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アルカディア・サーガ  作者: 秋月 スルメ
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第一話 ゲームの世界(?)

 カイルは一瞬、石化したように女を見た。その時彼は、ポカンと目を見開き完全にあきれ顔になっていた。


--マイルームには他人は入れないはずだ。しかも「人の部屋」だと? まったく不思議な話だなぁ。


 カイルはいささか不機嫌になった。彼は濃いめの眉をへの字に曲げると、女に皮肉めいた視線を投げる。


「人の部屋も何も、ここは僕のマイルームだ。おかしなことは言わないでくれ」


「おかしいのはそっちだろ! 私の部屋に勝手に侵入しておいて、あまつさえ自分の部屋だとは。ずうずうしいにもほどがある! ……しかも、私の秘密コレクションまで見たようだしな……。まったく許せん! 覚悟しろ!」


 女はいきなりカイルに向かって手を伸ばしてきた。カイルはそれを横に跳んで回避する。手は宙を切って、女は顔を歪める。そのあとも女は次々と手を出してくるが、カイルにかすりもしなかった。


「いきなりはないだろ! 僕の話も聞いてくれよ!」


「ちっ、素早い奴だな!」


「無視か!」


 女は手を広げるとカイルに向かって飛び込む。鎧で着膨れた身体が、一気にカイルとの距離を詰めた。重厚な全身鎧で身を固めているにも関わらず、信じられない速さだ。


 カイルは足に力を入れ、一気に跳び上がった。彼の小柄な身体は軽やかに浮かび上がり、天井を髪がこする。女はそれを見上げて驚いた顔をしたが、鎧で重くなった身体は止まらなかった。


「ぐはっ! おのれぇ!」


 壁に身体を打ち付けて、聞き苦しい呻きを上げる女。その目はいっそう怒りで燃え上がり、なにかのオーラまでも感じられそうなほどだ。そのただならぬ気配に、カイルは素早く呪文を紡ぐ。


「我が身に満ちる魔力よ、敵を戒めよ!バインド!」


「なにっ、書もなしに魔法だと!」


 驚愕に顔を歪めた女は、一瞬で魔力の網に搦め捕られた。彼女は必死にもがくものの、頑強な光の網はよりきつく彼女を縛り上げるばかり。緩むことすらなかった。


 バインドは詠唱こそ短いが、消費MPの多い高威力呪文だ。その威力は魔法職を極めたカイルが使用すると、上級ダンジョンのボスモンスターを数十秒も拘束できるほどである。女がカンストプレイヤーだとしてもしばらくは持つはずだった。


 カイルは動けなくなった女にゆっくりと近づいていく。彼は女の蒼く透けるような瞳をよくよく見つめた。そしてふっとやつれたような息をついた。


「ねえ、どうして君は僕の部屋に侵入したのさ」


「だ・か・ら私の部屋なのだ! それと君はやめろ。私はメリナ、だからメリナさんと呼べ!」


「ふぅ、わかったよ。だったらメリナさん、どうやってこの部屋に入ったの?」


「わかってないではないか! ……もう一回家の外から確かめてみると良い。私の名前が書かれた表札があるからな、さすがにそれを見たら自分の部屋だとは言えないだろう」


「しょうがないなぁ……」


 カイルの返事は実に気のないものだった。彼はそのまま、かなり面倒臭そうに部屋のドアへと歩いていく。メリナはそれを半ば血走ったような目で睨んでいた。


 アルカディアにおいて、指定した場所と違う場所にログインしたという事故をカイルは聞いたことがなかった。彼の百人単位でいるフレンドからだけでなく、そういったバグをネタにしているような攻略サイトや掲示板でもである。百パーセントないとは言い切れないが、事故が起きるのは宝くじ並に低い可能性と言えた。


 だからだろう、カイルはぞんざいにドアを開けて外に出た。しかしこの瞬間、彼は雷が降ってきたような衝撃を受けた。


「えっ……!?」


 彼の目に、栄えた街の様子が飛び込む。人であふれた広い石畳の通り。軒を連ねる無数の露店。人々が無数に通り過ぎていき、商人が威勢良く叫んでいる。建物はどれも趣のある煉瓦づくりで、時代の先端の香りがした。


 彼のいた部屋はその通りに面した建物の二階部分にあった。一階部分はなにかの店になっていて、そこから彼の今いる外に張り出したスペースへと階段が伸びている。これはありえないことだった。


 カイルが持っているマイルームは裏通りに面した建物の一階にあるはずだった。間違ってもこんな賑やかな場所にはない。ゲームの中でも表通り沿いは物件が高いため、買うときにまだレベルの低かったカイルは裏通りの物件を買ったのだ。自分でじっくりと部屋を選んだため、そのことは鮮明に覚えている。


 目の前の光景を拒否するように、カイルはドアをピシャリと閉めた。彼はそのまま、張り付いたような無表情でメリナに向かっていく。その焦ったような様子を見たメリナは得意げな顔をした。俗に言うドヤ顔というやつだ。


「やっぱり私の部屋だったろう? わかったら早くこの魔法を解除して帰ってくれ」



「……ここはどこなんだ?」


「ふぇ?」


「ここはどこなんだって聞いてるんだ!」


 有無を言わせぬ迫力があった。目には静かに燃える炎が見える。圧倒的な鬼のような迫力にメリナは押されてしまい、どもりながら現住所をカイルに教えた。


「ええっと、シフィアの南三番通りだ」


「シフィアってどこにあるんだ? できれば大陸の名前から教えて欲しい」


「変なことを聞くやつだな。ロランシア大陸のラース王国に決まってるだろう」


 カイルは頭を抱えた。彼の胸の中に、「異世界召喚」という単語が無数に襲来する。だがここで彼は最後の希望を込めてメリナに質問した。


「メリナさん、ガルシア大陸とかって聞いたことないか?」


「ガルシア……待ってくれ。どこかで聞いたぞ」


 メリナは不自由な身体を器用に捻って考え始める。カイルの胸にわずかに希望が盛り返してきた。彼はメリナが思い出すのを今か今かと待った。すると--


「……思い出したぞ! ギルドでミースから聞いたんだった。確か旧文明時代にはこの大陸がガルシアと呼ばれてたって言ってたぞ」


 ……カイルの中で神が死んだ。



 

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