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大杉栄、ラインを組む――転生した無政府主義者は競輪場で風になる

掲載日:2026/09/05

 僕を殺した男の名前は覚えている。


 けれど、最後に言おうとした言葉は覚えていない。


 野枝、と呼ぼうとしたのか。

 宗一を帰せ、と言おうとしたのか。

 それとも、もっとみっともなく、息をさせろと願ったのか。


 大正十二年九月十六日。

 震災の煤がまだ東京に残っていた。


 憲兵隊司令部の一室で、僕の喉は声を失った。憲兵大尉、甘粕正彦。その名と、近くで動く軍服とを、僕の目は最後までうまく結びつけられなかった。


 机の上に紙があった。


 くだらないことだが、それが気になった。

 まだ書ける場所が、あんなにある。


 やがて紙も見えなくなった。


     *


 次に目を開けると、僕は泣いていた。


 肺が痛むほど空気が入った。

 天井が白い。光がある。誰かが僕を持ち上げる。


「元気な男の子ですよ」


 男の子。


 その評価は、三十八歳の男に対するものとしてはいささか不適切だった。


 抗議しようとして、また泣いた。

 舌が動かない。手を上げると、握り拳は驚くほど小さい。


 若い女が、その拳に指を差し出した。

 僕はつかんだ。

 意思というより反射だったが、離したくなかった。


「よく来たね」


 女は言った。


 僕の二度目の人生は、そうやって始まった。


     *


 二〇〇三年、静岡。


 新しい僕の名は、杉浦栄といった。

 父と母は駅から少し離れた商店街で、自転車店を営んでいた。


 なぜ栄なのかと、言葉が使えるようになってから母に尋ねた。


「景気のいい名前がよかったの」


 思想的背景はなかった。

 父はその横で、銀行に出す書類をしかめ面で書いていた。


 記憶は、初めからすべて揃っていたわけではない。


 日本語を喋れるようになるより先にフランス語の断片が浮かび、母を困らせた。文章を読めるようになると、知らないはずの言葉が次々と意味を取り戻した。


 夜中、首に何も巻かれていないのに、息が詰まることがあった。

 母が寝巻きの襟を緩めてくれると、ようやく手を離せた。


 八歳のとき、図書館で自分の名前を調べた。


 大杉栄。

 社会運動家。無政府主義者。

 一八八五年生、一九二三年没。


 僕の隣に、野枝の名前があった。

 宗一の名前もあった。


 六歳。


 何度読んでも、数字は変わらなかった。


 僕は八歳になっていた。


 閉館の音楽が鳴っても席を立てず、迎えに来た母に本を取り上げられた。

 母は開かれたページを見た。何も尋ねなかった。

 帰り道、僕の手を握った。


「おなか、すいてる?」


 すいていた。


 それが、ひどく申し訳なかった。


     *


 長いこと、僕には将来の夢がなかった。


 すでに一度生き、言葉を覚え、本を書き、愛し、争い、取り返しのつかない迷惑もかけた。立派な伝記の主人公になれるような生き方ではなかった。


 それでも、続きを奪われてよかったはずはない。


 わかっているのに、進路希望の紙は空欄になった。


 政治について書きたいと思った。

 翻訳もしたかった。

 しかし最初の一行を書くたび、あの部屋の机が浮かんだ。


 放課後は店を手伝った。


 パンクしたチューブを水に沈めると、穴から小さな泡が出る。そこを塞ぐ。空気を入れる。丸くなる。


 目の前のものを、目の前で直せる仕事だった。


 十五歳の冬、修理した自転車を届けた帰りに、ひどい向かい風に遭った。


 いくら踏んでも進まない。

 橋の坂で、とうとう腹が立った。


「君まで僕を止めるのか」


 風に思想的立場はなかった。


 僕は立ち上がってペダルを踏んだ。

 腿が焼ける。冷たい空気が喉を通る。鼻水が出る。目からも水が出た。


 橋の頂上に着いたとき、僕は笑っていた。


 苦しい。

 ただ苦しい。

 その苦しさに、理由をつけなくてよかった。


