
どこかで時間潰して、近所の図書館にしようかなー。
そう思ったときにホームに入ってきた電車が、目的の駅までの間の殆どの駅を通過する通勤時間帯のみの特別区間快速だった。
乗ってしまえば10分くらい我慢するだけだし…覚悟は出来ました!
外の寒さが嘘のような車内。
しかし、それは暖かいと表現するにはあまりにも不快指数が高かった。
狭い車内に押し込められた、明らかに乗員オーバーな人の集団。
普段の荷物以上に邪魔になる濡れた傘。
酸素が薄いと感じるほどの湿度と熱気。
キーーーっ
乗っている誰しもが早く目的の駅に着くことを祈ってるなか、駅間で停まった電車。
『お客様に御連絡致します。前を走ります電車内に急病のお客様がおられます。只今救護活動を…――』
あぁ……普段の行いが悪いのでしょうか…
動く気配のない電車に、乗車している人たちのイライラ指数も上がってきているようだ。
そりゃそうだよね。週のしょっぱなから雨が降ったかと思ったら朝から電車が停まるとか、出社して仕事をする前に通勤の段階でぐったりだろう。
『繰り返しお客様に御案内致します。前を走ります電車内で急病のお客様の救護活動を行っておりました影響で……――』
分かった。それは分かったから…
『御急ぎのところ大変申し訳御座いませんが…――』
結局いつ運転再開するの???
時間も確認出来ないくらい身動きの取れない状態だから正確なところは分からないけど、恐らく停車して5分は経っただろう。
正直、この状態で待機させられるのは厳しいものがある。
昨日の今日で体調が万全とは言い難い上にこれでは…さっきから眩暈が酷く、自分が急病人で救護されそうな状態だ。
せめて、これがどこかのホームに入ってくれれば…
明滅する視界の中、周りにいる人たちがわたしの様子がおかしいことに気付きだしたみたいで、迷惑そうに見てみぬ振りをしようとしているのが分かった。
これ以上、面倒臭い事に巻き込まれるのが嫌んなんだろう。
これだけ密集している車内で、どこにそんな隙間があったのかと思うくらい、わたしとの距離を空けようとしている。
…助けてくれなんて言いませんよ。
あぁ、早く駅について……
『御待たせ致しました。次の○○駅まで進みます』
唐突な車内アナウンスと共に進みだした電車の揺れに、力の入らなくなった手で掴んでいた吊り革から耐え切れなくなってずり落ちるように振り払われる。
「っと!!」
「!!」
周りの人を巻き込みながら倒れる自分の姿が頭に浮かんだけど、抗うことも出来ずに傾ぐ身体。
予想していた衝撃は、後ろの方から支えるように腕が差し出されたことで回避された。
「す、すみません…」
後ろを振り向いてお礼を言いたいけど、身動きの取れない車内と未だにクラクラする頭で振り返ることも出来ない。
「大丈夫ですか?」
「…有難う御座います。大丈夫です」
声だけで判断しよう。
どうやら男性のようだ。
「次の駅に停まったら降りますよ。いいですね」
「えっ、…はい」
一緒に降りてくれるらしい。
どうやら親切な男性のようだ。
「最近の大学生は頼りないと思ってたんだけど」
「ねぇ。いい子もいるのね」
座席に座ったおばさん二人の会話が聞こえる。
どうやら親切な男子学生のようだ。
電車のスピードが落ち、ホームに滑り込んだ電車がゆっくり停車する。
目的の駅ではないけど、ここで降りとかないと不味いことになりそうだ。
「降りまーす。すみません通してくださーい」
「あっ、あの」
親切な男子学生さんが周りの人に声をかけながら、降りるための空間を切り開いていく。
ありがたいけど…若干恥ずかしいです……
後姿だけで分かることは、わたしと同じくらいの身長で撫肩で全体的に細身な感じ。
髪の毛は気にならない程度に染めているのか、暗めの茶色でくせっ毛なのか緩くカールしている。サイドが長めの髪型だけど、髪色とくせっ毛のお陰で重くは感じないかな。
「どこかに座ろう。動ける?」
ぼぉぇぇぇーーーーー
電車が遠ざかっていく気配を背に感じながら、ホームの柱に手をついて倒れそうになる眩暈と吐き気を堪える。
「…す、少し待って下さい」
「分かった。じゃあ、動けるようになったら声かけて」
しばらくして少し気分が落ち着いてくると、背中を触られていることに気付いた。
背中を摩ってくれてるんだろうけど、他人に、それも男性に触られてることにびっくりして慌てて振り向く。
「あっ??」
あれ?
