8話
「おかえりなさい。船長」
ミネルバ号のエアロックに前にマックスが立つとエアロックの扉が自動に開き、ミネルバの声が出迎えた。
「ただいま」
マックスはミネルバに答えて船内に入った。
「副長、ルーカスさん。おかえりなさい」
ミネルバは続けてヴァンとルーカスの2人を出迎えた。
「ただいま、ミネルバ」
「ミネルバさん。ただいま」
ヴァンとルーカスもミネルバに挨拶をしながらマックスに続いて船内に入った。3人が船内に入るとエアロックの扉は自動に閉じた。
「1時間程前に宇宙軍の3人が乗船しました。現在は談話室で食事を終えて話しをしています」
「分かった」
マックスは真っ直ぐに通路を進み、突き当たりのエレベータに入ると、ヴァンとルーカスもエレベータに乗った。
「ヴァン、すぐに談話室で集合だ。ルーカスも談話室に来てくれ、3人を紹介する」
「はい。船長」
「私は1度自室に戻ってからで良いですか?」
「勿論。構わないよ」
エレベータが上位フロアで止まって扉が開くと3人はエレベータから出て、各々の部屋に向って解散した。
自室に戻ったマックスは、ルイスから預かった記憶装置を執務机の引き出しに入れて、すぐに、談話室に向かった。。
「気をつけ!」
マックスが談話室に入ると女性の声が響いた。
見覚えのある3人が、直立不動の姿勢を取っている。
「艦長、お久しぶりです」
ランカスター少佐がマックスに敬礼した。向い側に座っていたゴードン大尉、ゴタード大尉もマックスの方を向いて直立不動の姿勢で敬礼していた。
マックスは立ち止まって軽く返礼を返した。
マックスから見て一番手前で敬礼しているのがエドワード・ランカスター少佐。特殊部隊の小隊長として数多くの任務をこなしてきた優秀な指揮官だ。茶色の髪に茶色の目。身長は182cmで細身だが身体能力は高くまた頭脳も優秀な万能型。コンピュータに強くハッカーの腕は凄腕だ。
エドワードの反対側の端に立って敬礼しているのがリズ・ゴタード大尉。身長172cm、赤毛で青い目。均整のとれた体で少し浅黒い肌をしている。グリフィン号でも美人として有名だったが素手での戦闘を得意としており、彼女にちょっかいを出すと簡単に投げ飛ばされることになる。
その隣で敬礼しているのがリック・ゴードン大尉。頭を剃っているが、確か茶色の髪のはずだ。目は灰色、身長197cmで逞しい体をした宇宙軍きっての猛者だ。体に似合わず手先は器用で機関士の資格を持っている。
「よし、休め」
マックスは返礼した右手を下して声を掛けてからテーブルに近づいた。3人は休めの姿勢を取った。3人とも帝国宇宙軍の軍服を着ている。
テーブルは片側に3名、もう片側に3名がゆったり座れるほどのサイズがある。両端に一人ずつ、座れば、8人が座って夕食が食べられる大きさで、テーブルは談話室に3個。一度に24人が食事を取ることが可能だ。
「ヴァンと、あと1名が来る予定だ。エドワード。反対側に移動してリックの隣に座ってくれ」
マックスが指示を出すと、エドワードは素早く席を移動した。
ヴァンが談話室に入ってきた。
「副長殿。お久しぶりです」
目ざとく気づいたリズが起立してヴァンに敬礼をした。他の2人も倣っている。
「休め」
ヴァンもマックスと同様に返礼を返しながら答えた。
「取りあえず、みんな座ってくれ」
3人は席に座り、ヴァンはマックスの隣に座った。3人は食後のコーヒーを飲んでいたらしく、カップの中身はどれも空になっている。
「さて、ミネルバ号にようこそ。3人ともよく来てくれた。礼を言う」
「とんでもありません。艦長。こちらこそ無事退役できたのは艦長のおかげだと、司令からお聞きしました」
エドワードが素早く答えた。
「ミネルバ」
マックスはミネルバを呼んだ。
「はい。船長」
ミネルバが応答した。
「ロバートに飲み物と軽いつまみを持ってくるように言ってくれ。紹介するからシオンも呼んでくれ」
「ビールでいいか?」
「イエッサー」
マックスが聞くと3人は声を揃えて即答した。マックスは思わず、苦笑いをした。
「ビールが来るまで、暫く待とう」
マックスが3人に言うとヴァンが横で頷いた。