 店へ戻ると、常連の佐伯さんが僕の顔を見て言った。


「おまえ、競輪やってみるか」


 元競輪選手だとは知っていた。

 競輪というものについては、金を賭けた大人が、別の大人にもっと速く走れと怒る催しだと思っていた。


 だいたい合っていたが、それだけではなかった。


 佐伯さんに連れられて競輪場へ行き、初めて走路の近くから選手を見た。


 色とりどりの背中が、一本の列になって曲線へ入る。

 列の後ろから別の選手が駆け上がる。

 鐘が鳴る。


 先頭の男の口が、大きく開いていた。


 あの男も、息をしている。


 当たり前のことが、僕には眩しかった。


「一番前は損じゃないですか」


 帰りに尋ねた。


「風を全部受けるでしょう」

「ああ。だから後ろにも仕事がある」


 男子の競輪では、選手同士が連携する。

 それをラインという。


 先頭を走る選手が風を引き受け、後ろにつく選手は力を温存する。一方で、後ろの選手は別の列からの攻めにも備え、前の選手が走りやすい状況をつくる。


 ただし、最後は全員が一着を狙う。


「仲間を抜いていいんですか」

「抜かなきゃ商売にならん」

「では、最初から結末に同意した協力関係だ」

「おまえが言うと面倒になるな」


 面白かった。


 僕は人間が手を組むことを嫌っていたわけではない。

 手を組んだあと、片方がもう片方を離さなくなることを嫌っていたのだ。


 翌日、僕は進路希望の紙を埋めた。


 競輪選手。


 母はその五文字を見つめ、それから僕を見た。


「あなた、自治体がやってる公営競技だって知ってる?」

「知っています」

「いつも言ってることと、いろいろ矛盾しない?」

「僕は以前から、矛盾の多い人間です」

「十五歳で使う『以前』じゃないのよ」


 父は紙を裏返した。


「学費とか、道具代とか。まず調べよう」


 夢にも裏面がある。

 今度の僕には、それを一緒に見てくれる人がいた。


     *


 佐伯さんの指導で練習を始めた。


 才能は、あると言われた。

 それは何もしなくてよいという意味ではなく、何かをした場合に多少は見込みがある、という意味だった。


 朝は練習。学校へ行く。店を手伝う。また練習する。


 初めてバンク――傾斜のついた競走路――で競技用の自転車に乗った日、僕はハンドルを見つめた。


「ブレーキがありません」

「そういう自転車だ」

「自由にも限度というものがある」

「そこから説明するぞ」


 後輪とペダルの動きがつながっている固定ギア。

 惰性で走りながら、脚だけを止めることはできない。


 踏み方、緩め方、止まり方。

 佐伯さんは一つずつ教えた。


「公道では乗るなよ。道路では、ちゃんとブレーキのあるやつを使え」

「心得ています」

「主義より先に覚えろ」


 僕は覚えた。


 高校を出て、挑戦した養成所の試験には一度落ちた。

 翌年、受かった。


 日本競輪選手養成所は全寮制だった。

 決められた時刻に起き、食べ、学び、走る。


 入所して間もなく、同期に尋ねられた。


「杉浦って、なんで競輪選手になりたいの」


 窓の外には、まだ夜の色が残っていた。


「生き足りないから」

「朝から重いな」


 その同期は僕に、余ったバナナを一本くれた。


 集団生活は楽ではなかった。


 納得できないことには理由を聞いた。理由を聞いた結果、納得して黙ることもあった。

 黙らずにいられない日もあった。


 同室の候補生に言われた。


「頼む。消灯後の社会構造の話はやめてくれ」


 これは正当な要求だったので、従った。


 脚は太くなった。

 掌には硬いところができた。

 何かを読む途中で眠り込むようになり、毎朝、腹が減って目が覚めた。


 自分の身体が、ようやく自分に追いついてくる気がした。


     *


 資格検定に合格し、養成所を卒業した。


 新人同士のレースを経て、七月、先輩たちと同じ開催を走るようになった。


 僕が入ったA級チャレンジには、若い選手も、長くこの仕事を続けてきた選手もいた。


