第七話 魔導書はステキアイテムのようだ
ポイントの伸びが……あわわ。
やれるだけ頑張りますので、これからもお願いします!
四方を頑強な壁に囲まれた空間。地面には大きな魔法陣が描かれていて、なにかの魔法を常時発動している。ちょっとしたホールぐらいの広さであるそこには、凛とした独特の雰囲気があった。
カイルは男によってここに連れてこられた。最初は戸惑っていた彼も、最後にはおとなしく連れられてきたのだ。……要は、男の強引さに負けたのである。
「ここが連武場だ。訓練用に特別な魔法が施されていてな、この空間で使われる魔法は戦略級の殲滅魔法でもない限り非殺傷化される。今から坊主には明日に備えて訓練してもらうぞ」
「……あの、なんであなたが僕を訓練するんだ? 理由がわからないんだけど……」
「俺は坊主に期待しちまったんだよ。お前なら本気でマスターに勝てるかもってな」
「それって……どういうことだ?」
男は困ったような顔をした。彼は説明しずらいことでもあるのか、口をもごもごとさせる。そして小声でぶつぶつ言った後、彼はカイルに向かって口を開いた。
「いまいち説明しずらいんだが……。マスターはいまだに負けたことがないんだ。あの人はまさに戦いの天才でな、あの歳で世界最強クラスなんだよ。だが、はっきり言って負けを知らない人間は危険だ。マスターに限ってないと思いたいが、最悪調子に乗っていつか自滅しかねん」
「なるほど、だいたいわかった。だからあなたは僕を訓練してまで勝たせたいわけか」
「そういうことだ、利用するみたいで悪いな」
男は軽くだが頭を下げた。その顔には一瞬だけだが、無力感と罪悪感とが同居していた。カイルは男の気持ちを察すると、できる限りの笑顔で彼に応える。
「いえいえ、そういうことなら構いませんよ」
「そうか、ありがたい。俺はゲーツだ、短い間だが頼むぞ」
「よろしくゲーツさん」
ゲーツとカイルは互いにがっしりと握手を交わした。カイルの手に、ゴツゴツとした男らしい手の感触が残る。その感触は、女の子の手のような良いものでは決してない。しかしその暖かさは、カイルにとってはなんとなく心地好いもののような気がした。
「よし、時間もないからさっそく始めよう。まずカイル、お前は魔導士についてどれだけ知っているんだ?」
「魔導書を使って戦うということぐらいしか知りませんね……」
「そうか。ならばとりあえず、マスターと同じ遠距離型の魔導士と戦うのに必要な知識だけを詰め込もう。今日のところはそれぐらいしか教えられそうにない」
「それで構いません。お願いします」
「わかったそれでは説明を始めよう」
ゲーツは教師のように咳ばらいをした。教えるということに慣れていないのか、わずかだが緊張が見て取れる。一方、カイルの方もどんな話がされるのかと姿勢を正した。
「遠距離型の魔導士はその火力が特徴だ。マスタークラスの魔導士ともなると、人間など一撃必殺の領域だな。まずはそれに気をつけねば話にならない」
「ほうほう、ということは距離を開けちゃダメだね。つねに接近してないと。いかに距離を詰めるかが問題になりそうだなぁ」
「まあそうなのだが……それだけでは不十分だ」
「……?」
アルカディアでは、魔法使いというのは完全な遠距離専門キャラだ。距離を詰められてしまうとまず積んでしまう。一部近接スキルにポイントを割り振ることで、近接戦闘に対応しようとしたプレイヤーもいたにはいたが、そういうのはネタキャラにしかなっていない。
なので対魔法使いの戦闘においてはいかに距離を詰めるかが課題であった。逆にいうと、それ以外はさほど重要な要素ではない。だが、ゲーツの様子を見る限り、対遠距離タイプ魔導士においてはそれだけではないようだ。
「マスターの場合、近づく者を自動迎撃するデコイを常に三つ周りに浮かべている。さらに強力な魔力障壁まで常時展開してるのだ。下手に近づくとそれらの餌食にしかならん」
「何と言うか、チートキャラ……?」
「ちーと? なんだそりゃ」
「……なんでもない、独り言です。でもそれだと能力次第で負けますよ。マスターの能力ってどれくらいですか」
「そうだな……書のレベルが百二十を超えたって最近聞いたな」
カイルの想定よりずっと低い数字。彼はホッと息をついた。百二十ならアルカディアで言うと、初心者と中級者の境目ぐらいのレベルだ。レベルキャップの五百までレベルを上げて、なおかつレア装備に身を固めているカイルの敵にはならないだろう。
カイルは心配して損したような気分になった。彼の顔には余裕が現れ、さきほどよりもずっとハツラツとした表情になる。
「なら大丈夫です。間違いなく勝てますよ。僕のレベルはもっと高いですから」
「本当か!? 驚いたな、書がなくてもレベルが上がる人間がいるのか……」
ゲーツは心底驚いたように目を丸くした。彼はカイルを珍獣でも見るような目でみる。まったく、意外そうであった。カイルはそのゲーツの態度に、素っ頓狂な声を返した。
「どういうことですか? ここだと書がないとレベルが上がらないんですか?」
「ああそうだ。書と契約しなければレベルは上がらないし、魔法も使えない。書のレベルが上がって初めて、それに比例する形で契約している人間のレベルも上がるんだ。ただし、大昔にいた始祖とかいう連中は別らしいがな……」
始祖という言葉にカイルは聞き覚えがあった。夢で少女が言っていたのだ「最後の始祖」と。その言葉はカイル心の篩に引っ掛かって、夢のことでありながら今もなお鮮明な記憶だ。
--自分はやはり、この世界の人間とは根本的に何かが違うのだろうか。カイルは直感的に思った。彼は自分の胸に手を当てて、思わず考え込む。だがその時、彼の考えを中断させる言葉がその耳に飛び込んだ。
「……だがなカイル、お前のレベルがいくつか知らないが気をつけろ。マスターの場合、最大でレベル二百分ぐらいまでは能力が上がるからな」
「はいっ? 特殊な強化魔法でも使えるんですか?」
「そうじゃない。魔導書は人間の感情をエネルギーとして動くから、契約者の感情次第で能力が大きく変化するんだ。それを示すFゲージっていうものがあるんだが、マスターはそれで最大百八十パーセントまで能力が上がることがわかっている。平常時を百パーセントとしてな。当然、それに比例してマスターの能力も上がるわけだ」
--なんだそりゃ! 気合いとかで能力が上がるのか! なんて熱血仕様だよ!
カイルは思わず叫びそうになった。おいおいというような顔をして、彼はゲーツの方を何度もみる。明らかにゲームではありえない仕様だからだ。もし実装していれば公式サイトあたりが大炎上しただろう。
だがその一方、心の奥底でカイルはこう思った。魔導書、すごく欲しいな……と。
Fゲージに関してはかなり私の趣味です。私は難解な専門用語とかに憧れる厨○病患者なのですよ……。
まあ、魔導士たちが必殺技を叫ぶ理由づけのためとか、熱い展開の演出のためとか他にも理由はありますけどね。