直ぐにロバートとシオンがビールとつまみを運んできた。同時にルーカスも談話室に入ってきた。マックスはルーカスにヴァンの隣に座るように合図した。
「さて、全員揃ったから、紹介をする」
マックスが座ったままで言った。
「そちらが、執事のロバート・エイムズ」
「執事のロバート・エイムズです。よろしくお願いします。」
マックスが紹介するとロバートは深々とお辞儀をした。
「隣が、メイドのシオン・バレンタイン」
「シオンです。よろしくお願いします」
次にシオンを紹介するとシオンもロバート同様にお辞儀をした。
2人は運んできたビールとつまみをテーブルに静かに並べて、去って行った。
「さて、そちらがルーカス・フォレスター、元開発局でミネルバ号のパイロット兼営業部長だ」
「ルーカスです。よろしくお願いします」
マックスがルーカスを紹介するとルーカスが頭を下げた。
「こちらが、エドワード・ランカスター中佐だ」
「艦長。少佐です」
マックスがエドワードを紹介するとエドワードが訂正した。
「昨日、フレンドリー司令から連絡があって、ヴァンも含めて俺達全員、一階級昇格だそうだ」
マックスは3人に答えた。
「そうでしたか、でも、宇宙軍は退役しましたから、今更ですね」
エドワードが答えるとヴァンも含め4人が頷いた。
「ところが、俺達の退役は取り消されて、新たに特殊部隊に配属だ。詳しいことは後で説明する。とにかくエドワードは中佐に昇格だ」
「アイアイ・サー」
4人は声を揃えてマックスに答えた。
「エドワード・ランカスター中佐です。よろしくお願いします」
エドワードはルーカスに自己紹介した。
「隣が、リック・ゴードン少佐だ」
「リック・ゴードンです。よろしく」
マックスがリックを紹介するとリックはルーカスに挨拶した。
「最後がリズ・ゴダート少佐だ」
「リズ・ゴダートです。よろそくお願いします」
リズがルーカスに挨拶した。
「あと、乗組員として試験採用したのが2名いるが、乗船は今夜か明日の予定だ。とにかく、君達の乗船を歓迎して、軽く乾杯をしよう」
マックスが立ち上がってジョッキを持ち上げると、全員がマックスに合わせてジョッキを掲げた。
「乾杯!」
マックスが音頭を取ってビールに口をつけた。「乾杯!」と全員が合わせてビールを飲んだ。
「それじゃ、勝手にやってくれ」
マックスは椅子に座った。
「艦長」
エドワードがマックスを呼んだ。
「なんだ?」
「ミネルバ号は凄い船ですね。ミネルバ号のことを少し教えてください」
「そうか、それはありがとう」
「ありがとうございます。リック・ゴードン少佐」
マックスが礼を言うと、ミネルバも続けてお礼を言った。3人は驚いて声が聞こえた天井を見上げると、ルーカスが吹出した。
「あぁ、今のがミネルバだ。つまり、艦載コンピュータだ」
マックスが3人に説明した。
「驚きました。凄いコンピュータですね」
エドワードが感心した声で言った。
「まるで誰かが、応答しているみたいですね」
リズがエドワードに同意した。
「そうだな。それじゃ、ミネルバ号について、少し説明する。船内は明日、ヴァンに案内して貰うといいだろう」
マックスが言うと3人が頷いた。
「それと、俺のことは船長と呼んでくれ」
マックスはビールを一口飲んで、テーブルに置いた。
「さて、ミネルバ号は400tクラスの自由貿易船だ。一応、高速型豪華旅客船に分類されている。ファンドールの最新技術で開発された船で仕様は極秘扱いだ。まぁ、細かいことは、明日、ヴァンが説明するだろう。
さっき言ったが乗組員は試験採用した者があと2名だ。
本船は2日後にフォーニス星系に向かう。目的は貿易だ。俺達は商人と言うことになる。
一応、会社経営の形を取る。会社の名前は『黒猫運輸』だ」
3人は一瞬、ヴァンを見た。
「お前達は一応、黒猫運輸の社員と言うことになる」
「俺達に会社員を装えと言うことですか?」
リックが浮かない顔で尋ねた。
「まぁ、そう言うことになるな、別に、スーツを着れとは言わんよ。お前には似合わんしな」
マックスが言うと、皆が笑った。
「一応、特殊部隊に配属されていることになっているが、建前は退役して会社員になったことにする。まぁ、暫くはのんびりしてもいいだろう」