 そこで、岩瀬徹という男に会った。


 四十六歳。同じ静岡の選手。

 僕より二回り近く上で、笑うと左の目尻に深い皺が寄った。


「杉浦の後ろ、いいか」


 初めて一緒に走る日の朝、そう聞かれた。


「もちろんです」

「おまえの走りをするんだぞ」

「はい」


 僕は先行した。


 先頭で風を受ける。

 自分の脚で速度を上げる。

 後ろに一人、そのまた後ろに一人いる。


 奇妙な高揚があった。


 今度は置いていかない。

 僕が前で、すべて引き受ける。


 残り一周で、もう限界に近かった。

 それでも踏んだ。


 最後の直線で、岩瀬さんが僕を抜いた。

 もう一人が抜いた。

 隣のラインからも二人来た。


 僕は五着だった。


 戻ってから、岩瀬さんに頭を下げた。


「一着、おめでとうございます」

「ありがとう」


 岩瀬さんは僕の顔を見た。


「おまえは?」

「僕ですか」

「悔しくないの」


 僕はタオルで顔を拭いた。


「後ろの人が勝てたんですから」


 岩瀬さんはしばらく黙った。


「次、もう少し話そう」


 そう言っただけだった。


 僕はその後も、似たような負け方をした。


 仕掛けるのが早い。

 必要のないところで力む。

 誰かに並びかけられると、先のことを忘れて踏み込む。


 脚はある、と言われた。

 頭を使え、とも言われた。


 新聞には〈積極果敢〉と書かれた。


 佐伯さんはそれを指で叩いた。


「便利な言葉に隠れるな」


 僕は黙った。


「おまえ、勝ちに行く練習をしてるのか。それとも、よく頑張ったと言われる練習か」


 言い返せなかった。


     *


 八月の終わり、練習帰りの岩瀬さんが店へ来た。


 店の前のベンチで、僕たちは紙パックの牛乳を飲んだ。


「昔さ、後輩に言ったことがあるんだよ」


 岩瀬さんが言った。


「先輩がついてるんだから、早く行けって」


 商店街を、小さな子供を後ろに乗せた自転車が通った。


「それで?」

「そいつは早く行って、俺は勝った」


 岩瀬さんはストローを噛んだ。


「勝ったら、俺の判断が正しかったような気がした。そいつが何着だったか、しばらく覚えてもいなかった」


 牛乳の紙パックが、指の中でへこんだ。


「その後輩はどうなりました」

「今も選手やってる。こないだ会ったら、昔は嫌な先輩でしたねって、笑って言われた」

「現在形でなくて、よかったですね」

「過去形にしてくれたんだろ」


 僕もストローを噛んだ。


「僕は、先輩に言われて走っているわけじゃありません」


 岩瀬さんは首を振った。


「俺が言う前に、自分で自分に言ってるだろ。おまえは前で潰れろって」


 夕方の空気が少し冷えた。


 返事をしようとした。

 喉が動かなかった。


 岩瀬さんは待った。


「一度」


 僕は言った。


「一度、家族を置いてきたことがあるんです」


 岩瀬さんは僕を見なかった。

 向かいの店が下ろすシャッターを見ていた。


「僕がどうしていたら、ということばかり考えます。今度は何でも引き受ければ、少しはましになるかもしれないと」


 伝わるはずのない話だった。


 僕は二十二歳で、両親は店の奥にいる。

 死んだ家族の名前を口にすれば、百年以上前の人間の名前になる。


「詳しいことは知らんけどな」


 岩瀬さんが言った。


「俺は、おまえに食わせてもらうために後ろにつくんじゃないぞ」


 店の奥で、父が工具を落とした。


「まだ人のために働ける脚がある。自分が勝つ脚もある。だから、走ってる」


 岩瀬さんは立ち上がり、空になった紙パックを潰した。


「おまえが勝とうとしてくれないと、俺はおまえに勝てないんだよ」


 その言葉に、僕は顔を上げた。


「……抜く気はあるんですね」

「当然だろ。子供の塾代がある」


 僕は笑った。


 笑ったあと、少しだけ泣いた。


 岩瀬さんは見ないふりをして、店の中へ向かって叫んだ。


「すみません。もう一本、牛乳あります?」


