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アルカディア・サーガ  作者: 秋月 スルメ
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第六話 やり過ぎには注意せよ

 夜の森のようなずっしりと重い沈黙。アリアの言葉を聞いたカイルは身体をすくめて、深く息をすった。彼は両腕を組んで意識を思考の海に沈めていく。


 カイルにはアリアの強さがわからなかった。PK対策などのため、人間には解析魔法が使用できない。そのため強さの識別は今まで培ってきた「勘」に頼るしかないのだが、アリアはいまいち不明だ。


 そうしてカイルが考え込んでいると、話を聞いていたのかメリナとミースが近づいてきた。二人は愕然とした顔をアリアに向ける。


「マスター本気ですか? カイルはたしかに強いですが、いくらなんでもマスターの相手は無理です!」


「無茶苦茶、一方的すぎるわ」


「まあまあ、何も勝て言うとるんやない。戦って実力を確かめたいいうだけなんや」


「ですが……! もごっ!」


 アリアに尚も食い下がろうとしたメリナの口を、カイルの手が押さえた。彼はモガモガと騒ぐメリナを押さえたまま、アリアに向かって微笑む。その目つきは不適かつ挑発的だ。


「戦います。それで僕はあなたに勝つ……!」


「これは……アハハ、たいした大物や! 気に入ったで! そんなら明日の午後三時にギルドの連武場に来てや。その時は本気で相手したるから!」


「わかりました、必ず行きますよ」


 アリアは笑いながら去っていった。その小さな後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、カイルはようやく押さえていた手を離してやる。メリナは金魚のように口をパクパクさせると、カイルを激しく睨みつける。


「カイル、正気なのか!? 見た目に騙されたのかも知れないが、マスターは二つ星の魔導士だぞ。このギルド最強、大陸でもトップクラスの魔導士なんだ!」


「強いのはわかってたよ。でもみんなが僕の実力も知らないのに一方的にヤラレるとか言っててさ。どうしても我慢できなかったんだよ」


「お前……もしかして見栄で言ったのか!」


「もちろん勝算はある。負けるつもりはないよ。これでも故郷ではそれなりに有名だったからね」


「なら良いが……。心配だなぁ……」


 メリナはまだ何か言い足りない様子だったが、すごすごと引っ込んでいった。その顔は明らかに、カイルの実力を不安に思っているように見える。それを見たカイルは、かなり消化不良のような感じがした。


 一方、ミースは誰かに話を聞かれていた。黒いコートを着た痩せぎすで、頬に傷のある男だ。彼女はどこか嫌そうな顔をしながらも、事のいきさつを男に話す。すると男は、にやつきながらカイルたちの方に近づいてきた。


 男はカイルの前に立つと、フッとメリナにからかうような視線を送った。彼はそのままカイルの肩に手を置くと、人懐っこく笑う。そして周囲にわざと聞こえるように大声で叫んだ。


「よう坊主、お前マスターと戦うんだってな! 悪いことはいわねえ、やめとけ!」


「マジかよ! ガハハ、ありえねえ!」


「ブハっ、本気か!」


 周囲の魔導士たちは大騒ぎを始めた。彼らはカイルたちへの遠慮などなしに爆笑を始める。男も女も豪快に、それこそ腹を抱えている者もいた。


「おいっ、そんなに騒いでやることないだろう」


「なんだメリナ、もしかして……?」


「何を疑っている? カイルはただの居候だぞ」


 メリナはすっぱりと言い切った。頬を赤らめたり、どもったりということはない。本気でただの居候としか思ってないようだ。だがそのことに気づいても、男はなんだかんだと騒ぎつづける。


「いい加減うっとうしくなってきたな。よし、ちょっと脅かしてみるか……」


 カイルはしつこく騒ぐ男を面倒臭そうに見た。彼は周囲に聞き取られないように、小声でかつ素早く呪文を唱える。にわかに彼の瞳が燃えて、黒から紅へと変化を遂げた。その視線は普段の柔らかいものからいっぺんして、狂暴な迫力が溢れ出す。


 威圧呪文「イビルアイ」。モンスターやプレイヤーを「怯え」状態にして一時的に動きを止める呪文だ。その効果は対象とのレベル差に依存している。もっとも、効果はたいしたことないので、アルカディアではネタ魔法ぐらいにしか認識されていなかったが。


 しかし、そのネタだったはずの魔法は驚異的な威力を発揮した。彼の周りの空気は一瞬にして肌が焼けるような雰囲気になる。彼自身の気配はにわかに膨れ上がって、悪魔のようだ。その姿も蜃気楼のように揺れて、巨大な影の幻さえ見える。さながら、今のカイルは姿なき悪魔が憑依したかのよう。


 場は静まった。魔導士たちの身体はカタカタと揺れ出す。蒼白になりながら痙攣するその様は瀕死の病人のようで、今にも生き絶えそう。彼らは口からワタワタと、蟹よろしく泡まで吐き出す。


--しまった、効き過ぎた! 慌ててカイルはディスペルを唱えた。一瞬にしてカイルの気配は穏やかになり、さきほどまでの悪魔のような凶悪さは瓦解する。



「こりゃあ驚いたぜ……。坊主、今のはなんだ?」


「今のはまあ、ちょっとした魔法です……」


「あれがちょっとしたねぇ……。これなら書なしでもマスターに勝てるかもな。……ちょっとこっちこい、俺が明日までに対魔導士の基本的な戦い方ってのを教えてやる」


「えっ」


「いいから、マスターに勝つつもりなんだろう? だったらこっちだ!」


 男はカイルの手を引っ張って、強引にどこかへ連れて行こうとする。カイルはそれに戸惑いながらも、男の強い力で無理に引っ張られていった。しかしその途中で、メリナが男を止めようと立ち塞がる。


「こら、カイルへの訓練なら私がするんだ!」


「いや、メリナより俺の方が良いだろ。マスターの魔導書は遠距離タイプだからな、近接のお前より遠距離の俺の方が適任だ」


「それはそうだが……」


「じゃあ坊主は俺が預かっていくぜ」


 男はカイルを引っつかんでどこかに連れていってしまった。それをメリナは呆れたような顔で見送る。その表情が、どこか寂しく見えたのは気のせいか。


 その時ミースはカウンターの中からカイルの姿を見ていた。その消えていく姿に彼女は薄く口を開き、微かにつぶやく。目は細まり鋭く、顔には額にはしわが刻まれていた。


「さっきの異常な気配。彼が偽典に記された最後の始祖なの……? とりあえず要観察ね……」


 ミースのつぶやきは誰にも聞き取られることなく宙に溶けた。それが何を意味するのか、今は誰にもわからない--



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