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Last color  作者: 蒼井 紫杏
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プロローグ

やらしくない、やらしくないよー

「…はぁはぁ、っはぁ」


朝と呼ぶには早すぎる、まだ暗い空気の中に少女の荒い呼吸だけが聞こえる。


「はぁはぁ………はぁはぁ」


まだ、夢から目覚めていない少女の目から止めようのない涙が流れていた。

夜の暗闇と朝の匂いが交じり合う冷やされた空気の中で、静かに灯る室内灯に照らされた綺麗な横顔が何かを堪える様に歪む。


「はぁ…ぅうう、いや………いやっ!!!」


荒い呼吸だけを繰り返していた、少女の口から小さな悲鳴が漏れる。


「いや、やぁ…はぁはぁ…いや!」


拒絶する言葉を繰り返しながら少女はうなされ続けている。


「うぅぅ、はぁ、はぁ…いや、いやぁ…いやぁぁぁ!!!」


自分の叫び声で飛び起きた少女は、荒い呼吸を繰り返し、華奢な自分の体を両腕で抱きしめ震えていた。

うっすらとかいた汗でまとわりつく、腰まである長くまっすぐなブロンドの髪が少女の顔を覆い、流れる涙をも隠す。

どれほどの時間がたったのだろう。やがて呼吸が静かになり、抱きしめた腕から少女が顔を上げたのは、空が明るくなり始める頃だった。

少女は小さく周りを見回し、少しずつ明るくなってきた自分の部屋を確認する。

そこは、まぎれもなく少女に与えられた私室だった。

小さな机と、骨董品と言われそうな鏡台と箪笥、備え付けの本棚、少女が寝ていた薄い布団、襖一枚分の押入れと簡素な手洗い場、ただそれだけの殺風景な部屋。

年頃の女の子の部屋とは思えない茶色い色合いの部屋で、少女は小さく溜め息をついた後、ゆっくりと立ち上がる。

立ち上がった拍子に、天井からぶら下がった電灯のつり紐が、少女の頬を掠めた。

平均的な日本人女性からすれば、少女は背が高い。

顔や髪にまとわりつこうとする紐を無視し、少女は布団をたたみ押入れに上げた。

最近になってようやく体に馴染み始めた布団の上げ下ろしが、少女の一日の始まりと終わりを示す。


少女はひとつ大きな溜め息をつき、手早く身支度を整えた後、自分を騙す様に鏡に向かって笑顔を作る。

鏡に映った少女のグリーンの瞳は、とても笑っているようには見えず、暗く沈んだ濁りを見せる。

それを認識している少女は、また大きく溜め息をつき、長く伸ばした前髪で顔を隠した。

少女は静かに廊下に繋がる襖を開け、耳をすませた。

まだ、薄暗い廊下に人の気配はない。

温まる気配も見せない冷たい廊下に静かに足を下ろし、静かに、しかし急ぎ足で廊下を進む。


「ユキさん」

「っ!」


突然、後ろからかけられた厳かな声に、少女はびくりと体を強張らせた後、顔を見ずとも分かる声の主に向かってゆっくり振り向いた。

振り向いた先に、小柄な人影が浮かぶ。

ゆっくりと近づいてきた姿は、初老の女性だった。


「おはようございます。千草様」


少女は小さな声で挨拶をし、女性から逃げるように目線を外す。


「ユキさん、今週の土曜日に香山に行きます。予定しておきなさい」


少女の挨拶を無視し用件だけを述べたあと、女性は少女の返事も聞くことなく、廊下の奥に戻っていった。

女性が廊下の奥に消え、姿が見えなくなった後、無意識のうちに詰めていた息を静かに吐き、少女は勝手口に向かった。

勝手口脇の姿見に映った自分の制服を整える少女の顔は、感情を隠し、作り物のように無機質な美しさだけがある。

少女は扉を閉め、ようやく明るくなり始めた空を見上げた。




少女は自分の存在理由を求めていた。

少女はまわりに流されることで存在していた。


少女は温もりを求めていた。

少女は温もりを失った。


少女は家族を求めていた。

少女は家族を救えなかった。


少女は罰を求めていた。

少女に罪はなかった。


少女は死を求めていた。

少女は死を許されなかった。



少女は…


始まりました。

暗いプロローグですが、乗り越えてください!

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