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アルカディア・サーガ  作者: 秋月 スルメ
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第十話 高待遇、ゲットだぜ!

 クレーターの中心でふらつくアリアに、カイルは顔を青くして駆け寄った。すでに変身は解けていて、彼女の身体は砂ぼこりまみれだ。しかし顔色は少し悪く目を回しているものの、彼女に外傷はなく問題はなさそうである。彼は近くから観察してそれを確認すると、ホッと息をつく。


 するとアリアが、ふらつきながらカイルに抱き着いた。彼女はカイルの肩に手を回すと、彼の耳元でそっとささやく。かすれ気味だが、柔らかい春風のような声だった。


「完敗や……。ギルドへの登録、認めたるで。そうやなぁ、仮にもうちに勝ったんやから準星ぐらいの待遇かな……」


「あの準星待遇ってなんです?」


 カイルは訝しげな顔をしてアリアに尋ねた。しかし、彼女は疲れた様子で笑うばかり。彼の質問になかなか口を開こうとしない。


「ごめんなぁ、詳しい説明はしんどいからミースから聞いてや。準星待遇で登録を認めてもろた言えば、教えてもらえるから」


「わかった。そうしよう」


「そうしてや。まっ、とにもかくにもおめでとさん」


 アリアは精一杯の笑顔を見せると、ゆっくりカイルから離れていった。彼女はよたよた通路の方へと向かうと、その出入口の中へ消えていく。カイルはそれを心配そうに見送ると、自身も通路へと走っていった。


 ギルドの大広間では、メリナを始めとする三人が心配そうな顔をして座っていた。危険なので練武場の近くでの観戦は認められていない。そのため三人は大広間で吉報を待っていたのだ。彼らはそれぞれ険しい顔をして、指でカタカタとテーブルを叩いたり、しきりに足を組み替えたりしている。


 その彼らが注目していた扉が、唐突に開かれた。重い木の扉が軋むと同時に、彼らの待ち焦がれていたカイルもその姿を見せる。三人は安心して肩を撫で下ろすとすぐに、矢継ぎ早に質問をぶつけた。


「怪我はないか? 試合はどうだったのだ?」


「マスターには勝てたか?」


「……登録のことも忘れないで。ちゃんと登録の許可は下りたの?」


「ちょ、ちょっと待った。全部説明するからさ」


 カイルは三人の質問を手で軽く制すると、近くの椅子に腰を下ろした。彼はそのまま、椅子を引きずるようにして三人に近づくとわかりやすく彼らに事の次第を説明しようとする。その時の三人の顔は、がり勉の優等生のように真剣だった。


「……僕はマスターに勝った。試合では怪我をしてないし、健康はまったく問題なし。それに登録についても準星だとかで認めてもらえることになったよ」


「……準星だと!」


 メリナがテーブルを叩き、素っ頓狂な叫びを上げた。ゲーテもミースもそれに続いて、目を丸くする。さらに話を立ち聞きしていたらしい他の魔導士までもが、ザワザワと騒ぎ出した。彼らはいずれも驚いたのか、興奮して口調が強くなっていた。その動揺した様子は、まるで自宅に隕石でも落ちたかのようだ。


「本当に準星なのか?」


「もちろん。確実にアリアさんはそう言ってたはずだ」


「信じられん……」


 ゲーツはそのまま椅子に深く座り込むと、何も言わなくなってしまった。メリナの方も、動揺しているのか目をパチパチさせていていかにも落ち着きがない。仕方ないのでカイルは、まだ比較的落ち着いているミースに説明を求めた。


「準星ってそんなに凄いことなのか? というより星ってなに?」


「……あなたはそういえばとんでもなく遠い所から来たんだったわね。仕方ない、教える。星というのは魔導士の強さの基準よ。上から順に三つ星、二つ星、一つ星、準星とあるわ。これはギルドや魔導士を統括している魔導書管理協会が定めたもので、どこでも通用する基準となるの。もっとも、二つ星以下は各ギルドのマスターが決めるけど……」


「それなら一番下の準星ってたいしたことないんじゃ……」


 カイルは困惑して眉をひそめた。彼の頭の中を、思考の渦が駆け巡っていく。すると彼の中で少し嫌な考えが浮かんできた。


--下のランクならばこんなに騒ぐことないのではないだろうか。むしろ一番下だから、嫌な意味で騒いでるのか--


 カイルの脳裏を黒い何かが過ぎる。するとその時、言葉を失っていたメリナが口を開いた。彼女はカイルに疲労感いっぱいの顔を見せると、諭すように言う。


「……カイル、たいしたことないなんてとんでもない! 星なしから準星にはよほどの功績がないと無理なのだぞ。例えば私が準星になった時には、レッドドラゴンを一人で倒したぐらいだ」


「それなら結構凄いんだなぁ……」


「当然だ! 大陸有数の実力派であるこのギルドでマスターの次に強い私でも、まだ一つ星だからな。二つ星で世界最強クラス、三つ星ともなると神話レベルた!」


 メリナはいつのまにか火を噴くような強い口調になっていた。彼女はそのままの勢いで、顔を紅くしながらもしゃべり切る。その突進してくるかのごとき迫力に、カイルは押されっぱなしになる。なのでメリナの熱弁の途中、自分をアピールするような文章が多々あったことには彼は気づいていない。


 人間というものは周囲が取り乱すと逆に自分は冷静になるものである。今回もその例に漏れない出来事だったらしく、メリナが騒ぐと逆に近くのゲーツとミースは普段のようすにだんだんと戻っていった。特にミースは、メリナの話が終わるころにはすでにいつもの冷静な彼女に戻っていた。


 冷静になったミースは手際良く書類を準備した。彼女はカウンターの中から必要な書類を取り出すと、次々に必要事項を記入する。そして最後に残った一枚を、未だにほわっとしているカイルの前に差し出した。


「これにサインして。あなたの国の文字で構わないから」


「えっ、ああすぐやるよ」


 カイルは万年筆のようなペンを受け取ると、書類のサイン欄の上でしばしペンを止める。だがしばらくすると、彼は決意したかのように勢い良く『カイル』とカタカナで記入した。


 ここで本名ではなく『カイル』と記入したのは、カイル自身のある種の決意表明である。つまりこの世界でカイルとしてやっていくということなのだ。もちろん、帰ることを諦めてはいないのだけど。


 こうして濃くはっきりとした字で名前を描いたところで、カイルはそれをミースに手渡した。彼女はそのカードを見るなり満足そうに笑う。そして彼女はカイルの方を向くと、いまだかつてないほどの微笑みを彼に向けた。


「これで登録は完了。おめでとう、準星魔導士としてこれからしっかり頑張って欲しい」


 ミースの声の調子は普段と違って高めで暖かく、そこにはカイルに対する確かな祝福が篭っていた。さらにそれを聞いたメリナやゲーツが新入りを祝うべく、激しく手を叩く。その音の波及はギルド中に広がっていき、やがてギルドにいた全員が手を叩き出した。


 このようにしてカイルは、ギルド青の旅団に受け入れられたのであった--



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