     *


 九月、静岡競輪場。


 僕はA級チャレンジの決勝に進んだ。


 予選は、仕掛けを一呼吸待てた。

 準決勝では、脚を残して最後まで踏めた。


 二着、二着。

 派手さはなかった。

 しかし、どちらの二着も悔しかった。


 こんな感情が、自分にまだ残っていた。


 決勝は七人。


 僕の後ろには岩瀬さん。三番手には神奈川の選手がつく。


 別の三人のラインを率いるのは、同期の黒田蓮だった。

 養成所では、消灯後に僕の演説を止めた男である。


 短い距離で一気に速度を上げるのがうまかった。

 先頭を走る集団を後ろから追い抜く、捲りが得意だった。


 残る一人は、単独で走る。


 前日のレース映像を見ながら、岩瀬さんと話した。


「黒田は、僕が出切ったところですぐ来るかもしれない」

「来るだろうな」

「来られたら、前みたいに踏みすぎると思います」

「じゃあ、そこをどうする」


 映像を戻す。

 もう一度見る。


 黒田が立ち上がる前に、何が変わるか。

 僕が力むと、どこで速度が落ちるか。


 岩瀬さんは、僕に考えさせた。

 自分の意見も言った。


 最後に僕は尋ねた。


「後ろを、任せていいですか」


 これまでにも何度か口にした言葉だった。

 その日、ようやく本当に質問した気がした。


「ああ」


 岩瀬さんがうなずく。


「俺も、前を任せていいか」


 僕もうなずいた。


     *


 発走を待ちながら、ヘルメットの顎紐を確かめた。


 指が止まった。


 こういうときに、昔が来る。

 こちらの都合などおかまいなしに。


 軍服。

 紙。

 動かない喉。


 目の前の走路から、色が遠のいた。


 僕は小さく息を吐いた。

 もう一度、吐いた。


 佐伯さんと決めていた順番をたどる。


 右手。ハンドル。

 左手。ハンドル。

 脚。ペダル。


 身体はここにある。


 背後で、岩瀬さんが鼻をすすった。


 あまりに日常的な音だった。


「杉浦」

「はい」

「今日こそ演説は短く頼むぞ。優勝インタビュー」


 僕は笑った。

 空気が喉を通った。


 発走の合図が鳴った。


     *


 最初は、先頭誘導員が集団を導く。


 車輪の音が重なる。

 前を行く背中。バンクの傾き。観客席の白い手すり。


 僕たち三人は、黒田のラインの後ろにいた。

 その後ろに単独の選手が続く。


 ゆっくりに感じる。

 早く前へ出てしまいたい。


 まだだ。


 息を吐く。

 肩を下げる。


 周回が減る。

 先頭誘導員が退避する。


 僕は外へ上がった。


 岩瀬さんたちが続いてくる。

 黒田の横を通るとき、一瞬だけ顔が見えた。


 もう眠そうではなかった。


 前に出る。

 黒田は激しく争わず、僕たち三人を行かせた。


 四番手。


 そこから来るつもりだ。


 わかっている。

 わかっていても、前を走る。


 鐘が鳴った。


 残り一周半。


 音が背中に当たった。

 脚に力が入りすぎそうになる。


 まだ全部はいらない。


 僕はペダルを押し、次のペダルを迎えた。

 速くする。

 しかし、慌てない。


 前には誰もいない。


 風が胸を押す。

 唇の端が乾く。


 以前なら、この重さを全部引き受けたことに満足していた。

 今日は違った。


 この先に、僕自身の着順がある。


 最終ホーム。

 残り一周。


 観客席の声が、ひとつの塊になって届いた。

 言葉は聞き取れなかった。


 第一コーナーへ入る。


 後ろの車輪の音が変わった。


 来る。


 黒田だ。


 僕は反射で踏み込もうとした。

 腿が緊張する。


 違う。


 まだここで使い切るな。


 背後で、誰かが短く声を出した。

 岩瀬さんだった。


 何と言ったかはわからない。

 いることだけがわかった。


 僕は前を見た。


 第二コーナーを抜ける。


 右の視界に、黒田の前輪が入った。

 消えた。

 また入る。


