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アルカディア・サーガ  作者: 秋月 スルメ
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第十一話 一万年と二千年前には……

今回は世界観を説明するお話です。

なので説明が多いかも……。

 青の旅団本部の大広間は、死屍累々たるありさまだった。男も女もあちこちでひっくり返っては、大いびきをかいている。その近くには酒瓶や酒樽が転がっていて、ツンと鼻をつくような香りが広間全体を覆っていた。


 カイルがアリアに勝った日の夜は、青の旅団総出の宴会となった。新入りの歓迎会だと理由をつけて、酒好きな魔導士たちが飲めや歌えやの大騒ぎをしたのだ。宴会は延々と夜更けまで続き、たいていのものはその場で酔い潰れて眠った。この大広間の惨状はそれが原因なのである。


 しかし宴会の主役であるはずのカイルは酔えていなかった。酒酔いも状態異常と見なされるらしく、そういったものを受け付けないスキルを保有している彼の身体は酔わなかったのだ。そのため彼はゲーツやメリナ、果ては途中参戦してきたアリアが気持ち良さそうに眠る横で少々眠れない夜を過ごしている。


「カイル~、どうしてそんなに強いんやぁ~。うちにその秘密教えてや……」


「カイル……どうだ? そんなに好きなら好きなだけ良いのだぞ……」


「二人とも寝ぼけてないでちゃんとして……」


 カイルは自分に寄り掛かってくるアリアとメリナを、とりあえず床に寝かせるとため息をついた。二人とも浴びるように酒を飲んでいたので、全身からアルコールの匂いが溢れている。酒が苦手どころか未成年で今日初めてそれを飲んだ、いや飲まされたカイルにはその匂いはきつすぎた。


 そこで彼は、肺が焼けるような酒の匂いから解放されるべく一旦外に出ることにした。ちょうど練武場へ向かう途中の廊下を上がった所に、星を見るのにおあつらえむきのバルコニーがある。彼はしばらくそこで、星でも眺めて新鮮な空気を吸うことにした。


 カツカツと硬い足音を響かせてカイルは廊下を歩く。壁に張られたガラスから、朧げな月明かりが彼の身体を照らし出した。黒いはずのローブも白に染まり、彼の細めの整った顔も白くなる。ところどころが少しかけてきている古い石壁までも、黄金色に見えた。


 カイルは廊下の途中にある大きな扉を開けた。古びて端が若干削れた木の扉が軋みながら開くと、月がカイルの視界を埋める。白く冷たいようでありながらも、包み込むような優しさを感じさせる月。その蒼白な光に照らされたバルコニーには先客がいた。


 碧の髪から淡い月光のカケラを振り撒き、紅い瞳で少女は空を眺めている。そのどこかはかない、夜桜を思わせるような小さな顔にカイルは確かに見覚えがあった。しかし彼は目を疑うかのように何度も少女を見る。


--ミース……なのか? いや、でも……


 普段のミースとは雰囲気がまったくことなっていた。さっきまでの彼女は美少女だったがひどく所帯じみた感じがしていた。しかし今の彼女は、生活感や存在感というものが一切かけている。まるで、夢から出てきた幻の少女のように……。


「ミース?」


「……あら。あなたも星を見に来たの?」


「まっ、まあそうかな」


「そう……」


 ミースは一言返事をすると、もとの雰囲気に戻った。カイルはその変化に少し目を丸くしたが、彼女の元へと歩いていった。バルコニーの突端で手すりに持たれているミースの元に近づくと、空に浮かんでいるような錯覚が彼を襲う。


 彼はふわふわとした感覚に閉口しながらも、ミースの隣にたった。そして彼はミースにゆっくりとした口調で話かける。


「ミースも眠れなかったの?」


「ええ、お酒は苦手。がぶ飲みする馬鹿の気が知れないわ」


「そうなんだ……。それより月が綺麗だね。掴めそうなぐらいだよ」


 カイルは空に浮かぶ大きな月を見た。地球では十円玉ほどの大きさでしか見えない月も、この世界では人の顔ほどもある。遠くにきたものだ……。彼は改めてそう感じた。


 カイルはそうして寂しげな顔をした。するとミースはそれをじっと見つめる。そして彼女は再び月を見ると、微かに唇を開いた。


「……遥か昔、始祖文明の頃はあの月まで実際に行った人がいたそう。今は見ることしかできないけど……」


「始祖文明……? もしかして始祖って存在が築いた文明なのか?」


「そうよ。この世界のすべての知的生物の原点にして、真なる神の子の末裔である始祖。彼らが遥か昔に築いた文明が始祖文明なの。この文明は現文明にたいして旧文明とも呼ばれるわ。……でもどうしてこんなことを聞くの?」


 ミースは見透かすような瞳でカイルを見つめた。その紅い瞳は月光を浴びて、いっそう鋭い輝きを増す。カイルはその迫力に一瞬、本当のことを言いたくなったがなんとか堪えた。


「……歴史とか好きなんだよ。旅先とかでもその土地の歴史を調べたりするぐらいでさ。ねえ、もっとその文明に関する話をしてくれないかな? すごく面白そうだから」


「……わかったわ、もう少し話してあげる。何が聞きたい?」


「始祖ってどんな人たちだったのかな? まずそれが知りたいや」


「うーん、一番難しいところね。彼らは神の子ですべての知的生物の祖とされているわ。ただ、その実態については良くわかっていないの。人間型のものに限らずエルフ、龍人型にいたるまで多種多様な種族がいたようだし……。ただ、彼らはほぼ全員自分たちのことを『プレイヤー』といったそうよ」


「プレイヤーだって! その始祖ってのは誰か生き残ってないのか!」


 カイルはいきなり激しい口調になると、ミースに詰め寄った。彼は彼女の線の細い肩に手をかけると、ぶんぶんと揺する。微かな手がかりを逃したくない、という必死の思いがその手にのしかかっていた。ミースはそんなカイルの極端に見開かれた目をみると、申し訳なさそうな顔になる。どこか罪悪感にも似たものが、そこには現れていた。


「……始祖は誰も生き残ってないわ。彼らの文明は正体不明の巨大生物に滅ぼされたの」


「そんな……でもエルフとかなら生き残っているじゃないのかな。僻地の森に住んでるし、寿命も長いから……」


「ダメよ。だって……」


 ミースは口をもごもごとさせた。よほど言いづらい事実のようである。彼女はカイルの必死な顔をみると、なかなかそれを言い出すことができない。


 しかしここで、カイルが表情を変えた。ぎこちないが、なんとか穏やかな表情を彼は取り繕う。これによってようやく、彼女は重い口を開けた。


「エルフや龍人とかの寿命はせいぜい千年ぐらい。それにたいして旧文明が滅びたのは約一万二千年前とされている。残念だけど……。始祖は誰一人として生き残っていないわ」


 カイルの希望の光は脆くも、時の激流に流されていってしまった--



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