第八話 女騎士は意外と器用
ゲーツとカイルの訓練は夕方近くまで続いた。だが時間こそ長かったが、訓練といっても基本的な事項の確認程度に留まり、カイルにとっては何のことはなかった。最後にゲーツが「カイルには俺の訓練なんぞ、ほとんどいらなかったぐらいだ」と言ったほどだ。
訓練を終えたカイルはギルドの大広間へと戻った。するとなんと、メリナらしき女の姿がある。一つにまとめられた豊かな紅い髪と鈍い銀色の鎧は、おそらく彼女のものだろう。その夕陽に照らされた後ろ姿は黄金色に染まり、一幅の絵画のようだ。
しかし、彼女はカイルが後ろから近づいても反応しなかった。それをカウンターから見ていたミースが生暖かく微笑む。からかうような、いたずらっぽい目だ。それを確認したカイルは彼女の肩をポンと叩く。
「メリナさん?」
「おわっ! いきなり声をかけるんじゃない。びっくりしたじゃないか!」
「ごめんね。……ところでそれは?」
「なんでもないっ!」
メリナは抱えていた青い何かを、すばやくテーブルの下に隠した。頬は紅くなって、慌てたようにそれを足元へと必死に押し込む。カイルはそれを見て、テーブルの下へと目をやろうとした。しかし、そんな彼をミースが止める。
「……見ちゃダメよ」
「どうして?」
「それはメリナの黒歴史だもの……くすっ」
「こらっ! 何を言うか!」
メリナはいきなり立ち上がると、ミースにドシドシと近づいていった。彼女はポカンとしているミースの頭をぽかりと殴る。カコッと心地好い音がして、ミースは頭を抱えた。
「暴力反対! これだからお猿さんもどきは……」
「私のどこが猿だ!」
「知能」
「……もう良い! 帰るぞカイル!」
「あっ、ちょっと!」
メリナは頬を膨らませ、足を踏み鳴らしながらギルドの城から出ていった。それをカイルは大慌てで追いかけていく。彼は城の前の広場でメリナに追いつくと、その手にあった紙袋を指差した。
「その中には何が入ってるんですか? さっき何か詰めてたけど」
「たいしたものじゃない。そのうちわかるから、それ以上言うな!」
「はいはい、わかったよ」
「本当にわかったのか? 今日のところは良しとしておくが……」
メリナは疑うような目でカイルを見るが、またすぐにもとの凛々しい顔に戻った。それと同時に、カイルもまた彼女をからかうのをやめる。どことなく、ぎこちないが良い雰囲気が流れた。
街は黄昏れに沈んでいた。太陽は昼の荒々しさから一変して寂しげな顔を見せ、どこか陰欝。それに照らされる赤煉瓦からなるミニチュアのように整った街もまた、物憂い顔になっていた。道を行く無数の通行人たちは光を求める虫のように、家や商店の明かりへと吸い込まれていく。風はすでに夜のもので冷えはじめている。
メリナはその秀麗な顔を夕陽に染めると、カイルの方を見た。寂しさを内に秘めたような顔で。カイルはそれを見るなり、愕然としたような顔になる。
「あの、どうしたんですかメリナさん……?」
「夕陽を見てたら少し感傷的になってしまってな。……なあカイル、お前は寂しくはないのか? 故郷にはもう、帰れるかどうかわからないのだぞ」
メリナの目はどこまでも澄んでいた。透明な水晶よろしく、彼女の心が透けて見えそうなほどだ。それに目を奪われたカイルはありのままを彼女に話す。ゆっくりとわずかにどもりながら。
「僕は前からこういう所に来てみたかったんだよ。だからなのかな、今のところはそんなには寂しくないんだ。でも、そのうち会えないのが実感できてくると……」
「なるほど。だったらそういう時が来たら私に相談するんだぞ。もし夜中に一人で泣かれたりしたらうるさいからな……」
メリナの声にはいつもの覇気がなかった。だがそれを指摘するような者は誰もいない。そのまま二人は、影は寄り添わせつつもないようである距離を取って家に帰ったのだった。
時は何事もなく過ぎて翌朝。カイルはおとといのように変な夢を見なかったので、早めに起きることが出来た。柔らかいベッドから起き上がった彼は、よたよたと隣の部屋へと移動する。
カイルが部屋に入ると、メリナがテーブルに突っ伏すようにしていた。すぐに寝るつもりだったのか鎧は脱いでいて、代わりにパステルピンクのパジャマを来ている。その手元には危なっかしいことに糸や縫い針などがおかれていた。
カイルはメリナの顔の近くまでそれらが迫っていたため、慌てて裁縫箱のなかへと押し込んだ。その時彼は、その裁縫道具の中から出来たて青い熊のぬいぐるみらしき物を見つけた。
「カイル……? 起きてたのか」
「まっ、まあね」
「……! しまった、私は作業中に寝たのか!」
目覚めたメリナはここで状況を把握した。彼女は急いで裁縫箱などを片付けていく。だがその最中、カイルの手にある熊に気づいた。
「なんだカイル。もう見つけてしまってたのか」
「すみません、見られたくなかったんですよね」
「いや、どちらにしろお前に渡す予定で作ったんだからな。構わんよ」
「えっ、僕にくれる予定だったんですか」
「ああ、熊は縁起が良いというからな。今のお前にぴったりだと思って。……あくまで昨日、暇だったのと私の趣味だから作ったんだ。そういうことではないから勘違いするんじゃないぞ!」
メリナは熊のぬいぐるみをビシッと指差して宣言した。顔を真っ赤にして叫ぶその姿に、カイルは思わず背筋を伸ばして頷く。
「わかったなら良い。さてと、それじゃギルドへいこうか。ああ、ぬいぐるみは置いて行くんだぞ。壊れたら大変だ」
「はい、わかった……。あれ、でも戦いは三時からだよ」
「マスターは時間感覚がいい加減なんだ。ほら、この間だってパジャマ着てただろう。だから三時と言われてても早めに行っておくに越したことはない」
メリナは一旦カイルを部屋から出してすばやく準備すると、ギルドへと向かった。カイルもそれに続いていく。この間とは違って余裕を持って二人はギルドの門へと到着した。
こうしてカイルはいよいよ、アリアとの戦いに臨むのである--
次回はいよいよバトルです!
……戦いまでいろいろと長くてすみませんでした。