 岩瀬さんが外を警戒していた。

 黒田はそのさらに外を踏んでくる。


 僕の斜め後ろで、二人が互いの進路と速度を測っていた。


 そこを振り返ることはできない。

 僕には前でやることがある。


 向こう正面。


 脚が重い。

 肺が狭い。

 ハンドルを握る小指が痺れる。


 しかし、終わりではなかった。


 練習で何度も探した、もう一度踏めるところがある。


 腰を落ち着けた。

 力んでいた肘を緩める。

 もう一段、速度を上げた。


 風の音が高くなる。


 第三コーナー。


 黒田が並びかけた。


 目が合う余裕などない。

 赤い袖が視界にあった。

 口が開いていた。


 同じだ。

 こいつも苦しい。


 僕はなぜだか、少し笑いたくなった。


 誰も、誰かを救う顔をしていなかった。

 誰も、歴史的使命を背負っていなかった。


 二人の若い男が、どうしても先に着きたくて、歯を食いしばっていた。


 第四コーナー。


 黒田は外にいる。

 僕は内から直線へ出る。


 そして、もう一つの車輪の音がした。


 岩瀬さん。


 来た。


 あの人は本当に、僕を抜きに来た。


 嬉しかった。

 腹も立った。


 働いてくれた。支えてくれた。僕を一人にしなかった。


 だからといって、一着を渡してたまるか。


 僕は踏んだ。


 野枝の声は聞こえなかった。

 宗一の姿も見えなかった。


 都合よく蘇って、僕を励ましてはくれなかった。


 あの二人が生きられなかったことは、僕がどれだけ速く走っても、変わらない。


 それでも。


 僕は今、ここで勝ちたかった。


 残り、わずか。


 車輪。

 白線。

 風。


 僕は自転車を、前へ送り出した。


     *


 誰が勝ったのか、わからなかった。


 惰性で走りながらも、脚は回り続ける。

 速度を落としていく。


 黒田が僕の横へ来た。


「今の、どっち」

「僕に聞くな」

「すごい顔してた」

「君もだ」


 岩瀬さんは少し前で、天を仰いでいた。


 写真判定。


 いつもより長く息をしている気がした。


 やがて、着順が確定した。


 一着、一番。


 杉浦栄。


 二着、岩瀬徹。

 三着、黒田蓮。


 僕はその三行を見た。


 何度見ても、順番は変わらなかった。


 岩瀬さんが戻ってきた。


「差したと思ったんだけどなあ」


 本当に悔しそうだった。


 僕は笑った。


「残念でしたね」

「次は抜く」

「次も勝ちます」


 岩瀬さんが拳を出した。

 僕も出した。


 軽く触れた。


 それから二人とも、別々に自転車を降りた。


     *


 優勝インタビューのマイクは、小さく、黒かった。


 僕はそれを見つめた。


 大勢の前で話す。

 声を張り上げなくても、遠くまで届く。


 昔の僕が知れば、きっと欲しがった。


「初優勝、おめでとうございます。今のお気持ちは?」


 言いたいことは多かった。

 政治のことも、労働のことも、人が人を支配することについても。


 けれど、最初に出たのは別の言葉だった。


「悔しがってくれる人がいて、嬉しいです」


 聞き手の女性が、一度瞬きをした。


「後ろを回ってくれた岩瀬選手ですか」

「はい。あと、三着の男も」


 笑いが起こった。


「ラインの力も、大きかったですか」

「とても。今日は、後ろを任せられました」


 声が少し掠れた。


「これまでは、任せると言いながら、自分一人で全部決めていたので」


 向こうに、父と母がいた。

 母は両手で口元を覆っていた。

 父はよく見えなかった。佐伯さんの振るタオルが、何度も顔にかかっていた。


「今後の目標をお願いします」


 僕はマイクを握り直した。


「もっと上で走ります」


 言えた。


「もっと勝ちたいです。あと、今日は腹いっぱい食べます」


     *


 その夜、家の食卓に寿司が並んだ。


 父が奮発したらしい。

 母は僕の優勝映像を、三回目まで見ていた。