「マシになった?」
目の前にいるのは親切な男子学生さん……のはず。
「ユキちゃん?大丈夫??」
草食系男子代表??
「…和志さん?」
「へっ?気付いてなかったの?」
だって、男子学生って…
確かに、学生にしか見えないけど…
「動けるならベンチに座ろうか」
「あっ、はい」
はぁーーー
駅のベンチに座り和志さんが買ってきてくれたお茶を飲んで、強張った体から力を抜くと少しずつ気分もマシになってきた。
「すみません。御迷惑をお掛けしました」
「いいよ。大丈夫大丈夫」
「お仕事じゃないんですか?」
「仕事から帰ってきただけだし、問題ないよ」
仕事って確か…
「お医者様?」
「うん?医者じゃないよ。医療関係だけどね。僕はレントゲン技師」
「お医者様じゃなくても夜勤があるんですね」
「あー、僕のとこは夜間の救急があるから」
そういうもんなのかー
「大きい病院なんですか?」
「あれ?それは聞いてないの?聖アンテルス病院。ユキちゃんの通っている学校の医学部付属の大学病院だよ」
「えっ!そうだったんですか?」
そんなこと誰からも聞いていませんが?
聖アンテルス女学院はイギリスにある姉妹校共々医療に力を入れていて、日本でも医学部は国立の大学と並び国内最高水準の学業を修めることが出来る。
イギリスでは付属の病院が創立80年を迎え、最先端医療を受けることが出来る有名な病院で、日本の医学生や研修医の医療研修として広く現場を開放し、多くの名医師を輩出してきた。
その医師たちが日本に戻り、日本でも最高の医療が受けられるようにと15年前に出来たのが日本の聖アンテルス病院で、医師・技師・看護師、全てが海外の国立病院からもお声がかかるハイクラスの病院だ。
つまり、この病院に勤務しているということは、医療業界でのエリートということですよ?
「凄いですね」
「まぁ、僕は医者じゃないから」
いやいや、技師でも凄いんですって。
「あれ、じゃあ矢原先生は…?」
「みちる?みちるはあそこで内科医してたよ」
サラッとおっしゃいましたね…
「なんで学校なんかに?」
「大人事情。僕も詳しいことは話せないけど、今でもみちるは病院側に籍があるから一時的な移動なんだよ。期間が終われば病院に戻ることになるね」
「そうなんですか…」
まぁ、トップクラスの医者が学校の養護教諭なんてやってたら、病院側からしても大きな損失だろうし、一時的にでもリリースせざるを得なかったってことは大人事情があるんでしょうが…
そっか……一時的なんだ…
うん?聖アンテルス病院??
「あの、病院から帰ってきたんですよね?」
「そうだよ」
「病院って、反対方向じゃないですか?」
そうだ、このまま電車に乗ってたら病院の最寄り駅に着く。
今から出勤っていうなら分かるけど、帰宅中っていうのは明らかにおかしい。
「席が空いてたから座ったのはいいけど、寝過ごしちゃって」
「あぁ、そういうことですか」
単純な理由でした。
「うん。気が付いたら過ぎてて、仕方がないから引き返してきたんだ。普段は殆ど車通勤だし、乗り慣れないものはダメだね」
「お疲れのところをお引止めして、すみません」
「いや、僕もこの駅で降りるつもりだったから大丈夫。偶然だけどユキちゃんの助けになれて良かった」
「本当に助かりました」
きっと、あのまま和志さんがいなかったら、わたしが原因の遅延が発生していましたね。
「どこか出掛けるところだった?」
「図書館に行こうかと思ってたんですが…」
「どうしてもって用事じゃないなら無理せずに病院とか行った方がいんじゃない?」
「そうですね…」
正直、帰るにしても行くにしても、今からまた電車に乗るというのは厳しいなー。
もうしばらくここでジッとして、マシになったら動くか…
「ただの貧血なので病院とかは必要ないです。もう少ししてマシになったら帰りますから、和志さんはお先にどうぞ」
「貧血?あぁ、貧血か。女の子は将来のこともあるんだから無理しちゃダメ。自分の身体と上手く付き合っていかなきゃいけないよ。」
へっ?