「船長。ミネルバ号の操作コンソールは特別製です。明日からシミュレーション訓練で慣れて貰う予定です」
ヴァンがマックスに申告した。
「そうか、訓練はヴァンに任せる。みんな、生憎だったな」
マックスが3人に言うと。3人は苦笑いした。
「さて、何か質問は?」
「ありません」
マックスの質問に3人が答えた。
『船長』
突然、ミネルバがマックスの頭の中に直接呼びかけた。
『なんだ』
マックスはすぐに応答した。
『3人は、非常に危険な状態にあります』
『どう言うことだ?』
『細胞レベルの生態バランスの乱れを検知しました。兵員用強化ウィルスが投与されたように推測しますが、詳細は調査しないと分かりません。すぐに治療することをお勧めします』
マックスは司令から聞いた強化ウィルスのことを思い出した。
『今すぐか?』
『はい。可能な限り早く医療カプセルで検査すべきです。いつ、生態バランスが崩れるか予測不能です』
みんなは、すでにビールを飲み始めている。
『明日の朝でも、大丈夫か?』
『そうですね、船内から出なければ問題ないでしょう』
「さて、3人は明日の朝、10時に医療室に集合してくれ、簡単な身体検査を行う」
マックスは何もなかったかのように3人に言った。
ヴァンが怪訝な顔をして、マックスを見た。
「アイアイ・サー」
3人は何も気づかずに返答した。
「それじゃ、俺は自室に戻る。ちょっと調べ物があってな、ヴァン、古い記憶装置とルイスのことを説明してくれ、それから、ルイスが乗船したら対応を頼む」
マックスはビールを飲み干して立ち上がった。
「はい。船長」
ヴァンが答えた。
「それじゃ、また明日」
マックスが3人に言うと、3人は素早く敬礼した。
マックスは自室に引き上げ、古い記憶装置の調査を始めた。そして、その日の夜遅くに荷物を抱えたルイスとテレサがミネルバ号に乗船した。
翌日の朝、マックスは目覚めると、簡単にシャワーを浴びて談話室に向かった。
談話室にはシオンが待機していた。
「おはようございます。ご主人様」
シオンがマックスにお辞儀をして挨拶した。
「あぁ、おはよう。シオン。コーヒーと朝食を頼む」
壁際のテーブルには、ルーカスとルイスが座って朝食を食べていた。
「おはようございます。船長」
マックスに気付いたルーカスが挨拶をした。
「あぁ、おはよう。」
「おはよう。船長」
マックスがルーカスに挨拶を返すと、ルイスがマックスに挨拶した。
「ルーカス、ルイスの面倒は頼んだぞ、みんなに紹介して船内を案内してくれ」
「了解しました。船長。任せてください」
マックスがルーカスに頼むと、ルーカスは明るく返事した。
マックスがいつものテーブルに座ると、シオンがすぐにコーヒーをお盆に載せて運んできた。
マックスがシオンからコーヒーを貰っていると、ヴァンが談話室に入ってきた。
「船長。おはようございます」
「おはよう。ヴァン」
ヴァンはマックスと反対側に席についた。
少し待つとシオンが2人分の朝食をお盆に載せて運んできた。
二人が食べていると、エドワード、リック、リズの3人が一緒に談話室に入ってきた。
「艦、いや、、船長。おようございます」
エドワードが艦長と呼びかけようとして、慌てて船長と言いなおしたようだ。
「船長、副長。おはようございます」
リズが挨拶するとリックもマックスとヴァンに挨拶した。
「あぁ、おはよう。」
マックスは顔を上げて3人挨拶を返した。
「おはよう」
ヴァンも3人に挨拶した。
3人は空いているテーブルに座った。すぐにシオンが3人の朝食を運んだ。
「船長。例の記憶装置の方はどうなってますか?」
ヴァンがマックスが食べ終わるのを待って聞いた。
「まだ、予備調査をしたところだ。今日は構造を詳細に解析してインターフェースを試作してみる。データを取り出せるかどうかは、まだ、なんとも言えないな」
「そうですか、明日は予定通り、出航しますか?」
「そうだな」
3人が操船出来なくなっても、ヴァン、ルーカス、ルイスで航行は可能だろう。執事のロバートとシオンもいる。
「13:00に出航したいね」
「それでは、管制塔に明日の出航の届けを出しておきます」
「あぁ、頼むよ。俺は記憶装置を調査する。10時に3人と一緒に医療室に来てくれ」
