第十四話 ガルテニア遺跡都市
蹄が赤茶けた地面剥き出しの小道を、小気味良いリズムで蹴っていく。白い幌付きの速さだけを求めたような簡素な馬車は、草原の道を疾走していた。がたがたと大きな音を響かせ、それは視界の端から端へとすっ飛んでいく。
その行く先には街があった。大きさはたいしたことないが、くすんだ灰色をした高い城壁がぐるりとその周りを囲んでいる。さらに城壁の上に出ている建物の屋根も色味に欠けていて、どことなく物々しい雰囲気の街だ。
馬車の中にいたカイルは、迫り来る街に目を奪われていた。彼は馬車に付けられた窓のような穴から、熱心に身を乗り出している。そして十分に街を見た彼は、馬車の中に視線を移した。さらに彼は馬車の中で暇そうにしているオルシアに声をかける。
「あそこがガルテニアの街?」
「ええ、そうよ。あの街の地下に私たちが調査に行く遺跡もあるわ」
「遺跡の上に街があるのか?」
「遺跡の中からそれなりに価値がある物が出てね。一攫千金を狙うような輩とか、目ざとい商人が集まって街ができたのよ。だけどそんな奴らばっかりの街だから治安は良くないし、おかげで街自体の整備も進んでないわ。だから人口はそれなりに多いけど、鉄道建設どころか街道の舗装すらできてないの」
オルシアはそれだけ言うと、忌ま忌ましげに幌の隙間から舗装されてない道を見た。彼女は腰をさすりながら、くたびれたようなため息をつく。どうやら揺れる馬車の中ですっかり腰を痛めたらしい。
その一方で、メリナは元気だった。彼女は布を片手に鎧の整備をしているが、その動きには落ち着きがない。その目は何やら輝いていて、子供のようである。どうやら、ガルテニアの街へ行くのがよほど楽しみなようだった。
カイルがそうして対照的な二人を観察していると、いよいよ街は迫ってきた。街への入口となる厳めしい門が、どんどんその大きさを増していく。御者はその門が見上げるほどになった時、馬に鞭を打った。二頭の馬はいななきながらその脚を止める。
カイルたちは荷物を纏めると、馬車から降りる準備をした。すると門の脇の扉から門番らしき男が数名、馬車に向かって来る。彼らは幾分横柄な態度で馬車の前に立ち塞がると、手を差し出した。
「そこの馬車の者、通行証を出せ。この街に入るには通行証が必要だ」
「はいはい、ちょっと待ってくれ。これがわしの通行証だ。お客さんも早く通行証を出してくれよ」
「は~い、いま行くわ。カイルたちも降りるわよ」
オルシアはポーチから手の平サイズのカードを取り出すと、素早く馬車を降りた。カイルたちもそのあとに続いて、馬車の後方から地面に飛び降りる。オルシアはやや遅れてきた二人を引き連れて、門番たちの前にビシッと立った。彼女は態度の大きい彼らにカードを突き付ける。その顔はどうだと言わんばかりの顔、いわゆるどや顔をしていた。
「これでどう?」
「これは……失礼しました! どうぞお通り下さい。遺跡の方はこの先の道をまっすぐ行ったところにあります。脇に管理施設がありますので、調査の際はご連絡下さい」
「ん、丁寧にありがと。二人とも、そういうことだからさっさと行くわよ」
「ああ、行こう」
「そうだね」
オルシアは門番から通行証をスッと返してもらうと、門をくぐって行った。カイルたちもすぐにそのあとを追いかけていく。三人は軽快な足音を響かせながら、街へと入っていった。
街の中はずいぶんと荒れていた。表通りだというのに、石畳の石は剥がれて雑草が生え放題。通り沿いの建物の石壁はくすんで、白かったであろうそれらはみな灰色だ。壁にはところどころ落書きまでなされていて、とてもまともな雰囲気ではない。
「すっごいところね……。初めて来たけどびっくりだわ」
「ああ、まったくだな。しかもこれだけではなく住人の質も悪いようだ」
「確かに、見た限りならず者ばっかりだよな……」
オルシアたちは少々、呆れたような顔をして周りを見回した。三人の周りを行く通行人、それはだいたい目を嫌にぎらぎらとさせていたのだ。筋骨隆々として巨大な武器を背負った男やら、痩せているが手に宝石をじゃらじゃら付けた商人やら。果ては露出過多な服で男を誘う女までいる。
カイルたち--特にオルシア--は眉をひそめると、ゆっくりと街を歩いていく。彼らは遠慮のない視線をぶつけてくる街の住人たちに顔を歪めながらも、通りをまっすぐ進んでいった。背の低い建物が雑多に並ぶ町並みを、カイルたちは次々と通り過ぎていく。
そうしていくと、三人の前に巨大な建造物が見えてきた。継ぎ目のまったくないドームのようなそれは、周囲の建物に倍する大きさがある。その漆黒の表面は鏡のように滑らかで、陽を反射しては煌めいていた。さらにそこから、二重螺旋を象った青と赤のモニュメントのような物体が付きだし、空を貫いている。さながらそれは、地上に突き立てられた裁きの十字のようだ。
どうしようもなくその建造物は異様だった。カイルはそれに本能レベルで拒否感を抱く。五感のすべてが逆立ち、近づいてはいけないと彼に警鐘を鳴らす。消える、溶ける、弾け飛ぶ。カイルにとってそれはさながら、頭の中が派手に散らばってしまったかのような痛烈極まる感覚だった。
「おい、大丈夫かカイル!」
「何とか……」
「マナ酔いでもしたのかしら……。でももう大丈夫そうね」
カイルの顔は一瞬、瀕死の病人ほどに青ざめたがすぐに元に戻った。それと同時に、カイルの感じていた不気味で嫌悪感に満ちた感覚も消えていく。そのため彼は心配そうな顔をした二人に、軽やかな笑みで応えた。
しかし彼の心には、さきほど感じた強烈な感覚がしっかりと刻み込まれたのだった--