第五話 喧嘩は枕で終わる模様
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ぐっ、重圧が。でも頑張りますよ!
「……覚悟できてるの?」
「ふっ、そっちこそ事務ばかりしてて腕が鈍ってないか?」
「そんなことは万に一つもありえない」
「ならよかった、存分にやれるな……」
ギルドの大広間の中心で、激しく火花を散らせるミースとメリナ。その瞳には灼熱の炎が燃えたぎっている。互いに刺すような目つきで相手を睨んでいて、まさに一触即発。二人の周りだけ空気が張り詰めていて、違う世界のようである。
カイルは二人から少し離れたところで、困った顔をしていた。仲裁しようにも二人は聞く耳を持たず、かといって力で押さえ込むのも気が引けた。強引に押さえればこの場は良いかもしれないが、あとで揉めそうなのが付き合いの短い彼にも見て取れるのだ。
しかもたちの悪いことに、後からやって来た魔導士たちは今にも戦闘を開始しそうな二人を囃し立てていた。直接声をかけてみたり、外野で大騒ぎをしたり。中には二人の勝敗で賭けを始める猛者までいる。
「どうするんだよ……この状況」
カイルは辺りを見渡すと、目を薄く閉じて顔をくしゃくしゃに歪めた。そして現実逃避からか、どうしてこうなったのかをゆっくり思案し始める。
きっかけはささいなことだった。きっぱりと登録を断られたので二人が一旦家に帰ろうとした時、メリナが小さく愚痴を零したのである。曰く「ミースの鋼鉄頭にも困ったものだ。こんなことだからみんなに人気がないんだ」と。
これをミースが地獄耳を発揮して聞き取ったのがきっかけで、再びカイルを登録するしないで大喧嘩が始まったのだ。その喧嘩はだんだんとエスカレートして、ついに当のカイルをほったらかしにして二人の決闘騒ぎにまでなった。
「さて、やるか」
「……ええ」
二人はそれぞれ懐から本を取り出した。青いカバーの被せられた、辞書ぐらいの厚さの本だ。二つともかなり年期が入っていて、ページの部分が茶色く変色している。だが装丁は非常にしっかりしているようで、本自体は損傷などはない。
--あれが噂の魔導書か? 疑問に思ったカイルはそういう状況ではないと感じつつも、小声で呪文を唱えた。解析呪文アナライザー、アルカディアでは初級に属する呪文だ。しかし、その効果はレベル依存のためカンストしているカイルならたいていのものは解析できる。
「おわっ……なんだこりゃ……」
頭の中に何かが流れ込む感覚。アルカディアでは専用のウインドウが出たが、この世界では直接頭の中に情報が入って来るようだ。カイルはその慣れない感覚に、軽い偏頭痛を起こす。わずかだが、めまいも彼を襲った。
しかしその痛みもすぐに治まり、彼は入ってきた情報を確認できた。するとこんな情報が頭に浮かんだ。
名称 魔導書インフェルノ
性能 形態移行、能力フィードバック、自己修復、自己成長、自己進化、魔力チャージ、ソウルリンク
頭の中に情報を表示する画面が浮かんでいるような感じだった。この画面はパソコンのようで、それぞれの言葉はよりくわしい情報にリンクしているのがカイルにはわかる。
カイルはそれぞれの言葉--特に性能--についてより詳細な情報を調べようとした。だが、ギルドの中がにわかに剣呑な雰囲気となってくる。彼は慌てて作業を中断し、思考を頭の奥から引き揚げた。
「いくぞ、リンクオン!」
「……リンクオン!」
二人の足元に魔法陣が浮かび上がった。淡く輝く光の円と直線が縦横無尽に交差して、複雑な紋様を形作っていく。浮かび上がった古代の魔法陣はうごめくように脈打ち、七色の魔力が場にあふれた。
二人の持つ魔導書が光を帯びた。白い強烈な輝きを放ちながらそれは姿を変えていく。その変化は彼女たちの身体にも及び、光が全身を包んでいった。
危険を感じたカイルは急いで、自身の持つ最大の拘束呪文を唱えようとした。だがその詠唱は長く、間に合いそうにない。しかしその時、彼女たちに向かって白い何かが飛来した。
「枕……?」
白い物体の正体はなんと枕だった。ミースもメリナも発動しようとしていた何かを中断して、枕が飛んできた方角に振り向く。するとそこにはナイトキャップを被り、水玉模様のパジャマを来た勝ち気な雰囲気の少女が立っていた。
「二人とも何をやっとるんや! あんまりうるさいから三階まで響いて来たで。何をしとったのか、聞かせてもらおうか? ……あらかじめ言うとくけど、うちの二度寝を邪魔した罪は重いで」
「マスター! いや、これはなんでもありません。なあ、ミース?」
「ええ、なんでもなかった……わ」
二人は急に態度を改めた。それだけではない、周りの人間たちも少女の姿を見ると明らかに態度を変える。そしてどこかほっとしたような顔をした。
「マスター、遅かったじゃないか。もう少しでガチな喧嘩が始まりそうだったぞ」
「ほんとほんと、いくらなんでも寝過ぎっス」
「最近とっても急がしゅうてな。それで寝不足だったんよ」
少女は周囲の声に軽い調子で答えながら、当事者二人に近づいていった。彼女はそのまま二人の肩を抑えると、半ば強引に近くに転がっていた椅子へと座らせる。そして何やら、二人と話をし始めた。それは端から見るかぎりお説教のようである。
「……なるほど、喧嘩しとっただいたいの理由はわかったで。そういうことなら……。君、ちょっとこっちに来てくれへん?」
「はいはいっ」
少女に呼ばれたカイルは速足で彼女の元へと移動した。少女は移動してきた彼を誘導すると、目の前の椅子に座らせる。彼女はカイルが座るとすぐに、値踏みするような目で彼を見つめた。その視線は鋭く、また顔に似せず老獪なものであった。
カイルはその視線を真っ向から受けて立った。すると少女はまず意外そうな顔をして、次にいきなり話を切り出す。その時、声はわずかに上擦っていた。
「今の視線を受けて平気なんか……ただ者ではないね。なあ、君はこのギルドに本当に入りたいんか? せやったらある試験をクリアできれば、ギルドに入れたっても良いんやけど」
「もちろん入りたいよ。そのある試験って何です?」
「もう、せっかちやな。でもそういうの、嫌いではないよ。それである試験っていうのは--」
少女はにやりと口元を歪ませた。彼女はさらに、もったいぶるように咳ばらいをする。そうしてゆっくり間を置きながら口を開いた。
「そのある試験って言うのはな、うちことこのギルドのマスター、アリアと戦うことや」