「了解しました。船長」
10時にマックスは医療室に向かった。
医療室には、ヴァンと3人がすでに、待機していた。マックスは、3人に診察用の服に着替えさせ、医療カプセルに寝かせた。
3人はすぐに意識を失った。
マックスはディスプレイを見つめながらミネルバの解析が終了するのを待った。
ディスプレイには遺伝子パターンと分子構造の解析状態が表示されいる。暫く待つと分子構造の動きが止まった。
「ウィルスの分析が終了しました。推測通り、兵員用強化ウィルスです。少し古いタイプと思われます」
ミネルバが報告した。
ディスプレイには遺伝子パターンとプサイ波形が表示されているが、こちらの分析はまだのようだ。
「船長の固体波形と同調した形跡が見られます。赤く表示します」
分子構造の一部が赤い背景に変わった。全体の30%ぐらいの部分になる。
「なるほど、3人は俺に同調したおかげで生き延びた訳か」
マックスが考えをそのまま口に出した。
「どう言う意味ですか?」
ヴァンがマックスに尋ねた。
「3人は8年前に超古代遺跡から発見されたウィルスを投与されたらしい。生き残ったのはこの3人だけ、残りは全員死亡している。対象者は100人だった。
兵員用強化ウィルスは知能と肉体を強化し、絶対の忠誠心を植えつけるウィルスだ。個人に同調させない場合、不安定な状態となり、暴走することになる。
3人はたまたま、俺と一部だけ同調することで、ウィルスが暴走しなくて済んだと言うことだろう。その代わり、俺に対する絶対の忠誠心も植えつけられたと言う事だな。
それで俺と一緒に退役しようとしたんだろう。まったく、人道に反する行為だ」
マックスは怒りながらヴァンに説明した。
変化していたディスプレイの動きが止まった。遺伝子パターンとプサイ波形が表示されている。
「ウィルスの影響を除去することは可能か?」
「不可能です。プロセスは可逆ではありません。船長に同調させバランスを調整するしかないでしょう。
それと、3人はヒュノプ処置が行われた形跡があります」
ミネルバが報告した。
「なるほど、強化人間に暴走されないように処置したと言うことか」
マックスは再び、考えをそのまま口にした。
「こちらは、完全に除去可能です。治療を開始しますか?」
「どれぐらいかかる?」
「ウィルス自体が古いタイプですので、ウィルス構造にも、手を加える必要があります。治療に3日は必要です」
「そうか、3人は完全な増強処理を施すことになるな。仕方がない。治療を開始してくれ」
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ミネルバ号の発予定日の前日の夜。チークは船長達のお偉方に連れられて、自由貿易船の船長が集まる船長クラブのバーで酒を飲んでいた。
船長のカレン、副長のジム、切り込み隊長のジョーが次の目的地について話し合っている。
そこに、ピッカード博士がお供の二人を連れてやってきた。
運の悪いことに隣のテーブルに案内されてきた。
チークは見つからないように顔を下に向けたが、却ってパンク頭が目立っている。
「おや、そこにいるのはチークさんじゃないですか?」
案の条、ピッカード博士はチークを見つけると話しかけて来た。
「ひどいじゃないですか、私は約束の場所で2時間は待ってましたよ。どうして、来てくれなかったんですか?」
船長のカレンは何事かとピッカード博士とチークを見ている。
チークは覚悟を決めると顔を上げて博士を見た。
「これは、ピッカード博士じゃないですか、こんなところでお会いできるとは、奇遇ですね」
チークは愛想笑いをしながら驚いた顔を装った。
「何言ってるんですか、とにかく、昨日はどうして来てくれなかったんですか? 私はちゃんとお金を用意して待ってたんですよ」
「いや、ちょっと、色々と事情があって行けなかったんですよ。大変申し訳ない」
「色々な事情じゃ、分からないですよ。ちゃんと納得できるように説明してください。あぁ、お連れさんがいるんですね」
ピッカード博士はチークと一緒にいるカレン達に気づいた。
「申し訳ありませんが、チークさんをしばらくお借りしたいんですか、よろしいですか?