「もうよくないですか」

「まだお父さんが一回しか見てない」

「店で二回見た」


 父が余計な申告をした。

 四回目が始まった。


 僕は箸を置き、自分の部屋へ行った。


 本棚から、一冊取る。


 大杉栄の文章が入った本だった。

 余白に、若い頃の僕への文句を書き込みながら読んでいる。


 そこは言いすぎだ。

 その話は長い。

 他人に厳しいわりに、自分には甘くないか。


 ときどき反論したくなるが、相手も僕なので始末が悪い。


 栞のあるページを開いた。


 生の拡充。


 その四文字の脇に、今日の日付を書いた。


 続けて書く。


 初優勝。

 岩瀬さんに、ほんの少し勝った。

 ものすごく腹が減った。


 ペンを止めた。


 野枝。

 宗一。


 名前だけを、少し離して書いた。


 その先に何を書くべきか、長く考えた。


 何も書かず、本を閉じた。


「栄、茶碗蒸し冷めるよ」


 母の声がした。


「今行く」


 僕は立ち上がった。


     *


 僕は、その後も競輪選手を続けた。


 勝ったり、負けたりした。

 ひどいレースをして佐伯さんに叱られ、いいレースをしても黒田に負ければ腹が立った。


 やがてS級へ上がった。

 全国の強豪と走るようになり、勝てるレースも少しずつ増えた。


 それでも、まったく歯が立たない相手がいくらでもいた。


 それがいい。

 まだやることがある。


 取材で座右の銘を尋ねられたときは、「生の拡充」と答えた。

 記者が意味を聞くので説明していたら、隣の黒田に「長い」と止められた。


 文章も、また書くようになった。

 頼まれた小さなコラムで、賞金の話から労働の話に脱線し、編集者に文字数を戻された。


 言葉を減らされることが、いつも弾圧だとは限らない。

 今度の人生で学んだことの一つだ。


 息が詰まる夜は、なくなってはいない。

 忘れたわけでも、赦したわけでもない。


 そういう夜は窓を開ける。

 遠くで走る車の音を聞く。

 明日の練習の準備をする。


 ある朝、店の前で、父が子供の自転車から補助輪を外していた。


 六つぐらいの男の子だった。


「一人で乗れるかな」


 男の子が言った。


 僕はしゃがんで、ヘルメットの顎紐を確かめた。


「練習すればね」

「転ぶ?」

「転ぶこともある」

「痛い?」

「少し」


 男の子は考えた。


「じゃあ、見てて」


「見てるよ」


 僕は答えた。


 その子には、その子の名前があった。

 父に呼ばれると、元気よく振り返った。


 僕は店先に立って、小さな背中を見送った。


 やがて佐伯さんが、自転車で迎えに来た。


「行くぞ、栄」


 僕も自転車を出した。


 ブレーキを確かめる。

 ヘルメットをかぶる。

 足をペダルに置く。


 行き先なら、決めてある。


 僕は、競輪場へ向かった。

本作は実在の人物と事件を着想源としたフィクションです。転生後の人物・会話・レースとその結果、事件当時の内面描写は創作です。大杉栄の思想についても、本人の評論と区別される小説上の解釈を含みます。


史実の基礎として、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一が関東大震災後に憲兵によって殺害された事件について、あま市「郷土の史跡/甘粕事件 橘宗一少年の墓碑」を参照しました。甘粕正彦の経歴は、国立国会図書館「甘粕正彦関係文書」を参照しました。


思想面の着想源は、大杉栄「生の拡充」(青空文庫)です。本文の会話や競輪についての言葉は、本作独自の創作であり、大杉栄の実際の発言として引用したものではありません。


競輪の連携とレース進行は、JKA・けいりんマルシェ「ラインとは?」、KEIRIN.JP「レースの流れ」、同「自転車レーサー」を参照しました。養成所から選手登録までの流れは、日本競輪選手養成所「競輪選手への道」を参照しました。

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