なんか違う…
いや、確かに貧血ですが…生理じゃないです。
っていうか、なんでそんなに恥ずかしげもなく言葉に出来るんですか?
医療従事者凄いなーーー。
「は、はぁ」
「で、用事があるわけじゃないし、ユキちゃんも帰るだけなんだったら送っていくよ」
「いえ、そこまでして頂かなくても大丈夫です。マシになったら帰りますし」
何をおっしゃってるんですか?
いい人過ぎるにも程がある。
「って言っても、雨が降ってるから電車はなーーー」
聞いてない!?送ることは確定ですか!??
「あっ、あの!ホントに大丈夫なんで!」
「いやいや、ここでユキちゃんを置いて帰ったら僕が怒られるよ。……――ちょっと待ってて」
お断りをしているわたしを置いて、どこかに電話をしている和志さん。
もう、動けるし一人で帰りたい…
「ごめん、お待たせ。じゃあ行こうか」
「どこに行くんですか?」
「駅前のロータリーに送迎車がね」
「送迎車?」
「取り合えず、付いておいで」
ゆっくりのペースで歩いてくれる和志さんの後ろについて歩く。
「えーと、あっいたいた」
ロータリーに着いた和志さんが、軽く手を上げると黒い乗用車が目の前に停まった。
スモークガラスで中が見えないようになっていたけど、どうやらこれが送迎車らしい。
「雨に濡れないうちに乗っちゃって」
「…はい」
左ハンドルの車の運転席の人と目が合う……えっ!!!!!
「ユキちゃん、後ろ片付けてあるから乗りなさい」
ウィンドウが下がり、顔を出した運転者が後ろを指差した。
「……あ、はい」
わたしが後部座席に乗って、和志さんが助手席に納まったところで車がゆっくりとロータリーから動き出す。
「本当だったら、このまま直接ユキちゃんを送るんだけど…。一旦家に戻っても大丈夫?」
「あ、あの、わたしは何でも大丈夫です」
「そう?じゃあ、すぐに着くから」
「………矢原先生…」
「何?」
「いえ…なんでもないです」
間違いなく矢原先生です。
そりゃ、和志さんと矢原先生は御夫婦ですけど…
「和志、すぐ着くんだから寝ないで」
「ふぁーーー。はいはい」
ホント、姉と弟の図なんだけど…同い年なんですよね。
そういえば…
「お二人はおいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞いちゃいけないのよ?」
「すみませ…――」
「26」
「あっ」
「ごめん!僕、女性じゃないからつい」
聞いちゃいました。
しかし、やっぱり和志さんは童顔で、矢原先生は落ち着きすぎなんですね。
「別に年齢くらいいいけど…着いたわよ」
駅から5分くらい車で走ったところにあるマンション。
うん、高級マンションですね。
夫婦揃って医療エリートだと、車だってマンションだって高級ですよね。
「ユキちゃん、少し横になっていきなさい」
「いえ、そこまでして貰う訳には」
「いいからいいから。みちるはユキちゃんが心配なんだよ」
「片付いてないけど、いらっしゃい」
「…はい。有難う御座います」
しかし…最上階ですか……
「みちる、僕ちょっと出るから。何かあったら連絡して」
「わかったわ。車使ってもいい?」
「いいよー」
和志さんは部屋の前まで来たけど、そのままどこかに出掛けるらしく、矢原先生とわたしだけが部屋に入る。
「そこのソファーに座っておいて」
言われたソファに腰を掛けて、部屋を見渡す。
片付いてないとか言ってたけど、綺麗に整頓されているリビングはまとまりのある配色で清潔感のある空間だった。
「ベッド用意したから、使いなさい」
「…有難う御座います」
「まだ貧血が辛いんでしょ?」
「…そうですね」
「…なんで今日無理するのよ」
「…お休みだったので?」
「……もういいわ」
…家に居たくなかったんです。
「すみません……」
用意されたベッドに入って目を瞑る。
うん、クラクラする視界が安定して随分楽だ。
「寝なさい。起きたら送ってあげるから」
矢原先生の手が、頭をポンポンとゆっくり撫でるように滑る。
眠るつもりはなかったのに、わたしは段々と…
「おやすみなさい」
「お…やす…ぃ」
矢原先生…睡眠導入材みたいだ……――
みちるさんのフルスモーク外車。
うーん、似合うような似合わないような…
和志君、君には全く似合いません。ヽ( ´ー)ノ フッ