なに、隣のテーブルで、事情を説明して貰うだけですから、用があれば呼んでいただいて結構ですよ」
ピッカード博士がカレン達に鷹揚に申し出た。
ピッカード博士はフリルが一杯付いている派手なガウンを着ている。海賊にとってはいかにもおいしそうな獲物のように見える。
「えぇ。よろしいですよ。チーク、後から詳しく報告しなさい」
船長のカレンがチークに一瞥を入れると、ピッカード博士に愛想よく答えた。
チークは諦めてピッカード博士のテーブルに移った。
ピッカード博士の隣には、厳つい顔をしたボディーガードのジムが座っている。チークはピッカード博士の向かい側に座った。
ピッカード博士は給仕を呼ぶと、高級な酒とつまみを注文した。
「チークさんは何を飲みますか? もちろん、私の奢りですよ」
ピッカード博士がチークに声をかけた。
チークは恐縮しながらビールを注文した。
「それでは、じっくりと事情を聞きましょう。説明してください」
ピッカード博士が鷹揚に言ったが、内心は怒っているのかも知れない。
「はぁ、実は、例の記憶装置を手に入れる交渉が長引いていまして、約束の時間も、ずっと、手に入れようと。粘ってたんですよ」
「なるほど、そういえば、記憶装置は友人が持っていると言ってましたね。それで」
「その友人は強情なやつで、結局、譲らないと断れてしまいました。なんでも、トウゴウ教授を尋ねるんだの一点張りなんですよ」
「あぁ、トウゴウ教授のことは、私も勿論知ってますよ。私と同様に古代種族については第一人者ですね。実は私もトウゴウ教授を尋ねるために、このジャニアス星に来たんですが、自家製の宇宙船で出かけたと聞きました」
「いや、私もそのことについては、聞いてたんですが、そいつは、なんと、トウゴウ教授の息子さんを探し当ててしまいましてね。今はその息子さんの船に乗っています」
「ほう。トウゴウ教授の息子さんのことは知りませんね。それで、記憶装置はどうなりましたか?」
「船に乗り込んでしまったので、それっきりです。後はどうなったのか私も分からないです」
「そうですか、それで、船の名前は何ですか?」
「船の名前ですか、勿論、知ってますし、行き先も知ってますがね。しかし、まさか、ただじゃないでしょうね?」
「何を言ってるんです。約束をすっぽかしたのは、そちらじゃないですか、私は2時間も待ったんですよ」
「それとこれは、別ですよ、そうですね、1000Cr出してくれたら、船の名前、目的地とか私の知ってることを全部、教えますよ」
「1000Crですか? まぁ、それぐらいな小銭でよければ、あげてもいいですけど」
チークはすかさず、ピッカード博士に手を出した。
ピッカード博士は肩をすくめると、ポケットから札入れを取り出し、中から100crの紙幣10枚を取り出して、チークの手の上に載せた。
チークはにこにこしながら、お金をポケットにしまった。
「船の名前はミネルバ号と言います。自由貿易船として正式に登録されています。船の大きさは400t。明日の午後にフォーニス星系に向かって出発する予定になっています」
「フォーニス星系ですか? それで、息子さんの名前は何と言うのですか?」
「あぁ、息子さんはミネルバ号の船長で、マックス・トウゴウと言う名前です」
「マックス・トウゴウですか? どこかで聞いたような気がしますね」
ピッカード博士は思い出そうと思案げな顔をした。
「まぁ、いいでしょう。それで、情報は全部ですか?」
「えーと、これで全部です。」
「そうですか、納得はできませんが、話は分かりました。明日に出発するのでしたら、なんとか、追いつけそうですね」
「追いかけるんですか?」
「えぇ。あなたに交渉を任せたのがいけなかったようですから、今度は直接、交渉しようかと思います。お友達の名前は?」
ピッカード博士はチークに尋ねた
「ルイス・ウィリアム」
チークは答えた。
「ルイス・ウィリアムですね。分かりました。私のヨットの整備が終わるのを待たないといけませんが、3日後には、出発したいですね」
ピッカード博士は、隣に座っているジムの方を向いた。
「ジム、3日後に出発できるように、整備を急がせなさい」
