第二話 たぶん信用されたらしい
カイルの頭はからっぽになった。考える力を失ってしまったようで、真っ白になって何も出てこない。だがとりあえず、カイルはメリナに部屋にいた事情を説明することにした。むろん本当のことは言わない。口から出まかせの嘘っぱちである。
意外なことに、嘘はすらすらと出てきた。人間、追い詰められるとなんでもできるものであるらしい。たどたどしくはあったが、カイルはもっともらしい嘘をメリナの前に並び立てることに成功した--
「……となるとこういうことか? お前は辺境に住んでいる魔法使いで、自分の部屋に魔法で帰ったつもりがなにかの事故で私の部屋についた。それでたまたま、私の部屋がお前の部屋に良く似ていたから勘違いをしてしまったと……」
「そういうことだね」
「だが、それだとおかしくないか? それだとお前は書もなしに転移魔法なんて高度な魔法が使えることになるが」
「……ええっとあの、書ってなんですか?」
カイルは心底困った顔をした。アルカディアには「書」と呼ばれるようなアイテムはない。この世界特有なもののようだった。そうなるとカイルはおとなしく白旗を上げて、メリナから話を聞くしかないのだ。下手に知ったかぶりをするとろくなことに合わないことぐらい、カイルは知っている。
メリナは原始人でも見るような顔をした。田舎者ではなく、原始人である。そのあまりの顔にカイルはいろいろと思ったが、開きそうになる口を堪えてぐっとつぐんだ。
「どれだけ田舎に住んでいたんだ? 山奥の仙人だって知ってるようなことだぞ。いいか、書というのは……。ああ、今から説明するからこの網をなんとかしてくれ。話しにくくてたまらん」
「ああ、ごめん忘れてた! ……魔力よ、その源たる世界へ還れ! ディスペル!」
「おっとっと!」
魔力の網は淡く光る粒となって宙に消えていった。急につっかえのとれた格好となったメリナは、その場でよたついてしまう。その少し間の抜けた様子にカイルは口元を歪め、ぷすっと小さく息を漏らす。
「こら、笑うな!」
「ごめんごめん、笑わないよ」
「……まあ、今のは特別によしとしてやろう。私は心の広い大人なんだからな。それより書についてだったか。これはみんな書と呼ぶが、正式には魔導書というものだ。人間が高度な魔法を使うのを補助してくれるアイテムだよ。旧文明からの遺物で、これがないと人間はほとんど魔法を使えないはずなのだが……」
メリナは疑わしげな視線をカイルにぶつけた。カイルはとっさに何か良い考えはないかと頭を回す。だが、さきほどとは違って妙案は浮かばない。カイルの限界を越えてしまっていたようだ。
「うっ……ぼっ、僕はすごく遠い所から来たんだ。この大陸の外にある場所からね。そこでは書がなくても魔法が使えたんだよ。だから僕は人間だけど書なしでも魔法が使える……」
--だめだ、いくらなんでも苦し過ぎる……! カイルは嘘がばれるのを覚悟した。薄く口を開けて、いつでも呪文を唱えられるように備える。ばれたらすぐにメリナを拘束して、ここから逃げ出すつもりだった。
しかし、メリナはカイルの考えたような反応はしなかった。彼女は考え込むような顔をしてゆっくり部屋の奥へと移動していく。そしてそこにあった椅子に深く腰掛けると、まっすぐにカイルの瞳を見つめた。
何かを試されているようだ、とカイルは感じた。彼はとっさにメリナの蒼い瞳に向かって視線を返す。二人はにわかに見つめ合って、カイルの中で緊張感が高まっていった。
その見つめ合いは何十秒か続いて、部屋の中の空気が引き締まっていった。カイルはメリナの見透かすような瞳に汗をかきつつも、負けじと彼女の瞳を見続ける。すると不意に、メリナが口を開いた。
「……悪い者ではなさそうだ。嘘っぽいが信じてみることにしよう。現に魔法も使えていたしな」
「信じてくれるのか?」
「ああ、まだ一応といった程度だが。……さてと、そうと決まったら『カイル』のことを何とかしないと。手ぶらで飛ばされて来たみたいだからな」
メリナはやれやれといった顔でカイルを見た。だがその表情にはさきほどまでの刺はない。何かしら彼女の中でカイルのことを認めたようである。その事実に気づいたカイルはほっと一息ついた。
実際の話、カイルは手ぶらも同然だった。ウインドウが出せない以上、その中に収められているアイテムやお金は出せない。それにもし出せたとしてこの時代--もはや違う世界とも言えるほど未来だろう--でも価値があるかは怪しいものだ。ここでメリナが何かしてくれるというのなら、カイルにとってこんなありがたい話はない。
「うーんそうだな、この部屋の隣にほとんど物置状態だが空いてる部屋がある。片付ければ寝られるはずだ。今から片付けをして今日はそこで寝ると良い。明日からのことは明日になったら考えよう」
「ありがとうメリナさん! そうさせてもらうよ」
「勘違いするな。私はカイルがもし野垂れ死にしたりしたらわ・た・しの寝覚めが悪いから面倒をみるだけだ。そこのところを履き違えるなよ!」
--その後、カイルはメリナの案内で隣の部屋へと移動した。部屋の中は「物置状態」とメリナが言っていただけあって、大量の物が散乱して足の踏み場もない。しかし、部屋自体は物置として造られたものではないらしく、日当たりの良い住み心地の良さそうな部屋だった。特に年季の入った木の風合いがなんとも良い感じだ。
こうしてうまく生活拠点を得たカイルは、その日の夕方まで部屋の片付けをしたのだった--
ポイントが結構伸びてきているようです。
読者の皆さん、ありがとうございます!