「わかりました。しかし、3日は無理ですよ。一応、命令を伝えますが、確か整備は5日かかるはずです。早くても4日後の朝になると思いますよ」
「それじゃ、あっしは、戻ってもいいですかい?」
頃合いを測っていたチークが割り込んだ。
「まぁ、いいでしょ」
ピッカードはチークが立ち上がっても気にせずに考え事に集中した。
チークは隣の船長達のテーブルに戻っていった。
「さて、チーク、詳しい話を聞こうじゃないか。隣に座りな」
テーブルに戻って来たチークを見ると、船長のカレンがチークに言った。
隣に座っていた副長のジムは、自分のコップを持つとカレンの向かいの席に移った。
3人で囲んで、ピッカード博士のテーブルから見えないように隠す配置だ。
「そんな、大した話じゃないっす。気にしないで下さい」
チークは奥に行こうとせず、テーブルの前で躊躇した。
「いいから、こっちに座りな」
カレンが期待で目を輝かせながら言った。
チークは諦めて、奥の席に座った。
「大したことじゃないですから、あまり期待しないでくださいよ」
チークは前置きしてから、どうやって、説明するか考えをまとめた。船長に報告する場合は、筋道たてて説明しないと酷い目にあう。
「あっしの元仲間にルイスと言うのいたのですが、そいつが円筒の記憶装置を持っていたんですよ。その円筒は、何でも古代種族の遺産のありかについて、情報が入っていると小耳に挟みましてね」
チークはビールを一口飲んだ。
「なんでも、古代種族に関しては第一人者だと噂のトウゴウ教授がジャニアスにいるらしくて、相談するとために探しに行くと言う話でした」
「実は、例の横流しの件の待ち合わせで、例の店で酒を飲んでたんですが、そこに、あのピッカード博士がいたんですよ。
両脇に侍らせた女に古代種族の学説を講義してたんで、それで、ルイスの記憶装置の話を持ちかけら、なんと100万クレジットで買うと言い出したんですよ。
私はルイスと渡りをつけて、記憶装置の仲渡しをやろうと思ったんですが、ルイスに断られてしまいまして、それで、私が調べた情報を先ほど、売ってきたとこです」
「ほう。そんなことがあったのか、その古代種族の話は聞いてないな」
「すみません。たいした話じゃないと思ってましたし、例の横流しの件で仲間にして貰うのに一生懸命でしたんで、つい、話す機会を逃してました」
「まぁ、いいだろう。横流しの件は成功したし、その頃は仲間かどうか微妙な頃だな、この件は許してもいいが、次は承知しないぞ」
「はい、すみません。次からは何かあったらちゃんと報告します」
「それで、売った情報と言うのはどんな情報だ?」
「結局、ルイスは、トウゴウ教授には会えなかったんですよ。なんでも3ヶ月前に自家製の宇宙船で出発してしまったそうです。しかし、ルイスはトウゴウ教授の息子のマックスに会いまして、今は、息子の船の乗組員になってます」
「それで」
「ピッカード博士にはその船の目的地を教えてやったと言う次第です」
「そうか」
「目的地はどこだ?」
副長のジムが尋ねた。
「フォーニス星系です。」
「どんな船だ?」
ジムが尋ねた。
「400tの自由貿易船です。ジャンプ4の6Gです」
「武装はどうなんだ?」
切り込み隊長のジョーが尋ねた。
「ミサイル発射菅が2つ、砲塔が4つです」
「ほう、商船のくせに、えらい武装に金をかけてるなぁ」
副長のジムが言った。
「船長、ちょうど、目的地は同じフォーニス星系でね、その記憶装置をいただきましょうか?」
隊長のジョーが言った。
「そうだな、何やら面白そうだ」
「それで、解読に成功したのか?」
副長のジョーが聞いた。
「さぁ、分かりません、ルイスが船に乗り込んでそれっきりです」
「ほう。いつ出発したんだ?」
「明日の昼に出航する予定になっています」
「船長。積荷と乗客は明後日になります。ちょっと、間に合いませんね」
「そうだな。まぁ、フォーニスに着いても、すぐには出発しないだろう。チャンスはある。しばらく、追跡して様子を見るか、古代種族の遺産を見つけたところで横取りする」
「なるほど、さすが、船長。それがいいでしょう」
副長のジムが同意した。
「それじゃ、船に戻るぞ」
「分かりやした」
カレン達一行は支払いを済ますと店を出た。となりのピッカード博士は帰ったらしく、姿は見えなかった。